Grow up 01
ドガンッ!!
「うわっ! な、何!?」
先日身近に体験しまくった爆撃の音と、振動に似た衝撃が、足元に響く。
突然の出来事に驚いて、手に持っていた洗濯物が詰まった籠を落としてしまった。
快晴の空が広がる今日、私は真選組屯所へやって来ていた。
宇宙海賊“春雨”との一件から数日経ち、万事屋にも特にこれといった依頼が来なくて暇を持て余していた私は銀さんの制止を振り切り(腰に巻きつくのを剥がすのに苦労した)、何となく真選組へと足を運んだのだ。
「……また総悟君がバズーカでも撃ったのかな」
今までに何度か真選組の屯所へは訪れていたので、やることは何となく分かっている為、勝手に洗濯をしてみたり掃除をしてみたりしていたのだが。
屯所を訪れて最初に会ったのは、局長である近藤さんだった。
なんでも、この前の宇宙海賊“春雨”に関わる麻薬騒動について、隊士の人達に話すのだという。
へー、と興味なさげに相槌を打ちながらも、それを聞いた私の心中は穏やかではなかったことは言うまでもないだろう(そして、心の底から心中で謝った)。
それから、近藤さんは私に「いつも通りやっててくれ」と告げて、広間の方へと歩いて行ってしまったのだ。
……ごめんなさい、真選組の皆さん。
私も手を出した者の1人です。(頭木刀で殴ったり背中蹴り飛ばしたりしました)
そんなことを思いながら、手元から滑り落ちた洗濯物籠を拾い上げていると、どうやら会議は終わったようで。
ザワザワと騒ぎながら、隊士の人達が広間の方から出てくる。
「おー、ちゃん。来てたのか」
「お疲れ様ァ、ちゃん。いつも悪いね」
「え、あ、いいえー……」
ここの隊士さんは皆、何だかフレンドリーだ。
私の仕事なのにどうしようもなくて困っていると助けてくれるし、毎日見かける度に挨拶してくれる。
それにしても……何で皆、煤塗れなんだろ?
私が、擦れ違う隊士さん達に挨拶していると、最後尾の方に見慣れたお2人を発見した。
今日も素敵に瞳孔開き気味の土方さんと、今日も素敵に(外見だけは)美少年な総悟君だ。
「嫌だなァ、。美少年だなんて……本当のこと言われちゃ照れますぜ」
「…………ええェ!? 心の中読んだ!?」
「『読心術通信講座』受けてるんで」
「そんな通信講座あるなら私も受けてみたいよ」
ボーッとしすぎたせいか、土方さんと総悟君が目の前まで近付いてきていることにすら気が付かなかったらしい。
心の中まで読まれてしまった―――不覚。(最近これしか言ってない気がする)
「そうだ、。土方さんが話したいことがあるらしいですぜ?」
「? ……話?」
何故か私の手を握り締めてくる総悟君に言われ、私は視線を横へとずらした。
そこには、いつも通りのクールな表情で私を見下ろす、土方さん。
「……」
「……は、はいっ……?」
何だかいつもと様子が違う土方さんは、私にズンズンと歩み寄ってくると、突然、鼻先が触れそうな程顔を近付けてきた。
な、ななな、何ですかいきなり!(混乱)
端正な土方さんの顔が至近距離にあって、私は思わず顔を熱くさせる。
そんな私の慌てっぷりを、総悟君が面白おかしそうにニヤニヤと笑って見ていた(この野郎っ!)。
「〜〜〜ッ!!」
見事なS顔をしている総悟君を視界の端に捉えて、更に私の薄っぺらいポーカーフェイスは崩壊。
そんな時、グイッと思いきり腕を引っ張られて、私は気付いたら強制的に歩かされていた。
「へ、あ、う、お、えぇ?」
「変な声出すんじゃねェよ、気ィ抜けんだろーが」
「え、だって土方さん……私、洗濯物がまだ……」
気が付くと土方さんが私の腕を掴んでいて、私は土方さんに引きずられるように歩かされる。
慌てて後ろに振り返ると、先程まで私の手を握り締めていたはずの総悟君が洗濯物の入った籠を、近くを通りかかった退君に押し付けているのが見えた。
―――刀を首筋に当てて、若干脅しているようにも見えたが。
……ごめんね、退君。
それは干すだけだから大丈夫だよ。(何がだ)
死なないでね!
