Nobody Knows   05




真選組に(半ば殴り込み同然に)お世話になった日の夜、私はまだ、真選組の屯所で時間を過ごしていた。

真選組局長ご推薦、副長・一番隊隊長お気に入り―――。

この数時間で何故かそんな立場に立っていた私は、隊士さん達に尊敬の目を向けられることとなってしまっていた。

隊士さん達の剣の相手をしていたり退君(仲良くなった)と話したりしていたら、気が付くと外はもうすっかり暗くなってしまって。
そろそろ帰ろうかと思い、土方さんと総悟君(退君を名前で呼んだら、自分も呼べと言われた)に相談しに行くと、2人揃って私に、


「「泊まってけばいいじゃねーか」」


と、なんとも仲良く声を揃えて言って下さった。(仲良いね)

いくら真選組の皆さんが良くしてくれていると言っても、流石にそれは頂けないだろうと思う私。
かといって、この暗い道中1人で帰る勇気は、私にはない。(実は怖い)

どうしようかな。
誰かに送ってもらおうか……いや、それはそれで図々しいよね。

私はうーんと1人、縁側で唸る。
すっかり、辺りは闇にとっぷりと染まっている。
屯所の庭も、その庭にある池も、薄暗くてよく見えない。


「―――……あ」


何気なく手を入れた着流しの袂の中で、何かが指先に触れて私は思わず声を上げた。
袂からそれを取り出してジッと見つめる。


「何でィ、。携帯持ってたんですかィ」
「ぅひゃあっ!?」


突然、背後から耳元で囁かれた言葉に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。(不覚だ)
慌てて、耳を押さえて後ろを振り返ると、そこにはニヤニヤと笑っている総悟くんの顔。


「お、沖田さ―――」
「総悟」
「……総悟、君」
「何ですかィ?」
「気配を消して後ろに立たないで。ビビるから」
「ビビってるも可愛いですぜ」
「……」


駄目だ。
ここの世界の人と話していると、どうも調子が……。

私は重い溜息を零すと、気を取り直して携帯電話を開いた。(折り畳みなので)
そんな私の横に、総悟くんは何気なく腰を下ろす。
仕事をしなくていいのかな、などと心配しながらも、私は然程気にしなかった。

これは大分前、この江戸に来てすぐに気が付いたことなのだが、どうやらこの世界にも携帯電話が普及しているらしく、かといって私の世界の携帯電話が使えるはずもないと思っていたのだが、どうも私の思惑は外れていて。
私の携帯電話も、この江戸で使えることが分かったのだ。

おかげで新しい携帯電話を買う心配もなくなったのだが、当たり前のように元の世界の電話には、繋がらなかった。


「使うことはないと思ってたんだけどなァ……」


ボタンを押して、最近登録した番号を探す。
もしかしたら出ないかな、なんて思いながら、私は通話ボタンを押して携帯電話を耳に近づけた。


「……」


プルルル、プルルル。

呼び出すこと数回。
プツッ、と呼び出し音が切れたかと思うと、「はい」と聴き慣れた声。


「あ、もしもし、新八君?」
『へ? ……ちゃん?』
「うん、です」
『ちょっ、ちゃん! 今どこにいるの!? お登勢さんとかキャサリンさんとか神楽ちゃんとか……とにかく皆心配してたんだよ! 中々帰ってこないから!』
「え、あ、そ、そうだったの? ごめん……」
『銀さんなんてもう、いつも以上にうるさくって…』


「僕も心配したんだよ」と電話越しに柔らかく説教してくる新八君に、私は申し訳なくなってその場でヘコヘコと頭を下げる。
まあ、見えはしないが、こういうのは誠意の問題だ。


『待ってね、今銀さんに変わるから……―――銀さーん!』
「え、別にいいよ新八君!」


話がややこしくなる!

