Nobody Knows   02




「……」
「……」
「……」


『万事屋銀ちゃん』の玄関先に佇んだまま、数分が経とうとしていた。
「いつまで立っていればいいのだろうか」とか「早く家に入れてくれないだろうか」とか。
そういうことは決して、考えてはいない。(……いや、少しは考えているけど)

私はそれほど自分から進んで喋る方ではないので、沈黙なんて痛くも痒くもないはずが、やはり初対面の人との間の沈黙は辛いものがある。

というか……え?
私さっそく嫌われた?


「あ……えっと……」


何だかそう考え始めたら申し訳なくなってきて、思わず顔を俯かせて、うーん、と唸る。

そういえば、さっき「依頼人以外はいらない」とか言いかけていなかっただろうか。
仕事相手以外は招かれざる客、といったところなのだろう。


「―――……なあ」


やはり自分は招かれざる客のようだと考えていると、不意に頭の上から声がかかった。
先程数歩先から聴こえたはずの、気の抜けたような声。


「? ……ッ!!」


不思議に思って顔を上げると、すぐ目の前に銀髪の人の顔が。

驚いて思わず後ろに飛び退きそうになるのを抑えながら、必死にその場に足の裏を貼り付けていると、銀髪の人は私の目線に合わせるように腰を少し折ったまま、私の顔を覗き込んでくる。


「何? 誰この可愛子ちゃん。紹介しろ、ダメガネ」
「ダメかメガネかどっちかにしろよ!! つーか僕の存在意識メガネだけ!?」
「うるせーよ、ダメガネ。今更だろ、ダメガネ。……いいから、このべらぼーに可愛い子誰だよ」
「今更!? 今更で片付けられるの、僕の影!!」


新八君の突っ込み癖は、まさかここで開花されたのではないだろうか。
そう思ってしまうほど息の合った2人に、思わず呆然とする。

そんな私の横で、既に疲れたように重い溜息を零して新八君が言う。


「姉上の知り合いで、僕もさっき知り合ったちゃんですよ。さっき知ったんですけど、お登勢さんの所で、住み込みで働いてるらしいです」
「何ッ!? ババアの店でか!」
「あ、いや、働いてるって言っても裏方です、けど……」


何だか妙な誤解を招きそうな気がして、私は慌てて付け足す。
微かに目の前の銀髪さん(命名)が舌打ちしたように見えたのは、私の幻覚ではないだろう。


「……まあいいや。チャンね。俺ァ、坂田銀時。『銀さん』か『銀ちゃん』呼び希望」


私が呆気に取られたように銀髪さんの顔を見つめていると、更に顔を近づけて、銀髪さんがニッと笑った。

この顔を近づける行為に、何らかの意味はあるのだろうか。

そんなことを考えながらも、あっさり名乗ってくれた銀髪さん―――改め、坂田銀時さん。
銀時で『銀さん』か、と思いながら、私はペコリと頭を下げる。


「初めまして、坂田さん」
「いや、『銀さん』か『銀ちゃん』ね」
「あ、はい。坂田さん」
「銀さん、銀ちゃん」
「だから、分かりました、坂田さん」
「どこが分かってんの? 『銀さん』か『銀ちゃん』って呼んでって言ってるよね」
「あ、そういう意味ですか。すみません、アホの坂田さん」
「オイイィィィ!! 新八、何この子ッ!? 人の話全然聞いてねーんだけどォォォォ!!」


そんなに名前で呼んで欲しいのか、アホの坂田さん。
あ、間違えた。
坂田さん。

悲痛な叫びを上げながら新八君に問うている坂田さんに驚くが、この世界の人のノリにはお登勢さんとキャサリンさんのコント(?)を見てきて、何となく慣れてきていた。


「初対面早々、気安くは呼べませんって。アンタが無茶言ってんスよ……―――ちゃん、大したところじゃないけど上がって?」
「おい、眼鏡。今何つった? 今何つった? 俺ン家だぞ、ここは」


