Nobody Knows   07




『真選組の隊士として―――』


呆然として、思わず声の出し方を忘れたかのように、銀さんと共に愕然としてしまった。

……え、待って。
どうだ、って言われても……え……?


「ッ、それは……駄目……ッ!!」

「「!」」
「……」


ハッと我に返った私は、思わず普段はそんなに張り上げることのない声を張り上げた。
先程組み立てた壊れかけのテーブルに少し乱暴に手をついて腰を浮かせた私を見て、総悟君と土方さんは意外そうに驚いた様子で、銀さんも土方さんの胸倉を離して私を見る。


「何でですかイ?」
「何で、って……」
「……、お前の剣の腕は近藤さんや隊士達が認めた確かなもんだ。確かに、女に無茶はさせらんねェが、試しに簡単な巡回とかから―――」
「だって!」


だって。


「だって、貴方達の仕事は……隊士の職務は……真選組の、仕事は―――人を斬る、ことでしょう……?」
「!」
「……ああ、そうだな」


例え、取り締まる相手が悪人であれ、犯罪者であれ。
人を、“斬る”ということは―――。


「……?」


銀さんが少し心配そうに、私の顔を覗き込んでくる。
私はそこで、やっと、平静を取り戻す。


「……ほ、ほら! 私、真剣なんて今までそんなに持ったことも触ったこともないし、素人だし……第一、女だし、男所帯の真選組では迷惑になるだろうし―――だから……無理、です」


情けないことに、最後の方は声が掠れて小さくなってしまって、土方さん達に聞こえているのかすら分からなかった。
店の壁にパトカーがめり込んでいるというおかしな状況には不似合いな雰囲気に、その場に沈黙が続く。

確かに、竹刀くらいならば握って振り回せる。
木刀だって、やろうと思えば振り回せる。
私だって、状況によってはきっと、何の躊躇いもなく人を、傷つける。




けれど、真剣は―――刀だけは、無理だ。




人を死に等しく、傷つけるもの。
血を流すもの。

そう私の頭の中に、記憶されているものだ。
まして、私の世界では刀など触れることは滅多に許されない。

確かに、この世界では刀を持つことを規制されているとはいえ、実際は土方さんや総悟君達のように腰につけて歩く人がいる。
銀さんだって、木刀を腰からぶら下げている。

目の前の3人は、私がこの『刀が当たり前』という世界の人間であると思っているのだから、当たり前の反応ではあるのかもしれないけれど。

この世界の人達に“嘘”をつき続けている私に、それを手にする勇気は―――まだ、ない。


(―――……それ、に)




私には、刀を持てない“理由”がある。




痛いほどの、自分に集中する沈黙。
その沈黙を破ったのは、銀さんのどこか呆れが混じった重たい溜め息だった。


「おたくら、何か勘違いしてるみてェだから言っとくけど―――は万事屋の従業員だから、真選組なんかにゃ入れねェよ」
「…………へ?」
「「はあ?」」


あまりに突拍子もない一言に、土方さんと総悟君のみならず、私もおかしな声を上げて、隣に腰掛ける銀さんを見上げた。
銀さんは相変わらず何を考えているのか分かりづらい気だるげな目付きで、頭の後ろをガシガシと掻きながら続ける。


「俺さァ、これでも一応社長じゃん?社長に美人な女秘書って付き物じゃん。必須アイテムじゃん」
「それは旦那の勝手な妄想でさァ」
「妄想も男のロマンだろ」
「どんなロマンだよ」


銀さんは何やら1人で勝手に語り始めているが、私は何が何だが。

美人な女秘書?
必須アイテム?
妄想が、男のロマン……?
……話の繋がりが全く見つからないんだけど。

私がそうして1人で首を傾げていると、不意に、私の後ろに置かれていた銀さんの腕が、そのまま私の肩を掴んできた。


「まあ、とにかく―――」
「……!?」


声を上げる前に、銀さんがグッと腕に力を込めて、私の身体を引き寄せる。
されるがまま引き寄せられた先は、銀さんの腕の中。




「―――は、俺の秘書だから」




今決めた、と最後に付け加えてから、私の頭へ頬をすり寄せて。
銀さんが、ニヤリ、と口元を歪めたような気がした。

……って、待て待て待て。


「ちょっと待って、銀さん!」
「ん? 何よ」
「『何よ』じゃないよ! 私、今、お登勢さんのところで働いてるんだから、どのみち万事屋の仕事だって手伝う余裕なんて―――」
「心配御無用でーす。ババアにはもう話つけてきましたー」
「…………ええェェェ!?」