心の中でそう呟き、私は黙って土方さんの後について行った。
「……土方さん土方さん」
「何だよ」
「ここは……何処ですか?」
もう、時は昼過ぎ。
いつも真選組屯所で昼を迎える時は、この時間帯は大忙しのはずなのだ。
隊士全員の昼食作りを手伝い、配膳し、片付け、部屋の掃除に取りかかる。
―――なのに、私は今、何故か土方さんが身に付けているものと同じ黒い隊服を纏い、腰に木刀をぶら下げて、見知らぬ屋敷に来ていた。
「幕府の要人の屋敷」
平然と煙草を吹かしながら私の問いに答える土方さんに、私は微かに怒りを覚えた。
それは、先日の海賊コスプレ時に銀さんと桂さんに対して感じた殺意に、何処となく近いものだ。
何故、私がその『幕府の要人の屋敷』にいるのかというと、土方さんに強制連行されたからだ。
土方さんに屯所で捕まって連れて行かれた先には、何やら腕を組んで考え込んだ様子の近藤さんの所だった。
近藤さんは私と土方さんに背を向けるような形で座り込んでいて、うーんと唸りながら、何かを畳の上に置いて吟味している様子。
『……近藤さん、何してるんですか?』
私がそう声をかけると、近藤さんは弾かれたように後ろを振り返ってきて、ニカッと笑いながら言った。
『ちゃん―――スカートとズボン、どっちがいい?』
その一言に、私の顔が引き攣ったのは言うまでもない。
どうやら、私に着させる隊服を選んでいたらしく、「俺はスカートがいいと思うんだよ、特注したんだよ?」とか言っている近藤さんを見て、土方さんは私の隣で溜め息をついている。
何が何やらさっぱり理解出来ていない私に、土方さんは順を追って説明してくれた。
今回、真選組は隊士総出で幕府官僚の護衛をすることになったらしい。
とは言っても、理由は理不尽なもので。
その官僚が、先日の宇宙海賊“春雨”と麻薬売買が滞りなく円滑に進むように協力する代わりに利益の一部を“春雨”から受け取っている疑いがあった。
そんな噂を、巷に点在する攘夷浪士達が聞きつけ、官僚暗殺を目論んでいるらしく。
そこで、幕府の配下に置かれている真選組が、護衛に選ばれたのだという。
そこまでは何となく理解出来たのだが―――私が駆り出される理由が分らない。
そう近藤さんと土方さんに言ったら、「人手不足だ」と返された。
絶対嘘だ、と思ったのは、言うまでもない。
「……私、何だか皆のノリに流されてる気がします」
「いいことじゃねェか。時代の波にゃ逆らわねェのが、賢い奴の生き方だ」
「何かそれ違う気がする」
そんなこんなで。
今、幕府官僚の屋敷を警備中なのである。
―――ちなみに、隊服はスカートにさせられた(近藤さんが「特注なの!」と強調していたから)。
土方さんの半ば筋違いな言葉に呆れながら、私はボーッと辺りを見渡していた。
何故土方さんが一緒なのかというと、「いくら剣の腕が立つといっても女で素人な以上、1人で警備させるわけにはいかない」のだそうだ。
……なら初めから屯所で留守番でもさせてくれ。
「……あれ?」
そんなことを思っていると、視界にある人物が入ってきた。
私の声に気付いて、土方さんも同じ方へ目を走らせる。
その先には―――。
「……総悟君、寝てますね」
「っのヤロッ、が真面目に仕事してるっつーのに……!」
土方さん、私、別に真面目に仕事なんてしてないよ。
その言葉を飲み込んで私が苦笑しているうちに、土方さんはズンズンと地面を踏みしめて総悟君へ向かって行った。
総悟君はというと、屋敷の縁側に背を預けて地面に腰を下し、愛用の変なアイマスクをつけて寝こけている。
「こんの野郎は……」
近付いても身動き一つしない総悟君の傍までやって来た土方さんは、立たしげに声を漏らすと、徐に腰にぶら下げた刀に手を掛けて抜刀した。
私はそれを、数歩離れた所から見守る。
「寝てる時まで人をおちょくった顔しやがって……―――オイ、起きろコラ。警備中に惰眠を貪るたァどーゆー了見だ」
「何だよ、母ちゃん。今日は日曜だぜィ。ったく、おちょこちょいなんだから〜」
「今日は火曜だ!!」
刀の切っ先を向けられながらも、物ともせず平然とする総悟君に土方さんがツッコむ。
総悟君がアイマスクを外したのを見計らって、土方さんは総悟君の首に巻かれたスカーフをガシリと掴み、引き寄せる。
「てめェ、こうしてる間にもテロリストが乗り込んできたらどーすんだ?」
「あ、。おはよーごせェやす」
「おはよー、総悟君」
「シカトかァァァァ!! も普通に返してんじゃねェェ!」
