Nobody Knows   04




右手には、竹刀。
視線は真っ直ぐ、先程まで対峙していたはずの、地に伏した男へ向けられている。


「―――……嘘、だろ……?」


静まり返った道場の中、そんな誰かの声が私の耳に微かに届いた。






「えー、というわけで、偶然先程山崎が門前で見つけた、このちゃんが、俺達の稽古に混ざりたいんだそうだ! よろしく頼むぞー」
「よろしくお願いします」


ペコリ、と頭を下げた私を、その場にいた男の人達は皆、呆然とした表情で見つめてきた。
私の頭に掌を乗せたまま隣で豪快に笑っているのは、ここ『武装警察 真選組』の局長―――所謂1番偉い人・近藤勲さん。

今考えたら、新撰組局長の近藤勇に似通った名前だ。(遅い)
おそらく、私の世界の史実上の人物と、一応関係はあるのだろう。

先程、ここ真選組屯所の前にいたところを、山崎退さん(役職は監察方というらしい。この人も確か、新撰組にいたような気がする)に拾われ、今このむさくるしさ満載の道場にいるわけなのだが。

うん、そりゃあいい顔しないよね。
私、女だし、ガキだし。

目の前にいる男の人達の反応を見ると、やはり招かれざる客のようだと、私は一人苦笑した。


「―――へー、お嬢さん、ってんですかイ?」
「! ……は、はい」


そんな私に興味を示したのか、はたまた追い出そうと画策しているのか。(おそらく後者だろう)
1人の男の人が、不意に、私の顔を覗き込んできて言った。

色素の薄い手触りの良さそうな髪に、男にしては可愛らしいとも言える、なんとも綺麗な顔をしていて。
歳は自分とそんなに変わらないのでは、と思う。
これまた、山崎さんと同じように拍子抜けするくらい、『警察』の二文字が掠れる様な美形である。


「お嬢さん、剣術の心得は?」
「私の家、父が道場を営んでいて……それで、多少は。空手とかも少し」
「ほー。……そうは見えやせんがねェ」


その人は、自分の名を名乗ることなく、私を足元から頭の天辺まで見定めるように見てくる。
ジロジロと観察されている私としては気分がいいことでもないので、微かに眉間に皺を寄せ、ぶっきらぼうに一言だけ返した。


「よく言われます」


実際、剣術以外はそんなに得意な方でもなし。
試合でも良く相手に見くびられるし。

私はとりあえず、嫌味を返すように微笑んでみせた。
すると、美男子くん(勝手に命名)は一瞬、目を真ん丸くして(それがすごく可愛い)キョトンとしたかと思うと、今度は私に顔をズイッと近付けて、ニヤリと笑う。
その笑みが、何だか銀さんがちょっかいを出してくる時の悪戯っぽい笑みと重なって、思わず顔が引き攣るのを感じた。


「まあ、面白そうだから俺ァ全然構わねーですけどねェ…―――土方さん、どうしやすか?」


…………は?
土方?

美男子くんは、不意に、屈めていた腰を上げて後ろを振り返った。

美男子くんが口にした『土方』という名前が引っかかった私は、思わず彼が向いた方へ、自分も顔を向ける。


「……近藤さんよォ。誰が連れて来たつったっけか、そのガキ」


そこには、短くまとめられた少し癖のある黒髪に、煙草を銜えた、これまた端正な顔立ちの男の人。
美男子くんとはまた違った雰囲気の美形で、『格好良い』と形容するのが凄くしっくりくる人だ。
大勢いる男の人達の先頭ド真ん中を陣取り、一服しているのか悠々と煙草を燻らせている。

……土方って、あの“土方歳三”?
『鬼の副長』の?
そう言えば、さっき近藤さんが『トシ』がどうのって言ってたっけ。

私はただ呆然と、その男の人を見る。
するとその人は、私と目が合うと同時に、ギラリ、と鋭く睨みつけてきた。

何というか、とにかく―――恐ろしく目付きが悪い。

というか、この人瞳孔開いてない?
開きすぎじゃない?
普通に睨まれるより怖さ倍増なんですけど。


「ん? 山崎だが?」
「山崎ィィィィィ!!」
「え、だって1人で立ってたから気になっ……ぎゃあああああァァァァ!!」


近藤さんが何気なく答えた瞬間、瞳孔さん(命名)はその場ですくっと立ち上がり、物凄い勢いで山崎さんに向かって突進していく。
山崎さんがそれに思わず後退りしているのが見えたが、すぐに、飛び掛った瞳孔さんの背で見えなくなった。


