DAY after DAY   01




春の心地良い陽気が続き、桜も満開になり始めた今日この頃。
私は久々に昼間から、『スナックお登勢』の店内にいた。

数日前、真選組の仕事での怪我(肩に銃弾受けたやつ)のせいで、ろくに仕事が出来なかった分、今日は少し張り切っている私。
お登勢さんと、おまけにあのキャサリンさんまでもが、まだ休んでいても構わないと言ってくれていたけれど、もう怪我も良くなったのでそういうわけにもいかないと、こうしててつだっているのだが。

怪我を負っている間の生活は大変だった。


(怪我してる間はずっと万事屋にいたし…………強制的に)


まず1つ―――銀さんがいつも以上にうるさい上に、ひっついてくる。

これはおそらく、心配して私の身の回りの世話をしてくれようとしていたのだろうが、はっきり言って邪魔しかされなかったように思う。
確かに片腕が使えなくて不便ではあったけれど、普通、一応生物学上女である私の着替えやお風呂まで手伝おうとはしないだろう(勿論、丁重にお断りしていた)。
第一、私は右利きなので左腕が使えなくても、然程問題はなかったのに。

それに、銀さんのセクハラは健在だった。


(あれには参ったなァ……)


2つ目は、万事屋の家事だ。

普段は私と新八君が部屋の掃除やら何やらを分担したり交代したり、万事屋内でも当番制になってからは当番の人の手伝いとして私が入ったりして行なっていた。
しかし、今回ばかりは怪我をした状態で家事をして皆に迷惑をかけてしまうといけないので、私の分は全て新八君に任せていたのだ。
勿論、食事や洗濯、買い出しも。

新八君には今度、きちんとお礼をしよう。

そして、もう1つは―――真選組への出入りを、療養中は禁止させられてしまったということ。

銀さん達に止められたというのは勿論のこと、近藤さんや土方さんにも止められてしまったのだから、私はそれに従うしかない。
なので、あの事件以来、真選組の人達とは会っていないのだ。

……まあ、総悟君や退君とは、たまにメールをしていたりするのだが。
それは、銀さん達には言わないでおこう。(またうるさくなる気がするから)


「―――……よし、掃除終わりっ」


私はモップを動かしていた手を止めて、店の中を見渡した。
何だか、久しぶりのスナック店内に、不思議と笑みが零れる。

療養中には色々とあったけれど、今はもうすっかり怪我も治って、肩から腕にかけても問題なく動かせるようになった。
私が今朝早くに「お登勢さんのお店で仕事をしてくる」と伝えた時、銀さんは大分渋っていたけれど、私の身体にこれといった問題はなさそうだ。





私が手にしていたモップとバケツを片付けていると、店の奥の座敷からお登勢さんが姿を現した。
私はお登勢さんに向かって笑うと、掃除が終わった旨を伝える。


「ご苦労さん。やっぱアンタがいると、仕事が早くて助かるよ」
「こんなことでいいならいくらでもやりますよ。長い間休んじゃってたし」
「それは仕方ないさね。アンタがいない分の穴は、しっかりキャサリンに働いてもらったからね」


心配いらないよ、と笑うお登勢さんに、不覚にも泣きそうになってしまった私。

私はつくづく、いい人に拾われた。
お登勢さんに拾ってもらえなかったら、今頃私は何をしていたことか。
―――生きているのかも定かではない。(それを考えると怖い)


「じゃあ、掃除も済んだことだし……後は夜の開店まで自由にしてな」
「え、でも、他にやることは……―――」


私がそうお登勢さんに訊ねかけた時、不意に店の扉が荒々しく開かれた。
お登勢さんも私も驚いて、そちらに身体ごと目を向けようとした瞬間。


ーーーー!!」
「ぅあァっ!?」


扉の向こうから猛然と、私の名を叫びながら突っ込んできたのは、神楽ちゃんだった。
どうやら、食事やら身支度やらを済ませた様子のチャイナ服姿の神楽ちゃんは、私の腰にガバリと抱きついて来て。
私はそれを受け止めきれずに、その場に尻もちをつくように倒れこんだ(ものっそい恥ずかしい)。


