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「……オイ、ヅラぁ。てめェ、何でうちのチャンと顔見知りなわけェ?」


自分の隣にへたり込んでしまった私を暫くジーッと見つめていた銀さんは、少し不機嫌そうに顔を歪めて桂さんを見ながら言った。
私の腕を、ずっと掴んだまま。


「ヅラじゃない、桂だ。……貴様に用があって万事屋に足を向けたのだ。そこで知り合ってな」
「ほー、万事屋でねェ……」
「うっ……」


相変わらずの真面目顔で、平然と本当のことを言う桂さん。
そんな桂さんの言葉を聞くと、銀さんは何やら癖のある声を出して、ゆっくりと横目で私を窺ってきた。

万事屋で留守番を任される時、毎度銀さん達にしつこく言い付けられることが1つある。
それは―――誰が事務所に来ても出て行かない、という約束。

多分、私1人では依頼を受けることも出来ないと分かっているから、3人はいつも出かける度   に私に言い付けていたのだ。

それがあることを知っている私は、思わず銀さんから目を逸らす。


には、もう少し言い付けておかねェといけねェみてーだなァ」
「い、いや、でも……今回のは不可抗力というやつで……」
「はいはい、言い訳は後で聞いてやるよ」


聞く気ゼロじゃん!!

私は心の底で叫ぶが、そんなものが銀さんに届くはずもなく。
この時ばかりは、私はタイミング悪くやってきた桂さんと、その桂さんに齧り付いた定春を恨んだ。


「―――話は済んだか?」
「うるせェ。済んだよハゲ」
「ハゲじゃない、桂だ」


私と銀さんの間に急に入ってきたのは桂さんだった。
私が桂さんへ目を向けると、彼は何やら懐に手を突っ込んでゴソゴソと探っていた。

……また携帯電話出すのかな。

そんなことを考えながら首を傾げていると、桂さんは銀さんと私の目の前に小さな袋を差し出してきた。


「お前達はこれを知っているか?」
「?」
「……粉?」


桂さんが差し出してきた袋は、無色透明なビニールの袋。
その中には、白っぽい、よくよく見てみると淡い色のついたサラサラの粉が入っていた。
銀さんと私は、遠目からは『白い』と言えるその粉を見て、ただ首を傾げる。


「最近巷で出回っている“転生郷”と呼ばれる麻薬だ」


淡々とした桂さんの言葉の中に含まれる『麻薬』という単語に、少し肩を震わせる。
桂さんは粉―――“転生郷”の袋を掲げたまま、続ける。


「辺境の星にだけ咲くと言われる特殊な植物から作られ、嗅ぐだけで強い快楽を得られるが、依存性の強さも他の比ではない」


そんな薬物が、流行に敏感な若者達の間で出回っているのだという。
しかし、この薬物を使用した者は皆、悲惨な末路を辿っている、と。


「天人がもたらしたこの悪魔を根絶やしにすべく、我々攘夷党も情報を集めていたんだ……。そこに、お前が降ってきたらしい。俺の仲間が見つけなかったらどうなっていたことか……」


最後の桂さんの言葉に、私は小さく身震いしてしまった。

確かに桂さんの仲間だという人が助けてくれなかったら、銀さんもあの子も、そのままその場で息絶えていたかもしれない。
起き得る可能性があった“最悪な事態”を想像して、妙に寒気がした。

横目でチラリと銀さんを窺うと、銀さんは捉えどころのない表情で桂さんの話をジッと聞いているようだった。


「……というか、お前は何であんな所にいたんだ?」
「というか、アイツらは一体何なんだ?」


銀さん、完璧桂さんの質問は無視ですか。

無視されたにも関わらず、桂さんはそのまま銀さんの質問に素直に応える。


「宇宙海賊“春雨”―――銀河系で最大の規模を誇る犯罪シンジケートだ!」
「う、宇宙海賊……?」
「ああ。奴等の主立った収入源は、非合法薬物の売買による利益。その触手が、末端とは言え地球にも及んでいるというわけだ」


何やら、私の知り得ない次元の話に発展してきてしまった。

『宇宙海賊』?
『銀河系』?

