DAY after DAY   05




私は今、目の前の人物が誰なのか、必死になって思い出そうとしていた。
頭を捻ったり過去の記憶を呼び覚ましたりしているものの、ぼんやりとしか思い出されないその人物は、癖のある声で喋り出す。


「私的にはァ〜何も覚えてないんだけどォ、前になんかシャブやってた時ィ、アンタに助けてもらったみたいなことをパパから聞いて〜」
「シャブ? 覚えてねーな。……あー、アレですか? しゃぶしゃぶにされそーになってるところを助けに来たとか、何かそんなんですか?」


今日は珍しく万事屋に依頼が来たということで、万事屋メンバー総出で、とあるファミレスへと赴いていた。
人手はそれほど必要ではない依頼かと思って私は留守番しようとしたのだが、銀さんが「ファミレスと言ったらカップルだ」とか、意味不明且つ間違った印象を持っていたせいで(ファミレスと言ったら家族だろ)、何故か私まで駆り出されてしまったのだ。

何故私なんだ?
それに、今ふと思ったけど、最近銀さんは私に容赦がなくなってきた気がする。


「ちょっとォ、マジムカつくんだけど〜。有り得ないじゃん、そんなん」
「そーですね。しゃぶしゃぶは牛ですもんね」
「銀さん、豚しゃぶとかもあるっちゃあるよ」
ちゃん、余計なこと言わないで」


そして、今、その依頼人を前に話をしているのだが。
目の前にいる肌の黒い金髪のコギャル、どこかで見覚えがある。
案の定銀さんも思い出せないらしく、先程から意味の分らない会話が繰り広げられている(割り込んだら新八君に怒られた)。


「じゃあ何ですか? ポークビッツですか? ポークビッツなら満足かコノヤロー」
「何の話をしてんだよ!」


ふと、思い出す気のさらさらない銀さんの横で、私は一人手を打った。

そうだ、この子。
前に麻薬“転生郷”にやられて、銀さんと一緒に桂さんの仲間に助けられてた女の子だ(遅い)。


「アレですよ。春雨とやり合った時のシャブ中娘ですよ」
「あー、ハイハイ。あのハムの」
「豚からハムに変わっただけじゃねーかよ!!」


新八君の言葉で、やっと思い出したらしい銀さん。
一体どういう覚え方をしていたのだろうと疑問に思いながらも、自分も大して銀さんと変わらないことに気付いて口を噤んだ。


「もうマジ有り得ないんだけど! 頼りになるって聞いたから仕事持ってきたのに、ただのムカつく奴じゃん!」
「お前もな」
「何をををを!!」

銀さんの態度に怒り心頭の女の子に、神楽ちゃんが辛辣な言葉を投げかける。
私が慌てて神楽ちゃんを宥めると、すかさず新八君がフォローに(なっていないフォローに)入ってくれた。

