DAY after DAY   02




満開の桜に囲まれたそこには、花見で賑わう街の人々の声が溢れ返っていた。
チラチラと舞い落ちる桃色の花弁は、尽きることなく視界を遮り、地へと落ちていく。


「―――ハーイ、お弁当ですよー」


そんな、絶景とも言える場所を確保した私達は、早速花見を始めていた。

場所取りに行っていた新八君とお妙さんに合流した私と銀さんと神楽ちゃんの3は、シートの上に腰を下す。
そんな時、お妙さんが1の弁当箱を銀さん達へ差し出した。


「ワリーな、オイ。姉弟水入らずのとこ邪魔しちまって」
「いいのよ〜。2で花見なんてしても寂しいもの。ねェ、新ちゃん? ……それに、ちゃんにも久々に逢いたかったし」


そう言って綺麗に笑ったお妙さんは、銀さんの左隣に腰かける私に顔を向けた。


「それにしても、ちゃんその着物素敵よ。良く似合ってるし、可愛さ倍増だわ。食べちゃいたい」
「そ、そうかな? ありがとう、お妙さん(食べちゃいたい……?)」
「銀さんに手を出されたりしてない? 最近やたらと銀さんがひっついてるって新ちゃんから聞いていたものだから、私心配で心配で……―――どうなんだよ、天パ」


心配で、まではいつものおしとやかな声音で私に語りかけていたお妙さんが、最後に銀さんへ向かってドスの利いた声で訊ねる。
銀さんは顔を真っ青にして、「めめめめ滅相もない!! なァ、!」と私に縋りついてきたので、私は苦笑して小さく頷いておいた。


ちゃん、その着物どうしたの?」
「あ、これは……お登勢さんのお古を貰っちゃって……」
「そっか。僕、最初にちゃん見た時、誰かと思っちゃったよ。似合ってるね」


自分の着物の袖を少し掴んで新八君に応えると、新八君は感心したように眼鏡を上げて言った。
その言葉に、私はただ気恥ずかしげに笑うことしか出来ない。

そんな時、不意に、私と新八君の間を遮るかのように、私が用意した風呂敷で包まれた重箱が、デンッと差し出された。
差し出したのは、重箱を持っていた銀さん。


「ハイハーイ、が可愛いのは皆承知なんだよ、眼鏡。今更なこと言ってんじゃねェ。つーか、あんまジロジロ見んな」
「久々に眼鏡言われた!!」
「ムッツリ眼鏡はほっといて、さっさと花見始めるヨロシ」
「そうだなァ」
「僕ただ褒めただけなのに、何この仕打ち!?」


新八君を徹底的に(何故か)責め倒し、挙句の果てには無視し始めた銀さんと神楽ちゃん。
いつも思うのだが、変なところでこの2人の団結力は強い。

そうこうしているうちに、銀さんが私の作ってきた弁当を広げ始めた。
その横に、お妙さんの弁当が置かれる。


「お父上が健在の頃はよく3、桜の下でハジけたものだわ〜……―――さ、お食べになって!」
「あ、私のも……簡単なものしかないけど、よかったらどうぞ」
「じゃ、遠慮なく……」
「!」


早速お弁当を、と促すお妙さんに便乗して、私も言う。
それを聞いた銀さんと神楽ちゃんは、まず、お妙さんの弁当箱に手を伸ばした。
そして、その蓋を開けて中身を覗くと、2同時に首を傾げた。

2人して、顎に手を添えて考え始める。
不思議に思った私は、銀さんの横からお妙さんの弁当を覗き込んだ。
そこには―――。


「何ですかコレは? アート?」
「私、卵焼きしか作れないの〜」


漆塗りの重箱。
その真ん中に、ドン、と存在する、黒いもの。

な……何ですかコレは!?
あ、銀さんと同じこと言っちゃった。

お妙さん曰く“卵焼き”だというその物体を見て、私と銀さんと神楽ちゃんは互いに目を合わせた。
2とも顔が引き攣っている。(多分私も)


「“卵焼き”じゃねーだろコレは。“焼けた卵”だよ」
「卵が焼けていればそれがどんな状態だろーと卵焼きよ」
「違うよ。コレは卵焼きじゃなくて可哀想な卵だよ」
「―――いいから、男は黙って食えや!!」


