呉牛、月に喘ぐ。   04




一睡も出来ないまま、夜が明けてしまった。
濃紺だった空が白く明るみを帯びてきたのを縁側からボーッと見上げながら、私は眠気もない目をお園さんから借りた寝間着用の着流しの袖で擦る。

昨日の出来事のせいか全くと言っていいほど眠気に襲われなかった私は、真選組に泊めてもらったにも関わらず、一睡も出来ずに朝を迎えた。

別に、眠るのが怖かったわけではない。
ただ何となく、あの時の身体の感覚が残っていて。
眠るには少々、気が高ぶり過ぎているような気がしたのだ。


「……帰らなきゃ」


特にやることもなく、ボーッと過ごした一夜。
よくよく考えてみると、今日は銀さん達が宇宙旅行から帰ってくる日だ。
万事屋に私がいなかったら、また無駄に心配をかけてしまう。

そう思った私は、縁側から重い腰を上げて立ち上がった。

昨日のことは、忘れよう。
怖いなら、これからは刀を握らなければいい。
きっともう、獣のような色を醸し出す”に逢うことはないだろう―――

半ば言い聞かせるように心の中で繰り返しながら、私はまだ少し痛む右頬を撫でた。
そこには、大きく分厚いガーゼがきっちりと貼り付けられていて。
肌に触れないその感覚が、ひどくもどかしかった。


(……そういえば……)


高杉さんと対面し、刀を交えたあの瞬間の恐怖と熱を思い返している中、不意に、高杉さんが手にしていた刀のことを思い出した。

柄も鍔も、鞘の細部までも白い刀。
闇の中で白独特の光を放っていた、あの刀。
とても、人を今まで斬りつけてきた刀とは思えないほどそれは真っ白で、汚れや傷一つ見当たらなかった。

もしかして、刀身も真っ白なのだろうか。
明らかに普通の刀とは違った雰囲気で。




―――なんて美しい、魅力的な刀か、と。




―――……あ……っ」


そんなことを考えながら、頭からあの刀の雰囲気が離れないことに気付く。
慌てて、誰もいないのに口を手で塞いだ。


(……何考えてんだ、私は)


誰か起きていないだろうか、と屯所の中を歩き回ると、少し先の部屋から総悟君が出てきた。
まだ寝足りなそうな顔で、寝癖のついた髪をグシャグシャと?き毟っているが、きちんと隊服に着替えている。
そんな姿に思わず小さく笑っていると、総悟君もこちらに気付いたらしく、私の方へ歩み寄ってきた。


「おはよーごぜーやす、。よく眠れやしたかィ?」
「おはよ、総悟君。……まあ、多少は」


本当は一睡もしていないということは、伏せておいた。
しかし、総悟君は妙に鋭くて、私の顔を覗き込んでニヤリと笑う。


「嘘が下手ですねェ、は」
「! ……あはは」


目の下に隈でも出来ているのだろうか。
呆気なく見破られた嘘に、私は苦笑することしか出来なかった。

ふと、総悟君の手が私の右頬へ触れてきた。
ガーゼの上からだが、微かに触れた総悟君の指先。


「……どれくらいで塞がるって?」
「さあ……でも、縫わない分多少長いって、処置してくれた人が言ってた」
「まあ、場所が場所だ。縫っちまって痕が残るよりは、長引いてでも自然に塞がった方がいいでしょーねェ」
「そうだね……」


総悟君の目は、どこか悲しそうに揺れているように感じる。
私のことでそんな目をしているのかどうかは分からないが、何だか申し訳なくなってしまった。


「大丈夫だよ、総悟君」
「!」
「私は大丈夫だから。早く……退君とか怪我した隊士さん達が良くなるといいね」


そう私が言った途端、総悟君の綺麗な顔があからさまに歪んだ。
何だか怒っているようにも見える、その顔。
しかし、それも一瞬で、総悟君は私の右頬から手を離すと、今度は私の手首を掴み、ズカズカと歩き出した。


「ちょっ……総悟君?」
「飯の時間ですぜ。一緒に喰うとしやしょーや」


総悟君の言葉に、そう言えば部屋にお園さんがいなかったな、なんて思う。
私のことを気遣って、声をかけずに厨房へと出て行ったのだろう。

……いやいや、そうじゃなくて!


