呉牛、月に喘ぐ。   06




「―――んでェ? この状況は一体何なのかなァ? ちゃんよォ」
「……え、っと……」


銀さん達が帰って来て、劇的に騒がしくなった万事屋内。
普通ならば、ここで旅行の土産話の1つでも始まるのだろうが、どうやら目の前の人物はそんなものを切り出す気は毛頭ないらしい。

総悟君と刀を交えていた場面に、タイミングよく(否、悪く)帰宅してきた万事屋一行。
その場はなんとか総悟君が(いい加減に)誤魔化して事無きを得たが、今のこの状況自体が納得いかないご様子の銀さん。
同じソファーに向い合わせで座らされた私の手首を掴んだまま、目の前の銀さんはどこか苛立ったような口調で訊いてきた。


「銀さんはさァ、1日半ぶりに愛しい愛しいチャンに逢えると思ってよォ、年甲斐もなく楽しみにしてたわけよ? てっきり、が笑顔で『おかえりなさい、銀さん☆(若干誇張)』なんて出迎えてくれんのかと思ってドキドキしてたのに……何コレ? 嫌がらせですか? 出迎えがない上に家ン中で刀持って振り回して喧嘩ですか? チャンバラごっこですか? しかもここにはいないはずの人間が2人も見えるんだけど。コレ幻覚? 銀さん幻見ちゃってんのコレ?」
「あの……だから、それは……成り行きで」
「成り行きでそんなんなってたまるかァァ!!」


クドクドとした質問(というか愚痴)に答えたら、ベシッ、と頭を叩かれた。
めちゃくちゃ痛い。

叩かれた頭を摩りながら、私は少し涙目で銀さんを睨み付けた。
何も叩くことはないじゃないか、と訴える意味で睨み付けたのだが銀さんには効かず、「そんな可愛い顔しても駄目」とよく分からない返しをされてしまった。(くそう!)


「まあまあ、銀さん落ち着いて下さいよ。何か理由があるんですって。ね、ちゃん?」
「うん……」


それを見兼ねてなのか、気遣いしいの新八君が間に入って銀さんを制してくれた。
何だか、1日ちょっとしか離れていなかったのに、新八君の優しさが身に沁みる。

すると、銀さんはソファーの背凭れに片肘を乗せて、言う。


「理由って何よ? ―――その、頬の怪我と関係あんのか?」
「ッ……」


やっぱり、気になっていたのか。

銀さんの視線が私の右頬に走ったのを見て、私は思わず右頬に張り付いたガーゼに触れる。
すると、また銀さんの顔が少し、怪訝そうに歪んだ。


「……その話なら、俺達が説明してやる」
「!」


そんな時、不意に、向い側に座る土方さんが口を開いた。
自然と銀さんの視線もそちらへと向かうが、顔付きがさらに険しくなる。


「どーゆーことよコレ。つーかてめェ、何で俺んちにと一緒にいんだよ」
「だからそれを今から説明するっつってんだろ、タコ助」
「んだとコラ、だァれがタコ助だ! 勝手に人ン家に上がり込んどいて、何その態度!」
「うるっせーな! 俺ァ、元からこういう人間なんだよ! 話聞く前にぎゃあぎゃあ騒いでんじゃねェよ!」


銀さんと土方さんは、顔を合わせるといつもこうだ。
分かり切っていたのに止められなかった私が悪いのだが、話が進まない。
すると、土方さんの隣に腰を下した新八君が、2人を止めに入る。

―――ちなみに、さっきまで土方さんの隣にいた総悟君は今、神楽ちゃんと2人で騒いでいる。


2人ともやめて下さいよ! これじゃあ、一向に話が進まない……」


それに、慌てて私も頷いた。
2人はそれにピタリと言い争いをやめ、互いに舌打ちして話を切り出す。


「なら、その話ってーのを聞こうじゃねェの、副長さんよォ」
「フン―――……俺と総悟がここに来たのは、に遭った出来事をてめェに説明する為だ」
「! ……に遭った出来事?」