とは口に出して言わないが、私は思わずその場に立ち上がる。
電話の向こう側からバタバタと慌しい物音が聞こえた。


『ちょっ、それなら早く俺に変われや! ―――ちゃァァァん!!』
「ッ!?」
ー! 銀さんだぞー!』
「聞こえてるから、大きな声出さないで!」


きっと総悟君にも聞こえてしまっているだろう大声で電話越しに叫んでくる銀さんに、私は思わず怒鳴る。


『おい、。お前今どこいんだよ。しょーがねーから銀さんが迎えに行ってやるよ』
「ホントに? 実は頼もうと思ってたんだ」


よかったー、と私は一安心。


「あのね、銀さん。実は今―――」


真選組にいる、と私が告げようとするよりも早く、手の中から携帯電話が突然消えてしまった。
「あれ?」と私が首を傾げていると、不意に横から聴こえた話し声。


「もしもーし」
「ちょっ、総悟く―――」
は今日、うちに泊まっていくんで心配しねェでくだせェ、万事屋の旦那」
『…………はあ? その声、てめッ、真選組の……!』


隣に座っていたはずの総悟君は、いつの間にか私の後ろに立っていて、その手には、私の携帯電話。
何やら、私は一切了承していない宿泊話を銀さんにしているらしく。
微かに聴こえた銀さんの驚いたような声に、総悟君の口元が、ニヤリ、と吊り上った。


『つーことァ、は今…―――』
「真選組の屯所にいますぜ」
『オイぃぃぃ!! 何かおかしいと思ってたんだよ! 変なことしてない? に変なことしてない? お前ら!』
「してませんぜ……まだ」
『まだって何ィ!?』


何を話しているのかは分からないが、総悟君の凶悪な顔付きからしてろくな事は話していないのだろう。
私はその場に立ち上がると、何とかして携帯電話を奪還しようと、総悟君に手を伸ばす。


「総悟君、携帯返して! まだ話の途中だったのにっ……!」
「嫌。旦那と知り合いだって黙ってた罰だぜィ」
「意味分かんないよ! 今日知り合ったばっかなのに、銀さんのこと知ってるなんて思わないから!」


総悟君は身体を器用に動かしながら、伸ばす私の手を上手い具合に避けていく。
ただでさえ私の方が、身長が低くて不利だというのに、こうも四方八方に動かれては携帯電話を奪い返すどころか、触れることすらままならない。


「あー、もー……総悟君、いい加減に―――」
「旦那ァ、こっちはこっちで楽しんでますんで、どうぞ心置きなくお休み下せェ」
『はあ? ちょっと冗談がすぎるんじゃねーの、沖田くーん? オメーらんとこ、狼の住処じゃん。本能と欲望の赴くまま生きる“男”という名の野獣の巣窟じゃん。そんなところに大事な預けてられるかァァァァ!!』


銀さんが大声を出す度に漏れ聴こえる声に私は少し不安になってきて、強引になんとかして携帯電話を奪い取ろうと手を伸ばした。
あと少しで携帯電話に触れる、と思った矢先。


「―――総悟、貸せ」


パシッ、とその手を誰かに掴まれたかと思うと、頭の上から聴こえてきた低い声。
私の手首を掴んでいる大きな手を伝ってその人物を見上げると、そこには、瞳孔が開き気味の―――真選組副長・土方十四郎さんの姿。

い、いつの間に……。

驚いている私を他所に、土方さんは総悟君から携帯電話を受け取り(何であっさり渡しちゃうの総悟君)、静かに口を開く。


「ギャーギャーギャーギャー騒ぐんじゃねーよ、万事屋ァ」
『ぁあ? その声は……多串君?』
「多串じゃねーよ!! 何回言やァ気が済むんだテメェ!!」


……多串?
何だそれ。

何だか銀さんに早くも振り回され気味なご様子の土方さんに手首を掴まれたまま、私はただ土方さんを見上げていた。


『まあまあ……多串君さァ、部下の教育どーなってんの?』
「総悟のは素だ。俺が教育したわけじゃねーよ」
『じゃあどういう指導してやがんだ、てめェ……―――まあ、いいや。とにかく、うちのちゃん迎えに行くんで、手ェ出すなよ!』
「迎えなんて必要ねェよ。コイツは今晩屯所に泊まるっつってんだろ」
『へいへい。わーったわーった。却下します。とゆーわけで、じゃ、そっち行くから。よろしくー』
「ちょっ……オイ!」


土方さんはそう声を上げると、しばし動きを止めてから携帯電話を耳から離す。
その顔を見てみると、心底面倒臭そうな、それでいて不愉快そうな顔付きだった。


「何でィ、土方さん。旦那説得出来なかったんですかィ? 役に立たねーな、土方タコ助」
「んだとコラぁぁぁ!! 何勝手に俺の名前『タコ助』に改名してやがんだクソガキぃぃぃぃぃ!!」