勝手に話が進んでいく中、私が慌てて銀さんを押し返すように腕を突っ張って抗議すると、信じられない言葉が耳に届く。
あまりの近さに顔が紅くなっているのか、私に向かってニタニタ笑いながら言ってくる銀さんに、私はただただ驚いた。


「根回しの早ェ野郎だな……」
「いやね、こういうのは早めに手ェ打っとかねェとてめェらみてーのが現れると思ってな。、何か妙に人気者みてーだし? ……だから、は今日から万事屋ー」
「お、お登勢さんのお店は!?」
「万事屋に仕事がねェ時とか時間が空いた時とかに出てくれればいいとさ。はいつも休みもしないでよく働いてるし、俺達の仕事なんてあってないようなもんだから、って」
「……」


よかったねーー、と。
相変わらずの歪んだ笑顔で言うこの男を見ていたら何だか気が抜けて、私はガクンッと頭を下げて俯いた。


「……もー……勝手に決めないで下さいよォ……」


何だか、さっき真選組入隊の話を真剣に悩んで、不安になっていた自分が馬鹿みたいに思えてくる。

第一、お登勢さんもお登勢さんだ。
人手が足りないと、日々愚痴を零していたくせに。
きっと、いいように銀さんに言いくるめられてしまったに違いない。
―――その証拠に、銀さんのニタニタ顔が収まっていない。


「これでチャンと毎日顔合わせられんなー」
「何を今更……。用事がなくても呼び出すくせに」
「寝起きも一緒だからなー。最低週7はうちで寝ろ」
「いや、それ毎日ですぜ、旦那」
「じゃあ週6
「変わんねェよ、ボケ」


総悟君と土方さんの鋭い突っ込みと鋭い視線が銀さんに突き刺さっているが、銀さんは私の肩に手をかけたままヘラヘラしていて、物ともしていない。
いい加減に放してほしくて、私が肩にかかった銀さんの手の甲を抓っていると、総悟君が思案顔で土方さんに話しかけ始めた。


「土方さん、こいつァ諦めた方がよさそうですねィ、隊士の話は」
「そうだな……まあ、元々強制じゃねェしな」
「でも、近藤さんが納得するとは思えねーや。あの人ダダこね始めると長いですぜ」
「そうだな……まあ、が無理だっつーならしょうがねェしな」


心底残念そうに話している様子のお2人。
銀さんの手の甲を抓ったまま、私の耳は自然と彼らの会話に集中していく。

……あれ、おかしいな。
私、責められてる?


「ダダこねねェとしても、近藤さん、きっといつも以上に精神的に打ちのめされやすぜ」
「そうだな……まあ、いつもストーカー行為のせいで身体はボロボロだけどな」
「俺らも、心にこう……ぽっかり穴を開けられた感が……。なら了承してくれると思ったんですがねィ」
「そうだな……まあ―――」
「ちょっ、ちょっと待って下さい!」


耳を傾け続けていた私は、何だか居た堪れない気持ちになってしまって、思わず土方さんの言葉を遮った。

総悟君の言葉も、いちいちグサグサ来るが。
土方さん、貴方さっきから「そうだな……まあ」ばっかりじゃないですか。

2人はピタリと口を閉じると、私と銀さんに目を向ける。


「あの、本当に、近藤さんや……わざわざ誘いに来てくれたお2人には、申し訳ないんですけど……隊士になるのは、無理なんです」
「さっきからそう言ってんだろ? おたくら、ちょっとしつこいんでない?」


私が中途半端に断ったせいだろうと感じて改めて2人にそう言うと、銀さんが少し苛立った様子で加勢してきてくれた。

近藤さんにはお世話になったし、また総悟君や他の隊士の人達、土方さんとも手合わせしたいのだが―――『隊士になる』となると、話が変わってくる。
都合がいい言葉に聞こえるかもしれないけれど、稽古に参加したり屯所に遊びに行ったりはしたいけれど、それだけは出来ない。

そう改めて説明すると、総悟君と土方さんは渋々納得してくれた。
―――かに見えた。


「―――……じゃあ旦那、はもう万事屋の従業員だって言ってやしたねィ?」
「ぁあ? だからさっきからそう言ってるんですけど。銀さん専属の秘書、だけどね」
「秘書だろーが何だろーが、従業員には変わりねェんだろ?」
「……」