しつこい坂田さんの扱いに大分慣れている様子の新八君は、私に笑ってそう言うと、私を奥の部屋まで促してくれた。

玄関の先は、どうやら『万事屋銀ちゃん』のオフィスのようだ。
部屋の真ん中には、テーブルを挟んで向かい合わせにソファーが2つ置かれていて。
何故かは分からないが、『糖分』と書かれた額が、視線を少し上げたところに見えた。

その下には、社長用らしき机と椅子。


「……新八君、ここで何して働いてるの?」
「主に雑用。大半雑用」
「アンタらがだらしがないからだろッ!!」


新八君の代わりに私の問いに答えてくれたのは、坂田さんだった。
最早この人の言葉に常に突っ込まなければ、新八君は気が済まないのだろう。

新八君は、何やらガミガミと坂田さんに言いつけると、私にソファーに腰掛けるように言ってきた。
お妙さんがこの後すき焼きの材料を持ってくるので、準備はそれからだ。


「あのゴリラ女も来んのかよ……」
「姉上の提案ですからね。でも、姉上が来ても神楽ちゃんがいなくちゃ……―――そういえば、神楽ちゃんはどうしたんスか?」


私が腰掛けた向かい側のソファーに、新八君は私へ丁寧にお茶を出した後腰掛けた。
坂田さんは社長用と思われる椅子に、だらしなく腰掛ける。

ああ、やっぱりこの人が社長なんだ。


「神楽ァ? アイツなら定春の散歩じゃねーの?」
「……かぐら? さだはる……?」
「神楽ってのは、チビだけど大喰らいなウチの従業員。定春は……何か、マスコット的なもの」
「……後半すごく説明がアバウトなのは私の気のせいですか」
「気のせいだ」


どうやら、こちらの社長さんは他人のことを説明するのが嫌い、というか、面倒なご様子。
新八君が、はあ、と深い溜息を零したのを、私はお茶を啜りながらチラリと窺い見た。


「ここ万事屋はね、銀さん・僕・神楽ちゃんと定春の3人+1匹で経営してるんだ」
「……え? そんな少人数なの?」
「それ以上いてもいなくても、給料は払われないに等しいからね」


お茶はいい具合に温かくて、喉を潤してくれた。

新八君は少し刺のある言い方をすると、ジトリ、と横目で坂田さんを見る。
あからさまに目を背けてわざとらしく口笛を吹くフリ(吹けてない)をしている坂田さんを見て、私は少し笑った。






窓の外に目を向けると、少しずつ夕日のせいで空や街並みが紅く染まり始めてきていた。
よくよく考えてみると、お登勢さんの家以外で夕日を見るのは、こちらの世界に来て初めてのことではないだろうか。


「―――ただいまヨー」


すっかり冷めてしまったお茶の最後の一口を飲み干していると、不意に玄関の方から声が聴こえてきた。
湯飲みをテーブルの上に置いた私は、自然と声のした方へ顔を向ける。

可愛らしい、鈴のような女の子の声だ。(何故か違和感のある喋り方ではあったが)


「あっ、おかえり、神楽ちゃん」
「……あれ、依頼人アルか? 珍しい……よっぽどの物好きネ」
「てめェ、帰ってきて早々毒吐くなや」


目先に立っていたのは、チャイナ服姿が印象的な可愛らしい女の子だった。
見た目に反して少々毒舌なようだが、私よりも幼い子。


「私、かぶき町の女王・神楽いうヨ。お姉さんは?」
「え? あ……。よろしくね」


そう言って、愛想笑い程度にヘラリと笑って見せると、女の子―――神楽ちゃんが、不意に動きを止める。
神楽ちゃんは一瞬驚いたように目を丸くすると、すぐに私の目の前まで歩み寄ってきて、私が座っているソファーに腰掛けた。

そして、隣からひたすらジーッと、私の顔を覗き込んでくる。


「……」
「……な、何か……?」
「―――ッ、銀ちゃん、すごいネ!! こんな可愛い女どこで拾ってきたアルか!」
「ん? ……ああ、だろー? もー俺の嫁さん決定って感じじゃね?」
「話をややこしくさせようとしているのはどう考えても貴方ですよね、アホの坂田さん」


