DAY after DAY   04




「ただいまです……ぅ?」


お登勢さんに頼まれた買い出しから帰ってきた私の目の前に広がったのは、掃除をする万事屋メンバーとそれを見張っているお登勢さん・キャサリンさんの姿だった。

いつものように、お登勢さんのお店で掃除やら何やらをこなしていた私は、お登勢さんに頼まれて朝から買い出しへ出ていた。
夜に必要な酒のおつまみの材料やら今日のお登勢さん達の夕食の材料やらをたっぷり買い占めて『スナックお登勢』へと戻った私は、店の扉を開けたまま暫く固まる。


「―――ああ、おかえり」
ネー!」
「ぅ、わッ……!!」


そうお登勢さんが迎えてくれたのに会釈で返すと、先程まで雑巾で床を拭いていた神楽ちゃんが、突然飛び込んできた。
両手が買い物袋で塞がっている為バランスが悪かったが、何とか踏み止まって神楽ちゃんを見る。


「か、神楽ちゃん、それに銀さんと新八君も……どーしたの?」
「どーしたもこーしたも……見ての通りだよ」
「猫耳年増とゾンビババアにまんまと捕まって、タダ働きさせられてるってわけよ」


モップで床を磨いていたらしい、新八君と銀さん。
嫌々掃除させられているのが丸分かりである。
ふと、腰に腕を巻きつけていた神楽ちゃんが離れて、今度は真横から銀さんがひっついてきた。


「……銀さん」
「あー、やっぱだよなァ。が視界に入ることによって、猫耳年増とゾンビババアの影が、俺の視界から抹消される」
「オイィィィ!! ババアを何だと思ってんだァァ!!」
「テメーノ存在ヲコノ世カラ抹消シテヤローカ!!」
「つーか、アンタ毎度毎度いい加減にしろよセクハラ野郎! ちゃんにひっつく前に働けェェ!!」
「ごふぁッ!!」


スリスリと頬を私の右側頭部に擦り寄せていた銀さんだが、お登勢さんとキャサリンさんと新八君の蹴りによって、呆気なく離れていった。

3の蹴りが上手いこと脇腹にヒットして悶絶している銀さんを横目に、私は買い出したものをカウンターの上に置いて、布巾を手に取る。
万事屋の3―――ましてや、社長である銀さんが働いているのに、(一応)秘書という立場にいる私が、手伝わないわけにもいかない。

新八君から話を聞いてみると、どうやら家賃徴収にやってきたキャサリンさんにまんまとしてやられたらしい。


―――キャサリンは鍵開けが十八番なんだ。例え金庫に立てこもろーが、もう逃げられないよ」
「キャサリンさん、そんな特技が……」
「マーネ」


そう言えば、キャサリンさん、以前は泥棒だったらしい。

一度お登勢さんの店の売上金や銀さんのスクーター、神楽ちゃんの傘やらを盗んで逃走したらしいが、まんまと銀さんに返り討ちにされて、刑務所に服役までしていたらしい。
―――確かに、キャサリンさんの手先の器用さは異常ではあった。

変な所に私が感心していると、銀さんが妙に威張った顔付きでお登勢さんに言う。


「フン、金庫が開けられよーが、中身が空じゃ仕方ねーだろ。ウチにはもうチクワと小銭しかねーぞ。さァどーする」
「どーするって、お前がこれからの生活どーするんだァ!!」
(……後で万事屋の分の食糧、買ってこよう)


カウンターの上を布巾で拭いながら、私は心の中で決意する。
放っておくと冷蔵庫の中身が空というのは、よくあることだ。


「とにかく、金がないなら働いて返してもらうよ。今のままにアンタ達の食費やら何やら払わせてたんじゃ、が可哀想だからね」
「いや、私は別……に……」
、語尾が濁ってんだけど」


確かに、お登勢さんから頂く給料や真選組で働いた分のお金を、私は大半万事屋の食費に当てているような気がする。
勿論、万事屋にお金がある時はそれを使うのだが―――何しろ、神楽ちゃんと定春の食費が馬鹿にならない。

