ONE EYE OF GOLD.    00

どこからか隙間風が入り込んでいるのか、座椅子の上で正座する足元は寒かった。
何だか、目の前に座る青年のように、膝を抱えて縮こまっていたい気分だ。

何とも言えない沈黙が続く の自室で、 はただただ、先程の自分の行動と自分の体質を憎んだ。




『―――何で……“探偵”が…』




こんなことなら、あんなこと口に出さなければ良かった。

目の前には、白い鬚を蓄えた老人紳士と―――腕に触れられたことで“視て”しまった、風変りな青年。

老人紳士を見て『探偵』ならば「何となく雰囲気で」と、苦しいが言い訳できる。
しかし、よりにもよっては、10人中10人が「ただの変人」と断言しそうな、白のロングTシャツにジーンズ姿のパンダ目青年に向かって、『探偵』と言ってしまったのだ。


「……大丈夫か? 
「う、うん……何とか…」


しかも、“視て”しまったが為に、半ば確信したような形で。
言い訳の、しようがない。

俯き加減に顎を引いたまま、心配そうに声をかけてくるではなく、向い側に座る三角座りの青年をチラリと見やり、は口元を引き攣らせた。


「……」


見られている。
親指を口元に添えるようにして、瞬き1つせずに、ギョロリとした黒眼がひたすら、自分のことをジッと見つめている。

先程自分が“視た”ものを疑いたくなるほど、何だか全ての仕草が胡散臭い人間だ。
パンダ目と称すると可愛らしいが、妙に鋭い視線なもので、尋問されているような気分になってしまったは、心底げんなりした。


「……さん」
「―――!」


居た堪れない沈黙に、いい加減我慢がならなくなっていたを見透かしたかのように、不意に青年が口を開いた。
思いの外低い声だな、などと考えただが、顔は相変わらず俯かせたまま、視線だけを隣のに向ける。


「……何だよ」


破られた沈黙に幾分安堵した様子で溜め息を漏らしたは、を気にかけながら青年に静かに応える。
青年はに向けた視線を外すことなく、そのままの状態で口だけを動かす。


「色々とお聞きたいことはありますが…今は、それは置いておきましょう。とりあえず、彼女の紹介をして頂けませんか?」
「は?……あー…ああ、そうだな」
「……」


青年のその言葉に、は思わずピクリと肩を震わせた。
それは、横目に窺っていたは勿論のこと、先程からを観察するようにして見つめ続けている青年にも、見て取ることができた。

明らかに、自ら「いわくつきです」と語っている

はそんなを気遣い、ポンポン、と軽く頭を撫でつけてやると、簡単にを紹介し始めた。


「こいつは
「……“”?」
「ああ。俺の従妹ってことになってるが……俺と血の繋がりはない。まあ、義理の兄妹みてーなもんさ」
「……なるほど。それで名字が違う訳ですか」


がそう紹介したと同時に、小さくお辞儀をした。
人としての礼儀はきちんとしておきたいと思ったのだが、やはり視線は下を向いたまま、青年と目を合わせようとはしなかった。

青年はそんなの態度をさして気にするでもなく、続ける。


さん、私は貴方を信用しています。だから、こうして堂々と姿を見せている」
「……ああ、分かってる」
「ならば、私が言いたいことも理解して頂けますよね」


淡々としていて、どこか冷たい印象を受ける青年の声。
今はと会話しているというのに、は何だか自分に投げかけられている言葉のようで、肩を竦めて身を縮めた。


「私にとっては数少ない、信頼できる人間であるさんが、私との“約束”を破るとは思えません―――貴方はこの屋敷に住む方々に、私のことを話したことがありますか?」
「相変わらず遠回しな訊き方だな。俺ァ、お前のそういうとこも尊敬するよ」
「そうですか。ありがとうございます」
「褒めてねーよ」


何だか、ある意味対照的な2つの声に耳を傾けながら、はこの2人の関係を何となく考えていた。

自分が先程“視た”ものが正しければ、この2人は自分の知らない場所で、確かな信頼関係を築き上げてきている。
探偵と極道者―――。
とてもいい繋がりは見つからないのだが、自分のせいで2人の信頼関係が壊れていってしまうような気がして、はぐっと歯を食いしばった。


「……俺はお前を裏切ったりしようと思ったこともねーし、言われたことはきちんとこなしてきたつもりだ」
「私も、別に疑ってはいませんよ。貴方の性格は知っていますから」

怖い。

目の前の青年は、確実に自分のことを聞き出そうとしている。
は、そう感じずにはいられなかった。

の態度や言動からして、青年に対するの信頼度もかなり高いことが分かる。
このままでは―――きっと、に迷惑がかかる。


「しかし、彼女…さんは―――私を『探偵』だと、確かに言った」
「ッ……」
「そして、それは何の脈絡もなく発せられた。なので、今更誤魔化しても致し方のないことだと思うので言いますが……事実です」