「総悟君! 私、今日は万事屋に帰らないとッ……!」
「それなら心配いりやせんぜ。後で俺と土方さんがきちんと送りまさァ」
「…………えっ!!」


それはそれで、かなりまずいのではないでしょうか!

そう思う私を無視して、総悟君は食堂へと足を進めて行った。


食堂で隊士さん達と一緒に食事をするのは、今回が初めてだ。
食堂に顔を出した私を隊士さん達は快く出迎えてくれて、中には昨日の出来事を聞いたらしい隊士さんが、気遣うように声を掛けてくれた。
昨日被害に遭った隊士さんにも、何故かお礼を言われる始末。


(別に、私は何もしてないのに……)


そんなことを思いながら私は隊士さん達にぎこちなく笑顔を返し、手招きしていた近藤さんの隣に腰を下し、土方さんや総悟君に囲まれながら贅沢な朝食をとった。

食事は始終楽しげで穏やかな時間となった。
昨日、高杉さんにやられた隊士さん達も数人はすっかり元気になっているらしく、食べ物を口の中にかき込みながら、周りの仲間達と一緒に談笑している。


「……」


しかし、そんな中。
1人、浮かない表情で食事をしている隊士がいた。
―――退君だ。

昨日から様子はおかしかったのだが、今日も妙に沈んだ表情で、あまり手にされた箸は進んでいないようだった。

不意に、退君の視線が上がって目が合う。
退君は驚いたように目を丸くしていて、私が思わず苦笑して返すと、ぎこちなくではあるが引きつった笑みを返してくれた。






「退君」
「! ちゃん……」


騒がしい食事も終えて、元気な隊士さん達は各々仕事へと向かう。
私はお園さんに片付けを手伝うと申し出たのだが、事件から昨日の今日なので追い返されてしまった。
お園さんなりに気を遣ってくれたのだろう。

万事屋に帰ろうにも、送ってくれると言っていた総悟君と土方さんが近藤さんに呼ばれてどこかへ行ってしまったので、私は暇を持て余していた。
そんな時に、縁側に座ってボーッとしている退君を発見。

普段は仕事に追われている時間だけに、することが見つからないのだろう。


「おはよ」
「……おはよう」


互いに、静かに挨拶を交わして、私は退君の隣にそれとなく腰を下した。
暫く、退君と私の間には沈黙が流れる。
心地良い風が、私の頬の傷を撫でるように吹いてくる。


「……あのさ、ちゃん」
「ん……何?」
「昨日のこと、なんだけど……」


沈黙を破って、退君が口を開いた。
私は極力声を落して、退君へ真っ直ぐ顔を向ける。
退君はどこか情けないような申し訳なさそうな顔付きで、チラチラと横目で私を窺う。


「昨日は……ちゃんと話せなかったから、さ……」
「……うん」
「俺、ずっと考えてたんだ」


考えていた、とは。
昨日の、私の“異変”についてだろうか。


「刀を持ったちゃんの雰囲気が、あまりに……その……」
「怖かった?」
「い、いやいや!! 怖くはなかったよ! ただ……ただ、あまりの豹変ぶりに驚いただけというか……」
「あはは、退君と高杉さんだけだもんね。あの私見たの」


私の言葉を慌てて否定してくれる退君が何だか可愛くて、思わず笑った。
退君はそんな私に気を許してくれたのか、先程よりも少し安堵したような表情で私に顔を向けて続ける。


「俺、局長や副長達みたいに、すぐに現状把握出来なくなっちゃってて……ちゃんに辛い思いさせたんじゃないかと思って、顔合わせづらくて……ごめん」


そう言って、退君は私の方へ身体ごと向き直ってきた。
私も思わず、そちらに身体を向ける。

すると、突然、退君に両手を握りしめられてしまった。
驚いて目を丸くしている間に、握られた手は退君によって少し上へ持ち上げられて。
退君の胸の高さ辺りで止まったと思うと、結構な至近距離に退君の顔があった。


「……退君?」
ちゃん、俺、次は絶対―――君を護るよ」
「…………ッ!?」


突然紡ぎ出されたその言葉に、私はしばし呆然としてしまって。
ハッと我に返って言葉の意味を理解した瞬間、顔が一気に熱くなってしまった。

な、なんて恥ずかしい台詞を簡単に言うんだ、この人はッ……!!
しかも、違和感なくサラリと言うから怖い! (天然のタラシだ!)

