DAY after DAY 03
『叩いて被ってジャンケンポン』のルールを、ここで私が簡単に説明しようと思う。
―――本当は面倒くさいから、嫌なのだけれど。(ならやるな)
『叩いて被ってジャンケンポン』とは、一対一でヘルメットとピコピコハンマー(代用可)を使用して行う、ちょっとしたゲームである。
まず、互いにじゃんけんをする。
そして、勝った方はハンマーで負けた相手に殴りかかり、負けた方はヘルメットで防げたらよし。
防ぐことが出来ずにハンマーが頭にヒットしたら負け、という単純なものだ。
決着がつくまでエンドレスな、そんなゲーム。
私もよく父さんや君とやっていた。
まあ、父さんと君がむきになってやっているのを、傍らで見守るのが専らだったのだが。
「いけェェ、局長ォ!!」
「死ねェ、副長!!」
「誰だ今死ねっつったの!! 切腹だコラァ!!」
そんなこんなで。
総悟君の一言から始まってしまった、この『叩いて被ってジャンケンポン』大会。
先程まで私が和んでいたシートの上には、神楽ちゃん・銀さん・お妙さんと総悟君・土方さん・近藤さんの6人が、互いに向かい合うようにして座っていた。
そして、私は―――。
「えー、勝敗は両陣営代表3人による勝負で決まります。審判も公平を期して両陣営から、新八君と俺・山崎が務めさせてもらいます」
審判として立っている退君と新八君の前に、何故か座らされていた。
頭に―――『景品』と書かれたハチマキを巻かれて。
「勝った方は、ここで花見をする権利+ちゃんとお妙さんを得るわけです。……あ、ちゃんハチマキ取っちゃ駄目だよ!」
「ぅうー……だって邪魔なんだもん……」
「邪魔でも駄目」
何なんだ、その勝手なルールは。
そう思いながら頭に巻かれたハチマキを弄っていると、退君に背後から止められた。
そんな中、私と同じ疑問を抱いた新八君が、退君に言う。
「何その勝手なルール!! アンタら山賊!?」
「そうだよ、退君。それじゃ得するの真選組側だけじゃん。せめて何か万事屋側にもないの?」
「いやそういう問題でもないからねちゃん! 君、景品にされてるんだよ!?」
「何かないのって……じゃ君らは+真選組ソーセージだ! 屯所の冷蔵庫に入ってた」
「要するにただのソーセージじゃねーか!! いるかァァァ!!」
どこからともなく取り出したソーセージを差し出して、退君が何となしに言う。
私はそのソーセージに見覚えがあり過ぎて気になった。
「……私、それ見たことある」
「うん、ちゃんがこの前買い足してきたやつだからね」
「それじゃ結局得しなくない!?」
やっぱりね!
だってそれ、隊士さんに頼まれて買ってきたやつだもん!
しかも、お金が微妙に足りなくて自腹きったやつだよ! (どうでもいい)
しかし、ここでとやかく言っていても勝負は止まらない。
『ソーセージ』と聞いて、何故かやる気を出し始めた銀さんと神楽ちゃん。
そんな2人に新八君がツッコんだところで、いよいよ第1回戦の開幕である。
「それでは一戦目―――近藤局長VSお妙さん」
桜の花弁が舞い散る中、一際異色を放っているシート。
その真ん中で、近藤さんとお妙さんが向かい合っている。
心底悪い予感しかしない、私。
というか、お妙さんも『景品』に入るんじゃないの?
何で私だけ、こんなハチマキ……。
私が1人ブツブツと文句を垂れている間に、退君の掛け声とともに第1回戦が始まる。
それを目の前で見ている私は、ある意味特等席を手にしたのだろう。
それにしても―――お妙さんの目付きが危なくなっているのが気になる。
「ハイ!! 叩いて被ってジャンケンポン!!」
お妙さんがパーで、近藤さんがグー。
近藤さんの負けだ。
近藤さんはそれにいち早く気付いて、頭にヘルメットを装着し、一安心していた―――が。
「セーフじゃない!! 逃げろ、近藤さん!!」
「え?」
新八君がここぞとばかりに叫んだ。
それに近藤さんが訝しげな声を上げるが、時既に遅し。
お妙さんに目をやると、ヘルメットとハンマーを置いていた台に片足を乗せて、鋭い目で近藤さんを見降ろし、ピコピコハンマーを振り上げていた。
「天魔外道皆仏性四魔三障成道来魔界仏界同如理一相平等……―――」
「ちょっ……お妙さん? コレ……ヘルメット被ってるから……ちょっと?」
経まで唱え始め、黒い殺気をぎらつかせるお妙さんに、近藤さんも生命の危機を感じ取ったらしく、慌てて制止をかける。
しかし、その声すら聞こえないお妙さんは、最早近藤さんの“何か”を終わらせるつもりでハンマーを振り下ろした。
ドゴッ!!