アホの坂田発言に「また言った!?」と騒いでいる坂田さんを無視して、私は神楽ちゃんに「別に拾われてないからね」と言い聞かせる。

寧ろ、拾われたのはお登勢さんに、だ。
断じて、このアホの坂田さん(しつこい)ではない。


「えーと……神楽ちゃんって、若いのにもう働いてるんだね」
「そうアルよ。男だらけの中、女1人で大変ネ」
「オメーみてーな人間離れした奴を女とは言わねェ。マウンテンゴリラで充分ごへあッ!!」
「黙れ、天パ」

辛辣な神楽ちゃんのお言葉と強烈な平手打ちを受け取った坂田さんは、衝撃で出てきたらしい鼻血を拭い、泣きながら「天パ馬鹿にすんなよォォォォ!!」と叫ぶ。
そんな2人にただ苦笑することしかできない私は、不意に、神楽ちゃんの背後に見えた巨大な影に気付いてそちらへと視線を向けた。


…………え、何?


「……」
「……」


そして、目が、合ってしまった。


真ん丸くて、大きな目。
真っ白いふわふわした毛。
ピクリと、音に反応する耳。
見た目はチワワっぽい感じだ。


その―――無駄な大きさ以外は。


私の目の先には、無駄に大きな風体の白い犬。
犬なのかすら定かではないその身体の大きさは、玄関へ続く出入り口すら塞いでしまっている。
最早、『大きい』よりも『巨大』が正解なくらいだ。


「……え、あ……え? い、犬? これ、犬?」
「何言ってるネ。定春は立派な犬アルよ」
「デカさ以外はな」


あまりに大きすぎる、その常識はずれな犬を目の前にして挙動不審なのが私だけだということは、どうやらこの犬はここのペットのようだ。
私は神楽ちゃんの言葉を聞いて、先ほど坂田さんが言っていた『マスコット的なもの』を思い出す。

なるほど、この子がマスコットの定春君か。
何だか、体格の大きさは人知を超えてはいるが、名前は妙に親近感沸くなー……。

そんなことを思いながら、私はゆっくりと腰掛けていたソファーから立ち上がって、真っ直ぐに犬―――定春君を見る。
いつの間にか、神楽ちゃんが定春君の隣に立っていて、その大きな顎の辺りを手で優しく撫で付けていた。


「さ、定春君って、いうんだ……」
「撫でてみるアルか?」
「えっ……い、いいの?」
「うん。 定春も喜ぶヨ」
「じゃあ―――」
「「待てェェェェェ!!」」


何だかんだと言っても動物で犬には変わりないので、動物好きの私としては嬉しい申し出。
ちょっと嬉々として定春君にゆっくりと近づいていくと、突然、私と定春君の間に坂田さんと新八君が割り込んできた。


「……あの……」


あまりの大声に私が驚いて一歩後ずさると、逃がさんと言わんばかりに勢いよく坂田さんにガシッと肩を掴まれ、すごい形相で迫られる。


「早まるな! 早まっちゃいけねェよ、チャン! 俺と対面してまだ1話目じゃねーか!!」
「いや、あの……何言ってるんですか? てか、あの、顔が近い……」
「安易に定春に近づいちゃダメだよ、ちゃん。定春、通常の犬よりデカイ分、じゃれ付き方も尋常じゃないんだよ」
「うん、そうだね。この人のじゃれ付き方、尋常じゃないよね」


対面してまだ数時間しか経っていないというのに、坂田さんは今にも私に飛びついてきそうな勢いで。
私は思わず、渾身の力を込めて坂田さんの顎を押し返す。
坂田さんの首がおかしな方向に曲がって変な音がしたが、気にしない。

そんな私が、坂田さんの後ろに見える定春君の柔らかそうな体毛に目を移した時。




「―――定春、噛み殺すヨロシ」




ガブリ。


「ぐぎゃあああァァァァァッ!!」
「何で僕までェェ!!?」


神楽ちゃんのそんな辛辣且つ恐ろしい一言が聞こえたかと思うと、私のすぐ目の前にあった坂田さんと新八君の顔が、真っ白い視界の中に消えた―――否、定春君の口に隠れてしまった。


