CONTINUATION OF A DREAM.   02

春季東京大会初戦を目前に見つけ出した、黄金の足を持つ逸材。
その逸材―――アイシールド21のおかげで、逆転勝利を決めることができた初戦・恋ヶ浜キューピッド戦。
おまけにそのアイシールド21の正体である小早川瀬那の幼馴染みにしてお目付け役の風紀委員・姉崎まもりを、ああだこうだと言いくるめてアメフト部マネージャーという名の労働力として手中に収めることに成功。

次々と思い通りに事が進む様に、蛭魔妖一は至極上機嫌だった。
たとえ2回戦目の相手があの王城ホワイトナイツだとしても、蛭魔の機嫌が損なわれることはない。
むしろ、今まではほんのひと摘みしか感じられなかった王城への勝機が上がったことにも、更なる喜びを感じていた。




―――全国大会決勝(クリスマスボウル)に、これでまた一歩近づいた。




「ねえねえ! ヒル魔!」
「あー?」


恋ヶ浜との試合を終えて道具やら銃器やら花火の残りカスやらを片付けていると、自分の何倍もある巨漢が近づいてくる。
弾みのある声で名を呼ばれて顔を向けると、先程まで初勝利に大喜びしたり次の対戦相手を聞いて悲鳴を上げたりして騒いでいた友人―――栗田良寛が、ニコニコと今にも溶け出しそうな顔で笑っていた。

まあ、気持ちは分からなくもないが。


「セナ君が仲間になって、初勝利にマネージャーまで入ってくれて、もう僕一生の運使い果たしちゃった感じだよー」
「馬鹿か。この程度で尽きるわけねーだろ。つーか運じゃねーよ、実力だ糞デブ」


そう、実力だ。
運なんて不確かなもののみを持って、ここまで来たわけではない。
ただ、今まではその実力を充分に活かせるほど、仲間がいなかっただけで。

そう悪態づいてやれば、栗田は相変わらず締まりのない顔のまま嬉しそうに頷いた。

そう、仲間だ。
最大限に活かし合える仲間が、自分達には必要なのだ。

いつまでもヘラヘラとして落ち着きのない栗田に荷物を行き同様山程押し付けながら、蛭魔は蛭魔なりに勝利の喜びを噛み締め、そして次へ向かって早くも思考を巡らせる。
たとえすぐ傍で助っ人として引っ張りこんできた他の部の泥門生達がワイワイ騒いでいたとしても、大して気にはならなかった。


「―――あっ、そういえば俺さっき泥門の制服着た子が試合観てるの見つけたんだよ!」


試合に勝利したことに加え、泥門高校のマドンナ的存在である姉崎まもりが登場したことでテンションが上がっている助っ人達。
和気藹々といい気分で話をしながら帰り支度を整えている中、バスケットボール部から借り出してきた助っ人の1人・佐竹が声を上げた。


(泥門の生徒が観戦してただ?)


脱ぎ捨てたユニフォームを箱の中へ投げ入れていた蛭魔は、そんな佐竹の言葉に微かに眉を寄せる。

確かにある程度の観客はいたが、ほとんどが恋ヶ浜目当ての観戦者だった。

うちは選手の他は表向き主務としている隠し球・アイシールド21と犬のケルベロス、あとはジャリプロ所属のアイドル・桜庭春人の生写真で釣ったチアリーダー達くらいのはずだ(そのチアだって、元は恋ヶ浜のものだったのだし)。
今回は大っぴらな宣伝もしていないし、ましてや部員数が少なく弱小だと思われているアメフト部の試合を、わざわざこんな休日に足を運んで観に来るような生徒は泥門にはいないはずだ。

普段ならば別段気になる話題でもない佐竹の話に、蛭魔はどことなく引っかかりを覚えた。


「それがさ、何か遠くの端っこの方で1人で観戦してたんだけど、何か見覚えない子だったんだよなー」
「何だよそれ。それお前がただ単に見間違えただけじゃねーの?」
「いや、うちの制服だったってあれは、絶対に。グリーンのブレザーだったもん」


話題を気にかけていない風を装いながらも、耳だけを佐竹の話に傾ける。
しかし話を聞いている連中はいまいち信用していないようで、「何を言ってるんだコイツは」という表情だ。


(……くだらねぇ)