ピコピコハンマーの衝撃を受けた近藤さんは、その場にけたたましい音とともに倒れこんだ。
ヘルメットには、トンカチで殴ったのではと思われるほどのヒビとクレーターが。
「ひッ……! こ、近藤さんん!?」
思わず、私はその場から後ずさり、近藤さんを見た。
見事なまでに白目をむいている。
あのピコピコハンマーのどこに、こんな殺傷能力が!?
案の定、慌てた隊士さん達が近藤さんに駆け寄ってお妙さんに非難の声を浴びせるが、
「やんのか、コラ」
というお妙さんのドスの利いた声と恐ろしい睨みによって、鎮火させられてしまった。
「ちゃん、大丈夫?」
「う、うん……」
「新八君、君も大変だね……」
「もう慣れましたよ」
あまりの状況に茫然としていると、後ろの退君が声を掛けてきた。
私は何とか意識を引き戻して、退君を見上げて頷く。
退君はそれを確認した後、半ば遠い目で新八君と言葉を交わしていた。
近藤さんが戦闘不能になるまでぶちのめされてしまった為に、この第1戦は無効となった。
しかし、お妙さんはどこかすっきりした表情で私の隣へ腰掛けて、いつものように綺麗に微笑む。
「二戦目の人は、最低限のルールは守って下さい……」
「!!」
そんな中、2戦目の掛け声も無しに始められたのが、総悟君と神楽ちゃんの対決だった。
先程のお妙さんのようにルールを無視するようなことはしていないようだが、やはり常人離れした2人の戦い。
「速ェ!! ものスゲェ速ェェ!!」
「あまりの速さに、2人ともメットとハンマーを持ったままのよーに見えるぞ!!」
隊士さん達の驚きの声。
その通り、総悟君と神楽ちゃんは目にも留らぬ速さで『叩いてかぶってジャンケンポン』の工程を行っていた。
しかも、勝負がつかない様子を見ると、互いに防ぎ防がれと悪戦苦闘しているようだ。
この2人の対決は、もう放っておくしかないな。
総悟君と神楽ちゃんの戦いを見て溜め息を零した私は、ふと、視線を銀さんと土方さんの座る場所へと向ける。
「ほぅ、総悟と互角にやりあうたァ、何者だ、あの娘? 奴ァ頭は空だが、腕は真選組でも最強を謳われる男だぜ……」
「互角だァ? ウチの神楽にヒトが勝てると思ってんの? 奴はなァ、絶滅寸前の戦闘種族“夜兎”なんだぜ。スゴイんだぜ〜」
「何だと。ウチの総悟なんかなァ……」
「―――オイッ! ダサいから止めて!! 俺の父ちゃんパイロットって言ってる子供並にダサいよ!!」
そこには、身内自慢を繰り広げながら―――酒を煽る男が2人。
「っていうかアンタら何!? 飲んでんの!?」
「あん? 勝負はもう始まってんだよ―――よし、次はテキーラだ!!」
「上等だ!!」
銀さんと土方さんは戦いそっちのけで飲み比べを始めていた。
私は思わず、頬を引き攣らせる。
何かもう……ぐだぐだじゃん。
そうこうしている間に、総悟君と神楽ちゃんの戦いが過熱し、激化し始める。
総悟君も神楽ちゃんも、ハンマーそっちのけでヘルメットを被ったままのただの殴り合いになってしまっている。
―――最早、誰もルールなど守ってはいなかった。
「しょーがない。最後の対決で決めるしかない。銀さっ……―――」
「「オ゛エ゛エ゛……ッ!!」」
「オイぃぃぃ!! 何やってんだ!」
収拾のつかなくなったゲームを、何とか軌道に戻そうとした新八君。
しかし、銀さんと土方さんは2人して、飲みすぎてダウン。(吐くほど飲むなよ)
流石の私も、些か苛々してきた。
「……銀さん、このままじゃ勝負つかないよ?」
