CONTINUATION OF A DREAM.   01

この先生は余程この学校の生徒に苦労させられているんだろうな。

向かい合う形で目の前に座っている何とも気苦労していそうな教師の姿を見て、私は一人そんなことを思った。


「うちの学校はね、ほら、別に放任主義とかそういうわけではなかったんだけどね、生徒一人一人の意思を尊重しているっていう自由な校風に路線変更したわけ、最近。それで生徒の意思を尊重しようとした結果、ちょっとその意思の尊重が行き過ぎちゃって暴走……いや、自立しすぎちゃってる生徒が1名ほどいるんだけどね。でもその生徒の傍若無人……抜群の統率力のおかげで面倒な……いや、由々しき問題であるイジメとか荒れた生徒とかは無くてね。でもその代わりに法律的にどうなのって問題はあるんだけどね。でも、学校自体は本当至って普通だから。真面目だから。頑張ってるから。だからね、あなたもあなたらしく自由にのびのびとやっていったらいいよ。でも限度は弁えてね。校長先生からのお願い
「……はあ」


自身の学校について熱弁を奮っているように見えて、その実何かにひたすら怯えていることをそれとなく私に伝えてくる校長先生。
私はそんな校長先生の青白い顔を訝しげに見つめて、感情の篭っていない空返事をして頷いておいた。

中学3年初頭からつい先日まで生活をしていたアメリカから一人帰国してきた私は、これから通うことになる学校―――私立泥門高等学校へと来ていた。
帰国予定自体は入学前にしていたのだが、ちょっとしたトラブルが原因で予定よりも帰国が遅れてしまい入学式へ参加できなかったために、こうして休日にもかかわらず校長室へと直接足を運んで、入学に際した諸注意を聞いている次第なのである。

ちなみに、入学試験はきちんと受けて合格した上での入学である。
試験日にわざわざアメリカから一時帰国してまでの入学である。
―――泥門高校は定員割れのおかげで受験生は全員合格だったらしいが。


「とにかく、普通に生活してくれればいいから。ね。普通に通って、普通に授業受けて、普通に部活動やら何やらに励んで、ね。あっ、君は12組だから。担任の先生は明日また紹介するから」
「……よ、よろしくお願いします」


ペコリと頭を下げると、視界にグリーンが広がる。
真新しい制服は何だか居心地が悪いけれど、このグリーンが鮮やかなブレザーは何となく気に入ってしまった。

制服に身を包んでこうして学校へとやってきたものの、今日は挨拶がてら説明を聞くためだけに呼び出されたため、本格的に通学することになるのは明日からだ。
とりあえず校長先生からの説明も挨拶も終えて最後にもう一度頭を下げると、何故か校長先生は嬉しそうに泣きじゃくる。(どれだけ不運に見舞われているんだこの人は)
泣き出した校長先生をどうするべきか思案していると、教頭先生がやってきて「大丈夫だからもう行きなさい」と言って助け舟を出してくれた。

私はお言葉に甘えて、ハンカチで必死に涙を拭う校長先生とそれを懸命に宥めている教頭先生に礼を言い、校長室を後にする。


「いやぁ、入学式欠席して遅れて入学するとか言うからどんな生徒なのかと戦々恐々していたけど、まともな子でよかったよ。うん、本当よかった」


何だ、よく分からないけど感激して泣いていたのか。

背中の方から聞こえる校長先生の言葉に、そんなことを思う。
教頭先生が子供を宥めるようにうんうんと相槌を打つ様子が、空気から伝わってきた。




「それにしても―――まさかあの『』のお嬢さんが入学してくれるとはねえ」




校長室の扉を閉める直前、泣き声混じりにそう言った校長先生の言葉を耳聡く拾ってしまい、私は一瞬顔を顰める。
しかし何とか無理矢理意識の外へと追いやり、聞かなかったことにしてその場を足早に去った。




普通ならば、学校へ通って授業も始まって、部活動にも入部し始めているだろうこの時期。
異色の入学生となってしまった私は校長先生との対面を終え、休日ということもあって暇を持て余した挙句に泥門高校近辺の散策へと一人乗り出すことにした。

しばらくフラフラと宛もなく歩き回ったり電車に乗って適当に近場へ
降りてみたりと、いつの間にか時間は過ぎていて。
何となしに降り立った駅で、私は一度立ち止まった。


(学校からどれくらい来たのかな……。いくら暇だからって、計画性なしにフラフラするのは良くないな、やっぱり)