どうやら、銀さんは無事に、迎えに来てくれるらしい。
これでやっと帰れると思った私だが、やはりお登勢さんに電話すればよかったかと、少し後悔。

ああ、早く携帯返してくれないかな。
……あ、土方さん、何か携帯握り締めすぎじゃないですか?
ギシギシミシミシいってます。
壊れます。


「あ、あの……土方、さん…」
「ぁあ!?」
「(……怖いよー)携帯、それ、返してくれませんか? あと……手」
「あ? ……ああ、悪ィ」


恐る恐る、頭1個分以上高い位置にある土方さんの顔を見上げて訴えてみると、土方さんは携帯電話を閉じて私に差し出してきた。
とりあえず、携帯電話の安全を確保する為にそれを受け取ると、私は真っ先に携帯電話を着流しの袂へ突っ込み、一安心。

しかし―――何故か手首は、依然、掴まれたまま。


「あ、の……」
「? んだよ」
「手も離して下さると……有り難いのですが…」
「嫌だね」
「何で!?」
「何となく」


何となくで私の手の血流を止めてるのか、この人はっ……!

結局、私は別に逃げ出すつもりもないのに、土方さんに手首を拘束されたまま、銀さんの迎えを待つことになった。


「土方さんだけズリーや。俺も仲間に入れて下せェよ」
「やめて下さい! これ以上心臓に悪いことさせないで!」





***************





コクリ、コクリ。
長い長い縁側で、柱に寄りかかって舟を漕いでいるそいつに、密かに焦っていた自分が馬鹿らしくなって嘲笑した。


「―――んで、なーんでおたくはと手ェ繋いじゃってんの?」
「うるせーな。どーでもいいだろーが」
「よくねーよ。の純情返せコラ」


安堵の溜息をついた後、眠るに服の袖辺りを掴まれたまま隣に座って煙草を燻らせている人物を睨み付けて、俺は言った。

しかし、そいつ―――……名前何だっけ。
ああ、『鬼の副長』とか崇められている、土方君。
当たり前な顔して隣でスパスパ吸いやがって、忌々しい事この上ねェなオイ。


「はじめは俺が掴んでたんだが、いつの間にか掴み返されちまってたんだよ」


土方はいけしゃあしゃあと、煙草の煙を吐き出しながら言い放つ。

何だ、こいつ。
と会ったの今日が初めて(のはず)のくせに。
随分と親しげに、心を許してるこった。


「土方君さー」
「……んだよ」

「もしかして―――惚れちゃった?」

「…………ッ!?」


土方の反対側、柱を挟んだの隣に座って、後ろに両手を突いて空を仰ぐ。
そして、何ともないように一言。
その言葉に、微かに反応を示した土方は、すぐに平静を装って深く紫煙を吸い込み、吐き出しながらぶっきらぼうに返した。


「……馬鹿なこと言ってんじゃねーよ。寝言は寝て言え」


おーおー、そんなこと言っちゃってー……分かりやすいじゃねーか、コノヤロー。
今のところ、惚れた腫れたまではいかないにしても、お気には召したって感じかよ。

電話越しのやり取りでも何となく感付いてはいたのが、それがここに来たことで確信に変わった。
コイツも、沖田とかいうガキも。
そして、俺も。




気付かぬうちに、本人の自覚せぬうちに―――相当、やられちまってる。




「……の奴ァ、今度は何しでかしやがったんだ?」


チラリと、横目にの顔を見る。
完全に眠りに入ってしまっているらしいは、いつもの読み取りにくい表情が嘘のように、見るからに穏やかな寝顔を浮かべていた。

よく考えてみりゃ、の寝顔見んの初めてじゃねーか、俺?
……かーわいーなー、ちくしょう!

俺がの寝顔を見てほろ酔い(?)気分に浸っていると、土方がちょっとムッとした『不愉快』と言いたげな表情で俺を睨みつけてきた。


「別に。俺ァ何もされちゃいねーよ」
「へー、そう」
「総悟や他の連中は別だがな」
「……何。何しちゃったの?」


おいおい。
コイツやドS王子だけでも性質悪ィってのに、他にもいんのかよ。

俺が内心舌打ちしていると、土方は袖を掴むの手をやんわりと外してその場に立ち上がり、煙草を足元に落した。
足の裏でそれを踏み消して、面倒臭そうに口を開く。


「大した度胸と根性持ったガキだよ。こんな奴ァ初めてだと思うぜ。……突然屯所へ乗り込んできたかと思ったら、真選組の隊士相手に1人で挑んで―――油断していたとはいえ、隊士をバタバタ倒しやがった女は」


………はあ?