そんな私に気付いたのか、いつものように優しく笑って、退君が言う。


「いつまでもちゃんに護られてちゃ、俺男として情けないしね。怪我させちゃったお詫びもしないと」
「そ、そんなことはない……けど……」
「そう? ……ちゃん、顔真っ赤だよ」
「ッ!! 〜〜〜ッ、退君が悪い!」


退君の言葉に思わず顔を逸らすと、クスクスとおかしそうに笑う声が耳に届いた。
そして「可愛いとこあるんだね」と、退君が一言付け足す。


「なっ……失礼な! 私だって恥ずかしくなることくら――……い?」
「……?」


余計な御世話だ、と思って怒鳴ろうとした私が、退君へ顔を向けた時だった。
そんな私を不思議そうに見ている退君の背後に立つ、黒いオーラを背負った2つの影。
私は思わず言葉を止めて、顔を引きつらせた。


ちゃん?」
「あ、えと……さ、退君は怪我人なので、襲うのはどうかと思われますっ……!」
「襲う……? 何言って―――」


首を傾げる退君を無視して、彼の背後にいる影へ向かって慌てて言う。
そんな私に気付いて、退君は訝しげに言葉を零しながらゆっくりと後ろを振り返り―――。


「……ひぃッ……!!」


固まった。

退君の背後には、いつの間にか来ていた土方さんと総悟君の姿。
2人とも、般若を背負ったような雰囲気を醸し出して仁王立ちしている。


「よォ……元気そうで何よりだなァ、山崎」
「ふ、ふくちょっ……!」
「女口説く元気があるなら、仕事も出来るだろィ? 山崎」
「沖田隊長、まで……!」


相変わらずの銜え煙草をギリリと噛み締めながら青筋を浮かべて顔を引きつらせる土方さんと、胡散臭いほどの綺麗な笑顔を浮かべる総悟君(黒オーラの元凶)。
そんな2人を見上げている退君の顔から、目に見えるほど脂汗が浮かび上がってきていた。

2人とも……何をそんなに怒ってらっしゃるんですか。


「その掴んでる手は何でィ、山崎」
「てめェ、怪我は自作自演とかだったらブッ殺すぞコラ」
「つか、死ね山崎」
「そうだ、死ね山崎」
「変なとこで団結すんのやめてくれません!?」


いつもならば争い合う土方さんと総悟君の間に、妙な結束力が生まれてしまったらしい。
2人は私と退君を引き剥がすと、ひたすら退君を責め始めた。


「大体、山崎てめェ、俺のに手ェ出して許されると思ってんのかィ?」
「『俺の』て……いつちゃんが隊長のものになったんですか!」
「うん、それは私も気にな―――ぅむうッ!?」


総悟君の言葉に私が割って入ろうとすると、バシンッと口を掌で抑えられてしまった。

痛い!
塞ぐなら塞ぐで、もっとソフトにやってよ!


「いーか、山崎、よく覚えとけ。『俺の物は俺の物、世界の物も俺の物。よっても俺の物』」
「どんなジャイアニズムぅぅぅ!? いくらあのガキ大将でもそこまで壮大で尊大なこと言わねーよッ!!」


退君の鋭い突っ込みは健在だった。
どうやら、大分吹っ切れて元気が出てきたらしい。

私が総悟君と2人で言い争っている退君を見て安堵して笑っていると、不意に、誰かが腕を掴んできて、無理矢理立ち上がらされた。
驚いて腕を掴む人物に目をやると、相変わらず瞳孔開き気味で目付きの悪い土方さんの姿。

カッコイイけど……怖いよな、やっぱり。
興奮すると、人って瞳孔開くとか言うよね。
……毎日、四六時中興奮してんのか、この人?