佐竹の話しぶりやテンションからして、女だったのだろう。
女好きである佐竹らしい話題ではあるが、蛭魔はそこまで話を聞いて一気に興味を削がれていった。

ただでさえ、観戦に来る生徒がいる可能性が低い泥門高校。
それが更に女であったとなれば、何かの見間違いに違いない。
アメリカンフットボールという、日本では未だ馴染みのないスポーツ、ましてや格闘技さながらの男臭さが滲み出るスポーツの観戦など、女が好き好んでするとは思えなかった。

―――例外的に、顔が浮かんだ人物がいないわけでは、ないのだが。


(まあ、それこそ有り得ねェしな)


蛭魔は内心鼻で笑って、ベンチの上に並べられたヘルメットをポイポイと箱に投げ入れる。
先程までの勝利の余韻は、幾分消し去ってしまっていた。

そんな中、佐竹の話題に意外な横槍が入れられた。


「その子なら私も来るときに見たよ」
「ま、まもりさん……!」


いい加減なことを言うなと周囲に責められていた佐竹へ助け舟を出すように割り込んできたのは、今し方泥門デビルバッツマネージャーに引きずり込んだ姉崎まもりだった。
小さく片手を上げて発言したまもりにその場にいる全員の視線が集中し、佐竹が天の助けとばかりに恍惚とした目を向ける。

まもりの意外な行動に、蛭魔はヘルメットを投げる手をピタリと止めた。


「休日なのに何で泥門の制服着た女の子がいるのかなって思って気になったもん」
「ほらな! やっぱ来てたんだよ! しかも結構可愛い子だったぞ、あれは!」
「マジかよ……」


佐竹の言葉は信じ難くとも、マドンナであるまもりの言葉は簡単に飲み込んで吸収できるらしい。
都合のいい頭だな、と嘲笑ってやりながらも、話を聞く耳はそのまま。


「佐竹君が言ったとおり、見覚えない子だったなぁ。泥門の生徒全員を把握してるわけじゃないけど、私風紀委員だからそれなりに分かるはずなんだけど……」


新入生かな?

そう言って首を傾げるまもりの横で、今度は主務の皮をかぶった光速のランニングバックが「そういえば」と声を漏らす。
それを耳にしたまもりは、何か思い当たる節があるらしい幼馴染みに顔を向けた。


「何か知ってるの? セナ」
「う、ううん、知ってるってほどじゃないんだけど……」
「何だよ主務ー」


おどおどとした様子で小さく話し出す瀬那の様子に若干苛立ちながらも、蛭魔は銃器には手を伸ばさずに黙って話を聞いていた。


「僕のクラス、席が1つ多くて……誰だったかが先生に理由聞いてたんだけど、入学試験には受かったんだけど入学式には間に合わなかった新入生がいるらしくて、その子の席だって……」


つまり、入学式を終えて数日が過ぎてから漸く泥門高校へ入学してくる生徒がいる。
それがもしかしたら、入学前にアメフト部の試合を観戦に来ていたのかもしれないと。

そんなわけあるか、と、蛭魔は内心で悪態づく。
可能性がないわけでもないが、そんな入学式にも遅れてくるような人間が呑気にアメフト観戦などするはずがない。
常識的に考えて。(常識など一切通用しない蛭魔が言うのもなんだが)
それがたとえ事実だとしても、何とも都合がいい人間がいたものだ、という感想しか持てない。

蛭魔は手に持っていた最後のヘルメットを箱に収めると、呆れたように溜め息を零してから、その箱を栗田へ押し付けた。
溜め息の原因は、くだらない話を始めた佐竹とそれに乗ったまもり、更にそれに乗っかっていった瀬那―――そして、ほんの少し、本当にほんの僅かに”何か”を期待してしまった自分自身。


「ま、まあ、セナの話は1つの可能性として……本当誰なのかしら、あの子」
「さあ……」


試合も勝って労働力も手に入れたことだし、さっさと帰ろう。
そう考えて自分の荷物に手を伸ばし、バッグを抱える。


「ね、ねえヒル魔ぁ……」
「いつまでも埋もれてんじゃねェ糞デブ。さっさと帰って王城対策考えんぞ」


蛭魔に押し付けられた箱に埋もれながらも、同じように話を聞いていたらしい栗田。
自分と同じことを一瞬でも考えてしまったのだろう。
その顔は先程の笑顔とは裏腹に、期待が打ち砕かれた寂しげな表情だった。