まあ、天人という宇宙人が存在するのだし宇宙船も存在するのだから、そう言った賊がいてもおかしくはないのだろうが。
―――いまいち、私には理解出来ない範疇だ。


「天人に蝕された幕府の警察機構などアテに出来ん。我等の手でどうにかしようと思っていたのだが……」


今の言葉、きっと土方さん辺りが聞いたら怒るだろうな…。
あ、でもどのみち桂さんは真選組の敵になるのか。

私がそんなくだらないことを考えていると、ふと、銀さんが私の腕を離して立ち上がった。


「貴様がそれほど追い詰められる位だ……余程の強敵らしい。時期尚早かもしれんな―――オイ、聞いているのか?」


銀さんは桂さんの言葉を聞いているのか、いないのか。
障子の近くまで歩いて行くと、近くに掛けてあるいつもの渦潮柄の着流しを手に取り、バサリと肩にかけた。
私はただ黙って、それを見ている。


「仲間が拉致られた。ほっとくわけにはいかねェ」


新八君と神楽ちゃんを、助けにいくつもりなのだ。
あの、素人目でも分かるほどの、大怪我で。

止めたい気持ちもあったけれど、何故か制止の言葉が私の口からは出てこなかった。


「その身体で勝てる相手と?」


私の言いたかったことを、桂さんが代弁してくれた。
銀さんは障子にスッと寄りかかり、視線を外の庭へと走らせて言う。


「“人の一生は、重き荷を負うて遠き道を往くが如し”―――昔なァ、徳川田信秀というオッサンが言った言葉でな……」
「誰だ、そのミックス大名! 家康公だ、家康公!」


こんな緊迫した状況下でもボケることが出来る銀さんは凄いと思う。

徳川田信秀とは、どうやら徳川家康と織田信長と豊臣秀吉を混合したものらしい。
ミックス大名とは、桂さんもよく言ったものだ。(そして本当は徳川家康の言葉らしい)


「最初に聞いた時は、何を辛気くせーことをなんて思ったが、なかなかどーして、年寄りの言うこたァ馬鹿にできねーな……」


たまに、ふとした瞬間、銀さんが遠くを見つめることがあると、私は何と無く最近気付いた。
思い詰めたような、それでいて真っ直ぐな銀さんの目は、時々ドキリとさせられる。


「荷物ってんじゃねーが、誰でも両手に大事に何か抱えてるもんだ。だが、担いでる時にゃ気づきゃしねェ。その重さに気付くのは―――全部手元から滑り落ちた時だ」
「!」


銀さんの声が、言葉が。
何故か身体に、スッと、沁み込んでくる。


「もうこんなもん持たねェと何度思ったかしれねェ。なのに……またいつの間にか背負い込んでんだ」


“荷物”はきっと、新八君や神楽ちゃんだ。

殴り合ったり蹴り合ったり、怒鳴り合ったり罵り合ったりするけれど、万事屋の3人はいつも一緒で。
遠巻きにそれを見て―――羨ましいと思う、自分がいて。


「いっそ捨てちまえば楽になれるんだろうが、どーにもそーゆ気になれねェ」


間延びした銀さんの声が、和室の中に静かに響く。
私は1人、無意識に拳を握り締めてそれを聞いていた。




「―――荷物(あいつら)がいねーと、歩いててもあんま面白くなくなっちまったからよォ」




そう言う銀さんの顔には、小さく笑みが浮かんでいた。
新八君と神楽ちゃんがこれを聞いていたら、きっと喜んでいたに違いない。

そうこうしていると、桂さんがその場に立ち上がる。
そして、溜め息交じりに言う。


「仕方あるまい」
「!」
「お前には池田屋での借りがあるからな」


ゆっくりとした足取りで、銀さんの隣へと歩み寄る桂さん。
私からは、2人の背中しか見えない。


「ゆくぞ」
「あ?」
「片腕では荷物など持てまいよ。今から俺が、お前の左腕だ」


互いに目を合わせて言う2人の間に、言い知れぬ“何か”があるような気がして、私一人取り残された気分だった。

銀さんは強い、らしい。

新八君や神楽ちゃんの口から聞く、私がいなかった時の話は、俄かには信じ難いことばかりで。
宇宙船の動力源を木刀で破壊したり、電車が走る線路を原付バイクで走って新八君と神楽ちゃんを助けたり、爆弾を身体1つで処理したり、定春に乗っかったまま病院へ突っ込んだり。
聞く度に皆で笑ったり、驚いたりしていたけれど、今の私はひどくその時のことを悲観した。