土方さんの言葉を無視して、その背中越しに目が合った総悟君が挨拶してきたので、私も何となく挨拶を返すと、土方さんにそれはもう恐ろしい目付きで睨まれてしまった(怖いよー)。
「いい度胸だコノヤロー……仕事なめてんのか、コラ」
「俺がいつ仕事なめたってんです?」
顔付きが更に険しくなった上司に、総悟君はいつもの真顔で言う。
「俺がなめてんのは土方さんだけでさァ」
「よーし!! 勝負だ、剣を抜けェェェェ!!」
土方さんが完全に堪忍袋の緒を切った瞬間、ガンガン、と鈍い音が辺りに響いて、土方さんと総悟君が地に膝をついた。
私が慌てて駆け寄ると、そこには近藤さんの姿。
「仕事中に何遊んでんだァァァ!! お前らは何か!? 修学旅行気分か!? 枕投げかコノヤロー!!」
拳を握り締めて怒鳴る近藤さん。
どうやら騒ぎ過ぎたらしく、近藤さんが2人を殴り付けたようだ。
「枕投げかー、懐かしいなァ」と私が呑気に近藤さんを見上げていると、不意に近藤さんの後ろに影が射した。
そう気付いた時には、今度は近藤さんの頭がガツンとやられ、そのまま近藤さんは地に伏される。
「お前が一番うるさいわァァァ!! 只でさえ気が立っているというのに!」
「あ、スンマセン」
その影は、幕府の官僚だという天人のもの。
『役立たずの猿』と続けて近藤さん達を罵ったのにも腹が立ったが、その前に私はその官僚の顔が気になって仕方がなかった。
「…………蛙」
ボソリ、と小さく口から出てしまった単語に、その場の空気が一瞬にして凍り付く。
蛙顔の幕府官僚にも聞こえてしまったらしく、官僚はピタリと踵を返した足を止め、私を睨み付けてきた。
……ヤバイ。
あまりの酷似さに、声に出しちゃったよ。
「……何か言ったか、小娘」
「い、いえ、素敵な蛙顔だなァと……」
「馬鹿ッ! !」
素直に出てしまった言葉を土方さんが掌で私の口を塞いで戒めてきたが、もう遅い。
官僚は緑色の肌に青筋を浮かべながら、私を見下すようにして言う。
「真選組では、こんな無礼で貧弱そうな小娘を雇っているのか。全く、揃いも揃って大した猿だな」
「ッ……」
思わず文句を言いそうになったが、土方さんに真後ろから塞がれている口のせいで、そのまま官僚が立ち去るまで黙っていることしか出来なかった。
蛙官僚(もう蛙でいいあんな奴)が足早に去っていくと、徐に総悟君が口を尖らせて言う。
「何だィ、ありゃ。こっちは命懸けで身辺警護してやってるってのに。なァ? 」
「う、うむっ(うんっ)……」
「総悟、お前は寝てただろ」
そう言いながら全員その場から立ち上がり、縁側へと腰を下す。
私は土方さんに手を離してもらうと、先程の自分の失態を申し訳なく思いながら、手招いてくれた近藤さんの左隣に腰を下した。
「幕府の官僚だか何だか知りやせんが、何であんなガマ護らにゃイカンのですか? にあんなことまで言いやがって……」
「い、いや、あれは私が悪かったと思うけど……」
「まあ、確かにちゃんには悪いと思うが……―――総悟、俺達は幕府に拾われた身だぞ。幕府がなければ今の俺達はない」
私の事まで怒ってくれている総悟君に苦笑しながら、近藤さんは私の頭を申し訳なさそうに撫でてきた。
最近頭撫でられることが多いな……撫でやすいのか? (そんなのあるのか)
「恩に報い、忠義を尽くすのは武士の本懐。真選組の剣は幕府を護る為にある」
拳を握って、そう意気込む近藤さん。
私はそんな近藤さんを隣から見上げて、その武士らしい、侍らしい一面に感心する。
「だって、海賊とつるんでたかもしれん奴ですぜ。どうものれねーや。ねェ、土方さん?」
「俺はいつもノリノリだよ」
しかし、熱くなっている近藤さんとは裏腹に冷める一方な総悟君。
土方さんも特に気にした様子もなく、軽口を叩きながら煙草を燻らす。
すると、総悟君の視線が屋敷を警備している他の隊士さん達へと走った。
私もその視線につられて、そちらへと目を向ける。
「アレを見なせェ。皆、やる気なくしちまって……―――山崎なんかミントンやってますぜ、ミントン」
よくよく見てみると、他の隊士さん達の顔付きは穏やかで、緊張感の欠片もなかった。
退君に至っては、持ち込んだらしいバドミントンのラケットで懸命に素振りをしている。
そんな退君に土方さんの鉄拳が飛んでいったのは、言うまでもない。
「総悟よォ、あんまりゴチャゴチャ考えるのは止めとけ」
退君へ向かっていった土方さんをそのままに、近藤さんが総悟君に言う。