土方さんの口から私の名前が出た瞬間、銀さんの声音が低くなったように感じた。
私はそれに居た堪れない感情を抱きながら、視線を少しずつ自分の手元へと下げていく。

一体、土方さんは昨日のことをどう説明するつもりなのか。
『高杉さんのこと』と『私の“癖”のこと』は話すな、という私の無理難題を、受けてもらえるのだろうか。


「昨日、うちの管轄内で攘夷浪士達の斬り合いがあってな」
「―――!」
「うちの隊士も何人か、それに巻き込まれた」


土方さんの言葉に、私は弾かれたように顔を上げて土方さんを見た。
目を見開く私に、土方さんはチラリと一瞬視線をやり、話を続ける。


「その時に、偶然真選組へ来て買い出しを頼まれていたが出くわしちまった」
「……浪人の喧嘩に? が?」
「喧嘩かどうかは知らねェがな。……まあ、が騒ぎに気付いて寄って行った所に、うちの隊士が転がってたもんだから、も慌てたみてーでよ。うちのに斬りかかりそうだった浪人相手に闘ってくれたんだよ」
「闘ったって……ちゃん……」


何だか大雑把な話し方だが、土方さんの言葉に嘘はない。
驚いた様子の新八君が、私へ目を向けた。

銀さんはただ黙って、土方さんと私を見比べている。


「頬の怪我はそん時に負ったもんだ。詳しくは俺も分からねェんだが……山崎っているだろ? アイツを助ける為に、は怪我しちまったんだよ」


悪かった、と謝る土方さんに、私は何だか申し訳なくなってしまった。
銀さんはいまいち納得のいかなそうな表情で土方さんを見て、ガシガシと頭の後ろを掻き毟る。


「―――で、危なかったところにおたくらが駆け付けて、を保護してくれたっつーわけ、ね」
「ああ、そんなところだ」
「んー……まあ、の怪我の経緯は分かった」


土方さんはついでにといった感じで、私が真選組へ1泊したことも銀さんに告げる。
そのことを聞いた銀さんの顔は、何ともいえず複雑な表情をしていた。


「しっかし、何でまた俺がいねェ時に、そうやって面倒なことに巻き込まれるかねー……」
「うっ……ご、ごめんなさい……」
「別に、謝んねーでもいいけどよ……―――」
「……?」


呆れたように、溜め息交じりに言う銀さんに、思わず謝る。
すると、銀さんは私の顔に両手を伸ばしてきて、私の頬をその大きな両掌で挟み込み、包んで、グイッと顔を自分の方へ向かせる。(首が痛い)


「何でそんな危ねェ場所に飛び込んでいっちまったんだ? 下手したらオメー、そんな怪我だけじゃ済まなかったかもしんねェんだぞ。分かってんのか?」
「わ、分かってるよっ……だけど、知ってる人が襲われてるのに、放っておくわけにいかないかったし……」
「ったく……」


私に注意してくる銀さんの顔付きは、何だかひどく辛そうで、私は目の前の銀さんの顔を直視出来ずに視線を逸らす。
すると、銀さんは溜め息をついて続けた。




「無茶すんのァ勝手だがよ―――そういう無茶は、俺が傍にいる時だけにしろや」




じゃねェと、銀さんの心臓がもたねーよ。

そう言う銀さんの目が、いつにもまして真剣そのもので。
私は思わず、何度も銀さんの手の中で頷いてしまった。

不覚にも、その顔に一瞬ドキリとさせられてしまった。


「まあ、状況は大体分かったとして……その浪人ってのァ捕まえたの?多串君」
「多串じゃねェよ! てめェいつまでそのネタ引っ張るつもりだ!! わざとやってんだろ、わざと!」


『多串』に過剰反応する土方さんに、驚く私。
そう言えば前にも銀さんが呼んでたな、なんて思っていると、土方さんが新しい煙草を取り出してそれに火を灯しながら言う。


とやり合った浪人は……逃がしちまった。逃げ足の早ェ野郎でな、俺らがを見つけた時にゃ、もういなかった」
「あー? んだよ。取り逃がしたのかよ情けねェ。武装警察が聞いて呆れるぜ。それでも鬼の副長様なんですかァ?」
「うるせーよ! 確かにその通りだが、てめェに言われると何か腹立つ!!」


ふてぶてしい態度で鼻の穴に指を突っ込みながら言う銀さんに、土方さんは今にも刀を向けそうな勢いで怒鳴った。
確かに、今の態度で言われたら誰だって腹が立つ。


「つーか、てめェそんなこと聞いてどーする気だ。捕まえてたら何だってんだ?」
「そいつを正座させて膝の上に重しを乗せた挙句罵詈雑言をひたすら浴びせかけた上で殴り殺して海にコンクリ詰めして沈めてやりたい」
「何真面目な顔して怖いこと言ってんの!? ほとんどヤの付く職業の人の台詞だよそれ!」

そこまでする理由が分からないし!