「ッ、いたたた……。か、神楽ちゃん……? お、おはよう」
「おはヨ! もう昼近くだけどネ!」
「あ、うん。そこはツッコまないでおこうよ」


ニッコリ笑って挨拶を返してくれた神楽ちゃんの頭を撫でる。
すると、神楽ちゃんは更に嬉しそうに顔を緩ませて、私に擦り寄ってきてくれた(本当にこの子は可愛いなー)。
普段の、銀さんや新八君達に対しての辛辣な態度が嘘のようだ。


ずっと怪我してたから今日こそくっつける思ったのに、起きたらいなくなっててビックリしたアル」
「あ……ごめんね? 一応、今朝早くに銀さんには言ったはずなんだけど……」
「銀ちゃん二度寝決め込んでたヨ」
「……」


神楽ちゃんの言葉に半ば(というかかなり)呆れつつ、私は立ち上がろうと床に手をついた。
が、神楽ちゃんがギュウッと(神楽ちゃんからしたら大分セーブしている力で)抱き付いたまま離れない為、立ち上がれない。


「ちょっ、神楽ちゃん、とりあえず一旦離れ―――」
「オイオイ神楽ちゃァん? 銀さんのになーにひっついてんだ、ボケ」
「!」


アワアワと成す術もなく慌てていた私の言葉を遮って現われたのは、いつの間にか入店していた銀さん。
私に抱き付いたままの神楽ちゃんを見下して、その首根っこを掴んで引き剥がそうとする。

……というか、今『銀さんの』とか言わなかった? この人。


「やめろヨ天パー!」
「おまっ、天パ馬鹿にすんじゃねーぞコラ」
「うっさい黙れ、駄目天パが。今まで散々にひっついてたのは銀ちゃんアル! 今日は私が独占するネ!」
「ガキがナマ言ってんなよコラぁ! 色気付くにゃ100億年早ェんだよ!!」


何やら私のこと(?)で言い合いを始めてしまった銀さんと神楽ちゃん。
銀さんにけしかけられて神楽ちゃんが離れて行き、私は何とかその場に立ち上がって身体についた埃を払う。

ああ……私の平穏な1日が……。

今日も騒がしいなァ、と半ば遠い目で2人の喧騒を見ていたら、隣でお登勢さんが呆れたように溜息をつく。


「ったく、何しに来たんだィ、アンタ達。に逢う為だけに来たんじゃないだろーねェ?」
「そんだけなわけねーだろクソババア。ちなみに、てめェの皺くちゃ顔を拝みに来たわけでもねーからな」
「……銀時、アンタ溜まった家賃―――」
チャぁぁぁン! 一緒にお出かけしよーかァ!!」


お登勢さんの『滞納家賃請求攻撃』を、大声という手段で遮った銀さん。
そんな銀さんに、私は思わずキョトンとして首を傾げた。


「……お出かけ?」
「そ。最近ずっと怪我ァ治す為に家ン中引き籠ってたろ?」
「それは銀さんが外に出してくれなかったからだよ」
「いや、それはの為を思って、銀さん心を鬼にして……―――って、そうじゃなくてだな!」


引き篭もり生活を余儀なくされたのは銀さんのせいだと反論すると、取り繕うように銀さんが私の前に歩み寄ってきて弁解し始めたものの、本題を思い出したらしく声を荒げる。

……面白い。(オイ)
ノリツッコミだ。

銀さんは、ゴホンッ、とわざとらしく咳払いして、再度私を見下ろした。


「とにかく、だ。気分転換に、一緒に花見なんてどうかなーって思って誘いに来たわけよ、銀さんは」
「……お花、見……」


私は驚愕した。

あの銀さんが。
私に外出禁止令を出した、あの銀さんが。
呆れて万事屋の外に出ようとした私を、文字通り鬼のような形相で追いかけてきて、終いには公道のド真ん中で恥ずかしげもなく、私を肩に担ぎ上げて連れ戻した、あの銀さんが(しつこい)。