「心配すんじゃねーよ。俺ァまだまだやれる。シロクロはっきりつけよーじゃねーか」
そう言う銀さんの顔は赤く火照っていて、目が据わってしまっている。
挙句の果てにはしゃっくりまでする始末。
「そんな状態でやるの……? やめなよ、銀さん。強くもないのに意地張ってそんなに飲むから―――」
「」
「!」
そんな銀さんと土方さんが見るに堪えて、私は思わず立ち上がって銀さんに駆け寄った。
すると、銀さんが突然、私の片手を力任せに掴んでくる。
驚いて顔を上げると、どこか真剣な顔付きの銀さん―――だが、酔っているから台無しだ。
「待ってろよォ、銀さんがすぐ、花見させてやっからよ」
「いや、もう遅いよ。後の祭りだよ」
「だァかァらァー……『景品』ちゃんは、ちょっと待っててね」
どこか楽しげにそう口にした銀さんは、私の手を離して立ち上がると、真剣を抜いた土方さんと向かい合った。
どうやら、ルールだけではなくゲーム自体まで変えるつもりらしい。
「このまま普通にやってもつまらねー。ここはどーだ、真剣で“斬ってかわしてジャンケンポン”にしねーか!?」
「上等だコラ」
何故こういう時に限って、そんな無駄な案が浮かぶのか。
私は銀さんと土方さんを見て溜め息を零した。
「お前さっきから『上等だ』しか言ってねーぞ。俺が言うのもなんだけど、大丈夫か!?」
「上等だコラ」
フラフラと覚束ない足取りで立ち上がった銀さんは誰かから借りたらしい真剣を手に、完全に意識朦朧となっている土方さんと対峙する。
今まさに、銀さん考案の『斬ってかわしてジャンケンポン』が始まろうとしているのを、私は半ば呆れた心境で眺めていた。
「行くぜ!」
「「斬ってかわしてジャンケン―――ポン!!」」
勝ったのは―――銀さん。
「とったァァァァ!!」
チョキで見事ジャンケンに勝利した銀さんは、いつもは半開きの瞼をカッと見開き、刀を横凪に払った。
確かに斬られた“それ”は、ズゥン、と重い音を立てて地へと落ちる。
「―――……」
視界に舞う、桃色。
倒れたのは、桜の木だった。
明らかに峰打ちでは斬れないそれに向かって、銀さんは「心配するな。峰打ちだ」と呟く。
その後ろでは、定春を相手にひたすらジャンケンをする土方さんの姿。
「まァ、これに懲りたらもう俺とに絡むのは止めるこったな」
「てめェ、さっきからグーしか出してねーじゃねーか、ナメてんのか!!」
ギャーギャーと、木と犬に向かって叫ぶ銀さんと土方さんを見て、新八君と退君は呆れを通り越した無感情な顔。
私はというと、ジッと、斬り倒された桜を見つめていた。
桜。
『―――楽しい? 』
桃色の、小さな花弁。
喧噪と賑やかな声。
「ちゃんもこっちに来て一緒に飲もう?」
「―――……ちゃん?」
ずっとその場に立ち尽くしていた私に、新八君と退君が声を掛けてきた。
私はハッと我に返ると、慌てて2人へ振り返る。
「うん、そうだね。……銀さんと土方さん止めたら行くよ」
「そう?」
「じゃあ、先にやってるね」
苦笑しながら、暴れる銀さんと土方さんを横目に見て言うと、新八君と退君はお妙さんや隊士さん達が花見をする場所へと向かっていった。
私はそれをしばし見届けて、銀さんと土方さんに歩み寄る。
2人とも、まだ飲み比べをするつもりらしい。
「銀さん、土方さん」
「んー……? おっ、ー」
「……」
皆とは少し離れた場所に腰かけている2人の後ろに立って、私はふうと一息つく。
そして、酔っ払い2人の頭の上に手をかざし―――。
ゴツンッ!