そう続けたら、何故か銀さんと土方さん2人に「鈍い」と呆れられ、新八君には溜め息をつかれた(何なんだよ!)。
何だか馬鹿にされた気分だ。


「―――ーーーー!」
「? ……ぶッ!」


3人の態度に1人口を尖らせていた私に、不意に、真っ向から神楽ちゃんが抱きついてきた。
ソファーに腰を下している私の顔に、必然的にぶつかる形となる神楽ちゃんの身体。
思わずおかしな声を上げてしまって、ぶつけて痛い鼻を摩りながら視線を少し上へ向ける。


「か、ぐらちゃ……」
、私嫌ヨ!こんなサド野郎いつまでここに置いとく気ネ!」
「いや、それは私に聞かれても……」


総悟君に聞いて。

そう答えた私の後ろから、今度は総悟君の声がした。
何となく嫌な予感がした瞬間、ガバリと、ソファーの背凭れ越しに後ろから抱き付かれる。


「ちょっ、総悟君!?」
「俺がどこにいようとてめェにゃ関係ねェだろィ、チャイナ」
「無視ですか!」


ものっそい恥ずかしいから離れて!

私の考えなど露知らず(もしかすると知っていてからかっているのかもしれないが)、少し顔を後ろへと向けると、私の左肩に顎を乗せて、私の前に抱きつく神楽ちゃんに悪態付く総悟君。
私は完全に無視され、私を挟んだまま2人はギャーギャー言い争いを始めてしまった。

騒がしくなる2人の喧騒を止めたのは、間に挟まれた私の「助けてくれ」という視線をくみ取ってくれた銀さんと土方さんだった。


「いい加減にしとけ、神楽。……つーかに抱きついてんじゃねェよ、てめーら。羨ましすぎんだよコノヤロー」
「あっ!! 離すアル、銀ちゃんっ!」


バリッ、と音がしそうな程見事に私の前から引き?がされた神楽ちゃんは、銀さんに襟首を掴まれた状態のままジタバタと暴れた。

うん……可愛い。
可愛いんだけどね、神楽ちゃん……あのまま暴れられたら、私死んじゃうから。


「てめェもだ、総悟。どさまぎで女に抱きついてんじゃねェよ」
「本当は自分もしたいくせに。ムッツリ土方、キモイんだよ死ね」
「てめェいい加減にしろよコノヤロォォォォ!!」


一方の総悟君は、土方さんに首根っこを掴まれていて。
辛辣な言葉を土方さんに浴びせかけた挙句、舌打ちまでしていた。(どこまでも邪悪だな)

そんな総悟君に一言二言怒鳴った土方さんが、1つ大きなため息をつく。
そして、ソファーで開放感に浸っている私に顔を向けてくる。


「説明は一応済んだから、もうここにゃ用はねェ。俺達は屯所に帰らせてもらうぜ」
「へ?」
「おー、そうかいそうかい。さっさと帰れや」
「てめェに言われるとホント腹立つなァ! 大体てめェは―――」
「帰りますか! そうですか! わざわざここまでありがとうございました!」


この2人はこれ以上同じ空間にいさせてはいけないと直感し、私は慌てて土方さんの言葉を遮って、言った。

一瞬面喰った顔をした土方さんと総悟君だったが、私にそう言われてようやく「帰る」と言って玄関へと足を向ける。
私はそんな2人を見送ろうと、ソファーから腰を上げようとしたのだが、不意に、隣に座っていた銀さんに制止されてしまう。


「……銀さん?」
はいい。新八と神楽の話でも聞いててやれよ。俺が沖田君達見送るから……玄関まで」
「近ッ! せめて下まで送るとかして下さいよ、銀さん! 人として」
「うっせェ眼鏡! 誰が好き好んでむさい男2人をそこまで見送りするかァ!!」


珍しいことに銀さんが2人の見送りに名乗り出たので(玄関までらしいが)、私は暫し目を丸くしていた。
でも、一瞬銀さんの視線が私の頬に走ったのを見て、気を遣ってくれているのだと分かり、私は突っ込む新八君の後に「お願いします」と苦笑する。


「じゃあ、……気は進まねェが、今日はこの辺で失礼しやす」
「うん。またね、総悟君。土方さんも、色々とありがとうございました」
「ああ―――……怪我、ちゃんと治せよ」