「目の前で命狙われてる奴がいたら、いい奴だろーが悪い奴だろーが手ェ差し伸べる。それが人間のあるべき姿ってもんよ」
ニッと笑みを浮かべながら言う近藤さんを見て、私は思った。
この人、本当……心底お人好しなんだな。
そこが何だか憎めなくて、私は笑った。
「ああっ!!」
そんな時、不意に近藤さんが声を上げる。
さっきの蛙官僚が、反対側の廊下を縦横無尽に歩いているのを発見したらしい。
命を狙われ、真選組総出で護衛されている身であるにも関わらず、だ。
「……近藤さん、私もご一緒します」
「え? ちゃんが? ……そうだな、一緒に止めてくれるか?」
近藤さんが叫びながら立ち上がって、私もその後に続いた。
どのみち、ペアである土方さんが消えてしまったので、次は何となく近藤さんについて行ってみようかと思っていたし(安直)。
「ちょっとォ、禽夜様、駄目だっつーの!!」
「うるさい! もう引き籠り生活はウンザリだ」
なんとか近藤さんと2人で走って、蛙官僚(禽夜というらしい)に追いついた。
しかし、近藤さんが懸命に呼び止めているにも関わらず、官僚の足は止まることを知らない。
「さっきのことは謝ります。命を狙われているのに歩き回ったりしたら危険ですよ」
「黙れ、小娘! 貴様らのような猿に護ってもらっても、何も変わらんわ!!」
「!」
ズンズン前へ歩き進んでいく蛙官僚を見兼ねて私が言うと、聞く耳持たんとばかりにまた怒鳴り散らされ、『猿』と罵られる。
それにはいい加減苛立ってしまって、思わず眉間に皺が寄った。
いくら事実だとは言っても失礼なことを口走った私のことを、小娘だの何だのと罵るのは勝手だし、気にはしないのだが。
自分達の命をかけて、ここで1人の天人を護る為に集まった真選組の人達のことを考えると、非常に腹が立った。
すると、近藤さんが少し声を荒げて蛙官僚を制止する。
「猿は猿でも、俺達ゃ武士道っつー鋼の魂持った猿だ!! なめてもらっちゃ困る!! ……それに、彼女は俺達が頼み込んで無理してここまでアンタの護衛を手伝いに来てくれてるんだ。礼の1つでもあげてやって貰いたいくらいだ!」
「何を!! 成り上がりの芋侍の分際で!!」
とうとう言い争いを始めてしまった2人に、私はただ慌てることしか出来なかった。
蛙官僚は喧騒に飽き飽きしてしまったのか、踵を返して再び歩き出そうとする。
「……―――!」
ふと、一瞬、近藤さんが眩しげに目を眩ました。
近藤さんが視線を向けた先に、私も無意識に目を向ける。
そこには―――こちらにしっかりと銃口を向ける、人の姿。
「いかん!!」
そう叫ぶ近藤さんが、慌てて官僚の前に身を乗り出す。
それを見た、私は。
(……駄目)
知らぬうちに、自然と身体が動いた。
“官僚を護る”ということよりも、“近藤さんが危ない”ということが頭に過ぎって、徐に前へ足を踏み出す。
ドォン!!
「―――……え?」
銃声と共に、すぐ後ろから近藤さんの呆気に取られたような小さな声が聞こえたかと思うと、私の身体はその場にドサリと倒れた。
「ッ、ちゃん!!?」
「!!」
瞬時に状況を理解して慌てる近藤さんと総悟君の声。
バタバタと集まる、足音。
「……ッ、う……っ!」
私は、それを生温かい何かでぬめる肩を押さえながら、薄っすらと耳にしていた。
「! しっかりしろ!!」
「くそっ……―――ッ、!!」
「何て事を……ッ!」
霞んでいく視界に、近藤さんの泣きそうな顔と、総悟君と土方さんの焦燥しきった顔が映った。
ああ、弾、当たったのか。
銃で撃たれるのなんて生まれて初めてだ。
……当たり前だけど、痛い。
痛い、痛い。
「フン、馬鹿な娘だ―――盾の猿の“盾”になるとは」
痛いし……悔しい。
薄れゆく意識の中、聞きたくもないあの蛙官僚の言葉が、耳に痛いくらいに響いた。
輪の中心で、笑うのは。
(笑顔の眩しい局長?)(それとも)
アトガキ。
*真選組での大きな初仕事。
蛙を庇った近藤さんを庇って、代わりに撃たれるヒロイン。
*原作を軽く無視していますが、そこはほら、夢なので。捏造、お許しくださいませ。ヒロインがこの場にいたら、多分こうしてるはず。と考えて書いてみました。
それにしても……うちのヒロインはよく出しゃばるなァ……。
*2010年10月30日 加筆修正・再UP。
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