Nobody Knows 01
私がお登勢さんの家に住み始めて3日が経った。
まあ、実際にはこちらの世界に来て6日ほど経っているらしいが(熱が出て2日以上寝込んでいたらしい)。
3日もあれば多少この世界にも慣れるだろうな、とタカを括っていた私は、あまり慣れというものも感じずに、毎晩慌しくお登勢さんのスナックでアルバイトとして働かせてもらっている。
私の世界ですらスナックなんて入った事がないけれど、やっぱり江戸というだけあってレトロな雰囲気いっぱいの店だ。
「……よしっ」
働かせてもらっていると言っても、私が未成年だと分かっていたお登勢さんが簡単な食器洗いや店内の掃除を任せてくれたので、私の仕事は主に、接客までは行かない裏方。
今も、部屋の奥で休んでいるお登勢さんとキャサリンさんを気遣って、店の掃除をしていたところで。
カウンターとテーブルを布巾で綺麗に拭いて、終了。
案外綺麗にしてるんだなァ、お店。
「お登勢さーん、掃除終わりましたよー」
「ん? ……ああ、お疲れさん、。助かるよ」
いえいえ、と座敷に上がってお登勢さんに笑う。
お登勢さんはキャサリンさんと2人で、部屋にあるテレビを見ていた。
座敷に上がってきた私を見てお茶を煎れてくれると、不意に視界に入った時計を見て、ああ、と思い出したように言葉を漏らしすお登勢さんに、私も時計を一瞥する。
「もうこんな時間なんだねェ……、アンタ悪いけど、夕飯の買い物をしてきてくれないかイ?」
「へ? 夕飯のですか?」
今の時刻は3時半近く。
そろそろお登勢さん達がお店の準備を始める時間だった。
「昨日メニューの品切らして仕込みしなきゃならないんだよ。夕飯、アンタの好きなもんでいいから、金は渡すから適当に材料買っておいで」
「買物ツイデニ酒買ッテ来テネ」
「え、私キャサリンさんのパシリ? ……別にいいですけど」
店の場所、知らないよ。
そういう言葉を除いて、私は首を傾げて見せた。
話では『大江戸ストア』とかいうスーパーが近所にあるらしいが。
ちなみに、キャサリンさんは無視。
「ああ、道なら心配いらないよ。迷うほど遠くにあるわけじゃないからね。……いい機会だ。少しかぶき町内フラフラしてくるといいよ」
欲しいもんがあったら買ってきな、と続けて、お登勢さんは自分の着物の懐を探り始めた。
そして、財布を取り出すと、ポイッ、と無造作に私へ投げ渡す。
……うわ、何かお札がたくさん入ってる。
こちらの世界のお金の使い方はお登勢さんから教わったので、何となくだが分かる(それほど私の世界と変わらなかったし)。
私はコクリとお登勢さんに向かって頷くと、密かにワクワクと胸を躍らせながら『スナックお登勢』を後にした。
***************
店を出ると、頭上には爛々と輝く太陽がかぶき町全体を照らし出していた。
大型の飛行船やら何やらが飛んでいてお世辞にも綺麗だと言えない空だが、今日はとても綺麗に青く澄んでいる。
「いい天気ー……」
とりあえず、道行く人に聞いたところによると、スーパーは意外とスナックから近いところにあることが発覚し、私は一安心して、ゆっくりとその道を歩き進んでいく。
『スナックお登勢』を出る直前、私は自分が制服を着ていることに気付き、お登勢さんに相談した。
すると、お登勢さんは一瞬(何故か)驚いたように目を見開いた後に、昔着ていたという着流しを貸してくれた。
私の制服の着方を見ていたお登勢さんは、私が堅苦しい着方を好まないことを知っているらしく、シャツの上から羽織るようなものを選んでくれたらしい。
おかげで大分動かしやすい上に、この時代の人達に変な目で見られることもない。
……これでもう、変な店に勧誘されない……!(制服=コスプレ、イメクラらしい)
「えっと、確かこの辺を右にー……―――お、あった」
『大江戸ストア』の文字が書かれた大きな看板が見え、私は「いい人に道を聞いたな」などと考えながら、その場に足を止めて看板を見上げる。
暫くボーッと看板を見つめた後、お店の中に入ろうと足を一歩踏み出したそんな時。
不意に、足元に1つの林檎がコロコロと転がり寄って来たので、思わず一歩踏み出した状態で動きを停止した。