「なあ、その子どんな感じの子だったんだよ佐竹」
「どんなって……可愛かった!」
「いや、それ以外で特徴なかったのかよ!」


まだその話続ける気か。


「特徴って言われても……俺もよく見てなかったし」
「何だそれ! 役立たねーな佐竹は……まもりさんはその子の顔とか見ました?」
「私? うーん、すごく近くで見たってわけではないけど、見たよ」


飽きもせず『謎の泥門生』について話を続ける助っ人達とまもり。
いい加減鬱陶しくなってきて苛々し始めた蛭魔は、肩にかけたバッグの中から拳銃を二丁取り出し、銃口を助っ人達(特に佐竹を狙って)向けた。

しかし。




「眼鏡かけてたけど、真っ直ぐ試合を見つめてた眼が印象的だった―――少し金色っぽい感じの、綺麗な瞳だったの」




まもりのその言葉に、引き金を引こうとしていた指の動きが止まる。
まさか、という想いが頭の中を占拠して、自分が今感情丸出しの表情をしていることにも気が回らなかった。


「……外人さん?」
「うーん、見る限りじゃ日本人だったけど」


そんな、まさか。
そんな話、アイツにだって聞いちゃいねぇってのに。

そこまで考えて、ふと蛭魔は思い至る。

そういえばアイツは、中学の時も自分からそいつを守るために必死になって情報を遮断していた。
―――大事な、大事な、幼馴染みのことを。
そんな奴が、たとえ何かしら情報を持っていたとしても自分に言ってこないことは、よく考えてみれば分かることだった。


「ヒ、ヒル魔!」
「……うるせーよ、糞デブ」


期待が、再び沸き上がる。
今度は先程よりも大きな、確信にも近い期待が。

案の定、栗田の表情は明るい。
少しは黙れと邪険にしながらも、自分の口元まで笑みが深くなるのが分かった。

アメフト観戦をする泥門生。
女子。
真っ直ぐで綺麗な、金色がかった瞳。

助っ人である佐竹が気付いていたというのに、試合に夢中で気が付かなかった自分が、今となっては恨めしい。
しかし、もうそんなことはどうでもいいことだ。


「王城対策ついでに調べんぞ」
「調べるって、どうやって?」
「校長脅して聞き出す」
「えええええええっ!!」


春大会初戦前に見つけ出した、小早川瀬那扮するアイシールド21
そのおかげで得た初勝利と、マネージャー。




そして―――待ち望んだものの1つかもしれない、希望の影。




蛭魔妖一は、再び上機嫌だった。
何時になく、上機嫌になっていた。


「ケケケケケ!」


ああ、本当。
上手く行き過ぎて、笑いが止まらない。





**********





「―――えっと、……です」


よろしくお願いします。

珍しいものでも見るようなクラスメイト達の視線をこれでもかと受けながら、私は軽く頭を下げた。
黒板に名前を書かされて、担任の先生に自己紹介を促されて。
まるで転校生のような扱い方だなと一瞬思ったものの、そう変わりはないかなんて、無理矢理自分を納得させてみた。

校長先生への挨拶を終えた後、ひょんなことから泥門と恋ヶ浜のアメフト部の試合を観戦することになった日の翌日、予定通り私は泥門高校12組へと入学することができた。
入学式から1週間ほどしか経たないうちにやってきた新顔にクラスメイト達が動揺しているのが手に取るように解って、私はただただ教室の前で苦笑を浮かべることしかできない。
転校生にしては時期がおかしいし、新入生にしても同じくおかしい。
そういうことでザワザワとしているのだろうことは明白だが、いざこういう状況になると複雑な気持ちになるものだ。


「はーい、静かにー。さんは家庭の事情でアメリカの方にいたんだけどね、わざわざそっちの方から入学試験を受けに来て合格した上で、きちんと入学手続きも済ませています。ただ入学式の時には諸事情で来られずに今日まで学校に来られなかったそうです」


そんな私の心中を察してくださったのか、先生が簡単に説明を始める。
しかし先生のそんな説明内容がいけなかったのか、クラスメイト達の戸惑いのざわつきが、今度は何故か同情が籠った生暖かいざわつきへと変化してしまった。

先生、別にアメリカのこととか入試のことは話さなくてもよかったんじゃないでしょうか……。

そうは思ったものの口には出せず、私はもう一度「よろしくお願いします」と頭を下げた。
仲良くしてあげて、と最後に皆に投げかけた先生は、私に窓際の一番後ろにある空席へ着くように指示をする。