よくこれで破産しないな、万事屋…。

そんなことを考えていると、不意に、ガシャァァン!!というけたたましい、何かを破壊する音が店に響く。


「チャイナ娘ェ!! 雑巾がけはいいからお前は大人しくしてろォ!! バーさんのお願い!」
「神楽ちゃん、大丈夫!?」


慌てて目を向けると、床を雑巾掛けしていた神楽ちゃんが、店の客用テーブルを体当たり1で破壊していた。
普段の神楽ちゃんを知っている人ならばお登勢さんの反応が正解なのだろうが、私は慌てて神楽ちゃんに駆け寄る。


「何だヨー。折角私頑張ってたのに、チクショー」
「……そうだね。神楽ちゃん、ありがと。私がそれやるから、神楽ちゃんはテーブル拭きやってくれる? (このままじゃお登勢さんの店が……)」
からの頼まれ事なら引き受けるアル! 安心するヨロシ」


この店のテーブルを、ダイヤモンドの如くピカピカにしてやるヨ。

そう続けて、神楽ちゃんは私から布巾を受け取り、テーブルを磨き始めた。
ひとまず安心。


「ソレガ終ワッタラ私ノタバコ買ッテキテ」
「てめーも働けっつーの! が来てから怠けすぎだよ、アンタ!」


キャサリンさんを見てみると、ちゃっかり1だけ煙草を吸って寛いでいる。
しかし、あえなくお登勢さんにスリッパ(トイレ用)で頭を叩かれて、渋々モップを手に取って掃除に加わり始めた。

そんなキャサリンさんの背を見つめていた銀さんが、ふと口を開く。


「しかしバーさん、アンタも物好きだねェ。店の金かっぱらったコソ泥をもう一度雇うたァ―――更生でもさせるつもりか?」


そう言えば、私がお登勢さんに拾われた時には既にキャサリンさんは出所した後だった。
どういう考えがあってお登勢さんがキャサリンさんを再び店に置くようになったのかは分らないが、気になっていたことだ。

お登勢さんは真新しい煙草に火をつけると、一度燻らせて言う。


「そんなんじゃないよ。人手が足りなかっただけさーね…」
「人手って……がいんじゃねーか」
はあの娘が戻ってきた後に雇ったんだよ。それににゃ裏方を任せてるから、接客する娘がいなくてねェ」


そう言ってはいるが、私は最近お客さんの前に出されることがある―――というのは、黙っておこう(銀さんが騒ぎそうだから)。


「盗み癖は天然パーマ並に取り難いって話だ。ボーッとしてたら、また足元掬われるぜ、バーさん」


忠告しているつもりなのか、銀さんはそう言って何故か私の元へ歩み寄ってきた。
雑巾で床を拭いていた私にモップを手渡すと、ニヤッと笑って頭をポンポンと撫でてくる。


「……大丈夫さ―――あの娘はもうやらないよ。約束したからね」


そろりそろりと店の出入口へ向かって行き、最後に私に手を振って去って行った銀さんに気付かずに続けていると、徐にお登勢さんは銀さんを振り返った。


「それより、お前も働……―――」
「出てっちゃいましたよ、銀さん」
「……」


あんのモジャモジャァァァァ!!と怒り狂うお登勢さんを宥めることになるまで、後数秒。






銀さんが逃走して数時間。
私はまたしても買い物に出掛けていた。

1日に2回も買い物に行くことなんて、そうそうないだろうに。


「うー……重いィ……」


1回目の買い出しの量をはるかに上回る袋の数。
それに比例して、両腕にかかる負担も大きかった。

こんなことなら、銀さんが逃げるの見送るんじゃなかった…。

なんでも、この買い物は銀さんに頼もうと思っていたものらしく、私が持つには重いものがたくさん袋に詰まっている(お登勢さんの軽い八つ当たりだ、きっと)。
そして、それにプラスして万事屋の食糧を買い込んでしまったのが悪かったらしい(自業自得)。