真っ赤な色をした綺麗な艶の林檎は、コロコロと転がって私の足にコツリとぶつかって動きを止める。
「―――っ、ああ、良かった」
「?」
放っておくわけにもいかずその場にしゃがみ込んで、ひょいっ、と林檎を拾い上げて首を傾げていると、綺麗に澄んだ声が耳に届く。
立ち上がってその声の方に顔を向けてみると、少し息を切らした綺麗な女の人が立っていた。
落ち着いた色と柄の着物が、とてもよく似合っている。
「ごめんなさい。それ私ので、袋から転がっていっちゃって……。でも良かった、止まってくれて」
「……え、あ、そうなんですか? すみません、勝手に……」
私が気休めに着流しの袖で林檎をゴシゴシと拭うと、女の人はおかしそうにクスクスと笑い声を漏らした。
ここの世界の若い女の人、初めて見るかも。
お登勢さんのお店にはサラリーマン風のおじさんとかしか来なかったし…。
大分大人っぽく見えるけれど、もしかしたら私とそんなに歳は変わらないのではないだろうか。
クスクスと気品よく笑っている女の人に林檎を渡して、私は何故だか少し気恥ずかしくなってしまい、苦笑した。
女の人は林檎を丁寧に『大江戸ストア』と書かれた袋の中に入れると、ごめんなさいね、と小さく笑いながら謝罪の言葉を零す。
「え? いえ、そんな、別に謝らなくても……」
「いいえ、笑ってしまったお詫びに。あんまり可愛くて優しい子だったから、つい」
……。
…………。
この人は、本気で言っているのだろうか?
こんなにストレートに可愛いと言われたのは初めてで、私は精一杯否定の意を込めて、首を左右に振り回した。(美人に言われると余計だ)
それがまた可笑しかったのか、女の人はクスクスと笑いっぱなしだ。
「ふふ、本当にごめんなさい。……私、志村妙って言うの。お妙って呼んでね。貴女は?」
「あ、、です」
「ちゃんね。ここで会ったのも何かの縁だと思うわ」
よろしくね、と女の人―――お妙さんは、ニッコリ笑って言った。
おそらく、私とさして年は変わらないと思われるお妙さん。
なのに、とても大人っぽい仕草に、私はぎこちなく笑って返した。
「1人でお買物? 私も丁度買い忘れたものを思い出して戻ってきたところだから、一緒に行きましょうか」
「え、いいん……ですか?」
「ええ」
こちらの世界に来て初めて1人で街中を出歩いて正直なところ不安だった私は、素直にお妙さんの言葉に甘えることにした。
(―――……あ、お肉が安い)
私は肉類の並ぶコーナーで1人、豚肉の入ったパックを手に取って思う。
今日は丁度特売日らしく、でかでかと紙に『特売!! 豚肉・牛肉・鶏肉が安い!』と赤い文字で書かれている。
今は野菜売り場に行っているお妙さん曰く、あまり普段と値段は変わっていないらしいのだが、私が元いた世界ではもっと高かったはずなので、少し吃驚。
「今日は生姜焼きでも作ろうかな」
綺麗なピンク色の豚肉を見て決心すると、私はお登勢さんとキャサリンさんの分も含め3人前、豚肉のパックを買い物篭の中に入れる。
そんな時。
私の横でも他のお客さんが肉を物色中らしく、何やらブツブツ1人で呟いているのが耳に届いてきたので、思わずその小声に聞き耳を立ててしまった。
「まだ安い方だけど、『奮発します』とか言ったのに豚肉で誤魔化したらあの人怒るだろうなァ……。でも、あの人はどうとでもなるとしてもう1人の方が性質悪いよなァ。暴れられたら困るし……―――」
肉のパックの山を見つめながらブツブツ呟いているのは、私とさほど年が変わらないと思われる、買い物篭を持ち、袴姿に身を包んだ眼鏡の男の子。
その眼鏡君(勝手に命名)は顎に手を添えながら、半ば恐ろしい目つきで肉を睨みつけている。
……主夫? (にしては若すぎるか)
「……この牛肉なら安いし、量もありますよ」
「え? ―――……あ、本当だ」
あまりに異様な光景に遭遇してしまった私は、何とかく放っておけない気持ちになって。
ふと目に入った大盛牛肉特売パックを手に取って、眼鏡君に差し出してみた。
眼鏡君は一瞬、キョトンと目を丸くしていたが、私が差し出した牛肉のパックを見て、ほー、と感心したように声を漏らす。
「こんなのあったなんて全然気づかなかった……。ありがとうございます」
「いえいえ……―――」
