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独り、だ。


目の前に広がるのは、真っ暗な空間。
そんな漆黒の世界に伏しているのは、武装し、傷付き、息絶えた―――人。

人、人、人、人。
人間だらけだ。

もう身動き一つ見せない人間の山の中、1人佇み立ちつくしている。
俺は、独りだ。


「ふんばれ、オイ」


途方もなく、仲間だと思われる男を一人、背に背負った。
微かに、まだ息はあるはずだ。
背にいる男に向かって、ただ只管励ますように声をかける。


「絶対死なせねェから……俺が必ず助けてやるからよ」


返事は、なかった。


〈―――捨てちまえよ〉
「ッ……!!」


不意に背後から聴こえたのは、諦めを誘う声。


〈そんなもん背負ってたらてめーも死ぬぜ。どーせそいつは助からねェ〉


希望を、打ち砕く声だ。

思わず足を止めて、ゆっくりと後ろを振り返る。
そこには。


〈てめーにゃ誰かを護るなんてできっこねーんだ。今まで一度だって、大切なもんを護りきれたことがあったか?〉


髑髏と化した、仲間。

そうだ、俺は。
今まで、目の前の敵を斬って、斬って、斬り倒し続けて。


〈それで何が残った? ……ただの死体の山じゃねーか〉


声を無視するように、俺は再び歩き出した。
しかし、どこまでもどこまでも追いかけてくるように、聴こえてくる声。


〈てめーは無力だ〉

〈もう全部捨てて、楽になっちまえよ……〉


そんな時、微かに動いた背中の仲間。




〈お前に護れるものなんて―――何もねーんだよ!!〉




髑髏がまた、背中で俺を嘲笑った。






ハッとして反射的に身体を起こすと、そこは見知らぬ和室だった。
何もない殺風景な部屋のド真ん中に敷かれた布団に1人、俺は寝かされていたようだ。

何か、頭ボーッとすんな……。

寝起きの気だるい身体を起こしたまま、ボーッと辺りを見渡す。
すると、不意に右手側にあった襖が開いて、見知った顔の男が現れた。


「ガラにもなく魘されていたようだな……昔の夢でも見たか?」
「ヅラ? 何でてめーが……―――」


そこでふと思い出した風景。
天人共に抱えられる様にして連れて行かれる、神楽と新八の姿。


「ッ、そうだ!!」


突然湧き起こった焦燥感に、俺は立ち上がろうと思わず腕に力を込めた。
―――が、ズキリと身体に走った鋭い痛みで立ち上がれずに、そのまま前方に倒れて、顔を布団に埋める。

くそっ、こりゃ結構重傷だな。


「無理をせぬがいい。左腕は使えぬ上、肋骨も何本かいってるそうだ」


案の定、ヅラから言われた言葉は重傷だと物語っていた。
ヅラは布団に倒れ込んだ俺を助け起こそうともせず、布団の傍らで続ける。


「向こうはもっと重傷だ。お前が庇ったおかげで外傷はそうでもないが―――麻薬にやられている。死ぬまで廃人かもしれん」
「クソガキめ。やっぱやってやがったか」


俺は自力で何とか身体を起こすと、布団の真ん中で胡坐をかき、頭を掻き毟った。

恐らく隣の部屋には、今日の依頼の目的である不良コギャル・ハム子(本名は忘れた)が寝ているのだろう。
ただの人捜しかと思って適当にあしらってみれば、案の定厄介なヤマに関わっているらしい。




―――の奴を万事屋に置いて来て、正解だった。




「というか、貴様は何であんな所にいたんだ?」
「というか、何でお前に助けられてんだ?俺は。というか、この前のこと謝れコノヤロー!」


ヅラの言葉を無視して、先日の“池田屋”での騒動に巻き込まれたことについて謝罪を求めると、ヅラの奴も俺の言葉を無視してきた。
苛々して殴ってやりたい気持ちもあるが、今は止めておく。


「というか、説明する前に貴様に逢わせたい者がいる」
「……あ? 会わせてェ奴ゥ?」


誰だよ、と訝しげに訊ねる俺。
今はんなこたァどうでもいいから、さっさと現状説明しろや。

ヅラは俺の言葉のみならず視線まで無視し(コイツ後でマジ殺す)、先程自分が出てきた襖に手をかけた。
そして、ほんの少しだけ開くと、中に向かって言う。


「―――目を覚ましたぞ。話すか?」

「……?」


まさか、ハム子が目を覚ましたのか?
でも、さっきのヅラの言動からしてそれはないと思うが…。

そんなことを俺が考えていると、スッと静かに襖が開き、ヅラが脇に避けるようにして身体を移動する。
その襖の先から現われた人物に―――俺はただ、目を見開いた。


「ッ……銀さんっ!」


それは。
最近懲りずに抱え込んだ、もう一つの―――。


!? おまッ、ちょっ、何で……っ!!」


珍しく、今にも泣きそうな程顔を歪めたに、俺は自然と手を伸ばした。





***************





「―――ッ、そん、な……銀さん……」
「心配ない。今は気を失って眠っているだけだ」


万事屋で桂さんに『銀髪の侍』と聞いてから、私はいてもたってもいられずに、桂さんに頼みこんで、今、桂さんの仲間がいるという屋敷まで来た。

何だか、路地裏の入り組んだ裏手まで桂さんに案内されて屋敷の中へと入ると、桂さんの仲間だと思われる男の人の傍らに、見慣れた銀色を見つけた。
その銀色は布団に横たわったまま身動き一つせず、どこか苦しげに顔を歪ませて眠っていた。

