Nobody Knows   02,5




時が経つのは、本当に早いもので。

定春君の暴走の後すぐに『万事屋銀ちゃん』に姿を現したお妙さんを迎えて、やっとのことで無事にすき焼きパーティーを始めることが出来た。(ちなみに作ったのは私と新八君)

まあ、想像していた以上に騒がしい、賑やかなすき焼きパーティーになったことは言うまでもないが。


「―――……ふー……」


そして、今。

新八君とお妙さんは自宅に帰り、神楽ちゃんは空腹を思う存分満たしたのか、ソファーの上で定春君とくっ付いて眠っている。
その反対側のソファーには、坂田さんが顔にジャンプ(この世界にもあるんだ)を置いて、同じく寝ているようだ。

何も掛けないまま寝かせておくわけにもいかず、悪いとは思ったものの適当に押入れを探って毛布を引っ張り出すと、神楽ちゃんを起こさないように掛ける。
坂田さんにも同じように毛布を掛けてから、一息。

事務所内を見渡して、ふと時計を見てみると、思ったよりも時刻は進んでいて遅くなっていた。


「私も、帰ろうかな……」


今日1日ですっかり馴染んでしまった、この場所。
突然静かになった室内。
あんなに賑やかな場所にいたのは久しぶりで、思わず笑みが零れた。

クルッと、勝手に座らせてもらっている社長椅子を回して、『糖分』の額縁の下にある窓の外に目を向ける。
外に広がる真っ黒い空には、星ではない光がちらついている。


―――もしも。


もしも、この世界と私の世界が繋がっていたとしたら、どれほど私がいた時代は進化しているのだろうか。
江戸の空がここまで遠く感じるのなら、140年以上経った後の私の世界では、空すら存在しないのか。

何の脈絡もなく、考え続けた。

日本独特の文化を持っていたはずの国が変わる様は、国を愛する人達にはどう映るのだろうか。

この世界にいる“天人”とかいう宇宙人は、お登勢さんの話によると大分強引な手段で開国をしたらしい。
史実である『黒船来航』を『宇宙人襲来』と置き換えただけだが、それを考えると、私は少し悲しいような気持ちがして。

その気持ちを、拭い去ることができない。


(きっと……)


きっと、大事なものを失った人だって、いるだろうに。
守れなかったものも、あるだろうに。


「……大丈夫かな、皆……」
「“皆”って、誰のこと?」
「ッ……!!」


ギシッ、と背凭れに体重をかけて呟いた時、不意にすぐ後ろから低い声が聞こえて、思わず飛び上がった。
慌てて椅子ごとそちらに振り向くと、牛乳パックらしきものを手に持ったままデスクに腰掛けている、坂田さんの姿。
よくよく見てみると、どうやら苺牛乳を飲んでいるらしい。


「さ、坂田さ―――」
「なァ、“皆”って誰よ?」
「え? ……あー、えっと……家族です、私の」


私がそう言うと、坂田さんはさほど興味もなさそうに「へー」と声を漏らした(自分から訊いてきたくせに……)。
坂田さんが口を開く度に、苺牛乳の甘い匂いがする。


「何? チャンって田舎から出稼ぎにでも来たの? そうは見えねェけど」
「あ、いや、そういうんじゃなくて……」


まさか『こことは別の世界から流れ込んできました』なんて、言えない。
私がもごもごと言い淀んでいる間に、坂田さんは手近にあったコップに自分が飲んでいた苺牛乳を注ぎ、私の目の前にそれとなく置く。

……こんな夜中に、こんな甘ったるいものを飲めと……?


「あ、今苺牛乳馬鹿にしたろ。世の中カルシウムとっときゃ上手くいくんだ。遠慮せず飲め」
「私、夜中に胸焼け起こしたくないんですけど」
「人の好意は素直に受け取っとくもんよォー」
「これは好意ではないです。寧ろ女に対しての侮辱に近いです」
「……君、見た目の割に毒舌なのね……」

銀さん悲しくなってきた、と涙を流しながら苺牛乳を煽る坂田さんが、妙に笑えた。

えっと、何の話してたんだっけか。

ふと、私はずらされた本題へ話を戻そうと、一応苺牛乳の入ったカップに手を伸ばして言う。


「―――ちょっと……家に帰れない処まで来ちゃったんで、お登勢さんに拾ってもらったんです」
「……バアさんに?」
「はい」
「あのバアさんも大概お人好しだよなァ……」

チビリ、と口の中に流した苺牛乳は、想像していた通り甘かった。

私には、大切な大切な、家族がいる。
私にとっては、そこら辺にいる普通の家族と同じような、平凡で平穏な家庭で。
変わり者で親馬鹿な父さんと、シスコン気味な双子の兄に、穏やかで優しい母がいて。

帰る手段も分からない今、早くもホームシック気味で。


「私の家も、ここみたいにいつも賑やかなんですよ」
「へー、そりゃあ大した家だなァ―――……まあ、でも」


ポンッ、と頭に乗せられる軽い重み。
ジーッと見つめていた淡い桃色の液体から目を離して、坂田さんを見上げる。


「ここも、悪かァねーだろ?」


いつでも遊びに来ていーから、と気だるげに言う坂田さん。
私は一瞬何を言われたのか理解できなくて、暫しキョトン、としてしまったのだが、嬉しさが込み上げてきた途端、自分でも驚くほど顔の筋肉が緩むのを感じて、思わず顔を俯かせた。