女の子―――公子ちゃんは、今の状態について語り出した。

どうやら、麻薬からはすっぱり手を引いたらしい。
しかし、立ち直るのが大変で、未だに通院してガリガリだとか(見た目からはそうは思えないのだが)。


「痛い目見たし、もう懲りたの。でも、今度はカレシの方がヤバイ事になってて〜」


不意に語られた『カレシ』という単語に、私だけではなく銀さんや新八君まで目を丸くして驚く。
まさか彼氏がいるとは、誰も想像がつかなかったのだろう。


「彼氏? ハム子さん、アンタまだ幻覚見えてんじゃないですか!!」
「オメーら、人を傷付けてそんなに楽しいか!!」


案の定、信じられなかった新八君がとんでもないことを聞いてしまっていた(私は聞こえていないフリをした)。

公子ちゃんは自身が身につけている派手な着物の袂から、突然携帯電話を取り出して軽く操作すると、私達にその携帯電話を差し出してきた。


「コレ、カレシからのメールなんだけど」


銀さんが受け取った携帯電話の画面を横から覗くと、その彼氏らしき人から送信されたとみられるメールの画面が開かれていた。


『太助より
件名:マジヤバイ
マジヤバイんだけどコレマジヤバイよ
どれくらいヤバイかっていうとマジヤバイ』

「あー、ホントヤベーな、こりゃ。俺達より病院に行った方が……」
「頭じゃねーよ!!」


『マジヤバイ』としか出ていないその画面を見て、公子ちゃんの彼氏の頭の心配をし始める銀さんだが、どうやら頭は正常らしい。

それにしても、これだけ『ヤバイ』を連打する暇があるなら、要件をさっさと打ち込めばいいのに……。

密かにそんなことを思いながら、私は携帯電話の画面を見つめて首を傾げる。


「ねェ……えっと、公子ちゃん?」
「何で聞いた? 合ってるから。それで合ってるから」
「あ、そう。……あのさ、その彼氏さんって何やってる人なの? 普通に生活してる人なら、こんなに『ヤバイ』連発することないよ? ……頭がヤバくない限り」
「だから頭じゃねーよ!!」


普通に質問したつもりが、どうやら癇に障ってしまったらしい。
しばしプリプリしていた公子ちゃんだったが、私の質問にはきちんと答えてくれた。

実は、公子ちゃんの彼氏は麻薬の売人をしていたらしい。
所謂、ヤクザ者で。
しかし、公子ちゃんが麻薬からすっぱりと手を引いたのを機に、一緒に真っ当な人生を送って生きていこうと決意したとか。


「けど〜深いところまで関わりすぎたらしくて〜。辞めさせてもらうどころか〜、なんかァ、組織の連中に狙われ出して〜。とにかく超ヤバイの〜。それでアンタ達に力が借りたくて〜」
「へ、へェー」


もう少しハキハキと話せないのか、この子は。
そんなことを思いながらも、何とか依頼内容を聞き出すことは出来た。


―――要はその彼氏?を、クスリ密売に関わるようなヤベェ連中から助け出せってこったろ? そー簡単に言われてもねェ……」
「金ならあるよ! なんなら、今ここで何か奢ってやってもいいから〜!」


何だか、乗り気ではないらしい銀さん。
椅子の背凭れにだらしなく背を預けて渋る銀さんに、公子ちゃんが自分の財布を取り出しながら言った。
余程彼氏を助けたいのか、ひどく必死だ。

そりゃそうか。
自分の好きな人だもんね。
生まれてこの方、彼氏なんてもの出来た試しがない私からしたら、未知の考え方だ。

そんなことを思いながら銀さんの顔を横目に窺うと、『奢る』という言葉に気を良くしたのか、いつもは死んだ魚のように濁った瞳を、キラリと一瞬煌かせていた。


「マジでか。じゃあチョコレートパフェ頼むわ。……は何がいい?」
「わ、私は別に何も……」
「んじゃは銀さんと一緒なー―――おーいお姉ちゃん! チョコレートパフェ2!」
「ちょっ、勝手に決めないで!」


その後、銀さんは人の金だというのをいいことに、パフェをここぞとばかりにおかわりしていた(当分甘いもの食べるの禁止だな)。






そんなこんなで。(どんなだ)
万事屋一行と共に私がやってきたのは、コンテナが立ち並ぶ工場地。

公子ちゃんが言うには、彼氏はよくここで仲間と共に麻薬の売買を行っていたらしい。
手掛かりもなしに歩き回るよりはその場所へ行って捜してみた方がいいだろう、ということでやってきたのだが。


「―――ぎゃああああ!!」


どうやら、当たりらしい。

どこからともなく聴こえた、悲痛な男の悲鳴。
その声がした方へ向かいながら、私達は積み上げられたコンテナの上にいた。


「いいかァオメーら。面倒事は御免だから、俺がこのロープで一度下に降りる。そして、ハム子の彼氏らしき野郎をとっ捕まえっから、オメーらはここからロープ持って俺を引き上げろ。いいな? もし彼氏がいなくても、ヤバかったら引き上げろ。俺を」
「結局自分が1なんじゃねーか!」


半ば安易な作戦を、神楽ちゃん・新八君・私にひそひそと伝える銀さんの腰には、すでにロープが巻きついていた。
不安要素は多少あるものの、とりあえず救出へ向かうらしい。

私と新八君と神楽ちゃんがロープを握って頷くのを見ると、銀さんはコンテナの下をこっそりと覗く公子ちゃんの隣から、木刀を手に飛び降りた。
いきなりのことに慌ててロープを握り、その場に立ち上がる(でもこれ、神楽ちゃん1人で事足りる気がする)。


「なっ……何だテメー!?」


不意に聞こえてきたそんなセリフに、私はコンテナの下を覗き込んだ。
そこには、木刀を持った銀さんと、数人の天人。
そして、モジャモジャ頭の人間が1


「何だチミはってか? そーです、私が―――」




ゴッ!!