私を花見に誘ってくれるなんて。


「……何か変なものでも食べたの? 銀さん」
「俺、今、いたって正常なんですけど!? ……え、何その疑り深い表情。銀さん本気だからね?」


何か企んでいるのでは、と訝しげに眉を寄せて聞き返すと、銀さんは慌てて私に言ってきた。
どうやら、本当に花見へ誘ってくれているらしい。
私が半ば茫然としながら考えていると、銀さんの後ろからひょっこりと顔を出して、神楽ちゃんが言う。


「なんか、新八と姉御が花見行くから一緒にどうだって誘われたアル。折角だからも、って」
「新八君とお妙さんが? ……うーん」


新八君とお妙さんの名が出てきて、私は更に悩んだ。
新八君が折角そう言ってくれているのだから行きたい。
お妙さんとも最近逢っていないから、逢いたい。

それに―――私は桜の木の下でする花見が、大好きだ。

ワイワイ皆で騒いで宴、というのも花見の醍醐味だけれど、私は静かに満開の桜の木を眺めるのが、とても好きだ。
私の世界にいた頃は、よく家族で行ったものだ。
―――父さんと君が騒いでいるのを無視して、一人桜を眺めていただけだが。




それに、桜は―――。




しかし、行きたいのは山々なのだが。
今まで休んでしまっていた分を、きっちりお登勢さんとキャサリンさんに返したい。

そう思っていた私に、お登勢さんは言う。


「いーよ、。行っといで」
「……え? でも、お登勢さん……」
「店はもう大丈夫。アンタがいつも以上に張り切ってくれたおかげで、もう手をつける場所ァないよ―――それに、桜は今日明日が一番の見頃だそうだ。折角なんだ、楽しんどいで」


ああ、お登勢さん。
やっぱり貴女はいい人ですね!

私はお登勢さんのその言葉を聞いて嬉しくなり、大きく頷いた。


「ナイスバアさん!! よーし、ババアのおかげで癒しのゲッツ!」
「癒しのって何?」
「やったヨ! 久しぶりにとお出かけネ!」


私が頷いたのを見て、銀さんも神楽ちゃんも楽しそうに笑っていたので、私もつられながら笑う。

お花見ならお弁当がいるよね……でも、時間ないかな?
いつ集合なんだろう?

そうふと浮かんできた疑問を、私は隣で騒いでいる銀さんと神楽ちゃんに訊ねる。
すると、銀さんが、ああ、と思い出したように声を出した。


「まだ準備があるからな。1時間後に現地集合だと。場所取りは新八が行ってるらしい」
「そっか……。なら、私何か軽いもの作ろっかな。簡単なおかずとかおにぎりとか」


「神楽ちゃんが食べるでしょ?」と付け加えて神楽ちゃんに笑いかけると、神楽ちゃんは目をキラキラさせて飛びついて来た。


「私、の作ったご飯大好きヨ! すっごく美味しいネ」
「そう? よかった」


よしよしと、神楽ちゃんの頭を撫でてあげる。

そう言えば、神楽ちゃんは私と大して身長が変わらないようで、何だかいつも頭を撫でる度に違和感がある。
―――まあ、私がチビなだけなのかな……。(伸びないんだからしょうがない)


「ちょいと待ちな、


それはともかく。
私が早速支度をしようとお登勢さんの店から出ようとした時、不意にお登勢さんが声を掛けてきた。


「はい?」
「アンタ、折角の花見にそんな格好で行くつもりじゃないだろーね?」
「……へ? 駄目ですか?」


突拍子もないお登勢さんの言葉に、私は情けない声を上げ、銀さんと神楽ちゃんは怪訝そうに首を傾げていた。
それを横目に見たお登勢さんは、呆れたように溜息と共に紫煙を吐き出して。