「顔に出てんぞ、アホ」
「痛ッ!」

そんな失礼極まりないことを頭の中で考えていたら、全て見透かされていたらしく、ゴツンと頭の天辺を殴られた。
大分手加減はされているだろうそれが中々痛くて(涙出てきたチクショー)、私は自分が悪いと自覚しながらも、思わず殴ってきた当人を睨み上げる。


「……何するんですか、土方さん」
「……―――ッ!」
「……土方さん?」


すると、何故か私から顔を背けて小刻みに震え出す土方さん。(大丈夫か?この人)
何だか前にもこんなことがあったような気がしたが―――それは置いておいて。

私が土方さんの顔を覗き込もうと身体をずらすと、土方さんの大きな掌がグワッと額を覆うように頭を掴んできた。
グイッ、と、無理矢理押し離される。


「何なんですか、土方さん!」
「……ッ、な、何でもねェよチビ!!」
「チっ……!」


チビだとぅ!?
確かにチビだけど!
45歳差がある神楽ちゃんと2cmくらいしか身長変わらないけど!!

こちらの世界に来て初めて言われた単語に、思わず土方さんへ喰ってかかろうかと思った私。
だが、ここで騒ぐとまた面倒なことになって、帰りが遅くなってしまう。

そうだよ、私が大人になろうじゃないか。
万事屋へ、一刻も早く帰るため。
万事屋へ……帰る……―――。


「あっ!!」


咄嗟に声を上げた私に、土方さん・総悟君・退君(なんかボロボロだった)の視線が集まる。
私は辺りを見渡して時計がないか探したが見つからず、仕方なしに土方さんの着ている隊服の上着のポケットに、勝手に手を突っ込んだ。


「なっ、おまっ、何してんだコラァ!!」
「携帯見せて下さい、土方さん!時間……今何時ですか!」
「は? ……んだよ、そんなことで騒いでんのか?」


私の突然の行動に驚いた様子の土方さんは、慌てて私の手を掴んでポケットから引き抜く。
残念ながら、私が手を入れたポケットには携帯電話や時計はなかったらしい。

土方さんは訝しげに私に言いながら、私が突っ込んだのとは違う、隊服の内ポケットを探り始めた(懐に忍ばせていたのか)。


「ほらよ。まだ昼前だぞ」
「いや、昼前っていうのは分かってますけど……まだ、大丈夫かな」


スッと私の目の前に携帯電話の画面をかざして見せてくれた土方さん。
私はその画面に表示された時計を見て、それほどまだ時間が経っていないことに安堵し、胸を撫で下ろした。


「そういやァ、今日旦那達帰ってくるって言ってやしたね、
「うん。万事屋で留守番してることになってるから、皆が帰ってくる前には帰らないと……」
「旦那うるさそうだもんね……」


そうなのだ。
まだ午前中だとはいえ早く万事屋に戻って、あたかも「ずっと待っていました」的な装いをしなければ、私は今度こそ銀さんとマンツーマンで日々を過ごさなければならなくなる。


「(旦那も独占欲が強いというかなんと言うか……)でも、帰っても『ずっと待っていた』ことにはならねェと思いますぜ」
「…………え? 何で?」


土方さんが見せてくれた携帯電話を丁寧に折りたたんで返そうとした私に、不意に、総悟君が言った。
それに思わず首を傾げる私。

何故に?
もしかして、私の演技じゃバレそうだとか?