「!! ぎ、銀さん!?」


ふざけた口調で銀さんが天人達へ応えようとした瞬間、私の隣でそれを見降ろしていたはずの公子ちゃんが、突然、銀さん目掛けて飛び降りた。
銀さんは案の定、公子ちゃんの下敷きになって、白目をむいて地に伏してしまって、思わず私は叫ぶ。


「もう大丈夫よ。万事屋連れてきたから。アイツら金払えば何でもやってくれんの!」
「何でもやるっつーか、もう何もやれそーにねーぞ。大丈夫なのか?」


その間に、公子ちゃんは彼氏―――太助さんを見つけて、叫ぶように言った。
太助さんは白目をむいて倒れる銀さんを横目に、不安げだ。(当たり前か)

しかし、困った。
こんな初っ端から、銀さんの作戦がオジャンになってしまうとは。

そんな時、何とか復活を遂げたらしい銀さんが、のそりと伏していた身体を起こし始めた。
半ば顔色が優れない様子。


「オイ、作戦変更だ。連中を残して戦線離脱するぞ!」
「あいあいさ〜」
「ホントに自分1だね、銀さん」


コンテナの上にいる私達に目配せして銀さんがそう言うと、新八君と神楽ちゃんが掴んでいたロープを引っ張り始めた。
幾分弛んでいたロープは徐々に張りつめ、銀さんの身体が宙に浮き始める。


「!! あっ!! てめェ何1で逃げてんの!?」


それに気付いたらしい公子ちゃんは、銀さんを睨み上げて声を荒げた。
まあ、怒る気持ちも分からなくもないが。

ズルズルと引き上げられながら、銀さんは宙で叫ぶ。


「悪いが豚2背負って逃げる作戦なんざ用意しちゃいねェ。ハム子、てめーが勝手な真似するからだ!」
「ふざけんな!! パフェ何杯食わせてやったと思ってんだよ!! キッチリ働けや!!」


徐々にこちらへ引き上げられてきた銀さんに私が手を伸ばしていると、不意に、銀さんの脚へそれぞれしがみつくように公子ちゃんと太助さんが飛び付いた。
一度掴んだ銀さんの腕がスルリと離れ、ガクンッ、とロープの巻き付けられた銀さんの腰に全体重がかかる。


「うごっ!!」


どうやら、その衝撃で腰に巻かれたロープが、腹に食い込み始めたらしい。
銀さんは妙な声を上げて、必死に宙でもがいた。


「はっ……腹が締め付けられ……ぐふっ! 助けッ……!」
「ぎ、銀さん……」


そんな銀さんを、私はただ哀れみの目で見ることしか出来ない(私1が手を差し伸べても、多分助けられない)。


「やばいってコレ! 出るって! 何か内臓的なものが出るって!」
「「内臓的なもの?」」


腹に食い込むロープを、必死に手で押さえつけながら悲痛の声を上げる銀さん。
その言葉に、思わず私と神楽ちゃんの声が重なり、銀さんの口からグロテスクなものが飛び出ているイメージが浮かび上がる。


「嫌だヨそんな銀ちゃん! 四六時中そんなの出てたら気を遣うヨ!! 関係ギクシャクしてしまうヨ!」
「銀さん内臓なんか出さないで! 気持ち悪い上に、何か……嫌。出したら私万事屋辞めるよ!」
「出るわけねーだろそんなもん! ちゃんも何神楽ちゃんにノせられてんの!?」


新八君のそんな突っ込みを無視して、神楽ちゃんがロープを突然手放した。
慌てて私が代わりにロープを掴むが、大の男である銀さんとふくよかな人間2+銀さんを助けに行った神楽ちゃんという4分の体重を、新八君と私如きの力で押さえられるわけもない。


「銀ちゃんから手を離すヨロシ! このままでは銀ちゃんの内臓がァァァ!!」
「ちょっ……何すんの! マジムカつくんだけど、この小娘!!」


ロープは私と新八君の掌を擦りながら、徐々に下へと引っ張られていく。
ピリピリとした痛みが掌に広がる中、神楽ちゃんの騒ぐ声が耳に入った。

というか、神楽ちゃん掴まりながら暴れないで!