私はその布団にゆっくりと歩み寄り、その傍に腰を下す。


「……銀さん?」


いつもの着流しは脱がされていて。
開いた胸元から見える、真っ白な包帯。

―――それがとても、痛々しくて。
でも、上下する胸元は確かに生きているという証で。


「……良かった」
「?」
「生きてるなら……怪我、してるみたいだけど―――良かった……っ!」


安心してヘタリと身体から力を抜く私の横に来て、桂さんは私の頭を撫でてくれた。
そんな桂さんを見上げて、少し気恥ずかしげに私は笑う。
すると、桂さんは一瞬面喰ったような顔をして、何かを誤魔化すように心なしか視線を外へやって咳払いした。


「―――! あ、あの……!」
「へい?」


ふと、私はあることに気が付いて、銀さんの横たわる布団の傍らから立ち上がった男の人に尋ねる。
男の人は声をかけてきた私に、不思議そうに首を傾げて顔を向けてきた。


「この人の他に、袴姿で眼鏡かけた男の子と、お団子頭でチャイナ服着た女の子が一緒じゃありませんでしたか……?」
「眼鏡にチャイナ? さあ……俺ァそこの銀髪と、隣の女の手当てをしただけで…」
「……そ、ですか……」


余程私が必死な顔をしていたのか、少し優しげな表情で申し訳なさそうにその人は言った。
銀さんだけではなくて一緒に出ていったはずの新八君と神楽ちゃんの心配もしていた私は、その言葉を訊いてまた不安になってしまう。

新八君と神楽ちゃん、もしかして何かに巻き込まれて―――。

考え始めると悪いことばかりが浮かんでしまって、私はそれを振り払うように頭を振った。

きっとどこかにいるはずだ。
まだ、生きているはずだ。


先程、この屋敷へ向かう途中で桂さんから少し話を聞いた。

天人が蔓延るこの江戸で、桂さんは仲間と共にその天人から江戸を護ろうと、“攘夷”という活動をしている攘夷志士らしい。
天人が強制的に開国を迫り出した頃は、国中の侍達が刀を取り、武装し、天人を追い出そうと必死に戦ってきたらしいが、幕府が天人に迎合し、『廃刀令』で刀を失ってしまってからというもの、攘夷活動は粛清されてきたのだという。

お登勢さんにも、少し聞いたことがある。
その名残が、桂さん達のようにまだ残っているのだ。
そして―――。


『俺と銀時は、数年前まで共に天人共と戦った……謂わば、戦友・盟友だ』


目の前で眠る銀さんも、昔はその戦争に参加していたという。

私は今まで本人からすら聞いたこともないことを桂さんの口から聞いて、思わず息を呑んだ。
あの瞬間の複雑な想いを、私は忘れない。

いつもヘラヘラフラフラしていて、何とも掴み所がなくて。
だらしがなくてどこか器用貧乏で、口が悪くて。
毎日のようにセクハラはしてくるし、意地が悪いし、素直じゃなくてどこか不器用で。




でも、誰よりも優しくてお人好しで。




そんな銀さんの、そんな過去に触れてしまって、私は言葉を紡ぐことが出来なくなった。

私の世界でも、戦争はある。
身近な人間から話を聞くこともあったけれど、それはとても漠然としたもので。

自分とさして変わりがないように思っていた銀さんが、毎日を普通に過ごしていたように見えた銀さんが、戦争に参加していたということに、少なからず衝撃を受けた。

後々、桂さんに「何故私にそのことを話したのか」と聞くと、桂さんは「何となくだ」と答えた。
多分、私のことを信用してくれてのことだろう。

近いようで遠い、銀さんやこの世界の存在。
異世界間の違い。

私は―――何も知らずに毎日、銀さん達と接してきたのだ。

きっと、銀さんは気にしてはいないだろう。
当たり前だ。
私は『異世界からやってきたおかしな人間』じゃなくて、この世界の『田舎から出稼ぎにきた人間』なのだから。

私も実感が湧かない分、気にはしていないのだが。
何となく、複雑。

何より、この疎外感にも似た感情は、何なのだろう。
この世界の事を知らない私は、なんて浮いた存在なのだろうか。


そして、そんな、頭が混乱している中での、この出来事。


「……」


私は目の前の銀さんを、ただ見つめた。
たまに寝苦しそうに身動きしては、傷が痛むせいか寝返りが打てずに動きを止める。
そして、魘される。


「銀、さん……」


私は銀さんの額に浮かぶ汗を、近くに置かれていたタオルで少しずつ拭い取る。
自分の気が済むまでそうしていると、勝手ではあるが幾分気持ちが落ち着いてきたように感じた。