「普段の生活の中ならともかく……女がそんな格好で外に出るつもりかイ?」
「何今更なこと言ってんだァ、バアさん。はいつもこの格好で買い物とか行ってんじゃねーか」
「てめェは黙ってろ、天然パーマぁぁ!!」
「んだとコラぁぁ!! どいつもこいつも天パ馬鹿にしやがってェェェ!!」


私の代わりにお登勢さんに聞き返してくれたのには感謝するが、どうも銀さんが話すと話が脱線するので、私は慌てて銀さんの口を両手で塞ぐ。


「銀さんちょっと静かにしてて。時間ないんだから……」
「ふごごごっ!」
「……ったく。私だってねェ、毎日のようにこの子を見てんだ。アンタに言われんでもそんなこたァ分かってるよ。似合わないって言ってるわけでもないし、それなりに着こなしてるから構わないけどね……ただ、たまには着物着込んで洒落た格好の1つでもして出かけてもいいんじゃないかって言ってんだよ」
「着物……?」


着物とは、その、お登勢さんやお妙さんが着ていらっしゃる艶やかなお召物のことでございましょうか? (当たり前だ)

お登勢さんのその言葉に、私は少し考えて自分の今の姿を確認し、苦笑した。
確かに、年頃と言えるであろうの女にしては大雑把な格好かもしれない。

私はこの世界に来て以来、着物を着るのが面倒という理由だけで、今のような格好をし続けてきた。

シャツに、黒いデニムのズボン。
その上から、お登勢さんから数枚譲ってもらったお古の着流しを着て、少しアレンジしたくて、上に重なっている片方の裾を腰紐に引っ掛けて。
これが私の基本的な格好である。

私は家が道場なので袴を着たことは多々あるのだが、着物など七五三の時に無理矢理着させられた記憶しかない。
なので、私の中での着物は―――動きづらい・面倒くさい、ものである。

まして日常的に国全体で着物が着られているこの世界で着物を着る為には、自分で着付けをしなくてはならない。
浴衣程度ならば出来るだろうが、着物となると1人じゃ無理だ。
大体、面倒くさい(3回目)。

それに、『この世界の人間』である私が着物を着付けられないなど、普通なら有り得ないことだろう。
お登勢さんは私が異世界人であることを一応知ってはいるが、銀さん達にはバレると厄介だ。
―――言い訳が思い付かない。

そんなことを考えているのが丸分かりなのか、お登勢さんはまた溜め息をついて呆れたように紫煙を吐き出すと、私に背を向けて座敷の方へと歩き出した。
余程、呆れられてしまったらしい。


「……お登勢さ―――」

「! ……は、はい」


何だか少し申し訳ない気分になってしまった私は、お登勢さんを呼び止めようと口を開いた。
だが、それはお登勢さんの声に遮られて。


「どーせアンタのことだ。面倒くさいとかそんな理由で着ないんだろ?」
「う……」
「図星かよ」


図星を突かれて、思わず怯んでしまった。
そんな私に銀さんが突っ込んで、お登勢さんは肩越しに振り返ってきて、一言。


「―――来な、。アンタに合いそうな着物、見繕ってやるから」


私のお古だけどね、と続けて座敷の奥へと入っていったお登勢さんに、私は茫然と、暫くその場に立ち尽くしていた。

これは……まさか……『七五三の悪夢』再来!?