おお、何だかいい席だ。

ある程度人間関係も出来上がってきているだろうクラスに途中参加する不安はあるものの、持ち前の楽観的思考に任せて私は席へと足を向けた。

何だか懐かしい感じのする机と椅子。
席について鞄の中身を机の中へ移してから、軽くなった鞄を机の横に引っ掛けた。

さあ、新生活のスタートだ。






さん、一緒にお昼食べようよ」
「……え?」


4時限目の授業が終わり、昼休み。
私の不安などどこ吹く風で、クラスメイト達は初めこそよそよそしかったものの気さくに話しかけてくれて、打ち解けやすい環境を作ってくれて。
いいクラスに入れてもらえたな、と、私は内心喜んでいた。

昼休みに入り、窓の外をぼんやりと眺めながらお昼ご飯でも食べようかなと考えていると、不意に目の前の席の女の子が振り返ってきて、ニッコリと笑ってそう言った。
突然の誘いに驚いて目を丸くしていると、その子は声を出して笑いながら立ち上がる。


「あはは、そんな驚かなくてもいいのに。先約が無いなら、どう?」
「あ、うん。先約はないけど……えーと」
「あ、ごめん、自己紹介してなかったわね。私、池内美都っていうの。よろしくね」


何ともハキハキとしている彼女―――池内美都は、そう言いながら自分の机を私の方へ向けてくっつけてきた。
私はそれに些か圧倒されながらも、悪い気はしないので「よろしく」と笑って返す。


「ずっと話しかけたかったの。席が前後だからすぐに出来るだろうって思ってたのに、さんずっと皆に囲まれてたでしょ? 何か無遠慮に質問攻めされてたけど、大丈夫?」
「うん……ちょっと驚いたけど、しょうがないかなって。特殊だからさ、私」
「確かにそうだけど、事情があるって先生も言ってたんだから、根掘り葉掘り聞き出さなくてもね」


まったく、と呆れたように溜息をついた彼女だが、「でもいいクラスでしょ」と笑顔を向けて言ってきたので、私はコクリと頷いて同意した。

ハキハキしていて快活そうな彼女は、とても美人だ。
とても長くて真っ直ぐな栗色の髪をサラサラと靡かせて、時たま顔にかかった髪を耳にかける仕草は、実に女性らしい。
ショートヘアに軽くうねる黒髪に、お世辞にも明るいとは言えないだろう性格の私とは正反対な子だなと思った。


「あ、そうだ。『』って、呼んでいい?」
「いいよ。好きなように呼んで」
「やった! じゃあ、私も『美都』って呼んでね、


お互いに昼食の弁当を机の上に広げながら、私達は他愛の無い話をする。


「そういえばさ、ってアメリカにいたんでしょ?」
「うん、小学5年くらいから中学1年の前半くらいまでいて一旦日本に帰ったんだけど、そのあと中学3年の初めくらいにまたアメリカに行くことになってつい最近戻ってきたの」
「へー、随分短期間で行き来してるのね。ご両親の仕事の関係で?」
「……あー、うん。両親というか父親の、かな」


美都の話に差し障りのない返事をしながら、私は自分で作った弁当へと箸を伸ばす。
話していて分かったのだが、彼女はそれほど人のことを根掘り葉掘り聞いてこようとはしてこない子のようなので、気楽に話ができていい。

あまり話題にしたくはないことなのだ、アメリカに行っていた理由は。


「アメリカに行ってる間はそっちの学校通ってたんでしょ? じゃあ、英語なんてペラペラね」
「いや、ペラペラというほどじゃ……やっぱり日本語の方が楽で好きだし」
「そりゃあ日本人ならね」


パクリと、美都も自身の弁当のおかずを口に運ぶ。
小さなミートボールをフォークに差して口の中に入れると、上品に咀嚼していく。
私も倣うようにして、卵焼きを口に入れた。

……うん、上出来。


「ねえ、。何か聞いてばかりで申し訳ないんだけど……」
「? 何?」


何だか平和だな、なんて、弁当を食べながら話をして感じていると、不意に美都が遠慮がちに私を見てくる。
どうしたのかと思って首を傾げると、彼女は少し身体を乗り出して私の顔を覗き込んできた。


「……」
「……」
「……ど、どうしたの?」


そのまま暫く、マジマジと顔を覗き込まれて。
何だか緊張してきてしまった私は、居心地の悪さに冷や汗のようなものを滲ませながら美都に問いかけた。
美都は暫しそうして身を乗り出していると満足したように笑って身体を起こし、感心したような声を漏らしながら口を開く。