そんな私の懇願が届くはずもなく、神楽ちゃんは純粋な想いから、必死に銀さんを助けようと暴れている。


「っていうかテメーも降り……あっ!! 出たァァ!! ケツから何か出たぞコレ! 新八ィ!! チャぁン!! 見てくれコレ、何か出てない? 俺?」
「み、見るわけないじゃん! 銀さんの馬鹿!」
「知るかっつーの! あぁ、ダメだァァ!!」
「ぅ、わっ……!」


銀さんがおかしなことを要求してきたせい(?)で、ロープがいとも簡単に私と新八君の手から離れていく。
それによって、銀さん達4もコンテナの下へと逆戻り。

私と新八君は、慌てて下を覗き込む。
銀さん達の周りには、危なそうな天人達。


「銀さん! ヤバイ、早く逃げて!!」
「!!」


新八君がそう叫ぶと同時に、先程まで茫然と成り行きを見届けていた周りの天人達が、銀さん達へ一斉に襲い掛かっていった。
思わず身を乗り出すが、神楽ちゃんが武器である傘を構えたのを見て、とりあえず安心する。
銀さんもそれに乗って、木刀を振り回し始めた。


「あーあ、始めちゃったよ……」
「しょうがないよ。何となく、こうなることは分かってたし」


コンテナの上から、天人達を薙ぎ払いながら逃げる銀さん達を見て呆れたように言葉を零す新八君に、私は苦笑した。

それにしても、人間1に対してこの人数は何なのだろうか。
あの太助さんみたいに柄が悪くて前科がある人に、警察へ通報されるという心配はないだろうに。


「おお! アンタやれば出来るじゃん!! ヤベッ、惚れそっ!」
「いや、ホントにヤベーから止めて! 俺には最愛のチャンがいるし! ―――それよりコレ何!? どーゆこと!? たかだかチンピラ1の送別会にしちゃエライ豪勢じゃねーか!?」


どーにもキナ臭せーな、と続ける銀さんを見る限り、銀さんも違和感に気付いているらしい(この際余計な発言は無視だ)。
私は新八君と分かれて、コンテナの上を銀さん達と同じ方向に走っていく。

銀さん達と一緒に逃げ回っている公子ちゃんは、銀さんの物言いに納得がいかない様子で、不愉快そうに文句をつけていた。
それに、彼氏の太助さんも「心外だ」とばかりに言う。


「ふざけんな! 俺は公子と一緒に真っ当に生きていくと決めたんだ!」


もう麻薬とは一切関わらない。
それに俺の頭はお洒落カツラだ。

そう言って、頭のモジャモジャカツラをスルリと取る太助さん。
私はその頭にくっついていた物を見て、思わずその場で足を止めた。


「……オーイ、モノ隠したのどこだかぐらい、自分で覚えておこーや」


太助さんの頭の天辺には、一度見たことがある、透明な袋に入った淡い色の粉がテープで張り付けてあった。
天人達はそれを目にすると、「“転生郷”だ!」、「取り戻せ!」と叫ぶ。

―――どうやら、狙われる理由を自分で作っていたらしい、公子ちゃんの彼氏は。


「……太助、アンタ……組織から麻薬(クスリ)持ち逃げしてきたんだね」


思いもよらぬ事実に、公子ちゃんが呟くように言った。
どうして、と続ける公子ちゃんに、太助さんは言葉を紡ごうとしない。


「もう、麻薬(クスリ)と関わるのは止めようって言ったじゃん! 一緒に、真っ当に生きようって言ったじゃん! ―――!」
「ッ! 公子ちゃん……!」


太助さんを問い質していた公子ちゃんの背後に、いつの間にか1の天人が回り込んでいた。
まるで死神が持っているような大鎌を、公子ちゃんの首筋へと宛がうその天人の頭には―――何故か、見事なタンコブ。
おそらく、一発目に銀さんの木刀をくらって倒れていた天人だろう。