はあ、と諦めの溜め息を零して、私は銀さんと神楽ちゃんに言う。


「銀さん、神楽ちゃん……ごめん。準備してくるから、座って待ってて?」
「おー」
「いってらっしゃいヨー」


いまいち状況を把握出来ていない様子の銀さんと神楽ちゃんを店の中に残して、私はお登勢さんが消えた座敷へと向かった。






「これでよし、っと。……帯はきつくないかィ?」
「……はい、大丈夫、です……」


あれから数分後―――。
私はすっかり、着物に身を覆い尽くされていた。

流石に日頃から着慣れているお登勢さんが着付けてくれただけあって、型崩れ一つなく綺麗に着物を着ることが出来た。
私に着付け方を丁寧に教えながらお登勢さんが着せてくれたので、大分時間はかかってしまったが。

着物の着慣れない感覚に忙しなく手足を動かしていると、膝立ちから立ち上がったお登勢さんが、私を上から下まで見下ろしてくる。


「アンタが店の前に倒れてた時に変な服着てたもんだから、まさか着物の着付けを知らないんじゃないかとは思ってたんだけどねェ……」
「はあ……ご迷惑おかけしました」


何だか居た堪れない、この状況。
私は思わずお登勢さんに深々と頭を下げた。
すると、お登勢さんはおかしそうに笑って言う。


「別に構わないさね。……それにしても―――化けるもんだねェ、アンタも」
「……」


お登勢さんの感嘆が混じった言葉に、私は思わず鏡の前に立つ自分をそれ越しに見つめた。

着物は、淡い紫色の生地に桃色の花と花びらが散らされたデザイン。
それに色の少し濃い帯を合わせた、地味でも派手でもない落ち着いたものだ。

髪はアップにして、付け根に小さな簪を飾り付けた。
元々肩ほどまでしか長さがないので、色々と弄ることは出来なかったらしい。

着付けの際、一番初めに足袋を穿かされた時は、どうなってしまうのかと思った(着崩れしないために、先に穿いてしまうらしい)。

私としてはあまり派手ではなくて好きなデザインの着物ではあるが―――似合っているのかは、また別の話だ。
着物に着られている感漂いまくりだ。

……「化けた」とはどういう意味だろうか。
それに……―――。


「……お登勢さん、あの……化粧は、必要だったのでしょうか……?」
「薄っすら弄っただけだろ。ガタガタ言うんじゃないよ」


そこまできっぱりと言われてしまっては、私も言い返せない。

そう、着物は百歩譲ってよしとして。
何故か、今回、私は化粧までされてしまったのだ。(本当に、いつもと変わらない程度の)

鏡の中の私を見て、ただただ違和感。
憂鬱になってきた。


「―――ほら、早くこれ持って銀時達んとこ行ってきな」


着物に散る桃色の花弁に和みながらも沈んでいく私のテンションを無視して、お登勢さんは先程私が着物を着込む前に用意した弁当が包まれた風呂敷を押し付けてきた。

銀さん達にこの姿を見せなくてはならないと思ったら、気持ちは下降していく一方。
小さく「行ってきます」と告げてから、私は座敷から店へ出て行った。

そこには―――テーブルに同じような姿勢で突っ伏している、銀さんと神楽ちゃんの姿(まるで親子のようだ)。


「……あ、の……銀さん、神楽ちゃん……?」
「「!」」


どうやら待ちくたびれてしまっていたらしい銀さんと神楽ちゃんは、私の声に気付くとガバリと勢い良く、同時に身体を起こした。
そして、2人して、待ってましたとばかりに私へ顔を向け―――。


「「……」」
「……? えっと、2人とも?」


固まった。

そんな2人は何故か視線だけは動くらしく、私の頭の天辺から爪先までを食い入るように見つめてきて。
銀さんに至っては、目を見開いて口までも開きっぱなしだ。

そ、そんなに変なのか、私の格好っ……!

ジーッと、しばし私のことを凝視し続ける2
私がどうしたらいいのかと、2人に歩み寄ると、真っ先に動き出したのは神楽ちゃんだった。


「―――ッ、! ごっさ綺麗アル! ごっさ可愛いアル!!」
「そ、そう、かなァ……?」


あはははは、と、神楽ちゃんの言葉に苦笑しか返せない。

この子は、なんて気の利く子なのだろうか。
私なんかにお世辞を言っても、何も出ないというのに。(でも酢昆布くらいならお礼に買ってあげよう)