JR佐端線の泥門前駅から、電車に乗って数駅の場所。
何駅乗ってきたのかも曖昧な辺り、ぼんやりとしすぎてしまっていたらしい。

そろそろ現在地の確認をしておこうと、駅の出入口付近に設置されている周辺地図を見てみるが、全く解らない場所だった。
日本に帰ってきたのも久々だというのに、フラフラするものじゃない。


「……聞くか」


地図の前で暫しボーッと突っ立ったまま考えあぐねた結果、地元人のお知恵を拝借することに。
無難な選択肢を見つけて選び出すことに成功した私は、周辺情報を得るついでに何か暇つぶしになりそうなものがないか駅員に聞いてみることにした。


「―――暇つぶし?」


一度出た駅に再びUターンして改札口にいる駅員に事の顛末を説明すると、案の定怪訝な顔と声が返ってきた。
当然の反応だよな、と内心苦笑しながらも、私はコクリと頷く。


「フラフラしてたらここに行き着いたんですけど、この辺よく解らなかったので。何かないかなーと」
「暇つぶしに何かって言われてもねぇ……うーん……」


突然現われた訳の分からない女子高生の質問に、駅員は悩ましげな声を上げて首を捻り出す。
これは諦めて帰ったほうがいいのかな、なんて考えながらも駅員の様子を窺っていると、不意に、駅員がハッと思い立ったように私を見てきた。
ジロジロと私を暫し観察した駅員は、小首を傾げる私に向かって尋ねる。


「君、その制服……泥門高校?」
「え? はい、そうですけど」
「それなら天界グラウンドに行くといいよ」
「……天界グラウンド?」 


どうやら私の着ている制服に見覚えがあったらしい。
駅員は私が泥門高校の生徒だと分かると、聞き慣れない場所を提示してきた。
グラウンドというのだから運動場か何かなのだろうが、何故泥門高校の生徒だからといってそこを薦められるのか―――。

疑問符を頭の上に浮かべる私を見かねたのか、それとも元々親切な人なのか。
駅員は私に少し待つように言って一度奥へ引っ込んでいくと、ものの数十秒で目の前に戻ってきた。
その手には先程私が見ていたような周辺地図が握られていて、それを私に見せながら、駅員は丁寧に説明を始める。


「駅を出て少し歩くと恋ヶ浜高校ってところがあるんだ。そこに併設してるグラウンドだよ」


ほら、ここね。

そう言って地図のとある箇所を指し示す駅員。
確かに駅員の言うとおり、その指し示す先には高校を示す記号があって、小さな字で『恋ヶ浜高等学校』と書かれていた。
そしてその隣にある空いた敷地には、『天界グラウンド』の文字。

本当だ、結構近い。


「今日、確かここで泥門高校と恋ヶ浜高校が試合してるよ。春の地区大会だったかな……」
「試合? へぇー……何のですか?」


泥門高校は意外と部活動が盛んらしいので、休日である今日そういうことがあってもおかしくない。
春の大会ならば今の時期的にまだ始まったばかりだろう。

サッカーか何かかな。




「随分大荷物な集団が降りていったのを見た―――アメフト、らしいよ」




軽い気持ちで駅員に聞き返した私は、その駅員の言葉に心臓を跳ね上がらせた。

ドクリ。
不意打ちで投げかけられた単語に、私の心臓が鼓動する。


「アメ、フト……」
「そう、アメリカンフットボールね。知ってる? 知らないか、女の子じゃ」
「……」


言葉を反芻するように小さく呟いた私に、駅員は軽く笑いながら言う。
でも、私にはそんな駅員の様子を気にかける余裕がなくなってしまって、思わず呆然とする。
幸いなことに、駅員はそんな私の様子に気づくことなく話を続けた。


「女の子にあんなマイナースポーツの観戦を薦めるのもどうかとは思うけど、君は泥門の生徒みたいだし、暇つぶしにはなるんじゃないかな」


……暇つぶし?
そんな。
そんな気楽なものじゃない。

自分から「暇つぶしになるものを」と言っておきながら何だが。
そんな気楽に、今の私が見られるスポーツじゃ、ない。


「ここからそう遠くないから迷わないとは思うけど、一応この地図持っていくといいよ。アメフト部らしき集団を見てからそれなりに時間は経ってるけど……この時間なら、まだ試合してると思うよ」


間に合うといいね、と笑いながら綺麗に畳んだ地図を差し出してくる駅員に、呆然としていた意識を無理矢理引きずり上げて。
声をかけた当初よりも大分小さな声で礼を述べてから、私は地図を手にしたままトボトボと歩き出した。

ああ、もう。
まさか、暇つぶし探しの結末が、こんなことになるなんて。


(……泥門高校の、アメフト部)