ふと、銀さんと一緒に助けられたらしい女の子が気になって、腰を上げて隣の部屋へと向かう。
襖を開けて中を覗き込むと、女の子の傍に桂さんの姿があった。


「……その子、大丈夫なんですか?」
「分からん。……麻薬に体を大分蝕まれているらしい」
「……麻薬?」


部屋の中に入って襖を閉め、桂さんの隣に腰を下す。
桂さんは神妙な顔付きで女の子を見下ろしていた。

派手な金髪の、こんがりと焼けた肌を持つその子は、見た目からして俗に言う“ギャル”らしい。
ふくよかな顔に反して、顔色は優れていなかった。


「ああ。我々が調査していた非合法薬物だ」
「非合法……」


覚せい剤とかコカインとか、そう言うものと同じようなものがこの世界にもあるのか。

私が渋い顔で女の子を見つめていると、桂さんはフッと口元を緩めて私に言う。


「安心は出来んが……まあ、死にはしないだろう。が心配する事じゃない」
「でも……」
「じゃないと、銀時の奴が目を覚ました時、うるさいぞ」


そう言った桂さんはその場から立ち上がると、ポンッと私の頭を一撫でして(何だか癖になってきているみたいだ)、隣の、銀さんがいる部屋へ出て行ってしまった。


「―――……」


静かな部屋の中に、女の子の不規則な息遣いが響く。

私と大して変わらない歳だろう若い少女が、簡単に薬物に手を伸ばせる世界。
それは江戸も私のいた世界も大した差はないのだと、改めて認識させられた。

隣の部屋から微かに、桂さんの声がした。
きっと仲間の人と、今後について話しているのだろう。

私は身体をズリズリと引きずって、女の子の眠る布団に少し近付き、意識のないその子に向かって呟く。


「……駄目だよ、麻薬なんかに手出しちゃ」


いくつもある命じゃあ、ない。
たった一つ、この世に存在することを許された命なのに。


「動けなくなってからじゃ、遅いんだよ……?」


ふと自分の手元に目を落とすと、膝の上で力一杯拳を握っていたことに気付く。




『―――、母さんね……』




「ッ……!」


突然浮かんできた記憶に、私は思わずギュッと目を閉じた。

今、出てこないで。
忘れてない、大丈夫。
忘れないから―――今だけは。

そんな時。



「!」


不意に名を呼ばれ、驚いて思わず肩をビクつかせた。
声のした方に顔を向けると、そこには桂さんの顔。
襖の隙間から顔を覗かせてくる桂さんが、何やら私に手招きをしながら言う。


「―――目を覚ましたぞ。話すか?」
「……え?」


自分の世界に入り込んでいたせいか、一瞬、何を言っているのか理解出来なかった。
しばし呆然とした後、ハッと我に返って気付く。


銀さんが、目を覚ましたのだ。


先程からの話声は、桂さんと銀さんのものだったようだ。
私は桂さんに向かって何度も頷いて見せると、慌ててその場から立ち上がり、隣の部屋へと続く襖へと歩み寄った。

桂さんが少し後ろへ下がって、ゆっくりと襖を開ける。




その襖の先には―――動く、銀色。




「ッ……銀さんっ!」


紛れもなく自分の意志で動いている、銀髪。
それを視界に捉えた私は、冷静さも忘れて部屋から飛び出した。
銀さんも、そんな私を見て目を丸くする。


!? おまッ、ちょっ、何で……っ!!」


私がいるとは思ってなかったのか、慌てた声を上げながら、銀さんは目の前に立つ私の腕を徐に掴んできた。
ふと、私は心の中で呟く。


(……ああ、大丈夫だ)


その掌から伝わってくる銀さんの体温に、私は心底安心して、その場に力なく座り込んだ。








身体に沁み込む、

この漆黒は。


(心臓近くで、燻る闇)
(彼の過去)(彼女の現在)









アトガキ。


*夢見て馳せる銀時と、目の当たりにするヒロイン。そして、互いに互いを見て、驚き、安心する2人。

*珍しく銀さん視点と、いつものヒロイン視点。同じくらいの時間軸でのお互いの視点から、捏造を交えつつ書いてみました。
 何も知らなかったヒロインは、ここで銀さんの過去の断片を掴んだわけです。間接的で、曖昧ですが。
 そして、それを自分の中で消化しきれずに身近なものと感じてしまって、自分の状況と照らし合わせながら溜め込み続けるうちのヒロインは、ちょっと色々と考えすぎ。





*2010年10月29日 加筆修正・再UP。