やっぱり、私は何も知らないのだ。


「―――
「! ……何? 銀さん」


1人布団の上に座り込んだままだった私を、銀さんが振り返ってきた。
私はきっと今酷い顔をしているだろうからと、顔を俯かせたまま銀さんに聞き返す。

きっと、私はまた。


「お前は、万事屋に戻ってろ」




ほら―――置いて行かれる。




「そうだな。危険な場所だ。には帰ってもらって―――」
「や、やだ!」
「「!」」


桂さんの言葉を遮って、思わず声を荒げた。
ハッと我に返って顔を上げると、銀さんと桂さんが驚いたように目を見開いて私を見ている。

ど、どどど、どうしよう!
らしくなく叫んじゃったよ、私!!

内心パニックを起こしている私を見て、2人は怪訝そうに眉を潜める。
私はそれを見て意を決し、その場に勢いよく立ち上がった。


「銀さん!」
「お、おう?」
「桂さん!」
「な、何だ?」


ほぼヤケクソ状態の私は、2人に駆け寄ってその腕を掴む。
必然的に見上げる形にはなってしまうが、キッと顔に力を込めて、たじろぐ2人を見た。

私だって、銀さんの為に何かしてあげたい。
新八君と神楽ちゃんを、助けたい。


「―――私も、一緒に行くっ……!!」


何が出来るか、分からないけれど。
私に出来ることなんて、限られているのかもしれないけれど。

グッと2人の腕を掴む手に力を込めると、2人は―――何故か、勢い良く私から顔を背けた。

……え、何?
私おかしなこと言った?


「ッ……!」
「ちょっ、、それ反則ッ……!」
「……へ?」


銀さんは口元を掌で覆い隠し、何やら焦燥しきった様子でくぐもった声を上げた。
桂さんに至っては、何故か身体を小刻みに震わせたまま、明後日の方を向いている。

―――意味が分らない。(私が何をした!)

暫くそのまま顔を背けていた2人は、微かに顔を赤らめたまま(笑われたのか!)こちらに再度顔を向けてきた。
私が少しムスッとしていると、銀さんが私の頭にポフッと掌を乗せてくる。


ちゃんよォ、気持ちはありがてェけど、お前を連れてくわけにゃいかねェよ」
「……」
「真選組の隊士共とやり合ったらしいけど、は女だし……俺、に怪我させたくねェし」


だから大人しくお留守番してなさい、と、銀さんはいつものヘラヘラ顔で言ってのける。

いつもそうだ。
私はいつも、こうやって、銀さんに上手く言い包められてしまう。

だけど、今回は―――これからは、駄目なんだ。

万事屋の3人が私をよく留守番させる時は、決まって依頼が曖昧だったりおかしなことに発展しかねなかったりする依頼の時ばかりだ。
前々から考えていて、最近ようやく気付いたことがある。
皆が私を留守番させるのは、私を心配してのことだったのだ。

新八君と神楽ちゃんもだが、特に銀さんは私を必要以上に危険なことに関わらせないようにしてくれている。
自意識過剰かもしれないけれど、私は今まで万事屋のメンバーと関わって来てそう感じてきた。

真選組に勧誘された時の私の反応を、銀さんは憶えているのだ。


「だから、今回は大人しく―――」
「嫌」
「……え」
「嫌だ……新八君と神楽ちゃんが危ない目に遭ってて、まして銀さんのそんな状態を見たら……黙って1人だけ待ってるなんてこと出来ない!」


自分勝手な言い草だが、言い出したら止まらなかった。


「さっきから銀さんの話聞いてて、銀さんがどれだけあの2人を大切に思ってるのか分かった。私も付き合いはまだ短いけど2人が大切だし、お登勢さんとかキャサリンさんとか……皆ひっくるめて、護れるなら護りたいと思った」
……」
「銀さんや桂さんみたいに上手くは言えないけど……私も銀さん達を護りたい。一方的に護られるだけじゃ、私は今までと変わらない……ッ!」