「その眼の色、てっきりカラコンか何かかと思ったんだけど……自前ね」
「眼? ……ああ、これか」


どうやら私の瞳の色が気になっていたらしい。
それでマジマジと顔を覗き込んできたのか、なんて納得して、私は無意識に瞼へと手を伸ばして、触れた。


って、別にハーフとかクォーターとかいうわけじゃないわよね?」
「日本生まれの純日本人です」


そう、私は純粋な日本人だ。
両親とも日本人だし、その両親の両親も日本人。
外国の血など、一滴たりとも入っていない。


「じゃあ、何で眼の色が金色っぽいのかしら……?」


不思議ね、と続けた美都の言葉に、私も思わず頷いた。

私は生まれつき、瞳の色が人より特徴的だ。
今の時代、カラーコンタクトというオシャレアイテムが存在するのでさほど不自由はなく今まで過ごしてきのだが、やはり私と面と向かうと誰もがこの瞳の色を不思議そうに指摘してくる。

見る人によるのかもしれないが―――“金色”と称される、この眼。


「本当に『金色』、とまではいかないけど……何て言うのかしら……金茶? 本当、不思議な色」
「そうかな? 別段気にしたことはないんだけど」
「綺麗よね、すごく。は何か真っ直ぐ視線を向けてくる人みたいだし、それが余計際立たせてる感じ。体質かしらね」
「うーん、多分人より少し色が明るいだけだと思うよ。お母さんも似た感じの色だし、遺伝じゃないかな」
「へー」


何だかずっと彼女に感心されている気がするけれど、彼女が興味津々に見つめるほどのことでもないように自分では思う。
それは生まれた時から私がこの眼と付き合っているからなのかもしれないが、私にとっては眼の色なんて何色であっても大した問題ではないのだ。




私にとって、それよりも“最重要”であったことは―――。




「……あ、あのっ!」


眼の色の話題から思考が別の方向へ移りかけていた時だった。

窓際で向かい合って弁当を食べていた私達にかかる声。
真横からかけられたその声に美都とともにキョトンとして顔を見合わせ、直後に声の主へ顔を向けると、そこには何だかオドオドとした雰囲気の少年が1人。


「す、すみませんっ! お昼ご飯中に」


何故かは知らないが、私と美都が自分の方へと向いた瞬間に、ペコペコと頭を下げてきた。

……腰が低い。


「あら、小早川君じゃない」
「え、あ、えーっと……池内、さん?」
「合ってるからそんな不安そうな顔しないで」
「ご、ごめん」


小早川君というらしい、その気弱そうな少年。
美都の様子からしておそらくクラスメイトだろう。
小柄で、私と同じくらいかそれよりも少し小さいくらいの身長だった。

美都に何か用があるのだろうかと彼を不思議そうに見つめていると、それに気付いた美都が「ああ」と声を漏らした後に彼を紹介してくれた。


「彼は小早川瀬那君。クラスメイトよ」
「は、はじめまして、さん」
「はじめまして」


とてもじゃないが同じ歳のクラスメイト同士の挨拶とは思えないほど堅い挨拶を交わして、私は目の前で頭を下げる彼―――小早川瀬那君に倣うように頭を下げる。
美都がその様子を見て苦笑しているのが、横目に何となく見えた。

「小早川君は最近アメフト部の主務になったの。意外でしょ?」
「―――……へあ?」


美都の口から放たれた言葉に、思わず情けない声を上げてしまった。
まさかこんなところで『アメフト』と聞くとは思ってもみなかったということもあるが、それよりも。


「アメフト部の……主務?」


この目の前に立っている彼が、小早川君が、ここ泥門高校のアメフト部の主務だという事実。

呆気にとられて小さく零した私の言葉に、小早川君がコクコクと頷いた。

ということは、だ。
この彼が、昨日天界グラウンドで試合をしていた泥門デビルバッツの主務で。
土のフィールドなのに人工芝用のスパイクを配った張本人で。
あの“悪魔”に『死刑』にされていたと思われる、人。


(……言われてみれば、確かに昨日の試合、泥門側に制服姿の男の子がいたような……)
「それで? 何か用? 小早川君」


思わぬ人物がクラスメイトであったことが発覚し呆然としている私には気づかず、美都が小早川君に訊ねる。
小早川君は少し言いづらそうに言い淀んでから、暫くして口を開いた。