大丈夫だよ、総悟君。
こう見えても私、演技には自信があるから。
小学生の時に、先生や友達に「やる気無さ過ぎてそれがかえって自然だった」って褒められたくらいだし。


「何で、って……」
「……オメー、自分の顔見てみろ」
「はい?」


顔を見ろ、と言われても、鏡がないのだから見ようがない。
いまいち理解出来ていない私に、目の前の3人は心底呆れたように溜息をついた(何か最近皆失礼だな)。


ちゃん、頬っぺただよ。頬っぺた」
「頬っぺた……?」


苦笑を浮かべる退君に言われて、私は自分の頬へと手を伸ばす。
左の頬は、いつもの私の肌。
右の頬は―――ガーゼと、少しの痛み。


「………………あー」
「「いや、気付くの遅ェよ」」


自分の右頬を覆うかさついたガーゼの感触と、触れた時に走った痛みに、私はやっと現状を理解した。
というよりも、思い出した。

そうだった。
昨日の傷が、私にはきっちり残されているのだ。

頬にこんなガーゼなんて張って万事屋で待っていたら、何かがあったことなんて一目瞭然じゃあないか。
バレバレじゃあないか。

銀さんのみならず新八君にも問い詰められ、神楽ちゃんが血眼になって犯人を聞き出そうとするだろう(あの2人も妙に過保護だから)。
何故今まで気付かなかった、私。


「それに昨日の事ァ、俺と総悟で万事屋に説明するつもりだったしな。どのみち隠し事は出来ねェよ」
「……―――ッ、それは駄目!」
「!」
「え……」
「……?」


自己嫌悪に陥っていた私の耳に、何となしに零された土方さんの言葉が届いた。
その言葉に思わず肩を揺らした私は、慌てて声を上げる。
それに目の前の3人は心底驚いた様子だった。


「駄目って……何でですかィ?」
「だ、だって、高杉さんみたいな指名手配されてる人と真剣で打ち合いしたなんて言ったら、銀さん達に心配かけるし……何より、迷惑かけることになる」
「確かに心配はするだろーけど、旦那が迷惑だ何だ気にするタマかな?」
「気にしなくても私が嫌なの! ……只でさえ、万事屋の留守を任せてもらったり日常生活させてもらったりしてるのに……。それに、真選組の皆さんにも迷惑、かけちゃってるし……」


これ以上、迷惑や心配はかけられないよ。

そう続ける私に、3人は顔を見合せて困ったように顔を歪めていた。

百歩譲って、怪我をした経緯を話すのはいいとして。
昨日の全貌を話すことを、私はよしとしなかった。


特に、『高杉晋助』との接触と―――私の“癖”のことは、話したくない。


心配をかけるだとか、迷惑をかけるだとか、そんなもの、本当は建前だ。
本当は、知られて色々と言われることを、怖れているだけ。




人とは違う、異質な“癖”を知られることを、怖れているだけ。




銀さん達や真選組の面々含む人達がそんなことを気にする人達ではないことくらい、今まで行動を共にしてきた私も、例え短期間だったとしても感じ取れた。
現に、土方さん達はこうして、変わらず接してくれているじゃないか。

けれど、すでに『隠し事』がある私は、臆病者で―――。

隠したからといってどうこうなるわけでもないのに、私は怖れているのだ。


「この怪我は、隠しようがないから仕方がないけど……高杉さんと逢って打ち合ったことと、私の、“癖”だけは……話さないで、下さい……っ」


日常が変わることを。
優しさと温かみがなくなることを。
拠り所を、失うことを。

この世界での居場所を失うことが、何よりも、怖い。


「……分かった」


土方さんは小さくそう言って、私の頭をガシガシと撫でてくれた。
いつの間にか俯きつつあった顔を上げると、困ったような顔付きで、でも優しく笑っている3人の顔。


そこでやっと―――私はまた、この人達に甘えてしまっていることに気付くのだ。


(これじゃあ、結局……同じじゃないか)


そんなことを思いながらも、後戻り出来ない自分が情けなくて。
悔しさや情けなさを誤魔化すように、ガーゼ越しに傷口を強めに拭った。








恐れと傷の先に、

あるものは。


(厄介なプライド)(くだらない自尊心)









アトガキ。


*それぞれに思惑を抱えた夜が明け、また始まる1日。
 
*すっかり怪我することが当たり前になってきたヒロイン。これからもどんどん負傷してもらう事になるかと思われます。
 今回は、山崎が色々と大変だったので良いトコ取り的な。怪我だけさせて放置じゃ可哀想だったので。……カッコ良く書けてるといいな(願望)
 
 ヒロインが銀さん達に色々と話す事を躊躇う理由は、彼らに一番面倒をかけてしまっていることもありますが、一番彼らが大切だからです。困らせる事が確実なので、一切明かしません。
 真選組の面々が大切ではないのかと言われればそれはまた違って、万事屋メンバーと同じくらい大切に思ってはいるのですが。
 ヒロインが危ない状況にことごとく居合わせてしまうので話をせざるを得ず、一部については明かしています。それでも、最低限のことだけ。
 今の時点ではヒロインの中でも、一応基準があるようで。それも、これからの関係の変化で変わっていくのだと思われます。
 
 次はヒロインが帰宅。土方・総悟が万事屋へ。





*2010年10月30日 加筆修正・再UP。