「太助……取り引きといこうか?」
「ひっ、ひイ!」


銀さんと神楽ちゃんは、周りの天人達で手一杯な様子だ。
私が行くしかないかと思うのだが、あの鎌がどうにも邪魔だ。

天人は、怯える太助さんを一瞥し、続ける。


「コイツとオメーの盗んだブツ、交換だ……。今渡せば、お前も許してやるよ」
「言うこと聞いちゃダメ。殺されるわよ!」


甘い言葉のように聞こえるが、公子ちゃんはその言葉の真意をきちんと捉えているらしい。
公子ちゃんが天人を睨むように振り返りながら言う。


「私に構わずに、早く逃げて……―――!」


公子ちゃんがそう言うが早いか、太助さんは間髪入れずに踵を返し、公子ちゃんに背を向けて走り出した。


これには、流石の私も、我慢ならなかった。


「その女なら好きなよーにしてくれていーぜ! あばよ公子! お前とはお別れだ!!」


危険を顧みずに、大切な人の為にと、ここまで公子ちゃんはやってきたのに。

私はコンテナの上に立ち上がると、太助さんを追いかけるようにそちらへと走った。
足は、私の方が速いはずだ。


「金持ってるみてーだから付き合ってやったけど、そうじゃなけりゃお前みたいなブタ女御免だよ!」


真っ当に暮らして、生きていこう。
その約束の為に、ここまで助けに来たというのに。

公子ちゃんの想いも、銀さん達の苦労も。
全て打ち消し、無駄にするような言葉だ。

私は何だか眉間に力が入って、頭が沸騰したかのようにムカムカしていた。
太助さんを少し追い越したところで立ち止まると、コンテナの上から飛び降りる。


「世の中結局、金なんだよ……真っ当に貧乏臭く生きるなんて馬鹿げてるぜ!」


そう言って走り去ろうとする太助さんの前に、私は躍り出た。


「それで……? そのまま麻薬売りさばいて、自分だけ楽しく暮らそうっての?」
「……?」


そんな私に気付いているのかいないのか、太助さんはこちらに向かって走ってくる。
私はスッと、片足を後ろに引いて構える。


「馬鹿げてんのは―――アンタだッ……!」
「逃がすかコノヤロー!!」




ゴッ!!

ガンッ!!




怒り任せに、半ば加減なしで放った私の蹴りが太助さんの顔面にめり込んだのと同時に、銀さんの投げた木刀が太助さんの後頭部を打つ。
その衝撃で、太助さんの巨体は地へと落ちた。


「……ったく」


私は銀さんがこちらへと歩み寄ってくるのを確認すると、地面に倒れ込んでいる太助さんの頭にくっついた袋に手を伸ばし、ビリビリと剥がし取った。
それを、目の前で立ち止まった銀さんへと差し出すと、銀さんは黙ってそれを受け取る。


「人間食い物にする天人……それに甘んじ、尻尾振って奴等の残飯にがっつく人間共……」


不愉快そうに、銀さんは呟く。


「ブタはテメーらの方だよ―――薄汚ねーブタ護るなんて、俺は御免だぜ」
「同感」


手の中で“転生郷”の入った袋を弄びながら言う銀さんに同意していると、戸惑った様子で天人の1が言う。


「てめーら、敵なのか味方なのか、どっちだ!?」
「どっちでもねーよ」


銀さんはそうとだけ答えると、木刀をいつもの定位置である腰へ納める。
いつの間にか来ていた神楽ちゃんが、私の隣で傘を差していた。


「それより、ホラコレ。こいつとそのブサイク、交換しよーぜ」
「……お前から渡せ」
「なーにビビってんだか」
「―――あっ!!」


銀さんは億劫そうにそう言うと、手にしていた袋をヒョイッと軽く上空へ放り投げた。
天人達が茫然とそれを見送る先には、木刀を構えた新八君がいて。


「わァァァァァ!!」


見事、袋を真っ二つにした新八君。
天人達が宙を舞う“転生郷”の粉を見上げている中、隙を見て、公子ちゃんがこちらへ走ってきた。


「よし、行くぞ。、神楽」
「……あ、はいっ」
「はいヨ!」


粉を拾おうと躍起になる天人達を尻目に、私は銀さんに手を引かれて、その場から走り去った。






公子ちゃんは逃げている途中、器用に太助さんを拾い上げて背負ってきたらしい。
その証拠に、公子ちゃんの背中には呑気な顔をして気絶している太助さんの姿(カツラが横に少しだけ張り付いている)。