そうだ。
ずっと私は、護りたいと一方的に思うだけで、護られてばかりで生きてきた。
護られてばかりで、それが最悪の結果を齎すこともあったんだ。




そんな一方的な想いは、望みは―――苦しいだけだ。




「私は万事屋の一員に……まだ、なれてないかもしれないけど……」
「……」
「これからでも遅くないって思っちゃ、駄目ですか……?」


いつ、この世界から消えるか、分らない存在だけれど。


「桂さんが銀さんの左腕なら、私は右腕にでも背中にでも、何にでもなるから……」


今だけは、貴方達に交じっていたいと思うのは、いけないことですか。


「これから先、きっと銀さん達は、また私を助けてくれるだろうけど……・だからこそ―――私も一緒に、隣で護りたい」


そこで一息ついて、気まずい沈黙が辺りを包んだ。
あまりの気まずさにハッとして、私は銀さんと桂さんの腕を離した。

ああぁぁぁ、私は一体何口走ってるんだ!
恥ずかしすぎる……!
切羽詰まりすぎて思ってたこと全部喋っちゃったよ!! (助けて!)

ワタワタしている私の頭の上には、相変わらず銀さんの大きな掌が乗っかったままだ。
最近キャラが崩れつつある自分に狼狽していると、不意に2つの溜め息が聞こえてきた。
銀さんと桂さんだ。

どうやら、大分呆れられてしまったらしい。


「銀時」
「……んだよ」
「人手はあるに越したことはないだろう」


桂さんのその言葉に、咄嗟に私は銀さんを見た。
銀さんはどこか納得いかなそうな顔付きで、困ったようにふわふわの頭を掻き毟っている。


「それに、一番手近な場所に置いておく方が、“荷物”も盗られずに済むぞ」
「うっせェ、黙ってろヅラ」
「ヅラじゃない、桂だ」


何だか……言葉が遠回しでよく分らない。(理解力がないだけか)

私が不可思議そうに見上げていると、銀さんがやっと私に目を向けた。
そして、また1つ溜め息をつく。


「……ま、沖田君と張り合うくらい度胸があるみてーだし……」
「べ、別に張り合ってなんか……っ」
「はいはい」


銀さんは私の言葉を遮って、笑った。
そして、私の頭を少し乱暴に、グリグリと捏ねまわす。


「ちょっ、銀さん!?」
「ぜってェ俺……と、ヅラから離れねェか?」
「え? ……あ、うん」
「俺はついでか、銀時」
「なら、帰って膝枕で許してやるよ」
「…………ぅええぇ! ま、またやるの!?」
「無視か? 俺は無視か?」
「おうともよ。楽しみにしてるよォ、チャン」


腰を屈め、顔を近付けて笑う銀さんに、私は渋々頷いた。(桂さんは無視)
どうやら、ついて行く許しを得られたみたいだ。


「―――……ああ、、それとな」
「はい?」


少し安心して肩を撫で下ろすと、不意に銀さんが言った。




「俺ァ、お前のこと、万事屋の一員だってきちんと認めてっから、安心しなさい」




……やっぱり、銀さんは卑怯だ。


「……あ、りがとう、ござい、ます」
「おう。素直でかーわいーねェ、今日のは」


一瞬、銀さんがすごく格好良く見えただなんて、死んでも言えない。

今日は不覚なことが多すぎる、と思いながら、熱くなった顔を抑える。
すると、部屋の奥からいつの間にかいなくなっていた桂さんがおかしな衣装を持って出てきたのは、そのすぐ後のことだった。








触れ合える、この幸せ。

(確かにそこにある、体温にも)(不器用な優しさを含む、心にも)









アトガキ。


*駄々をこねるヒロインと、そんなヒロインの上目遣いにやられたおっさん(お兄さん?)2人。
 
*分かりにくくてすみません。シリアスぶち壊してすみません。
 前話からも解るように、ヒロインはヒロインなりに色々と悩んでいます。銀さんや桂さんのように器用な言葉では言えない方が、何処となく”平凡さ”を滲ませていていいかな、なんて思っています。
 
 次はいよいよ、春雨の船に侵入です。海賊コスプレにも注目!(大したことないと思うけど)




*2010年10月30日 加筆修正・再UP。