「……あー、もう駄目だ。近道しよう。重すぎて腕が千切れる……」


2度目の買い物ということでただでさえ疲れているのに、このままスナックまでの道程をひたすら歩いて行くのが面倒になった私は、大通りの横道を入って店への近道である神社の境内へと出た。
ここからならスナックもそう遠くはない、と先程よりも幾分軽い気持ちで境内を歩いていると、見慣れた人影が目の前に現れる。


「あ、れ? ……キャサリンさん?」
「! ―――ッ…………!」
「何でこんなとこに……お店は?」


そう聞きながら、神社の階段に腰を下していたキャサリンさんへ歩み寄ろうと一歩踏み出すと、ふと、他にも人の気配がすることに気付き、思わず足を止める。
気配を感じた方へ目を向けると、キャサリンさんと同じように頭に猫耳を生やした男の人が立っていた。

……キャサリンさんと同じくらい微妙なビジュアルバランスだな。(酷い)


「―――何だ? この娘。お前の知り合いか、キャサリン」
「ッ……!」


ニタリ。
そういう形容の仕方が一番合っているのではと思うほど、あくどい、その顔。

男は私の目の前まで歩み寄ってくると、腰を少し屈めて私の顔を覗き込んできた。


「へェ、随分と可愛らしいお嬢さんだな。名前は?」
「……自分は名乗らずに、人に名前を聞くなんて不躾じゃないですか?」
「! ……ハッ! えらく威勢のいいお嬢さんだな―――てめェの店の人間か? キャサリン」


キャサリンさんの動揺した様子やこの場の雰囲気からして、この男はいい人ではなさそうだ。
そう判断した私は、半ば睨み付けるように男を見た。
すると、男は鼻で馬鹿にしたように笑って、キャサリンさんへ問う。


「ソノ子ハ何モ関係ナイヨ。ダカラ手ェ出スナ!」
「ほぅ……『鍵っ娘キャサリン』ともあろう者が、自分に無関係な地球人の小娘1に何を必死になってんだ?」
「クッ……!」


階段から徐に立ち上がって叫ぶように言うキャサリンさんに、男は嘲笑うような笑みを浮かべた。
私は無意識のうちに、男をずっと睨みつけていて。
男は、それすらもおかしいというように笑った。


「キャサリン、最近ここらは火事が多いらしいじゃないの? お前んトコも気を付けないとな。こんな可愛い子が働いてんだ。顔に火傷でもしたら大変だァ。……分かるだろ? ―――キャッツパンチは、金の為なら何でもやるぜ」
「クリカン、テメェェェ!!」


話が見えないが、どうやらキャサリンさんに何かしら吹っかけているらしい。
明らかに、悪役が吐くセリフだ。


「オイオイ、そんな顔すんなよ。お前にとってもいい話だろ」


いい話……?

『金』という単語が出てきている辺り、もしかするとキャサリンさんが泥棒をしていた時の仲間なのかもしれない。
男(クリカンというらしいが)は私に一瞥をくれてから、階段をゆっくりと降り始めた。
そして、キャサリンさんへ「泥棒をしていた方が稼ぎはいいだろう」と、遠回しに言葉を零す。


「そんな無理して堅気にこだわらないでもさァ、自分の特技を生かして生きればいいんじゃない?」


尤もらしい言葉に聞こえるが、私は言い知れぬ怒りを覚えて男の後ろ姿を睨み付けた。




必死にお登勢さんの恩へ報いろうとしているキャサリンさんに対しての―――最大の侮辱だ。




思わず、文句の1でも言ってやろうと前に足を出したところを、ずっと黙っているキャサリンさんの腕に止められた。


「丑の刻、三丁目の工場裏で待ってるぜェ……」


ひどく動揺した様子のキャサリンさんを尻目に、男はそのまま階段を下りて去って行った。


「―――……キャサリンさん、今の……」
「アンタニハ関係ナイ」
「でもっ……」
「イイカラサッサト帰ンナ! ……今ノ事、誰ニモ言ウンジャナイヨ」


男が去った後キャサリンさんに声をかけると、キャサリンさんは私にそう怒鳴って踵を返し、歩き去ってしまった。
私は両腕の荷物の重さも忘れて、そんなキャサリンさんの背を見送ることしか出来ない。