その時、真正面から見た眼鏡君の顔に、私はほんの少し見覚えがあったような気がした。
どことなく、先程店先で出逢った女性に似ているような、でも少し幼いその顔。
気のせいかな、などと思いながらも、思わずジロジロと男の子の顔を観察してしまう。
「……? あの、どうかしました?」
眼鏡君は呆然としている私の顔を覗き込むと、怪訝そうに首を傾げる。
籠の中にはしっかり、先程私が差し出した牛肉のパックが入っていた。
「……へ。あ、いや、えっと……今日はすき焼きにするといいと思いますよ」
「あ、そうですね。……でも肉の争奪戦が……」
豚肉でも命がけなんです、と半ば遠い目をして言う眼鏡君は、どこか悟りを開いたようで。
「まだこんなに若いのに……」と私が不憫に思っていると、不意に背後から綺麗な声が聴こえてきた。
「ちゃん、お肉見つかった? ―――……あら」
「あ、姉上!?」
「新ちゃん?」
声の方へ振り返ると、そこには、白菜を抱えたお妙さんの姿(眩しいですね、お姉さん)。
にっこりと微笑んだまま、私の隣に立つ眼鏡君に目を留めたお妙さんは、その瞬間、ピキリと笑顔を堅くした。
そんなお妙さんを見た眼鏡君は、何故かどこか怯えたような恐々した表情でお妙さんを見ると、一歩後ずさる。
……やっぱり姉弟だったんだ。
どことなく似てるもんね。
2人の少ない会話とやり取りから関係性を見出した私は、その様子を呑気に見つめる。
そんな時、不意にお妙さんの声が数段低くなった。
「新ちゃん? こんなところで何してるのかしら」
「い、いや……あの……」
「ろくに仕事もしないし探さないあの銀髪野郎にいいように使われてんじゃねーよ。家がどれだけピンチか分かってんだろーがァァァァ!」
私は思った。
物凄い綺麗な笑顔で暴言を吐きながら、眼鏡君の胸倉をガッと掴み上げるお妙さんを見て、私は思った。
―――……この人、キレるとこうなるのか(怖すぎる)。
「あ、姉上ッ……! し、死ぬ! 絞まってる……ッ!!」
「あら、当たり前でしょ? 絞めてるんだから」
「人為的!!?」
何だか呆気に取られてしまった私は、姉弟コントをしばし観察。
こっちの世界の人は、あれだ。
お笑い体質なのかな、皆。
お登勢さんも突っ込み激しかった上に、絶妙だったし。
「げほッ―――……あ、姉上、この子と知り合いなんですか?」
「ええ。さっき親切にしてもらったの」
「あ、いや、大したことは……」
してないですよ、と言いながら、やっとお妙さんに下ろしてもらっていた眼鏡君に苦笑してみせる。
眼鏡君は私がお姉さんの知り合いということで、慌てて私に向き直ってきた。
「僕、志村新八っていいます」
「あ、はい。えっと……です。よろしく」
改めて、眼鏡君―――新八君の顔を見ると、やっぱりお妙さんにどことなく似ていた。
性質は違えど、姉弟らしい。(当たり前だけど)
新八君はジッと私に見られているのが気に入らなかったのか、気恥ずかしげに顔を紅くすると、プイッ、と明後日の方向を向いてしまった。
「―――ああ、そうだわ!」
そんな新八君を不可思議に思って首を傾げていると、不意にお妙さんが嬉しそうに、何か思いついたのか声を上げた。
その声に驚いた私は、お妙さんの整った顔を見返す。
嫌な予感でもしたのだろうか。
新八君が「げっ」という不吉な声を上げた気がしたが、あえて無視しておいた。
「新ちゃん、折角ちゃんとこうして姉弟揃って同じ日・同じ時に知り合ったんだし、この縁をこれからも続けていく為に、今日のお夕飯、皆でご一緒しましょうよ」
「……え?」
「ちょっ、姉上!?」
突拍子のないお妙さんの提案に、当然、私と新八君は驚いた。
お妙さんは白菜を新八君の持っていた買い物篭の中に放り込むと、にっこり微笑んで続ける。
「丁度いいじゃない。白菜もあるし、牛肉もある。もう2、3パック牛肉を買って野菜も少し足せば、皆で食べられるんじゃない? すき焼き」
「でも……銀さん達だけでも大変なのに人数増えたりしたら―――」
「文句あんのか、コラ」
「いえ、ありません」
結局、最後は私の意見も新八君の意見も無視で、お妙さんの独断ですき焼きパーティーが決行されることとなった。
……というか、銀さんって誰?