青年の目は、未だへと向けられている。
は自分の膝をギュッと握りしめたまま、その強い視線に耐えていた。

彼があっさり『探偵』だと自供したのはおそらく、気付いているからだろう。
自分に誤魔化す為の嘘をついても無駄だ、と。

青年はそこまで言うとやっと、から視線を外して、今度はに顔を向けた。


さん」
「……おう」


全て知ってしまった以上、言わなければならないのか。

は膝を握っていた手から力を抜くと、隣に座るの着物の袖を掴んだ。




「―――説明して、頂けますか」




耐えられなくて、は勢いよく顔を上げた。
見上げたのは―――青年。


兄さんは、何も喋ってません!」
「!」


はできる限り青年の目を直視しないように視線をずらしながら、青年の口元を見つめて続ける。


兄さんは、何も私に教えてない。貴方のことも、貴方の隣にいるおじいさんのことも、全部」
「……ならば、何故貴女は私が探偵だと?」


震えるの声とは対照的に、青年の声は冷静だった。
感情の読み取りづらいその声に複雑な顔をしながら、は全てを話そうと口を開きかけた。


「それは―――」

「!」


その時、不意に言葉を遮ったのは、だった。
はその声に思わずを見る。
は困ったように笑って、と青年に向かって言う。


「いいよ。俺が全部説明すっから」
「でも、兄さん…」
「お前、今日学校早退してきたらしいじゃねーか。そんな奴が顔真っ青にしながら、無理する必要はねぇ」


にそう言われ、はふと自分の今の状態を見た。
指先が、妙に冷たい。
それに思いの外頭がふらつくので、気持ちが悪かった。


(ああ、そっか。調子、悪かったんだっけ)


そうして改めて確認したことで、やっと自分の状況を思い出したは、何だか身体が先程よりも重たくなったように感じた。

それはそうだろう。
“視た”のだから。


「お前はもういいから、部屋で寝てろ」
「え……」

「俺がいいって言ってんだから。大体、“視た”日は必ず体調崩すんだ。分かるよ、俺は」
「……」


は、思わず青年を見た。
の言葉の真意が読み取れないのか、何だか眉間に皺を寄せて難しい顔をしている青年は、に顔を向けたまま首を傾げている。

本当に、こんな中途半端に引っ込んでしまっていいのだろうか。
自分について、この青年は訊いているのに。

そう考えて尻込みするを見兼ねて、は、はあ、とわざとらしく溜め息を零す。


「真相は俺が説明する。一切の嘘偽りなく、な。―――いいよな?」
「……出来ればご本人からお聞きしたかったんですが…本当に顔色が優れないようなので、仕方ありませんね」


の誓い紛いな言葉に渋々といった様子で応えた青年は、チラリとを見てから頷いた。

はそれを確認すると、その場を立ち上がってを部屋へと促す。
オロオロしたまま部屋の外へ追いやられてしまったは、を心配そうに見上げた。


兄さん…」
「だーいじょうぶだって。分かりにくい奴だが、悪い奴じゃねぇ。説明すれば納得するさ」
「でも……」


信じなかったら、どうするの?

そう言ったの顔は、ひどく辛そうに歪んでいるように見えた。
余計な心配をするなと言っても、きっと聞き入れないだろうことは自身もよく分かっている。


「お前はさっき、アイツに全て話そうとした。つーことは、俺が全て話してもいいってことだろ?」
「う、うん……どーせ、信じないだろうから…」
「あー…それはちと分かんねーが……―――お前は、覚悟したんだ」


だから、気にせず休めよ。

そう言ったは、ゆっくりと部屋の襖を閉めてしまった。


「……」


ひんやりと冷たい空気が流れる廊下に1人残されたは、しばしその場に立ち竦んだ。

何だか、妙な胸騒ぎがする青年だった。
探偵という時点で気にはなるが、本当に、の口からこれから語られる話を信じて、納得してくれるのだろうか。


(それに、あの人…)


これから只ならぬ事態に、巻き込まれていく。
そして―――。

頭の中でグルグルと、途方もない不安を巡らせ、先程垣間“視た”青年のことを考えながら、は踵を返して自室へと重い足を進めた。





***************





「俺がに初めて逢った時も、お前と同じような感じだったよ―――L


が去った部屋の中は、幾分寒さを増したような感覚がした。

座椅子に座り直し、が自室への階段を上がっていく気配を感じたは、開口一番にそう漏らした。
それに対して青年―――“世界の切り札”と謳われる探偵・Lは、口先を尖らせて不機嫌そうに言う。