キャサリンさんが泥棒をしていたのも、今お登勢さんの店で働いているのも、一重に故郷の星にいる家族への仕送りの為だと、最近お登勢さんに聞かされたことがある。
それが事実なのかはさて置き、家族を養う為に泥棒をすることがいいことだとは思えないが、それでも、家族を護りたいと思うキャサリンさんの想いは、私にも分かる。


ー!」
ちゃん、大丈夫!?」
「! ……神楽ちゃん、新八君……」


何とかしてキャサリンさんを助けられないだろうか、と私が考えていると、社の陰から、不意に、神楽ちゃんと新八君が飛び出て来た。
何とも煮え切らない気持ちのまま、3でスナックお登勢へと向かった。






スナックお登勢へと向かう道すがら、最初からキャサリンさんとあの男の話を聞いていたという神楽ちゃんと新八君に、詳しい話を聞くことが出来た。

どうやら私の予想通り、あの男はキャサリンさんと共に、昔『キャッツパンチ』なる窃盗グループにいた人で、今回大きな仕事を抱えた為、キャサリンさんの腕を借りたいと誘いに来たらしい。
キャサリンさんはお登勢さんとの“約束”を守る為にその申し出を断ったのだが、手を貸さなければそのお登勢さんや周囲の人間に危害を加えると脅された、と―――。


「へェー、そうなんだ」


店に着いて早々、その話をお登勢さんにすると、お登勢さんの反応はひどく薄かった。
煙草を燻らせながら緩い感じで応えたお登勢さんに、私と新八君は目を丸くする。


「『そうなんだ』って、お登勢さん! このままじゃキャサリン、また泥棒になっちゃいますよ」
「そ、そうですよ。キャサリンさんがお登勢さんとの“約束”を破るとは思えないけど……」


いつもは、お客さんが座るカウンターの椅子。
それに腰かけたまま、お登勢さんは相変わらず煙草を燻らせていた。
ふと、神楽ちゃんがその隣に腰かけて言う。


「ほっときゃいいんじゃね。いつかやると思ったヨ、俺ァ」
「銀さんだ。ちっちゃい銀さんだ」
「駄目だよ、神楽ちゃん。銀さんの真似なんてしてたら、将来本当にあんなんなっちゃうよ」
「あ、それは嫌アル」
ちゃん、何気に毒吐いてるけど自覚ある?」


鼻の穴に指を突っ込んで、気だるげな顔付きまで真似て言う神楽ちゃんは銀さんそのものだ。
今度、銀さんに神楽ちゃんの前で教育上悪いことはしないように言い付けておこう。


「―――そうそう、ほっとけほっとけ」
「! ……あ」


そんな時、不意に店の扉が開かれた。
まだ開店の時間ではないのでキャサリンさんではと期待したのだが、そこに立っていたのは銀髪の、何故か紙袋を抱えた侍。

というか、どこ行ってたんだ、この人。


「芯のない奴ァほっといても折れていく。芯のある奴ァほっといても真っ直ぐ歩いてくもんさ」


そう言い、抱えた紙袋の中をガサガサと探りながら店へと入ってきた銀さんは、私達の傍まで歩いてくるとカウンターの上に何かを置いた。


「何だイ、コレ」
「お天気お姉さん・結野アナのフィギュアだ。俺の宝よ。これで何とか手を打ってくれ」


銀さんお気に入りのお天気キャスター・結野アナ(何度聞いても不憫な名だ)のフィギュア。
どうやら、家賃のカタにそれを渡すということなのだろう。
銀さんが何の悪びれた様子もなくそう言った瞬間、銀さんは見事、お登勢さんに店の外へと投げ飛ばされた。