「……あの、近藤、さん」
「何だ? ちゃん」
「山崎さん、ボコボコにされてますけど……あれは私のせいでしょうか」
「ああ、いいんだよ、気にしないで。あれはトシなりの部下に対しての愛情表現だから」
「あんな過激且つ危険な愛情表現、身体がいくつあっても足りませんよ。あれは明らかに殺しにいってますよ」


私が、瞳孔さんにボコボコにされている山崎さんを哀れんだ目で見て「ごめんなさい、山崎さん」と小さな声で謝罪していると、近藤さんは何故か「ちゃんは面白いことを言うなァ」とか言って笑った。

でも、何となく分かったぞ、ここの人達のこと。
局長や、副長らしき人物があんなだから、きっと賑やかな人達なのだろう。


「―――おい、ガキ」
「!」


はあ、と溜息をついていると、不意に、頭の上から聞こえた低い声。
私は驚いて思わず肩をビクつかせた。
顔を上げた先には、何時の間にこちらへやってきたのか、相変わらずの鋭い目付きで私を見下ろす瞳孔さんの姿。


「ガキの道楽に付き合ってやる暇は俺達にゃねェ―――と言いてーところだが……まあ、局長である近藤さんが許可して上げちまったわけだしな。時間の無駄だろうが、仕方ねェから付き合ってやる」
「……ガキじゃないです」
「うるせェ。俺から見りゃ充分ガキだ。つーか、突っ込むところそこかよ」


キュッ、と眉を寄せて心底不本意だと言う顔を作って、私よりも大分背の高い(銀さんと同じくらいかな?)瞳孔さんを睨み付けてみたが、全く効いていないようだ。
それどころか、何故かかえって呆れられている。


「……見返してやるから、いいもん」
「ぁあ? 何か言ったか?」
「いえ、何も」


近藤さんから竹刀を受け取って、私は瞳孔さんに向かって得意げに笑ってやった。






そして、事は冒頭へと戻る。

私を早く屯所内から追い出したいと思ったらしい瞳孔さんは、私にノルマ10人斬りという無茶な要求を言い渡してきた。
瞳孔さんが選び出した10人を負かすことが出来たら、どうやらご自分がお相手をして下さるらしい。

何とも高慢な態度で言われて多少顔が引き攣ったが、何となくこの人が強いことが分かっていたので、まあよしとして渋々従うことにした。
こういう勝負事には多少心が惹かれてしまう辺り、私も武道家の娘である。


「―――6人。……次はどなたですか?」


このノルマが始まって5分ほどだろうか。
実際はとても遅く感じていた私にとって、それは少し自分自身でも驚かされる結果だった。

無論、驚いているのは私だけではないらしいが。


「……お、俺ッス…」


この一試合の負け判定は、竹刀を手から落すかギブアップした方が負け。

私は7人目の人を前にして、竹刀を両手でグッと握り締めた。

こうして相対して感じたことだが、この真選組の人達の動きが、侍の動きというものなのだろう。
相手の動きにただ反応し、ただ斬り込む。
竹刀ではやり辛いのではないだろうかと思うほど、それは私のように型に填まった剣術ではなくて。

まあ、あの父親の稽古よりは大分マシか。
相手の人達も、女である私が相手だと本能的に手加減してしまうみたいだし。
……めちゃくちゃだったもんなー、父さんの稽古。

思わず“素”で打ち込みそうになる自分を抑えるのに、必死だった。


「ッ―――!」


いつの間にか、9人目の竹刀を叩き落していた。

どうも昔から、こういうことになると無駄に集中してしまう癖がある。
1つの事に夢中になると周りが見えなくなる癖はきっとここから来ているのだろうと、場違いなことを頭の中で考えた。

―――にしても、流石に9人連続で相手にするのは疲れる…。

ふう、と、多少乱れた息を整えるように息を吐くと、静まり返ったままの道場内に思いの外響いた。
次の人が終わったら休憩させてもらおうと考えていると、不意に、耳にあの癖のある話し方をする人の声が届く。


「土方さん、もういいでしょう。俺が出まさァ」
「は? 何でお前がやる必要がある」
「これ以上やっても同じ事くらい、アンタなら分かるだろィ?」
「……」
「どいつもこいつも、女相手だと反射的に躊躇いやがらァ。……まあ、それにしたってマジでやられ過ぎですがねィ。俺なら、男女関係なく打てますぜ?」