「ねーねー銀ちゃん、すごいヨ! いつも可愛いけど、ごっさ綺麗になったアル!」
「か、神楽ちゃん、言いすぎ……」
「そんなことないネ! もっと自分に自信を持て! 持つんだ、ーーー!!」


自信を持て、と言われても、私は元々自分自身には対して興味がないので、自信も何もない。

そう思いながらも、「ありがとう」と笑って返すと、神楽ちゃんは更に、狂ったように「うきゃああああッ!!」と甲高い声で叫んでいた。

……何が何やらさっぱり分らない。(状況が)

そんな時、ふと背後に誰かが立った気配がしたと思うと、突然肩を掴まれて、無理矢理身体を反転させられた。
反転した先には―――銀さんの珍しい真顔。


(ヤベーよコレ。マジヤバイって。あンのババア、わざとか? わざとなのかコレ? 着てるもんと髪型変えただけでこうも変わるもんなのか? ……いや、よく見りゃ化粧も薄らと……。んなことより、頑張れ俺! 踏ん張れ俺! ここで手ェ出したら神楽の暴行の餌食だぞ! ……つーか、このままを花見に連れてっていいのか? 悪い虫つかねェか? いや、絶対つく。つくってコレ。あーもー、どーすっかなァ俺……―――)
「……銀さん?」


私の肩に両手をついたまま、何だか俯いて1人でブツブツと呟いている銀さん。
何を言っているのかは分らなかったが、何故だか必死に葛藤しているようには見えた。

銀さんは暫くそのままブツブツと呟き続けて、やっと顔を上げたかと思ったら、ニヤリと笑う。
―――どうやら、葛藤は“悪魔”が勝利してしまったらしい。


チャン、俺決めたよ」
「はい? 何を……?」
「この前の沖田君のヤツもあるし、そろそろ銀さん本気で行っちゃおーかなァ、って」
「いや、だから何が?」
「いやね、あんまりが鈍いから、銀さんそろそろ我慢出来なくなってるって言うか、攻めてみようかなって言うか。銀さん基本Sだから、しかもドのつくSだから。攻める時はガンガン攻めてくけど、いいですか」
「いいですか、って。だから何の話!?」


突然、饒舌に話し出した銀さんだけれど、私にはその言葉の真意はまったく分らなかった。
いつものように、必要以上に顔を近付けてくる銀さんを見上げて、私は首を傾げる。

銀さんの顔は、どこか楽しげだ。
あながち、今の『ドS発言』は間違っていないのではないだろうか。(今頃気付いた)

銀さんは「何の話でしょーねェ?」といつもの調子で言うと、スッと私から顔を上げて、肩から手を離す。


「ま、そのうち分かるだろーぜ、にも」
「え、あっ、ちょっ……!」
「準備出来たなら行くぞォ、、神楽」


そして、徐に私の手を掴んで、神楽ちゃんに目配せして歩き出す。
私がさっきまで抱えていたはずの弁当は、銀さんのもう片方の手に攫われていた。


「あ、そうだ」
「……!」


花見会場へ向かおうと店の出入り口をくぐった直後、銀さんが不意に足を止めた。
自然と、それを見上げる私。

銀さんは横目に私を見て、ニヤリと笑って言う。




―――着物、似合ってんぜ」




…………えええェェッ!?

その、はっきりと褒められたと分かる言葉に、私は思わず赤面。
暫く俯いたまま、横でおかしそうに笑う銀さんに連れられながら桜を目指して歩くことしか、私には出来なかった。








たまには着飾れ!

(たとえ強制的にでも)









アトガキ。


*密かに監禁まがな事をされていたヒロイン。そして、それが明けても着せ替え人形にさせられるヒロイン。

*何だコレは。というお言葉は、心の中にしまっておいてください(爆)
 例の花見のお話の、プロローグ的な話です。花見に入るはずが、思いの外長くなってしまいました。
 ……でも、思いの外甘く書けて満足。次こそ原作です!





*2010年10月30日 加筆修正・再UP。