「あの、さんにちょっとお願い……というか、謝罪というか」
「……わ、私?」
「謝罪?」


大変申し訳なさそうに眉尻を下げる小早川君。
その顔は真っ青というよりも真っ白に近いほどの、顔色の悪さだった。




―――あれ、何かすごく嫌な予感がする。




「僕もよく解らないんだけど……と、とりあえず、一緒に来てもらえます、か?」
「一緒にって、どこに?」


先程から驚きや良からぬ予感でろくに声が出なくなってしまっている私の代わりに、美都が首を傾げて訊ねる。
小早川君はそんな美都の言葉にビクリと肩を揺らして、冷や汗を流す。


「……ア、アメフト部の、部室……かな」
「はあ?」


小早川君の言葉に美都が訝しげな声を上げた、その瞬間。
私の耳に―――いや、学校中の生徒達の耳に、スピーカーからのブツリという音が届いた。


Yaーーhaーー!!昼休みをご満喫中のところ失礼するぜ、糞野郎共!!』


マイクによってこれでもかと拡張された声が、ビリビリと窓ガラスを揺らす。
スピーカーから放たれた、気を遣っているのだかいないのだか分からないようなテンションの高い声に、誰もが驚きに目を見開いていた。


「これって……」
「ひ、ヒル魔さん……」
「……」


それは話をしていた私達も例外ではなく。
大音量の声に不快そうに顔を顰めた美都の言葉を続けるように、小早川君が真っ青な顔をスピーカーに向けて名前を零す。
ひどく聞き覚えのあるその名前、それにスピーカーから流れてきた聞き覚えのある声に、私はただただ口元を引き攣らせた。


『糞主務!! テメーお遣いすんのにどんだけ時間かかってやがる! 1分以内に連れてきやがれって言っただろーが!
「ひいいいい!! ごめんなさいッ!!」


スピーカーから聞こえてくるあまりに個人的な言葉に、小早川君が心底怯えた声を上げて頭を下げる。
見えるわけでもないのに反射的に身体が動いてしまうらしく、ペコペコとひたすらスピーカーに向かって謝り倒す小早川君に、クラスメイト達の憐憫の眼差しが集中していた。

というか、1分て。
どこに連れて来いと言ったのかは知らないが、無茶振りにもほどがあるだろう。


『まあいい。そもそもテメーに頼った俺が馬鹿だった―――というわけで、今から呼ぶ奴は3分以内にウチの糞主務と一緒にアメフト部の部室まで来やがれ!』


どういうわけだ。

内心そんなツッコミをひたすら繰り広げていた私は、傍若無人にも程がある“悪魔”の言葉に、心底嫌な予感を感じていた。




『本日ここ私立泥門高校にめでたくご入学あそばされた―――12組、!!』




ああ、ほら。
だから嫌なんだ、あの人は。

スピーカーから、しかも“泥門の悪魔”の声で放たれた私の名前に、クラスメイト達が一斉に振り返ってくる。


『糞主務、時間2分伸ばしてやったんだ。きっちり部室まで連れてきやがれ! いいな!』


最後の最後、小早川君へきつく釘を刺した後、その放送はブツリと切られる。
突然訪れた静寂の中、美都が戸惑う声と小早川君が怯える声と私の重い溜め息だけが、12組の教室内に響いた。








逃げ道なんぞ、与えない。

(ヒ、ヒル魔。こんな無理矢理な呼び出し方……)
(ケケケ、いいんだよこれで。ほら、さっさと部室戻んぞ)










アトガキ。

*獲物を見つけた悪魔。悪魔に標的にされたヒロイン。

*久々更新で、ヒル魔さん視点からの始まりでした。
ヒル魔みたいに頭のいい人の内情を書くのは難しくて骨が折れるというか、キャラクターが崩れていないかすごく心配。。。
しかも、やっとこさメインで出てきたと思ったらヒロインとの絡みはなしという、引き伸ばし。
でもその代わりにセナ君に出てきていただきました。ヒロインのクラスメートなので、これからも関わっていきます。……必然的に、ハアハア三兄弟も。

 ヒロインに話しかけてきた女の子は完全にオリジナルのキャラクターです。
ヒロインがこれからアメフト部に関わっていく中で支えになってくれる子が必要かな、と思い出しました。
……まあ、もしかしたらそんなに出せないかもだけど。

 さて、次こそはヒロインとヒル魔達のご対面です!




*2012年9月2日UP。