「そう易々と『L』と呼ばないで下さい。今は『竜崎』で通していますと言ったでしょう」
「そいつは悪うございました、竜崎サン。そちらが堅苦しい呼び方するもんで、喧嘩売られてんのかと思って、ついつい」
「喧嘩なんか売ってません。ヤクザな貴方に喧嘩売ったってキリないじゃないですか……―――さん」


それもそうだな、と、Lもとい、竜崎に向かって笑う
竜崎は相変わらず膝を抱えたまま、身体を縮めて話を促した。


「で、『同じような感じ』とは、どういう意味ですか?」
「そのまんま。俺と初めて逢った時なんて、初対面でフルネーム呼ばれたぜ? 『ヤクザさんが何でこんな所に来るの? “”さん』って」
「初対面で…名前を……?」


竜崎は、よく分からない、というような顔でを見た。
世紀の名探偵・Lにも理解しがたいことがあるとは、とは少し愉快気に笑って頷く。


「俺もはじめは驚いたよ。―――俺がと初めて会話したのは……確かアイツが小学校4年くらいの時かな。今から7年くらい前か」
「随分前ですね。私とさんが知り合う頃…ですか。どこでお逢いしたんですか?」


竜崎の問いに、は懐かしそうに目を細めて続ける。


「―――児童養護施設だよ」
「!」


の口から零れたその言葉に、竜崎は目を見開いた。
チラリと、隣に座る老人紳士―――サポーターのワタリに目をやると、こちらも些か呆気に取られた様子での話を聞いている。


「まあ、その辺の話は知りたきゃ本人に聞くなり調べるなり、好きにしてくれ。俺からは、許可がないから説明はしない。……今の話には関係ないしな」


とにかく、とは続けた。


「俺と知り合う前…生まれた時から、はそうだったらしい」


には幼い頃から、人には簡単に明かすことのできない秘密があった。
今となっては、人に話そうが何しようが、話自体を信じない人間が大多数なので構わないと言えば構わないことなのだが―――とにかく、あまり他言することではない秘密だ。


には、人の“嘘”が通用しない」


それは、他人・常人には決して備わっているはずもない、能力。
 ”という人間にだけ備わった、特殊能力。


「不思議な力があるだよ、アイツには」




―――物や人の “記憶”を、読み取り、視る力。




「……“記憶”を視る…力、ですか」
「あ、信じてねーだろ」


あからさまに訝しむ竜崎に、は拗ねたようにそう言った。


「信じる信じない以前の問題です。有り得ないでしょう、そんな……」


まさかそんな言葉が出てくるとは思っていなかった名探偵は、どこか不快そうに、理解できないという表情でに言った。
はそれを見て、想像していた通りの反応なのか、1人苦笑する。


「分かるよ、お前の言いたいことは。でも、なら―――何でお前のこと、分かったんだろーな、アイツ」
「……」


の言葉に、竜崎はピタリと動きを止めて何やら考え始めてしまった。

確かに、の言うとおりである。
自分はただ、彼女の“瞳の色”が気になって、呼び止めるように手首を掴んだだけ。
その他には何も、彼女との接点はない。
初対面だ。

しかし、ならば先程の行動は、どう説明すれば―――?

どうやら、世界に名高い名探偵でも、処理しきれないことというものはあるらしい。
そんな竜崎を気にしながら、は丁寧にの能力について説明し始めた。


物や人の “記憶”を読み取り、視る力。
極端に言ってしまえば、その物に関する事柄を読み取り、その人に関する個人的な記憶が視えるということ。

つまり、無理にでも当てはまる表現を探すとするならば、“サイコメトリー”。


には、人間の個人的な記憶は勿論、どーいう訳か、過去から未来…始まりから終わり―――生から死が、その人間の“記憶”として視えちまうんだよ」
「……だから、私が探偵だと…分かったわけですか」


納得のいかなそうな竜崎だが、流石は名探偵と言うべきか。
頭での情報処理は早く、順応も早い。


「一応、読み取るにも条件があるらしいんだが、体調が悪かったのに重なって、お前がに“触れた”から、視えちまったんだろうぜ。……まさか、お前の“記憶”を視ちまうとは思わなかったけど」
「触れた……―――あの時、か」
「だから声出したろ、俺が。『あっ!』って」


竜崎は、そう言うの顔をジッと見ていた。

とはそれなりに長い付き合いになる。
昔から、正直者で真っ直ぐな、極道者とは思えないほどの優しい人間だった。
そんな男が、今更こんなことで嘘をつくとは、竜崎には到底思えなかった。
それに、嘘にしては実に稚拙で、現実から背き過ぎている。