それは、先程の美男子くんの声だった。
どうやら瞳孔さんと何やら危なっかしい会話しているらしい。
少し聞き捨てならない会話内容に、私はゆっくり、そちらに身体を向けた。


「―――……勝手にしろ」


はあ、と紫煙を吐き出すのと同時に、溜息。
それを確認した途端、クルリと私の方へ振り返ってきた美男子くんは、ニッと笑って私を見る。

嫌な笑みだ。


「気に入ったぜ、アンタ」
「……そうですか」
「この真選組に挑むなんて、いい度胸してまさァ」


美男子くんは不敵な笑みをそのままに、足元に落ちていた竹刀を手に取ると、それで肩をトントンと叩きながら私の目先に立つ。
対峙して伝わってくる―――威圧感。


「そういやァ名乗ってませんでしたねィ。俺ァ、沖田総悟」
「……よろしくお願いします」


沖田って……あの“沖田総司”?
新撰組随一の剣の使い手っていう―――。

何となく予想は付いていたが、その名前を聞いた瞬間に妙な緊張感に縛られた。

片足を少し後ろに引いて、竹刀を構える。
先程まで相手していた男の人達よりは小さい身体の相手なのに、何故か私は落ち着かなかった。
美男子くん―――改め、沖田総悟さんは、どこか余裕を含んだ表情のまま、竹刀を構える。


「おいおい、マジかよ…」
「沖田隊長に女の子相手にさせんのか?」
「いくら強いったって……沖田隊長にとっちゃただのド素人じゃねーか」


先程まで静まり返っていた道場内が、ざわめき始めるのを感じた。

まあ、確かに本場の侍からしたらド素人だけどさ。
そこまで言わなくてもいいじゃんか。
一応、段は持ってるのに。

そんなことを思いながら、思わず脇にいる見物人にチラリと目を向ける。
その時。

フッと、何かが動く気配。
ハッと我に返った私は、気配を感じた背後に慌てて振り返る。


「余所見は、いけねェなァ」
「―――!」


そこには、綺麗な栗色の髪。
持ち主の動きに合わせてサラリと流れるそれに目を奪われながらも、自分に向かって放たれる竹刀に気付き、本能的に自分の竹刀でそれを防いだ。




ガキィィィィン!




「ッ……!!」


竹刀と竹刀のぶつかり合う音とは思えないそれに、私はただ目を見開いた。




ああ、この人―――本気だ。




グッ、と今まで以上に竹刀を持つ手に力を込めて、私はなんとか沖田さんを押し返す。
先程と同じくらいの距離が、また私達の間に出来た。


「反応は中々だが……アンタ、何でそんな、型に拘った闘い方するんでさァ」
「……は?」
「本気出す気が無いのかどーなのか知りやせんが、アンタ、自分の力の半分も出してないんじゃねーのかィ?」


やはり、本物の侍は、私がいた世界の人間とは違うなと思った。
堅苦しい型に填まった剣術は、私にとっては何の楽しみもない闘い方だ。
形式的なものに、私の心は惹かれない。

私は―――。


「……私の父は、型に則った剣術を私に教えてくれました」


形式的な試合には必要不可欠な型。
堅苦しくて、それが例えむず痒かろうとも、崩すことができないそれは、どこか物足りなさを私に与えた。


「でも、どうも私の父は変わり者でして。形式的な型を私に教え込んでいく反面、形式的な試合以外は自分勝手に、自分の思うままに動けばいいと、よく私を相手にしてくれてました」
「へー、随分マイペースな親父さんじゃねーですかィ」
「……私も、そう思います」


私はそう言って、思わず笑った。

子離れ出来ない生粋の子煩悩で。
自分の息子とムキになって、娘を取り合うほどの親馬鹿で。
でも、今考えてみると父さんの中には、侍が生きていたのかもしれないと思う。

両手で構えていた竹刀から、左手を離す。
今まで頭の中を巡っていた型は、頭の隅に葬り去った。


「沖田さん、私、剣術くらいしか人に自慢出来るものがないんです」
「へー……そうなんですかィ?」
「はい。でも、私、侍らしい闘い方なんて知りません。だって…―――」
「!!」