何とかして口に入れまいとグチグチ言葉を零していた銀さんの口に、お妙さんが勢い任せにその“焼けた卵”を突っ込む。
見事口の中に入ったらしいそれに、銀さんはその場でもんどり打っていた。

そういえば、新八君がこの前お妙さんは料理が苦手、みたいなこと言ってたっけ。
……ここまで壊滅的……いや、殺人的だとは、私も想像出来なかった。


「これを食べないと私は死ぬんだ……これを食べないと私は死ぬんだ……」
「暗示掛けてまで食わんでいいわ!!」


そんなことを思っていると、横では神楽ちゃんが銀さんの二の舞いになることを恐れて、自身に暗示をかけながら“卵焼き”を口にしていた。
新八君が「目が悪くなるよ!」と、必死になって止めている。(どんな作用があるんだ)

咀嚼の度にバリバリと有り得ない音を立てる漆黒の卵焼きを生み出した張本人は、私の作ってきた弁当の唐揚げを「おいしー」と頬張って微笑んでいた。
どうも、とぎこちなく私がお妙さんに返した、そんな時。


「ガハハハ、全くしょーがない奴等だな。どれ、俺が食べてやるから、このタッパーに入れておきなさい」
「「「「「……」」」」」


不意に気配もなく現れたのは、真選組局長の近藤さんだった。
ご丁寧にも、何故か透明なタッパーを片手に、新八君と神楽ちゃんの間に座り込んでいる。

い、いつの間に……。


「何レギュラーみたいな顔して座ってんだゴリラァァ!! どっから湧いて出た!!」
「たぱァ!!」


そんな近藤さんを見るやいなや、お妙さんの平手打ちがその頬に決まった。
そのまま近藤さんに跨り、目に余る暴力を続けるお妙さんを見ながら、銀さんと新八君は冷静に話す。


「オイオイ、まだストーカー被害にあってたのか。奉行所に相談した方がいいって」
「いや、あの人が警察らしーんスよ」
「こ、近藤さん大丈夫かな……あんなボコボコに……」
「心配いらねェって。は近付くなよー。までストーカー被害に遭ったら堪ったもんじゃねェからな」


いや、流石にあの中へ飛び込んで近藤さんを救出する勇気は、私にはない(お妙さんが怖いすぎる)。

近藤さんがお妙さんに恋をしている、というのは、真選組に行っている間に何となく耳に入れていて知っていた。
お妙さんがストーカーの被害に遭っていることも、その相手が真選組局長であることも、お妙さんと逢う度に何となく話に聞いて知っていたのだが―――ここまで酷いものとは思わなかった。


「とにかくお前は気にすんな、。……しかし、世も末だな」
「―――悪かったな」
「……?」


銀さんが、ボコボコにされている近藤さんを遠目に見ながら呟いた時、聞き慣れた声が返ってきた。
その声に腰を捩じって後ろに振り返ると、そこにはラフな着流し姿の土方さんと真選組一同の皆さんのお姿が。

……皆さん、ご公務は?


「オウオウ、ムサい連中がぞろぞろと何の用ですか? キノコ狩りですか?」
「銀さん、キノコなんてどこにも生えてないよ」


出会い頭に喧嘩腰な銀さんの言葉に、思ったことを素直に口に出しただけなのに、何故か銀さんに頭をグリグリと乱暴に撫で付けられた(お前は黙ってろということらしい)。


「そこをどけ。そこは毎年、真選組が花見をする際に使う特等席だ」
「どーゆー言い掛かりだ? こんなもんどこでも同じだろーが。チンピラ警察24か、てめーら!」
「同じじゃねェ。そこから見える桜は格別なんだよ。なァ、皆?」


どうしても私達のいる場所がいいらしい土方さんが、後ろに控える強面の真選組一行に話を振る。
だが、返ってきたのは場所などどうでもよさそうな、「酒が飲めればいい」といういい加減な返答。
総悟君に至っては、


「アスファルトの上だろーとどこだろーと構いませんぜ。酒の為ならアスファルトに咲く花のよーになれますぜ!」


と、どこかで聞いたことのあるフレーズで意気込んでいる。

というか、総悟君は未成年では……?