すき焼きパーティーの準備の手伝いをしてくれと新八君に懇願され(お妙さんが料理できないらしい)、私は仕方なしに「荷物を置いてから」と新八君に告げる。
すると、新八君は家まで送ると言ってくれて、お妙さんに買物を任せて、共に私の住む家―――『スナックお登勢』へと向かった。
「…………え、うそ、ここなの? ちゃんの家」
「うん。私の家っていうか……居候先?」
あれ?
何でそんなに驚く?
『スナックお登勢』の前に到着した私と新八君。
新八君はその店を前にして目を見開き、口をあんぐりと開けて小刻みに震えながら、恐る恐るといった感じで私に訊いてきた。
素直に私が応えると、今度は新八君の視線が少しずつ少しずつ上に上がっていく。
「……?」
何かあるのかと不思議に思って、私も『スナックお登勢』の看板から視線を上へ上へと移していく。
視線の先には―――横長の看板。
「……“ばんじや”?」
「いや、“よろずや”ね。“よろずや”」
横長の看板には、墨で書かれた『万事屋銀ちゃん』の文字。
そういえば、お登勢さんが、上の階に住んでいる『死んだ魚の目をした万年金欠男』の愚痴を零していたことを思い出す。
何ヶ月も家賃を滞納してるんだっけ。
今まで全然気にしなかったから、看板なんて気付かなかった。
「まさか、こんな近くに住んでたなんて思わなかったよ。僕、あの万事屋で働いてるんだ」
「……へ? そうなの?」
「まあ、給料はまともに払ってもらったことはないんだけど……―――それにしても、何で今まで気付かなかったのかなァ、ちゃんが下に住んでたこと」
「そ、それは……ほら、私、ホントにごく最近お登勢さんのところに来たから」
不意に、新八君が腕組みをしてうーんと唸り始めていたので、私は慌てて言う。
まあ、嘘はついていない。
まだ、私がこの意味の分からない―――もとい、不可思議な世界にやって来て、数日しか経っていないわけだし。
「……まあいいや。とりあえず、お登勢さんにそれ渡してきなよ」
「あ、うん。ごめんね。ちょっと待ってて」
新八君に言われて、私は慌てて『スナックお登勢』の中へ入っていった。
お登勢さんとキャサリンさんに、夕飯を上の階でご馳走になることになったと伝えた時の、2人の何とも言えない複雑な表情は忘れられない。(そんなに大変なのか?)