「……ったく、馬鹿ばっかりだよ。アンタらもさっさと出て行きな」


両手を払いながら新八君と神楽ちゃんに向かって言うと、お登勢さんは私に「開店準備しときな」とだけ言って座敷の方へと姿を消す。


「……銀さん」
「いでででで……ったく、住むとこなくなっちまったよ」


そんなお登勢さんの背を見送って、私は銀さんに歩み寄っていく。
銀さんは店の前で胡坐をかくと、頭を掻き毟ってから私に目を向けた。


ちゃんよォ、銀さんホームレスになっちまったんだけど、こんな俺でも傍にいてくれますか」
「嫌」
「え、即答!?」


ヤベッ泣きそうなんですけど、なんて言いながらふざけている銀さんの横に屈んで、私は続ける。


「でも、段ボールをマイハウスとか言ったり土管とかで寝起きしたりしなくて済む方法があるんだけど……」
「…………へ?」


ニヤリと珍しい笑みを浮かべて言う私に、銀さんの頬が幾分引き攣った。


「銀さんが手伝ってくれるなら、の話ね」





***************





「悪イケド、モウ盗ミハデキナイ。勘弁シテクダサイ」


丑の刻、3丁目の工場裏―――。

家を追い出されて途方に暮れてしまった銀さんに提案して、私は今、キャサリンさんとあの男がいる廃れた工場の裏手に来ていた。
―――と言っても、私と銀さんは隠れているのだが。


「……なァ、?」
「何?」
「なにも、まで付いてくるこたァなかったんじゃねーの?」


工場の壁に沿って置かれた土管の影に身を潜めた、私と銀さん。
銀さんはどこかやる気なさげにそう言うと、後ろに控える私に振り返って言った。

どうやら、またいらぬ心配をしてくれているらしいが、今の私にはそんな心配は無用である。
私は昼間の出来事を思い返して、キュッと眉根を寄せて心底嫌そうに声を低くして言った。


「私、あの男の人嫌いなの。だから銀さんにやられるところをこの目で確かめないと気が済まない」
「何それ怖ッ!! すげー怖ェ発言しちゃってるよ!?」
「だって本当のことだもん。……それに……―――」


私は目線をキャサリンさんへと向けた。
男と、その仲間らしき2の前で土下座してまで、お登勢さんとの“約束”を守ろうとするキャサリンさん。

キャサリンさんは、口は悪いし態度も悪い。
けれど、何だかんだで後輩である私の世話をよく焼いてくれて、誰よりもお登勢さんを大切にしている。
たまに一緒に笑って、憎まれ口を叩きあいながら喧嘩して。


「―――私の仕事場の先輩だもん。放っておけないよ」
「……」


私がそう呟くように言った時、何かを殴り付ける音が工場の壁に反響して響いた。
そこには、土下座するキャサリンさんを、暴言を吐きながら蹴り付ける、あの男。


「ッ……!」
「待て、


それを見た私が思わず前に出ようとしたのを止めて、銀さんは徐に男の仲間の背を指差す。
それが何を意味するのか理解した私は、コクリと頷いてその背後へと近付いた。

そして、1は銀さんが木刀で、もう1は私が蹴りで、捩じ伏せる。
完全に伸びた男2を土管の上に投げやると、銀さんが何故か別の土管の中へと入って行った。
私はそれを見送って、銀さんに指示されて土管の影にまた身を潜める。


「一度泥に浸かった奴はな、一生泥の道歩いていくしかねーのよ」


キャサリンさんの髪を掴んだ男は、ニッと卑しい笑みを浮かべて嘲笑うように言いのけた。
私はそれがどうしても許せなくて、思わず飛び出しそうになる身体を、必死に抑えつける。