そんな隊士の皆さんに呆気に取られた土方さんは、苛立たしげに叫ぶ。


「うるせェェ!! ホントは俺もどーでもいーんだが、コイツの為に場所変更しなきゃならねーのが気にくわねェ!! ―――って、何してんだてめェェェ!!」
「なァにって……膝枕」


そんな土方さんに、シートの上で寝転がりながら言う銀さん。
何故か私の膝の上に頭を乗せて、「アハハ、気持ちいい〜」などと言い放っている。


「銀さん、いつの間に……どいて下さい」
「別にいいじゃん。減るもんじゃねェしよ」


の膝枕サイコー、などと言って、調子に乗って私の腹へ擦り寄ってくる銀さんの頭を、ボコッと一発殴り付けた。
この着物を着てから―――というよりも、最近やたらと銀さんがベタベタしてくるようになった気がする。(いつもと言えばいつもだけど…)


「…………? おまッ、だったのか!?」
「はい?」


銀さんの頭を膝から退かして(地面に落ちて鈍い音がしたが無視)安心していると、不意に土方さんが驚いた様子で私を見下してきた。
不思議に思って土方さんを見上げると、何だか薄っすらと顔を赤くした土方さんの御顔が。

……春先に風邪ですか?
それとも、もうどこかでお酒を飲んできたのか……。


「なッ、お前、その格好……!」
「え? ……ああ、すいません。変な格好で」
「あ? い、いや、んなこたァ……」


どこか、しどろもどろとしている土方さん。
その後ろの隊士さん達も今まで気付いていなかったのか、私を見て、「おおっ!!」と不可思議な声を上げていた。

そんなに変なのか……滅多な格好するもんじゃないな。


「……! そうだ、、怪我の具合は―――どふぁッ!!」
「ひ、土方さん!?」


暫し呆然とした様子だった土方さんが何か言いかけた時、突然土方さんが何者かに吹き飛ばされた。
慌てて駆け寄ろうと腰を上げかけると、両手を誰かに掴まれてしまう私。


、お久しぶりでェ」
「総悟、君……久しぶりー……」


私の手をガッシリと掴んできたのは、いつもと違う袴姿の総悟君だった。
今し方土方さんを吹き飛ばしたのも、十中八九総悟君だろう。


「この間は本当にありがとうごぜェやした。うちの大将護ってもらっちまって……怪我の具合は?」
「え? あ、ああ、大丈夫大丈夫。完治とまではまだ言い切れないけど……もう傷口はほとんど塞がったし、ちゃんと動くよ」
「そうですかイ、そいつァ良かった……」


申し訳なさそうに眉をハの字にする総悟君に、私は笑って返した。
それに安心したように笑うと、総悟君は私の手を掴んだまま、ググッと詰め寄ってくる。


「それにしても……―――」
「?」
、その格好、イイですねィ。何か、こー……そそられまさァ。首筋とか項辺りが」
「…………はあ?」


意味の分らない言葉をかけられて私が茫然としていると、どんどん総悟君が顔を近付けてくる。
思わず顔を引き攣らせて、頭を後ろに引こうとした時。


「「何やってんのォォォォ!? お前ェェェェ!!」」
「!」
「……チッ、邪魔しやがって」


復活を果たした土方さんと銀さんが、私と総悟君を無視矢理剥ぎ取るように引き離した。
私はそれに少しホッとしていたが、総悟君は何故か忌々しげに舌を打つ。


「チッ、じゃねーよこのガキャァァァ! この前といい今回といい、うちのチャンに軽々しく手ェ出さないでくんない!? 銀さんからのお願い!」
「そんなこと言ってェ、どーせ旦那も毎日のように手ェ出しそうになってんでしょ?」
「痛い! 図星ッ! 図星突かれたァ!!」
「総悟、てめェ! 人のこと蹴り飛ばしといて、てめェはそれか!!」
「花見の席で怒鳴り散らすなんざ無粋ですぜ、土方さん。……桜の花弁に埋もれて窒息して死ね土方」
「上等だコラァァァァ!!」