『秘書』の部分を強調して言う銀さんに土方さんが突っかかると、銀さんは突然口を噤んでしまった。
それを確認した総悟君と土方さんは、横目に互いに目を合わせる。
総悟君がニヤリと笑みを浮かべると、煙草を咥えた土方さんの口も、同じようにニヤリと弧を描く(本当に仲悪いのか?この2人…)。




ああ―――嫌な予感。




「じゃあ、こうしようじゃねェか、万事屋」
「……んだよ」


を―――女中として、うちで働かせる」


「…………はあ? てめッ……!それさっきのやつ『女中』に変えただけじゃねェか!」
「んなこたァねーよ。こいつァ俺達からてめェら万事屋への、依頼だ」


土方さんがそう言い終わってニヤリと笑った瞬間、銀さんの顔があからさまに歪んだ。
「しまった」って顔。
本当、物は言い様である。

もう何だか、私の意見を総無視して話を進める気満々なようなので、私はあえて口を出さないが。
要するに、万事屋の従業員となった私に対して、『女中をしてくれ』と依頼しているわけだ。

なるほど、さすが“真選組の頭脳”。
頭が回りますね、土方さん。
……でも、そこまでして私が真選組に行く理由を作らなくてもいいかと思われます。


「ま、待てって! 仮にその依頼を受けたとしても、そいつは新八に―――」
「あの眼鏡か? 男だろうが。『女中』っつってんだろ。これ以上屯所内をむさ苦しくすんじゃねェよ」
「むさ苦しいのはてめェらの頭だろうが。……じゃあ、神楽はどうだ? アイツだって列記とした女だぞ、女」


頑なに私を依頼に向かわせようとしない銀さん。
別に私は隊士にすることを諦めてくれるのなら、もうこの際何でも構わないのだが―――そんなに私は頼りないのだろうか。

そんなことを考えていると、今度は土方さんに代わって総悟君が喰ってかかる。


「あのガキが来たら、真選組は壊滅でさァ。それに、まともな掃除・洗濯・炊事が出来る様な女にゃ見えませんがねィ」
「くッ……じ、じゃあ、仕方ねェ。俺が直々―――」
「いや、旦那も男でしょう」


何だよもォォォォォ!! もういいじゃん!
むさ苦しくてもいいじゃん! 今更じゃん!

そう叫びながら、相変わらず目の前に突き刺さっているパトカーをバンバン叩いてキレ始めた銀さんをなんとか宥める私。


「心配しなくても、依頼料はに給料として渡してやる。働きに見合った分をな。女中は数人しか雇ってねェから、人手が足りてねェんだよ。悪ィ話じゃねェだろーが」
「あの……それって、毎日って訳じゃない、ですよね?」
「ああ、そりゃあ、正式な女中でもない奴を毎日働かせるなんてこたァ、流石の俺もしねェよ」
「んなこと言って、本当は毎日のようにに逢いたいくせに。うっわー、土方キモッ!」
「うっせェんだよ総悟ォォォォ!!」


横槍を入れてきた総悟君に、土方さんがキレる。
私は、ニヤニヤと笑う総悟君の胸倉を掴んで瞳孔を最大限にまで開いている土方さんを慌てて制止すると、深く一度溜息をついた。


「……じゃあ、分かりました。週……23回くらいなら、お手伝いにいきます」
「え、ちょっ……マジでか、ちゃん!!」
「銀さんうるさい」


私の耳元で大声を出して叫ぶ銀さんを無視して、私が「どうですか」と聞き返すと、土方さんも総悟君も納得したように頷いてくれた。
―――この際、銀さんの個人的意見なんて無視だ。


「女中としても手伝うけど……たまに道場で身体動かせてもらえれば嬉しいです」
「ああ、好きなだけやりゃーいい。近藤さんも他の隊士も、それを望んでる」
「いやァ、が話の分かるお人で助かりやした」
(……そりゃあ、あそこまで粘られたらね)


心の中で文句を言いつつ、横でギャアギャア騒いでいる銀さんを宥めつつ、お人好しな自分の性格にちょっと笑えた。


「―――……っくしょー、銀さん何の為にフォローしたんだか分かんなくなってきちゃったじゃねェかコノヤロー」
「はいはい、ごめんなさい。ちゃんと、終わったら万事屋に顔出すから」
「……ったりめーだ」