しかし―――この事態も、理解しがたい。


何とも言えない複雑な気分のまま、竜崎はとりあえず、今はの言葉を聞き入れることにした。


さん」
「あ?」
「とりあえず、今は貴方の話を信じることにします。信じ難いが……貴方の話を聞くと辻褄が合ってしまう」
「だから、本当なんだって」


頑固な奴だな、と笑うだが、さして気にしてはいなさそうに座椅子の背凭れに寄りかかって踏ん反り返る。
やはり、嘘をついているようには見えなかった。


さん…彼女にそういった能力があるとするなら―――私の本名、バレてますよね」
「バレてんな、余裕で。出生の秘密とか、ワタリとの関係とかも。いーなー。俺だって知らねーのに」
「……」


踏ん反り返って簡単に返事をするに対し、竜崎は親指を咥えて戸惑った様子で思考を巡らせていた。

しばらく、部屋の中に沈黙が走った。

元々、世紀の名探偵・Lである竜崎がの元にやってきたのは、別の理由があったからだった。
何だか、これではこちらの話の方が本題に聞こえてくる。


……放っておいていいものだろうか…)


もし、自分でも納得がいくまで彼女の能力を確認できれば。
もし、の言っていることが事実で、自分の“記憶”を彼女が握っているのなら。




放っておくわけに、いかないじゃないか。




これから自分は、不可解な事件に身を投じようとしているのだ。
ここぞというところで、彼女から自分の情報が漏れることがあっては困る。

―――それに、色々な意味で何となく、気になる少女ではある。

そこまで考えて、竜崎はゆっくりと口を開いた。


「少し、興味が湧きました」
「お?」
「彼女……さんに」


竜崎のその言葉に、は目を丸くした。


「それに、曖昧なままにしておくのは性に合わないもので」


ワタリは何だか微笑ましげに竜崎を見ているが、は何だか複雑そうに顔を引き攣らせる。


「……信じてねぇんじゃなかったのか?」
「そうですね。10%くらい信じてません」
「嘘つけ」


お前のパーセンテージほどいい加減なものはない。

暗にそう言われた竜崎だったが、分かっていてそこはあえて無視することにした。


「―――とりあえず、今日はこの辺で失礼します。これから忙しくなりますから」
「ああ……さっき話してた例の、“罪人裁き”のキラ様か」


キラ―――。


その言葉にピクリと反応しながら、竜崎はその場にゆっくりと立ち上がった。
それを見て、ワタリもその場に立ち上がる。


「世も末だな。そんな変わった犯罪者が出てくるとは…」


2人が立ち上がるのを座ったまま見届けて、は何となしに呟いた。
それを聞いているのかいないのか、竜崎は両手を無造作にジーンズのポケットに突っ込むと、猫背をに向けるように、「では」と踵を返す。


「頑張れよー、名探偵。世界の為に、隈を濃くして働け」
「言われなくても頑張ってます。貴方こそ、きちんと協力して下さいね」


お互い、最後に憎まれ口を叩き合って別れる。

裏口へ向かおうと、が出ていった方とは違う襖を開けて部屋を出る竜崎とワタリ。
ワタリを先に出させた竜崎は、「そう言えば」と最後にもう一度を振り返った。


さん、最後にもう1つ」
「何だよ」


珍しく帰りを惜しんでいるのか、と考えるだったが、竜崎の一言でその考えも一瞬で消えさることとなる。


 さんは―――ご自分のパソコンはお持ちですかね?」
「……はあ?」


あまりの脈絡のなさに情けない声を上げる
何でそんなこと聞くんだ、と顔で語るに対し、竜崎は「いいから早く答えて下さい」と答えを急いた。


「…持ってるよ。俺と同じ型のやつ。高校入学する時に買ってやったから」
「それを今も使っている、ということですね。学校に持っていったりは…?」
「アイツの通ってる学校はパソコンの持ち込みも認めてるらしいから、ほとんど毎日持ち歩いてるな」
「ああ、そうですか。分かりました」
「……?」


竜崎の意図していることが理解できないは、小さく首を傾げた。
そんなを気にすることなく1人納得する竜崎は、襖を閉める直前、最後の押しと、投げかけるようにに言い放つ。


「―――近日中に新しいパソコンを買って差し上げることをお薦めしますよ、さん。では」
「……」


パタリと襖が閉められた、1人の空間となった和室。
ひんやりと冷たい空気が漂う中、言い逃げされたはただただ1人で首を傾げていた。








曲がっていく。逸れていく。
(導かれるのは、彼か彼女か)









アトガキ。

*出逢うLとヒロイン。

*あえて、ヒロインの能力を早いうちから公開。ヒロインはこれによって、あの事件へ巻き込まれていきます。
 それにしても…Lの口調とキャラがいまいち掴みきれてない…。




*2009/11/08 加筆修正・再UP。