最早花見ではなくなってしまっている。
私は3を止める術を持ち合わせていない為、自分の弁当を摘みながら喧騒が冷めるのを待った。

皆本当、ここに何しに来たんですか。
まだ始まってもいないのに疲れたよ、私は。

おにぎりを頬張りながら、呑気に騒ぎを傍観していた私。
ようやく喧騒が止んだかと思うと、土方さんがどこか呆れ気味に溜め息をつき、辺りを見渡し始めた。


「―――ったく、山崎場所取りに行かせたはずだろ……どこ行った、アイツ?」
「ミントンやってますぜ、ミントン」
「山崎ィィィ!!」
「ギャアアアア!!」


少し離れた場所でバトミントンのラケットを一心不乱に振り回していた退君は、総悟君が土方さんに売ったおかげで、あえなく土方さんの鉄拳の餌食となった。

とりあえず平静を取り戻した真選組の面々は近藤さんも加えて、万事屋一行とお妙さんの目の前に立ち塞がる。
意地でもこの場所を勝ち取るつもりらしい。


「まァとにかくそーゆうことなんだ。こちらも毎年恒例の行事なんで、おいそれと変更出来ん―――お妙さんとちゃんだけ残して去ってもらおーか」
「いや、はともかく……お妙さんごと去ってもらおーか」
「いや、お妙さんもダメだってば」


鼻から鮮血を垂らしながら真面目な顔で言う近藤さんだが、下心が見え見えである。
―――それよりも、私を引き合いに出して巻き込むのは止めて頂きたい。(ゆっくりさせて)

「よくよく考えたら、私まだ桜を見て和んでないな」などと考えていると、血の気の多い万事屋一行(私と新八君以外)は突然腰を上げ、真選組と向き合う。


「何勝手ぬかしてんだ。を置いてどけだァ?」
「銀さん、お妙さんもだよ」
「幕臣だか何だか知らねーがなァ」


銀さんは私の言葉を一方的に無視し、真選組相手にけしかかる。


「俺達をどかしてーなら、ブルドーザーでも持ってこいよ」
「ハーゲンダッツ1ダース持ってこいよ」
「フライドチキンの皮持ってこいよ」
「フシュー」
「案外、お前ら簡単に動くな」
「というか神楽ちゃん、フライドチキンの皮って……」


銀さん・お妙さん・神楽ちゃん・定春は、もう乗り気で。
新八君と私の突っ込みを物ともせず、41は真選組の面々と睨み合う。


「面白ェ、幕府に逆らうか? 今年は桜じゃなく血の舞う花見になりそーだな……」


そんな銀さん達にも負けず劣らず血気盛んな隊士さん達も、やる気満々な御様子。
このままでは、本当に『血の舞う花見』になり兼ねない。

―――そんなの嫌だ。(切実に)


「てめーとは毎回こうなる運命のよーだ。こないだの借りは返させてもらうぜ!」
「待ちなせェ!!」
「!」


何とかして暴動を抑えなければ、という妙な使命感に捉われながらも、何か策はないかと唸るように考えていると、不意に総悟君が珍しく声を荒げた。
今にも刀を抜きそうだった土方さんと銀さん達。
そんな間に、まさか総悟君が、こういう状況を最も楽しみそうな総悟君が(酷い)仲介に入るとは思ってもみなかった私は、少し期待を込めた眼差しで総悟君に顔を向ける。


「堅気の皆さんがまったりこいてる場でチャンバラたァいただけねーや。ここは1、花見らしく決着つけましょーや」


今ほど、総悟君を頼もしく思ったことはない。
私は思わず感動してしまった。

しかし、総悟君は私の期待をあっさりと裏切り、そう言うとどこからともなく、よく工事現場とかで見かける黄色いヘルメットと、俗に言うピコピコハンマーを手にして言う。


「第一回、陣地争奪―――叩いて被ってジャンケンポン大会ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「「「「「花見関係ねー(ない)じゃん!!」」」」」


どこか覇気のないその声に、銀さん・新八君・近藤さん・土方さんが突っ込むのに、私まで思わず参加してしまった。

状況悪化してない!?

私の期待は脆くも崩れ去り、やる気を出している銀さん達を目の前にして、平穏な花見すら諦めた私だった。








桃色、花弁、乱舞。

(いつもの喧騒も、桜に包まれて)









アトガキ。


*花見の始まり。花見の醍醐味。

*逆ハーとしては書きやすい、この花見編。ヒロイン大人気です。
 そして、すみません。まだ続きます。




*2010年10月30日 加筆修正・再UP。