タンッ、と軽い足取りで床を蹴り、沖田さんに向かって竹刀を振り下ろす。
簡単に受け止められた、それ。
でも、私はニッと口元を歪める。




「だって、“素人”なんで」




片足を軸に、クルリと身体を回転させて、遠心力を利用して続け様に竹刀を放つ。


「……あれ?」


しかし、竹刀を持つ手を薙ぎ払ったつもりが、何故か鈍い音が道場に響いた。
どういうことかと見てみると、竹刀の向きを手元で変えて、私の攻撃を受け止めている沖田さんの姿。


「甘ェぜ?」


ニタリと笑った沖田さんは、私が身体を捻って放った竹刀をグッと押しやると同時に、次々と剣を繰り出してくる。
それを私が、竹刀やら何やらで必死に防ぐ。

互いに、攻めて守って。
そんなことをひたすら繰り返していた。


そんなこんなで20分ほど経過した頃―――。

つ、疲れた……!(今度は真面目に)


「ッ……はあッ……あの、いい加減に、終わらせません、か……? (さっきから手首狙って打ってるつもりなんだけど、何で竹刀落とさないの…)」
「それは、こっちのセリフ、でさァ……いい加減諦めなせェ(手元ばっか狙いやがって)」
「嫌」
「じゃあ、俺も嫌」


最早剣の手合わせではなく、ただの子供の意地の張り合いになりつつあるような気がして、私は少し泣きそうになった。(何だか恥ずかしくなってきた)

いつの間にか周りの人達から、「頑張れ!」「耐えるんだ、ちゃん!」とか声援が聞こえてくる。

あれ?
沖田さんの応援は?


「何でイ。まるで俺が悪者みてーじゃねーかィ」


仲間の応援そっちのけで、私の応援に精を尽くしている真選組の面々。
それを見て沖田さんが、ぶー、と口を尖らせているのを見て、私は思わず吹き出した。


「ああ、アンタは笑ってた方がいいですぜ、
「……はい?」
「だから、諦めなせェ。俺とアンタじゃ、ここからは体力勝負だ。そうなるとどのみちアンタは負けですぜ」
「いや、意味分かんないです。何の脈絡もないし……つーか嫌って言ってんじゃん」
「強情ですねィ。まあ、そんな女も俺ァ好きですぜ? そういう女を従わせるのァこの上ない快感でさァ」


―――ああ、私、とんでもないところでとんでもない人に喧嘩を売ってしまった。

私が沖田さんの言葉に思わず、顔を赤くしながら引き攣らせていた時だ。


「オイ」


「……へ?」
「!」


ゴゴンッ!


「痛あッ!?」
「いッ……!」


苛立ったような低い声が頭の上から突然聞こえたかと思うと、頭に鈍い衝撃が走った。
まだ私の方は手加減されていたようだが、沖田さんは小さく声を漏らした後、その拳骨の勢いで床に倒れる。


「いい加減にすんのはてめェら2人ともだ! 長々とガキみてェな喧嘩続けやがって…」
「いってー……ひでェや、土方さん」


鈍い痛みが残る頭を摩っていると、そこには瞳孔さんの姿。
紫煙を吐き出しながら青筋を浮かべ、呆れたように沖田さんを睨みつける。


「てめェが馬鹿ばっかやってっからだろーが」
「土方さんがいつまでも呆けて止めねェから、俺が止めに入ったんじゃねェですかィ。感謝しろよ土方コノヤロー」
「てめッ……いい度胸してんじゃねェかこのガキャァァァァ!!」


沖田さんと瞳孔さんのコント(?)を眺めながら、私は顔を引き攣らせる。


「ったく……―――オイ、とかいったな」
「……はい?」


そんな時、不意に、瞳孔さんに呼ばれて、思わず情けない声が口からついて出た。
瞳孔さんを見ると、相変わらず煙草を燻らせていて。




「……悪くねェ―――度胸と根性は、気に入った」




紫煙を吐き出しながら、ニヤリと笑うその表情に。
少しドキリとしてしまったのは、秘密にしておくことにした。


「いってー……あーあ、手首腫れちまったよ、こりゃ―――……すげー女」


そんなことを沖田さんが呟いていたことに気付かぬまま、勝負は終わりを告げるのだった。








魅せて、あげようか。

(彼女の実力)(その片鱗を)









アトガキ。


*ようやく垣間見えた、ヒロインの力の片鱗。

*ヒロインの能力のごく一部を公開しましたが、まだまだこんなもんじゃござーせん。

 
ようやく登場したマヨラー副長とドS王子(隊長)も、どんどん絡んで複雑になっていくます。振り回します(ヒロインを)。
 ……これから大変だ。





*2010年10月29日 加筆修正・再UP。