「マジ有り得ないんですけど。太助助けてくれって言ったのに、何でこんなことになるわけ〜?」
「有り得ねーのはお前だろ。どーすんだソレ」
「言っとくけど、それは焼いても食べられませんよ」
「お前ら最後までそれか」


何とか逃げてこられたというのに、いまいち納得いかなそうな表情の公子ちゃん。
そんな公子ちゃんに、銀さんが更に失礼なことを言ってのける。


「コイツ逃すと彼氏なんて一生出来なそーだからか? 世の中には奇跡ってのがあるんだぜ」
「そんな哀れみに満ちた奇跡はいらねー」
「銀さん、失礼にも程があるよ」


そう言う公子ちゃんだが、太助さんに愛想尽かすのかと思いきや、そうでもないらしい。
落ちそうになった太助さんの身体を、きちんと背負い直す。


「―――こんな奴に付き合えるの、私くらいしかいないでしょ……」


そう言って踵を返して歩き出す公子ちゃんに、私は慌てて声をかけた。


「あの、公子ちゃん!」
「……? 何よ」


少し訝しげではあったが、私に振り返ってくれた公子ちゃんに、私は申し訳なさげに苦笑する。


「その……背中の人、顔面蹴っちゃったから……ごめんね?」


当分腫れるよ、と続けると、公子ちゃんはハッと鼻で笑って私に言う。


「大丈夫よ。顔は元々腫れてるし〜」
「!」


そうとだけ言うと、公子ちゃんは太助さんを背負ったまま歩いて行ってしまった。
その後ろ姿は、まるで―――。


「恋人というより、親子みたいですね」
「あんな母親、俺ならグレるね」


銀さんの言葉が可笑しくてクスクス笑っていると、不意に着流しの袖を引っ張られる。
そちらに顔を向けると、妙にキラキラした目で私を見てくる神楽ちゃん。

……どうしちゃったんだ、この子は。


、あの蹴りめっさカッコ良かったアル! 私惚れ直したネ!」
「あ、僕も見たよ! すごかったよねー、綺麗に決まってたよ」
「え? ……あ、ああ。アレね。ありがとう」
ちゃん、結構強かったんだねェ」


何だか感慨深げに言う神楽ちゃんと新八君に、私は苦笑するしかない。
そう言えばこの2の前できちんとああいうことをしたのは、初めてだった気がする。


「あはははは、強いかどうかは分かんないけど……実家が道場で、父親に色々と教わったから」
「だからって、実戦でそう使いこなせるものかな……」
「……あー、あれはね―――変質者とか泥棒とか、あの蹴りで伸したことがあるから、多少自信あったの」
「「「……」」」


蹴りは割と得意なんだァ、と呟く私を見ながら、何故か神楽ちゃんは大きな瞳を更にキラキラとさせ、銀さんと新八君は暫し硬直していた。


「……、銀さんよくひっ付くけど、その蹴りは入れないでね」
「え? 大丈夫だよ。普段はあんな本気で蹴らないから。あれでも大分セーブした方だけど……」
(まだ威力上がんのかよ!!)
「?」


それ以来、銀さんはあまり私を真選組の道場へ行かせてくれなくなった。








ありがとう、再会。

(これからも、強くなれるよ)









アトガキ。


*再会がもたらすもの。ヒロインが見せた憤り。

*どーしてもハム子とヒロインを、何となくでいいから再会させたかったんです。そして、太助を蹴り飛ばさせたかったんです。
 めったに声を荒げたり怒りを表面に出したりしないヒロインですが、太助のあの態度と言動には、銀さんと同じように怒るんじゃないかなと思って書きました。
 
 さて、そんなこんなで。次からはまたしばしオリジナルストーリーが絡んできます。お付き合いください。
 そしていよいよ―――あの方が登場です。


*章タイトル『DAY after DAY』→→意:毎日。来る日も来る日も。万事屋メンバーや江戸の人々との日常。




*2010年10月30日 加筆修正・再UP。