「あだァッ!?」
「でッ!!」
殴った。(拳で)
いきなりの衝撃に驚いて酔いが冷めたらしい銀さんと土方さんは、頭の天辺を摩りながら同時に後ろに立つ私を振り返ってきた。
土方さんに至っては、ものすごい目付きで睨み付けてくる。(涙目だからあんまり怖くないけど)
「い、いきなり何すんの、チャぁぁン!?」
「てめェ、、このヤロッ……」
「目ェ覚めました?」
「「!」」
非難の言葉を口にした2人を無視して、私はニッと悪戯に笑って見せた。
銀さんと土方さんは目を丸くして、首を傾げる。
「言いたいことがあったんだけど、酔っ払いさんには聞いてほしくなかったんです」
「だからってな……」
「殴るこたァないんじゃねーの?」
「上手いでしょ、私。拳骨」
慣れてるんです、と笑って、私は2人の間に割り込むようにして腰を下した。
いまいち納得いかなそうな表情の2人だけれど、割り込んできた私の為に身体をズルズルと横にずらしてくれる。
「―――……で? 話ってのは?」
「まさか告白? 俺だよね? 俺にだよね?」
「馬鹿かてめェは。てめェみてーな万年金欠の糖尿野郎に告白するくれェなら俺にすんだろ。なァ、?」
「ふっざけんな。年中無休で瞳孔かっ開いた危ねェ野郎にを渡すわけ―――」
「2人ともまだ酔ってるみたいだから、もう一発ずつ殴ろうか?」
「「……はい、すいませんっした」」
どうもこの2人は、似た者同士で仲が悪い。
アルコールが入ってしまっているから、より性質が悪い。
―――まあ、早く私が話せばいいことなのだが。
チラリと、私の拳を見て大人しくなった2人を確認して、私は視線を上げた。
視界一杯に広がる、桃色の世界。
こんなに桜を愛しく感じたのは、初めてだ。
「銀さん」
「んお?」
「お花見……連れてきてくれて、ありがとう」
「―――!」
「土方さんも。真選組の人達が来て、賑やかになったから楽しい。……ありがとうございます」
「……」
ヒラヒラと舞い落ちる花弁を眺めながら、私はゆっくりと、呟くように続ける。
「きっと、銀さん達と花見に来なかったら私は―――桜が苦手なままだった」
「……あ? 、おまっ、桜見るの好きだって…」
「“見る”のはね。でも、“桜”自体は……何となく、苦手だった」
桜を眺めるのは、好きだ。
のんびりとした空間でその花弁が舞う姿は、まるで桃色の、溶けることのない雪のようで。
『すぐに散ってしまうけど、その一瞬の為だけに頑張って……・咲いてくれるでしょう?』
そう言って、桜のように笑った人。
そう言って、雪のように白く、眠り続けたままの人。
―――その人は、桜が大好きだった。
「毎年、春になると、桜を見るのが楽しみで……少し、憂鬱だった」
だから、私は桜が苦手だ。
桜はあの人だから。
風に舞い、短く散る桜は―――。
「母さん、みたいで―――……辛かったから」
人を桜に例えるのもどうかと思うけれど、どうしてもそう感じずにはいられない。
「……でもね、今日ここに銀さん達と来たおかげで、見方が変わったの」
「…」
湿っぽい話をしていたせいか、2人の顔付きは少し神妙だった。
私はそんな2人に苦笑して見せる。
「桜の下にはね、人が集まるんだよ」
「……あー、花見でな」
「うん。……短い一生を散って終わらせることにしか目が行かなくて、私はそれに気付かなかった」
銀さんが誘ってくれたおかげで、私の視野はどんどん広がっていった。
土方さん達真選組の皆が来てくれたおかげで、大勢で楽しく桜の下で騒ぐことが出来た。
この世界に来て、今まで気付けなかった想いに、いくつも気付いた。
そう、桜が散る瞬間を忘れて。
そう言えばあの人の元にも、自然と人が集まってきていたと、気付いたのだ。
―――父さんや君や、私のような人間が。
「本当は、皆にもお礼言いたかったんだけど……代表者2人に言ってみました」
ニヒッ、と、私にしては珍しい笑い方をして2人を見ると、銀さんも土方さんも、優しく笑い返してくれた。
「……ま、がいいなら俺ァどーでもいいけど」
「礼なんて言われる覚えはねェが……こういう楽しみ方もいいもんだな」
「ねーねー、礼なら酌してよ、酌」
「え? ……ちょっ、してもいいけどくっつかないでよ、銀さん!」
「万事屋、てめェ……ッ」
どさくさに紛れて肩を引き寄せる銀さんを押し返しながら、騒がしい喧騒は桜の下で広がった。
感謝は桜の木の下で。
(満開に、咲き誇る)
アトガキ。
*花見と面々。桜とヒロイン。
*オチが無理矢理な上、意味不明なところは目を瞑って下さい。多分、スランプだったんです、私。
でも、ヒロインのことが少し触れられたので、結構満足。母親についてはヒロインを語る上で重要になって来る要素の一つでもあるので、母親のお話はこれからもちょこちょこ出てきます。
ちなみに、ヒロインが拳骨に慣れているのは、父親と双子の兄・君がお馬鹿な為です。
*2010年10月30日 加筆修正・再UP。
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