「本当に行くのかイ?」、「何で知り合った?」などと迫ってくるお登勢さんとキャサリンさんに夕飯の荷物を押し付けると、私はそそくさと店の外に足を進めた。
「―――……ちゃん」
「はい?」
お登勢さんの店を出た私は新八君と合流し、ゆっくりした足取りで上の階の『万事屋銀ちゃん』の玄関へと続く階段を2人で上っていく。
そんな時、不意に私の前を歩いていた新八君が、階段の半ば辺りで足を止めて私を振り返ってきた。
私は新八君から数段下のところから、新八君を見上げる。
「あの、さ……えっと、出来たらでいいだけど、銀さんの前ではあんまり笑ったりしない方がいいと思う。その方が君の為っていうか……」
「……え? 何で? そりゃあ、無意味にヘラヘラしてたら失礼だろうけど……」
「いや、ちゃんが悪いわけじゃないんだよ! 無愛想にしてるよりは笑った方がいいかもしれないけど……その―――ちゃん、あんまり表情が変わらない子みたいだから、さ」
だから、と意味の分からないことをボソボソ呟きながら、新八君は頬を指先で掻いた。
何だか気恥ずかしそうにしているところを見る限りでは、言いたいことが素直に口から伝えられないのだろう。
新八君の言う通り、確かに、私は普段からあまり表情が変わらない性質らしく。
高校の友人にも「もう少し感情の起伏を分かりやすく表現してくれない?」と、何とも理不尽な苦情を受けたほどだ。
しかし、別に感情が無いわけではなくて、無表情というわけでもなくて―――他人と表情を表に出す“ツボ”が違うのだと、自分では思っている。
その証拠に、家族は私の表情や感情を、よく読み取ってくれていた。
「私が笑ったのか。よく分かったね、新八君」などと思いながらも、私は何故新八君にそんな忠告をされなければならないのか考える。
何だ?
その“銀さん”って人の嫌いなタイプに、私はピッタリ嵌ってしまってるのか?
……なら、帰った方が良くないかな。
私が1人で唸っている間に、新八君はいつの間にか階段を上りきっていた(置いてくなや)。
私はハッとして、慌てて階段を駆け上がる。
古いわけではないけれど、足を踏み出す度に、キィキィ、と高い音が鳴って階段が微かに軋んでいた。
『万事屋』なんて職業、少なくとも私は聞いたことがない。
どれほどしっかりした事務所なのかとおかしな期待して2階へ上がりきると、意外と普通の玄関が視界に広がった。
新八君は軽く玄関のドアを鳴らすと、「入りますよ〜」と気だるげに、中にいるであろう家主に向かって声をかけて、玄関の扉を開く
「……」
恐る恐る、とまではいかないが、ゆっくりと覗き見るように、新八君の入っていった玄関の奥を覗いてみる。
あ、意外と綺麗で広い。
「銀さーん。お客さん連れてきたんで上げちゃいますよー」
「お、お邪魔しま、す……」
新八君に来い来い、と手招きされ、ゆっくり玄関へと足を踏み入れる。
玄関は意外と広くて、すっきりとしていた。
目の先にある扉以外にも、いくつか部屋の入口らしきものが見える。
「―――ああー? 新八かー?」
私がほーっと玄関内を観察していた時。
不意に、目先の部屋の方から、どこか億劫そうな低い声が聴こえてきて、私は思わずビクリと肩を震わせた。
おそらく、“銀さん”とか言う、家主の声。
「新八ィ、お前買物行ったんじゃねーのかよ。人なんか勝手に連れて来やがって……依頼人以外はいらね―――」
奥の部屋から出てきたのは、背の高い男の人だった。
いい具合に半分着崩された、渦潮模様が描かれた白い生地の着流し。
その下に着込んだ、黒い服。
そして、くるくるふわふわと跳ねている―――銀色の、髪。
ここまで見事な銀髪は初めて見たので、キレイだなぁ、なんて呑気に思っている私を、目の前にいる銀髪の人は言葉を途切らせたまま目を丸くして、ただ、驚いたように見つめてくる。
「……こ、こんにちは」
その髪が眩しくて、少し目を細めた私の口から絞り出されたのは、なんとも情けない小さな声だった。
きっと君は、隠し続ける。
(ずっと、ずっと)(その日が、いつかやって来る瞬間まで)
アトガキ。
*志村姉弟との出逢い。
そして、やっとこさ出てきたと思ったらチョイ役だった銀さん。
*銀さんとの出会いまで書くつもりが、思いの外長く……次からバンバン絡ませます。
*2010年10月27日 加筆修正・再UP。
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