最後にそう交わして、総悟君と土方さんが出て行って、それを銀さんが億劫そうに追って扉が閉まった。

先程までの騒がしさが嘘のような万事屋内。
そんな中、また神楽ちゃんが私に再び抱き付いてきた。


「……神楽ちゃん?」
ー、まさか危ない目に遭ってたとは思わなかったネ。……私達がいなくて、寂しかったアルか?」
「!」


私の腰に両腕を回して、胸元に顔を埋める(結構恥ずかしい)ようにして前に抱きついてくる神楽ちゃんの言葉に、私は思わず目を丸くして、向い側に座る新八君を見やった。
新八君は私と目を合わすと、小さく肩を竦めて苦笑する。


「……寂しかったよー。色々と、大変だったしね」
「そんな寂しかったに、私土産話たくさんあるアル! 聞いてほしいネ!」
「土産話? ……あ、旅行の? 聞く聞く。約束だもんねー」
「ネー」


そう言いながら首を傾げて神楽ちゃんの頭をグリグリと撫でる私を真似て、神楽ちゃんも小首を傾げて笑った。

ホントに、この子は可愛すぎだッ……!
妹にほしーなー……もらっちゃおうかなー……。(危ない)


「あ、なら僕も混ぜてよ。色々あったんだよ、こっちも」
「? そんなに楽しかったの?」
「楽しいなんてもんじゃなかったヨ!」
「そうなんだよ。実はね……―――」


神楽ちゃんがあまりに可愛くて。
新八君の小言が、何故か心地良くて。
銀さんの気遣いが、身に沁みて。

おまけにあんな憂鬱な1日を過ごしてしまった後なので、より神楽ちゃんや新八君、銀さんが側にいてくれることが癒しに感じて、私は緩む顔を何とか取り繕いながら、神楽ちゃんと新八君の土産話を聞いていた。





***************





昼の時刻が過ぎたということもあってか、通りは夜ほどではないにしろ、少しずつ賑わってきていた。
おそらく、夕飯の買い物にでも行っていたのだろう親子連れやら、どこかの星の天人の姿やらがそこら中を右往左往してひしめき合っているのをボーッと眺めながら、俺は招かざる客2人に言う。


「なんか知んないけど、色々世話かけちまったみてーで。……アリガトヨ」
「何で最後だけ片言? 心が全くこもってねェよ」
「何? 気持ちのこもったお礼してほしーの? お礼のちゅーとか? 嫌だぜ俺ァ。すんのもされんのも。ならいいけど」
「いらねェよ!!」


おー怖ッ。
目ン玉ひん剥いて怒りやがんのね、土方君。(これだから冗談の通じねェ奴は)

俺のボケを怒鳴って一掃した鬼の副長様は、いつものように煙草を燻らせて、ひどい目付きで俺を睨む。
その横で、先程までの勢いはどこへ行ったのか、だらけきった表情の腹黒ドS王子が「仕事ダリーなァ」とか呟いている(俺もダリーよ)。

結局、新八に言われた通り、万事屋の下の階まで見送りに来てしまった俺は、早々に切り上げようと軽く手を2人に向かって振ってみせた。


「んじゃ、見送りここまでだから。さっさと帰れー、チンピラ警察2人組」
「何だァ! その見送る気ゼロのテキトーな言い方ァ!!」
「うるせェ!! 俺ァ早く戻ってとイチャコラしてーんだよォ!」


やっぱりこいつは駄目だ。
根本的に、駄目だ。
話が一向に進まねェよ、こいつのせいで!

そう頭では分かっているものの、反論せずにはいられない俺。


「あーもう、それくらいにしてくだせェよ、2人とも。……面倒くせェな」


「どーやって見送りゃいいんだよ、ええ!? 『また来てね』とでも言ってもらいたいのか! 彼女の如く爽やかな見送りをしてもらいたいのか!」、「ちげーよアホ! 気色悪ィこと言うな!」などというやり取りを繰り広げる俺と土方の間に、漸く沖田が割り込んできた。
聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたが、この際無視だ。


「―――旦那。のこと……くれぐれも、よろしく頼みますぜ」
「……あ?」


不意に、そんな沖田がいつになく神妙な顔付きで、呟くように言ってきた。
それに、俺は首を傾げて訝しげに眉を寄せる。


「なーに、改まっちゃって。てめェらに言われんでも、俺ァ―――」
が遭った攘夷浪士は、逃がしちまったんだ」
「! ……」


よろしくしてる、と続けようとした俺の言葉を遮り、今度は土方が口を開いた。
俺は、更に顔を顰めて訝る。

何だってんだ、一体。
今更どーしたっつーんだ。

口に出すのも面倒で、目だけでそう土方と沖田を見ると、2人して神妙な顔付きで俺を見てくる。


「攘夷浪士を、真選組が逃した」
は相手の顔をはっきり見てる。それなら、相手も同じことっつーことですぜ、旦那」


つまり、それは相手の攘夷浪士がを狙うって、ことか?
顔を見られたことで、口封じの為に?