ただのアメフト観戦ならば、こんなに悩まなかったのかもしれない。
大学生の試合だとか、他の高校同士の試合だったなら。




―――よりにもよって、泥門高校のアメフト部だなんて。




アメリカから1人で帰国して日本の高校に通うことを決意したとき、私は自分の意思で泥門高校を選んで受験した。
他にも選択肢があった中で何故泥門高校を選んだのかは、いくつか理由があるのだが。

私は、そこに“彼ら”が通っていることも知っていて、受験した。
同じ高校に通うことを初めこそ躊躇ったのだけれど、どうしても泥門高校がよくて。
関わることを恐れながらも、ひっそりと通っていれば気づかれないかな、なんて考えていたけれど。


(まさか、こんなに早く、見ることになるなんて)


そんな“彼ら”は、私の幼馴染みととても親しくて。
勿論、そんな幼馴染みを通して知り合った私も面識があって―――アメフト部、なのだ。


「……っあー、もう」


駅員の親切心が、今はとても痛い。
すぐ傍で見張られているわけでもないのだから、駅員の推薦を無視して別の場所へ行ってしまえばいい話なのかもしれないが、私の良心がそれを許さなかった。


「行くだけ、行ってみるしかないよ……ね」


手元にある地図を一度見て道を確認した私は、心中穏やかではないながらも当たり前のように足を進める。

行き先は―――天界グラウンド。


(あーあ、制服じゃなきゃ帽子なり何なり被れたのに)






頭上を低く飛びながら雲を引く飛行機。
空は驚くほど晴れ渡って、春の空気も澄んでいた。

天界グラウンド―――。
大きなスポーツ施設に比べれば簡素なグラウンドではあるが、観客はそれなりに賑わっていた。
グラウンドを見渡すかぎり、ほとんどが恋ヶ浜側の観客や応援のチアリーダーのようだが、他校からの偵察らしい姿もチラッと見受けられる。

恋ヶ浜高校の校舎を横切って覗き込んだグラウンドでは、駅員が言っていたとおりアメリカンフットボールの試合が行われていた。
学校のグラウンドだけあって隠れて観戦できそうな場所は見当たらないので、恐る恐るといった感じで、眼鏡越しに試合の様子を眺める。


(あれだけ葛藤しておきながら、いざ見ようってなると眼鏡までかけちゃう私の馬鹿……)


試合状況は泥門も恋ヶ浜も得点を得ることなく、押し合いへし合いしながらの最終クォーター。
先程恋ヶ浜側から残り時間を叫ぶ声が聞こえてきたので、試合終了間際のようだった。

現在、恋ヶ浜キューピッドの攻撃。
白に淡い桃色の、何ともおめでたそうな色のユニフォームを身に纏った選手が、楕円形のボールを抱えて走っている。

そして、それに必死になって食らいつく―――目に鮮やかな、赤いユニフォーム。
悪魔の翼が描かれたヘルメットが、陽の光を反射してキラリと光っていた。


(点が取れてない分取られないように踏ん張ってるけど、大分圧されてるみたい、泥門デビルバッツ)


泥門側からはできるだけ遠い場所で試合を眺めて、私は一人冷静に分析する。
あれだけ渋りながらも本能的に“彼ら”の姿を捜す目は、フィールド内にひしめき合うアメフト選手達を観察。
観戦者達の会話やフィールドの選手達が立てる喧騒を耳聡く拾い上げる耳は、そこから必死に戦況を読み込もうとしている。

そんな時だ。




「ふんぬらばっ!!」




聞き覚えのある気合の入った掛け声と共に、ボールを運んでいた恋ヶ浜の選手がフィールド外へと押し出される。
ボールが運ばれるのを阻止したのは、見覚えのある体格の泥門選手だった。


「……」


栗のような丸い頭はヘルメットに隠れてしまっているが、ふくよかというには物足りないほどのあの大きな身体はそうそうお目にかかれるものではない。
相撲取りも腰を抜かしそうな、アメフトのラインマンとしては恵まれた体格を持つ彼は、その見た目や力強さとは裏腹に、繊細で心優しい性格の持ち主だった。


「まずい! ゴール近い!」


そんな彼のタックルによって何とか恋ヶ浜の走(ラン)は止められたが、場所は泥門自陣の10ヤード手前という、非常によろしくない場所だ。
現在の残り時間や両チーム無得点という状況下なら、相手チームはタッチダウンでねじ込むよりも確実に得点を得るためにフィールドキックでゴールを狙ってくるはずだ。
距離的にも、確実に決められる距離。