に手ェ出す野郎は、今後私と定春で排除していくアル」


定春君の大きな口からぶら下がる坂田さんと新八君の足を見ながら、私は哀れみ、そして「神楽ちゃんは最強だな」などと考える。


「……定春君、よろしくね」
「ワフッ」


坂田さんと新八君を咥えたままくぐもった鳴き声を出す定春君を、不謹慎にも可愛く思ってしまった私は、ゆっくり近づいてたっぷりとそのふわふわの体毛を堪能した。

坂田さんと新八君は、私が2人と同じように噛み付かれてしまうのではと考えていたらしく、止めに入ったようだ。
でも、定春君は大人しく私に頭やら顎やらを撫でられてくれて、それを見ていた定春君から解放された血だらけの2人は、呆気に取られたように口をあんぐりと開けている。


「定春もが気に入ったネ」


神楽ちゃんがニッコリと笑いながらそう言ったので、無性に嬉しくなった私も小さく笑った。






「―――あら、銀さん。何ちゃっかりちゃんの隣に座り込んでいるのかしら?」
「変な言いがかり付けてんじゃねーよ。ここは俺の特等席だ。俺はいつもここが定位置なんだよ。その隣に偶然チャンが座っただけだ」
「ふざけんな。ちゃんにてめェの気持ち悪い甘ったるい匂いが移るだろーが」


グツグツと肉や野菜が煮込まれる鍋を見ている私の横で繰り広げられている会話に、私は内心苦笑した。

野菜やら白滝やらが入ったスーパーのビニール袋を持ったお妙さんが万事屋にやって来たのは、外の空が夕焼け色に染まりきった頃だった。
お妙さんが来てから一気にその場の空気が引き締まったような気がしたが、気のせいだと自分自身に言い聞かせてすき焼きパーティーの準備を始める私。

そして、やっと鍋で材料を煮込み始めた頃、何故か鍋を見ている私を挟んで言い争いを始めてしまった坂田さんとお妙さん。
ちなみに右隣が坂田さんで、左隣がお妙さん。
神楽ちゃんと新八君は私達の向かい側に座っている。


「銀ちゃんも姉御もズルイアル! 私もの隣がいいヨ!」
「これ以上話をややこしくしちゃ駄目だよ、神楽ちゃん!」


何だか、すき焼きパーティーなのにメインの物が変わってきているような気がする。
自分の周りの会話を気にしないように、私は無心に鍋を見つめていた。

そういえば、父さん達もすき焼き好きだったなァ。
……ちゃんとご飯食べてるのかな。
2人とも、料理とか全く出来ないしな……。

元の世界で変わらず生活しているであろう父と兄の面影を思い浮かべながらどこかボンヤリとしている間に、鍋は黙々と具材に火を通していく。


「……皆、もう食べて大丈夫だと思―――」


肉にも野菜にもいい感じに火が通り、味が染みてきた頃を見計らって、私は皆に声をかけた。

その時。


「「「「うおおおォォォォッ!!」」」」


4つの雄叫びと共に、鍋に伸ばされる箸。
その箸のほとんどが肉へと伸びていき、箸が去った鍋には野菜と白滝と木綿豆腐が残る。


「うめッ!」
「本当おいしい! ちゃん、お料理上手なのね」
「ホントにおいしい……」
「このすき焼き最高ネ!」
「……」


あまりの強烈な光景に呆気に取られていた私だが、まあ、喜んでもらえたようで。
力なく、ありがとう、と答える。

その後、永遠と続いたすき焼きパーティー肉争奪戦に、私はただただ呆然とすることしかできなかった。








目が離せない、

私の知らない世界。


(眩しい銀色)(何も知らない、真っ直ぐすぎる瞳)









アトガキ。


*出逢いを祝って、すき焼きパーティー。

*やっと登場したのに、なんだかヘタレっぽい銀さん。ヒロインの銀さんへの第一印象=見た目も中身も変わった人。





*2010年10月27日 加筆修正・再UP。