「だからよォ、チャン。仲良くなる為にも、その肩っ苦しい喋り方どーにかしてくれや」
「……じゃあ、坂田さんもわざとらしく『ちゃん』付けして名前呼ぶの、やめて下さい」
「あっ、バレてた?」


ガリガリと頭の後ろを掻く坂田さんに、また顔を向けて。
自分でも意識がある程度に、顔を緩める。


「これからよろしくね―――銀さん」
「おう…………って、え? ちょっ、今……え?」


不意打ちに名前で呼んでみると余程嬉しかったのか、パニックを起こす目の前の男に、私は更に笑った。


「ぅ、わっ!?」


すると、急に目の前が暗くなり、身体が締め付けられる。


「ちょっ……銀さ、苦しッ……!」


私の言葉に調子に乗った坂田さん―――改め銀さんが、本日2度目の鉄槌を神楽ちゃんと定春君から頂戴するのに、そう時間はかからなかった。





**************





「……大丈夫かな、皆……」


あまりに切なげで、どこか悲しみを帯びたその声に、思わず声をかけずにはいられなかった。

突然、新八と共に万事屋を訪れた少女は、あまりに自分の周囲にいる人間とは空気の違う、どこか掴み所のない少女だった。


「さ、坂田さ―――」


驚いているのか、どうなのか。
その少女―――山瀬の表情は、よくは汲み取れないほどの微かな変化で。
それを少し高い視線から見下ろしていた銀時は、やはりそうか、と思う。

この少女はどうやら、感情を表に出すことが苦手―――というよりも、慣れていないのだろう。


「なァ、“皆”って誰よ?」
「え? ……あー、えっと……家族です、私の」


追求するなどらしくないな、と自分でも分かっていながら、少女の口から漏れた言葉に無意識に自分が執着していくのが分かる。

銀時は不思議と、山瀬という人間に興味を抱いていた。
それは鈍く、他人には悟られないほど微かに。


「私の家も、ここみたいにいつも賑やかなんですよ」
「へー、そりゃあ大した家だなァ―――……まあ、でも」


自分の差し出した苺牛乳に手を伸ばして、それをチビリチビリと口に運びながら、は小さく笑った。
その微かな変化に、不意に気がついて、銀時は微かな動揺を隠しながら、平静を装う。


「ここも、悪かァねーだろ?」


どうやら自分は、彼女をいたく気に入ってしまったらしい。

の頭に、無意識に乗せた掌。
漆黒の髪は思っていた以上に手触りがよく、自分のそれとは違って、指にサラリと絡みついた。

一瞬、がキョトンと呆気に取られたように目を丸くしたのを、銀時はきちんとその目に見ていた。
それが少し可愛く思えて、思わず口元がにやける。
そんな銀時に気付かないまま、は気恥ずかしいのか顔を俯かせる。


「だからよォ、チャン。仲良くなる為にも、その肩っ苦しい喋り方どーにかしてくれや」


銀時は俯いたの顔を覗き込むように身を屈めて、いつものふざけた調子で言った。
が見ていないことをいいことに、口元は歪みっぱなしだ。


「……じゃあ、坂田さんもわざとらしく『ちゃん』付けして名前呼ぶの、やめて下さい」
「あっ、バレてた?」


のその捻くれた言い方も可愛くて、更に口元が歪んでしまう。
きっととんでもなくだらしない顔をしているのだろうと、銀時は思う。(まあ、いつものことだが)




「これからよろしくね―――銀さん」




不意に顔を上げて。
不意打ちで、笑って。

銀時は思わず、我を忘れて取り乱した。


(ああ、もう……)


心の中で悪態を付いて、銀時はゆっくりと、目の前の少女へ腕を伸ばす。


「ぅ、わっ!?」


ぎゅっと抱きしめたの身体は、思っていた通り小さくて。
表情が、一瞬でも変わったが可愛くて。
逃がさないように、小さく華奢な身体をおふざけ程度に抱きしめる。


「ちょっ……銀さ、苦しッ……!」


それでも必死に、羞恥からか腕の中で暴れるに、銀時は更に笑った。
はそんな銀時に気付くはずもなく、無謀な暴れ方をし続ける。


「なァ」
「……へ?」


ふと、銀時がを抱きしめたまま耳元で囁くように声をかけると、面白いくらいにあっさりとは暴れるのを止めて、間抜けな声を出した。
それを確認した銀時は、更にを強く抱きしめ、耳に唇を近づける。




「こちらこそ、よろしくしてもらうぜ―――?」




バッと、勢いよく身体を離したの顔は、今まで以上に赤かったように思う。
少し声を荒げて「か、からかわないで下さい!」と叫ぶ彼女の表情を変えるのは、意外と簡単らしい。








それはそれは、

とても儚く笑うから。


(本能的に、抱きしめた)(繋ぎ止めるように)(消え去らないように)









アトガキ。


*ヒロインの思いと銀さんの思い。まだ”想い”まで成長しきれていない2人。
 でも、確かにここで繋がり合った2人。

*お人よしな銀さん的には、何となく放っておけない雰囲気をヒロインに感じた模様。
 対するヒロインは、お登勢さんとキャサリン以外にも”居場所”が出来て、ほんの少し心を開いて歩み寄ろうとしている、その第一歩的なお話です。




*2010年10月27日 加筆修正・再UP。