ぶすっ、と横で口を尖らせる銀さんに、私がそうだけ言うと、ちょっとは満足したのか、躊躇いがちに小さく返してくる。
私よりも大分歳が上のはずなのに、何だか子供っぽくて笑えた。


「まあ、が狼の群れの中で働くのには納得いかねェが……とりあえずお開きな」


もう外真っ暗だし、と銀さんが言うのにつられてぐしゃぐしゃに破壊された店の外を見ると、すっかり日が暮れて、少し欠けた月がぽっかりと顔を出していた。


「ホントだ……―――神楽ちゃんと新八君、きっとお腹空かして待ってるよ」
「そうだなー……帰りに何か買っていってやっか」
「土方さん、近藤さんに早速報告しねェと」
「おう。んじゃ、屯所に戻るか」


それぞれ思い思いに呟いて、店を出ようと席を立つ。
総悟君と土方さんは突っ込んできたパトカーでそのまま帰るらしく、今まさに乗り込もうとしていた。

その時。


「―――あの、お客様方……」
「「「ああ?」」」
「……?」


不意にかけられたその声に4人で一斉に後ろを振り返ると、そこには―――顔を涙でぐしゃぐしゃにした、『店長』札を胸につけた男の人が立っていた。

何だか、伝票らしきもの数枚を手に持っていて。
怒りや悲しみが入り混じったような、笑いたいのか怒鳴りたいのか泣きたいのか分からない、複雑な表情をしていた。(当たり前か)


「そこの真選組の御二方、店の修理代、請求してもよろしいでしょうか? よろしいですね? あと坂田さん、散々甘い物山ほど食べておいて勘定しないで帰るなんて、それはないんじゃないですか? そこの彼女さんにも格好付きませんよそんなんじゃ。ふざけんのは頭だけにして下さいよコノヤロー」
「「「「……」」」」


土方さんの手には、店の修理代の伝票が。
銀さんの手には、例の甘味達の伝票が。
それぞれ、押し付けつように店長さんの手から2人へ渡される。

私はその2つを覗き込んで、店長さんの『彼女さん』発言を訂正することも忘れてその金額に唖然とした。


「……あー……そうだな」
「金ね、金だよね?」
「他に何があるって仰るんですか馬鹿共」


店長さんの話し方が段々おかしくなってきている。
私はオロオロと、銀さん達と店長さんを交互に見ていた(だって、口挟める雰囲気じゃないんだもん)。
私が「どうするの」と銀さんを見上げると、銀さんは徐にニッと口角を上げて店長に言う。


「俺らの甘味代―――全部、長谷川さんが払うらしいんで」


そう言う銀さんの視線の先には―――今さっき気が付いたらしい長谷川さんの姿。


「え、な、何? 何の話?」
「ああ、そうですか。じゃあ伝票は……―――」
「そこの人に渡して下さーい」
「あ、ついでに俺らのも頼みまさァ」


いまいち状況を掴めていない長谷川さんに、店長がゆっくりと顔を向ける。
銀さんはしてやったりな顔をすると、私の腕を掴んで店の外へと促した。

銀さんに連れられながら、私と土方さんは哀れんだ目で長谷川さんを見送った。


「はい、長谷川君」
「は? 何スか、この伝票……って、高ッ!!」
「それ、きちんと払ってね。あと君、明日からもう来なくていいから」
「……」






翌日、心身ともにボロボロになった長谷川さんが万事屋を訊ねて来て、「金返せ」という無理難題を吹っかけ、私以外の3人に追い返されたのは、また別の話。


(……というか、何で律儀に払っちゃうかな、長谷川さん)








人の数だけ生まれる

戸惑い。


(私に出来る限りのこと、総てを引き換えに)









アトガキ。


*ヒロインの深層心理にある想い。そして、新たなアルバイト先が決定。

*何気に稼いでますね、ヒロイン。
 そんな中で、どうしても真選組に協力できない秘密も、浮かんできました。それは追々解ってきますが。
 
 そんなわけで、この話で出会い編となる『Nobody Knows』はお終いです。次回からとうとう原作へ。


*章タイトル『Nobody Knows』→→意:誰も知らない。ヒロインが隠している、素性や想い。




*2010年10月29日 加筆修正・再UP。