そんな馬鹿なことがあるものか。
世の中、昔と違うとはいえ、攘夷浪士なんぞウヨウヨいる。
そのうちの1人が、たった1人の町娘に顔を見られたからといって、動くはずもないだろう。
ましてや返り討ちに一度あっているような状況で。


―――なら、それ以外に狙われる理由が……?


「いいか、万事屋」
「……あ?」


顔を顰めたまま黙った俺に、土方が念を押すように言う。


「俺達ァ、腐っても幕府の特殊警察部隊。そこいらの侍や同心たァ、鍛え方も腕も違う」
「……」
「そんな俺達……真選組が、負傷を許し、逃しちまった奴だ―――……分かるよな?」
「……―――ッ!」


こいつらは遠回しな言葉で、何かを俺に分からせようとしている。
俺は意味深な土方の視線と物言いで、何となく状況を感じ取る。

つまり、は。

こいつらでも手を焼くような野郎を相手にし、負傷。
そして、相手に顔を覚えられ、自身もはっきりと、相手を覚えている。
その相手は―――いつかまた、に逢いに来る、可能性がある。

流石に、ここまで言われて理解出来ないほど、俺も馬鹿じゃない。
俺がそこまで理解に及んだことを察したらしい土方と沖田は、漸く俺に背を向けて、人波に乗るように歩き出す。


「旦那ァ、をしっかり見ていてやってくだせェよ?」
「―――アイツ自ら、刀を握るような状況にならねェよーにな」


背中でそう言い捨てて、チンピラ警察2人組は町中へと消えていった。
俺は、暫くそのまま2人が消えた先を見つめていたが、ふと視線を自分の店の看板へと移し、頭を掻く。


「……何だってんだァ、チキショー……」


何だかよく分からねェが。
俺の居ぬ間に、が面倒事に巻き込まれていたことは、確からしい。
しかも、それは現在進行形で、だ。

俺はガシガシと頭を掻き毟った後、万事屋へ戻る為に階段を上って行く。
そんな中、思うのは―――他でもない、のことで。


(何で……―――)


何で、俺に直接話さねェのか、とか。
危ねェ目に遭った後、1番に駆け付けるのが俺じゃねェのか、とか。
何故、土方と沖田の方が、を分かってるような顔してんのか、とか。

下らねェ嫉妬や、自分のタイミングの悪さに対しての後悔だとかに、苛まれるだけの俺。


(……情けねェの)


半ば自嘲しながら、万事屋の玄関を渡って居間へと進んだ。
目の前の扉を開くと、ソファーに座って談笑するガキ共と、。(あ、もガキか?)

おーおー、新八も神楽も嬉しそうな顔しちゃって、まー。
神楽に至っては、またにひっついてやがるし。


「じゃあ、旅行どころじゃなかったんだねー……―――あ、銀さん!」
「……ん。おー」


羨ましいなァガキは、なんて思いながら馬鹿みたいに突っ立っていた俺に気付いたが、こちらに顔を向けて小さく笑った。
俺はそれに軽く応えると、の隣にドカリと腰を下す。


〜、銀さん疲れた」
「ははは、お疲れ様ー」


微かにだが、いつもより不自然に笑うを気にかけながらも、俺はいつもの調子でに傾れかかった。
そのの身体の柔らかさに少し安堵していると、いつもは嫌がるがジッと俺の腕の中に収まっていることに気付く。
怪訝に思って顔を上げた俺や、新八・神楽に、が言う。


「お帰り、3人とも」


その笑顔がやけに綺麗で、俺は只ならぬ不安を抱かずにはいられなかった。


(……ほらみろ)








戻ってきた、非日常。

(そうやって―――お前は無理して、笑うんだ)









アトガキ。


*現状と、ヒロインの危機をようやく把握する銀さん。少しずつ積み重なって来る不安、不満、戸惑い。

*これでようやっと、原作沿いを織り交ぜながらのメインな話が始まっていきます。勿論言わずもがな、高杉さんには活躍してもらいますよー。
 
 さて、次の話は少し閑話的な話。銀さんとヒロインの話ですが、きちんとこの話ともつながっているので、ご心配なく。
 そして、若干いつもより甘めな話になってます!頑張った!




*2010年10月31日 加筆修正・再UP。