案の定恋ヶ浜の選手達はそれを狙っているようで、残り時間数秒の状況でのチャンスに湧いている。
泥門側は否応なしにキック阻止へと集中することになる、が―――。


SET!」


掛け声と共に恋ヶ浜側のホルダーにスナップされたボールは素早くキックティーにセットされ、キッカーが脚を後ろへ振り上げる。
その瞬間、恋ヶ浜の壁(ライン)の中央を崩した泥門が、キックを阻止しようと飛び込む。
背番号30のユニフォームを着た選手が威勢よく突っ込んでいくのを見て、このまま行けば阻止できるかと思われた。

しかし、その期待も虚しく、恋ヶ浜のキックは放たれる。


「入れーーー!」
「入るなー!」


恋ヶ浜・泥門双方の叫び声が轟き、軍配は―――恋ヶ浜へと傾いた。
高い笛の音がフィールドに響きわたり、恋ヶ浜側の得点ボードには『3』の数字が現われる。

その様に湧くのは、当然恋ヶ浜で。
残り時間数秒の中で入った得点で歓声を上げる恋ヶ浜を余所に、泥門はキック阻止へと走った選手がフィールドに倒れ込んでいる姿を目にし、他の選手達がその場に集う。


「……あれって、人工芝用?」


地面に倒れ込んで右足を抱えて痛がっている様子の背番号30に目を向けた私は、その選手の足元に目を移し、驚いた。

天界グラウンドは土のフィールドだ。
その場合、底が滑る運動靴などでは強い踏み込みができないので、滑る止めが施されているスパイクが必要になる。
人工芝のフィールドであれば滑りが少ないので、それはそれでまた専用のスパイクがあるのだが、どうやらあの背番号30の選手は滑り止め加工されている土用スパイクではない人工芝用スパイクを履いて試合をしていたらしい。

今までそれで試合できていたこと自体すごいな。

そんなことを思いながら、脚を滑らせて負傷した様子の背番号30を見つめていた。


「あだだ!」


不意に、視線を向けていた人工芝用スパイクに包まれた足が、横から伸びてきた手に掴まれ、グイッと無遠慮に持ち上げられる。
痛がる選手の声を物ともせずに無理な姿勢を強いる手の主へと視線を移し―――私は、顔を強ばらせた。




「―――何だこりゃ、人工芝用のスパイクじゃねーか」




重力に逆らうように立てられた、金色の髪。
人間とは思えないほど尖った耳には、キラリと光を反射するピアスが2つずつ。

見るもの総てを威嚇する、その容姿。


「滑るに決まってんだろ。誰だ、こんなん渡したバカは!」


怪我人にも遠慮がない傍若無人さに、相変わらずの口の悪さ。
容姿からも態度からも、誰もが恐れて誰もが身を震わせる。

そんな、私がよく知る、その人は。


「テンメー糞主務!! スパイクくらいちゃんと見分けやがれ!」


“泥門の悪魔”などと言われる通りの形相で、傍らに立っていた少年を怒鳴りつけていた。

1年ぶりに目にするその姿に思わず呆気に取れていると、彼は失態をしたらしい主務だという少年の首根っこを掴んで「死刑」などと危ない言葉を零しながら建物の影へと引きずっていく。
残り数秒とはいえ試合中だというのに、一体何をするつもりなのか。

―――彼ならば、今の状況でもまだ勝機を見出すだろうに。

悪魔な彼が怯える主務を建物裏へ引きずっていき何かよからぬことをしている間に、フィールドに倒れていた背番号30の選手が担架に乗せられてフィールド外へ運び出される。

泥門選手達が心配そうにそれを見送り、恋ヶ浜選手達が勝利を確信して騒ぎ立てていると、満足気な表情で金髪の悪魔が戻ってきた。
何やらまたしても恐ろしいことを口走って手をはたいているその姿に、泥門選手達はガタガタと震えている。


(そういえば控えの選手はいるのかな……見る限りじゃ人数ギリギリみたいだったけど)


赤いユニフォームを身に付けた選手を一人一人目で追って数えていくが、やはり負傷した選手の代わりをする控え選手はいなさそうだ。

最低11人は必要なアメフト選手。
おまけに、今の戦況からして逆転するにはタッチダウンの6点狙いでなければならないので、それなりの脚を持った人物でなければ残り時間的に無理がある。

そんな心配が頭の中を過ぎっていくが、仲間達と話をする悪魔の表情は何時になく自信に満ち溢れ、不敵だった。
何か秘策でもあるのだろうか。

先程まで乗り気ではなかったアメフト観戦にまんまとのめり込んでしまっている自分に気付いて苦笑しながらも、試合終了のホイッスルまで泥門の勝利を願ってしまう。
そんな自分に少し驚いていた、その時だった。