土方のその言葉を聞いて、思わず、俺は眠ると立ち上がった土方の顔を交互に見比べた。
そんな俺の顔が、余程訝しげだったのだろう。
土方は、はあ、と呆れたように溜息を1つ零して、続ける。


「命知らずもいいとこだな。パッと見、好戦的とは微塵も思えねェから、うちの連中もはじめは侮ってたみてェだが……それにしたって大した剣の腕だ。どーやら、コイツ―――には、それなりに武術の心得があるらしいな」
「……マジでか。何? それってが自分で言ってたわけ?」
「まあ、言ってはいたな。親父が道場の師範だとか……。余程腕の立つ親父なんだろーぜ。うちの総悟とサシで対等に勝負出来る女なんてのァ、そうそういねェ。並の武術習得者じゃねーな」


驚いた。
俺はてっきり、愛想振り撒いてこいつらの世話でも焼いていたのかと思っていたが、とんだ誤算だ。

まさか、肉体的なもので惹き付けるとは…。
何か肉体的っていやらしいな……あ、いや、いかがわしい意味じゃなくて。
何つーか、格闘的な?

普段は、気が抜けたような呑気な顔した奴だから。
そういう活動的で活発なことをするような奴だとは思わなくて、そうと聞いて、少なからず驚く。


「―――ってことだが、もう今日は帰れ。てめェみてーな胸糞悪ィ野郎と2人で話してても面白くも何ともねェしな。……そいつ連れてさっさと帰りやがれ」
「ケッ! 言われんでもそーしますぅ。そのつもりで来たんだし」
「そーかよ」


今日はの意外な一面を(人伝にだが)知ることが出来た日だが、何やらこの先が思いやられるので厄日だ。
嫌な予感しかしない。

そんなこんなで、この先を案じて重い溜息をついていると、不意に、眠っているの身体が小さく身じろいだ。


「―――……ん、ぅ……?」
「おー、お目覚めですかー、チャン?」
「ぁ、れ……銀さん…?」
「はーい、銀さんですよー」


身体をゆっくりと寄りかかっていた柱から起こして、いつも以上にボーッとした目で俺を見上げてきたに、ふざけた口調で言いながら手を振ってみる。
寝起きのせいか、声が少し擦れていて小さい。

……あー、もう、何、この子。
マジ可愛すぎじゃね?
襲っていいですかコノヤロー。


「……オイ、万事屋。てめェ何いかがわしいこと考えてやがんだ」
「いかがわしいことだァ? 何を根拠にそんなこと言ってくれちゃってんの?」
「てめェの顔付きが既にいかがわしいんだよッ!!」


え、そんなにあからさまな顔してたか俺。
ヤベッ、にバレる。


「? ―――……あ、土方さん。すみませんでした、こんな夜遅くまで」
「あ? ……ああ、気にすんな。連中も満更でもない感じだったしな。また身体動かしたくなったら来いって、近藤さん言ってたぜ。気に入られたみてーだな」
「本当ですか? じゃあ……また、お邪魔させてもらいます」


何だか親しげな土方と
土方は見たこともないような穏やかで優しい顔付きで、の頭を撫で付けて。
は、とても嬉しそうに笑っていた。

随分と短時間で仲良く打ち解けたものだと苛立った気がしたが、そこはいつもの調子で2人には気付かれないようにカバー。


「これからもお世話になっちゃいそうですね、土方さん」


そう言って微かにはにかむように笑うの顔を、淡い月の光が照らし出した。

……あ、土方固まった。
まあ、俺もきっと、顔がおかしな顔になってんだろーな。




―――不意打ちは、卑怯だ。




星がチラチラ光る空の下、惚けている大人の男2人を見上げて、惚けている元凶でもあるは、ただ不可思議そうに首を傾げながら、俺に帰ろうと促してきた。








すぐ側に、波乱。

(深みにどっぷり、嵌る予感)









アトガキ。


*魅せるヒロインと、そんなヒロインに魅せられつつある面々。

*いよいよ、逆ハーらしくなってきました。
 分かりにくいかもしれませんが、ヒロインは普段はあまり表情が目に見て変わらないので、笑うと皆驚きます。




*2010年10月29日 加筆修正・再UP。