「オイ服部、刀貸せェ!! この女、耳斬り取ってただの団地妻にしてやらァ!!」
「―――そんなもんねーよ」


仲間がやられてしまっていることにも気付かずに叫ぶ男に、銀さんの声が答える。
もぞもぞと土管の中から銀さんが立ち上がる音がして、私はそちらに目を向ける。


「持ってねーって言ってんだろクソヤロー」
「!!」


土管から飛び出した銀さんの顔は、ニタリと歪んでいて。(少し怖かった)
木刀を構える銀さんを見て、男とキャサリンさんは半ば茫然とした顔。


「だが、木刀ならいつでも……―――くれてやるぜェェェ!!」


その言葉と共に放たれた木刀の餌食となり、男は声もなく遠くへ吹き飛ばされていった。
私は、相変わらずすごい威力だな、なんて考えながらそれを見る。


「よっと。……おーい、もういいぞォ」
「……あ、はいはい」


土管からのそりと外へ出てきた銀さんに呼ばれて、私も物陰から出てキャサリンさんに駆け寄った。
少し驚いたような表情のキャサリンさんに、ハンカチを差し出す。


「大丈夫ですか? キャサリンさん」
……アレダケ関係ナイ言ッタノニ……」
「うん、ごめんなさい。キャサリンさんにとっては関係なくても、私にとっては関係あったから」


ニッコリ笑って言ってやると、キャサリンさんはどこか不機嫌そうに顔を歪ませた。


「類は友を呼ぶとはよく言ったもんだね。お前、ロクな人生送ってきてねーだろ?」


先程私と銀さんで倒した仲間2に目を向けて、銀さんがキャサリンさんに言う。


「まァ、俺も変わんねーか……。人様に胸張れるよーな人生送っちゃいねぇ。真っ直ぐ走ってきたつもりが、いつの間にか泥だらけだ」

私とキャサリンさんは、それを黙って聞いていた。




「だがそれでも、一心不乱に突っ走ってりゃ―――いつか泥も乾いて落ちんだろ」




銀さんなりの不器用な優しさが、少し言葉から滲み出ていて。
私は何だかおかしくて笑った。
キャサリンさんも銀さんの言葉に少し笑って立ち上がると、私の差し出したハンカチを手にとって言う。


「ソンナコト言ウタメニキタンデスカ。坂田サン、アナタ本当にアホノ坂田デス……。モ、アンタモ負ケズ劣ラズノ馬鹿ネ」
「酷いなァ、キャサリンさん。後輩が折角、銀さん釣って助けに来たのに」
「釣るなよ、俺を」


少し口を尖らせて言うと、銀さんに頭を軽く叩かれた。(初めてだ!)
銀さんは私の腕を掴むと、キャサリンさんに億劫そうな声で言う。


「いやよォ、実はババアに家追い出されて今日は土管で寝ようと思ったんだが……キャサリン、お前助けてやったんだから口利きしてくんねーか?」


そう言う銀さんに、私とキャサリンさんは顔を見合せて笑った。






あの小さな事件以来、キャサリンさんはいつも以上に、私に構ってくれるようになった。
キャサリンさんなりのお礼のつもりらしいが、口喧嘩は相変わらず。
でもやっぱり、キャサリンさんがいないと仕事をしているって実感が湧かないなァと感じる、私。


、掃除オワッタラ煙草買ッテキテ」
「嫌ですよ。私今忙しいんで自分で行って下さい」
「生意気ナ! 今マデ世話ニナッタ恩ヲ仇デ返ス気カ!」
「私がお世話になってるのはお登勢さんですぅ!」
「何ダトコノクソガキ!」
「―――うるさいよ、アンタ達! 仕事しな!」
「「ハーイ」」


これは余談だけれど、万事屋メンバーは何とか事務所兼家を失わずに済んだようだ。


「よかったね、神楽ちゃん、定春。お家なくならなくて」
ちゃァん!? 銀さんはァ!?」








駆けずり回って、

埃まみれで。


(それでも僕らは、生きていける)









アトガキ。


*ヒロインとキャサリンの関係性。

*ヒロインにとって、キャサリンは仕事先の先輩であって、気兼ねなく接することのできる良きお姉さん(大分年上だけど)。
 そして、キャサリンにとって、ヒロインは全てにおいての後輩であり、憎まれ口を叩き合うことができる妹みたいな存在。
 お登勢さんと共に、何だかんだでヒロインを可愛がり、秘密を知っている分慎重に守ろうとしています。

 ……にしても、男一人を蹴り一発で伸してしまうヒロインは、最早ヒロインではない気がするな……。




*2010年10月30日 加筆修正・再UP。