「うおっ!」
「すげっ! 何?」


突然、泥門選手達の輪の中に、1つの影が飛び込んできた。

泥門の赤いユニフォームに包まれた、お世辞にもガタイがいいとは言えない小柄な姿。
そして、頭を覆うヘルメットと。


「紹介しよう」


目元を隠す、色付きのアイシールド。

いつの間に、と思って目を丸くしている間に、悪魔はその影を見て口を開く。




「光速のランニングバック―――アイシールド21!!」




突然の助っ人登場に、天界グラウンド全体が騒然となった。
アイシールドによって顔を隠された謎のランニングバックが、泥門最後の隠し球のようだ。

そして私は、そんな彼の走りに、目を奪われることとなる。


『残り9秒、キューピッドのキックオフです』


試合再開のホイッスルが鳴り響き、いよいよラスト1プレー。
勝ち越したい恋ヶ浜キューピッドのキックオフは、好調な高いキックで始まった。
そんなボールの落下地点へ走り込んだのは、泥門デビルバッツの背番号1―――先程の”悪魔”だった。

キックオフのボールが高かったこともあり、落下してきたボールをキャッチした直後に恋ヶ浜の選手2人からのタックルを受けるが、悪魔は素早くボールを手の中から放った。


「行けッ!!」


あの隠し球、アイシールド21に。

ボールを手にしたアイシールド21は、悪魔の声を聞いてそのまま地面を蹴って走り出す。
その様に、地面に腰を下ろして観戦していた私は思わず立ち上がる。


「そっち逆……!」


先程までは人目を気にして前に出られなかった自分が嘘のように、私はフィールドへと一歩近づいて言葉を零す。
それとほぼ同時に悪魔の怒鳴り声が響いて、走り出していたアイシールド21の脚が急ブレーキをかけ―――そして、砂埃の中へと滑っていって消えてしまった。

どうやらアイシールド21も先程の背番号30の選手と同様に、土用のスパイクを履いていなかったらしい。
滑り方からして、もしかしたら倒れてしまっているかもしれない。
砂埃に覆われて姿が見えない隠し球に誰もが試合終了を予感し、恋ヶ浜の選手がからかい半分にアイシールド21へと近づいていく。

そんな中、私は。


(……いや、いる。立ってる)


唐突に晴れる砂埃。
その中から飛び出してきたアイシールド21の姿に、誰もが驚愕の表情を浮かべた。

爆発的なロケットスタート。
そのまま一気に敵の自陣へ向かってフィールドを走り抜けていくスピード。

フィールドを捩じ伏せるような、黄金の脚。


「残り0秒!」


その声に、アイシールド21の走りに圧倒されている恋ヶ浜が必死に止めようと手を伸ばす。
しかし、もう遅い。
スイスイと、そのスピードを生かし、小柄な身体を生かし、アイシールド21は次々と敵を抜いていく。


(す、すごい……!)


その鋭い走りに、私は他の観戦者同様に目を奪われ、心躍らせた。

自分が向かうべきエンドゾーンを間違え、あまつさえ履くべきスパイクの種類も間違える。
走りにはまだ荒さがあるし、明らかに素人であるその振る舞い。


(でも、これは……この走りは)


失態すらもなかったことにして総てを凌駕する、誰にも止められることのできない走りだ。


「タッチダーーーゥン!!」


笛の音と審判の声。
泥門側の特典ボードに『6』の数字が現われた瞬間、金髪の悪魔の声と共に盛大な花火が打ち上がった。








その心の焦げ跡は、君の勇姿が焼き付けた。

(光の熱を帯びる、熱い熱いその脚で)










アトガキ。

*知るが故に引き込まれるヒロイン。そして、ここから始まるヒロイン。

*とうとう、とうとう書いてしまいました、アイシールド21。
 基本的にスポーツ漫画はあまり得意ではない私ですが、アイシールドだけは惹かれました。
 ……何にって、ヒル魔にです(爆)
 ということで、ヒル魔贔屓です!

 今回はヒロインの中で”始まる”きっかけとなる話。アイシールド21であるセナのデビュー戦です。
 ……無理矢理試合に合わせた感が否めませんが、そこは軽く無視してください。そして、私がアメフトのルールうろ覚えなのも無視してください。
 試合描写などでどうしても長くなってしまうのが悩みですが、それは今更なので。できるだけ簡潔に書いていきたいと思います。

 今回はまさかの校長先生登場でしたが、次はメインキャラに絡ませられたらいいなと思います。
 素人な管理人の無理矢理な小説ですが、生暖かく、時に笑い飛ばし嘲笑いながらお楽しみください。




*2012年4月14日UP。