呉牛、月に喘ぐ。 06,5
銀さん達万事屋メンバーが、宇宙旅行(実際はトラブルだらけで旅行とは言い難かったらしいが)から帰ってきた日の夜―――。
思いの外、宇宙旅行の話で盛り上がってしまった私達は、新八君も含めた全員で万事屋に寝泊まりすることとなった。
とは言っても、神楽ちゃんは万事屋に住んでいるし、私も毎日ではないにしろ万事屋で寝ることが多いので、ただ単に新八君が泊まるというだけなのだが。
「……うー……」
そして、時刻は既に深夜0時近く。
風呂を借りた私は、湯上りで濡れた頭を乾かさないままタオルを被って、万事屋の事務所である居間のソファーに1人、座って唸っていた。
銀さんは今、風呂だ。
珍しく、私達に先に風呂へ入るように勧めてくれたのだ(いつもは頑なに一番風呂に入りたがるのに)。
神楽ちゃんと新八君は風呂に入ってさっぱりしたのか、とっくに寝てしまっている。
神楽ちゃんはドラえもん(押入れ)で、新八君は銀さんと同じ和室。
―――ちなみに、私は新八君も万事屋に泊まる場合はいつも、この居間に布団を敷いて寝ている。
新八君がいない時は色々と思考錯誤して、銀さんと同じ部屋で布団を並べることもあるのだが(結構度胸がいるんだ、これが)。
まあ、それはどうでもいいとして。
ソファーに腰を下して若干前屈みになり、私は目の前の鏡(自費で購入)をジッと見つめていた。
四角く縁取られた鏡に移るのは、当然私の顔で。
私はそんな自分の顔の右頬にある傷を見て、顔を顰めているのである。
「傷口、パックリだよ……何かグロイな」
鏡で自分の顔を見ながら独り言を言う私は、傍から見れば滑稽以外の何物でもないだろう。
傷口の少し下の頬を、指先で恐る恐る下に引っ張ると、パックリと開く皮膚。
出血もまだ少しあるが、流れ出るほどではない。
でも、指先を動かす度に開く傷口を見て、私は少しげんなりとしてしまう。
……一体いつ塞がることやら。
「……とりあえず、消毒しよ」
万事屋メンバーと思う存分会話を楽しんだことで高ぶっていた気持ちが急降下していく中、一つ溜め息をついた。
そして、私がテーブルの上に並べておいた、真選組の隊士さんから頂いた医療セット(大量)に手を伸ばそうとした時。
「―――風邪ひくぞォー」
「ぅひあッ……!?」
突然肩にポスリと何かが乗っかり、耳元で気だるげな低い声が聞こえて。
私は思わず、おかしな声を上げて肩をびくつかせた。(恥ずかしい!)
慌てて後ろを振り返り、視界で揺れるタオルを手でどけると、そこには、ニヤニヤと口元を歪めた銀さんの顔。
風呂上りのせいか、妙にさっぱりしたようなその顔が何だか腹立たしい。
「ビックリしてやんの。かーわいー、ー」
「ぎ、銀さっ……! ……ッ、気配殺して背後に立たないでよ!」
「悪ィ悪ィ。何か……1人で鏡と睨めっこしてる見てんの楽しくってよ」
全部見られてた……ッ!!
ニヤニヤした顔を隠そうともせずに言う銀さんは、あたふたする私の隣にドカリと腰を下してきた。
風呂上りでも天然パーマは健在で、肩にタオルをかけたまま、よく見ると手に苺牛乳のパックが握られている(毎日毎日、よく飽きずに飲めるものだ)。
銀さんはそれを一気に煽ると、甘ったるい息を吐いて言う。
「っぷはー!やっぱ風呂上がりはこれだよなァ」
「……オヤジ臭いよ」
風呂上りに缶ビールを煽る父を思い出して、私は少し苦笑した。
銀さんの方が父さんよりも若いというのに、そんな若者の仕草を見て父親を思い出す私もどうかと思うが。
「、傷の手当てもいいけどよ……―――」
「? ……ぅ、わっ……!」
不意に、銀さんが私の方へ身体ごと向いてきた。
不思議に思って首を傾げていると、銀さんの両手が私の頭に伸びてきて、ガシガシと乱暴に、頭に乗っかるタオルで水気を拭き取られる。
「ちょっ、銀さん……っ!」
「大人しくしとけって。オメー俺より先に風呂入ったくせに、頭ビショビショじゃねェか」
「そ、それは今からやろうと……いたたたたッ!」
「嘘つけ」
消毒しよ、とか言ってただろ。
そう続ける銀さんの手は、淀みなく私の頭を揺らす。
……というか、こんなことしてもらったの親だけだよ!
たまに髪の毛が引っ張られて痛かったものの、何だか気恥ずかしさと心地良さが入り混じってきて、私はそのまま、思わず顔を俯かせて大人しくなる。
「んー……よしっ、と。こんなもんか?」
「……」
暫くそのまま大人しくしていると、銀さんが頭を揺らす手を止めた。
そして、バサリと頭の上のタオルが外される。
「一丁上がり」
「……あ、ありがと……」
「どーいたしましてー」
広がった視界には、銀さんのニッと笑った顔。
私はそんな銀さんの顔をチラリと見て、小さく礼を述べた。
「……にしても、随分バックリ斬られちまったんだな」
「え? ……あ、ああ、これ?」
銀さんはタオルを手にしたまま、髪を手櫛で整えていた私の顔を覗き込んできた。
あまりの顔の近さにギョッとするが、銀さんの言っていることが分かって、右頬を指差す。
「女が顔に傷作るなんざ―――」
「あー、いいよ。銀さんが言いたいことは、何となく分かってるから」
「……そ。ならいいけど」
私の右頬へ視線を走らせた瞬間、顔を顰めて言った銀さんの言葉を遮って、私は言った。
このまま言わせておくと、またお説教になってしまう。
いまいち優れた表情を浮かべない銀さんだったが、私が苦笑するのを見て諦めたのか(それとも呆れたのか)、テーブルの上に避難させておいたらしい苺牛乳のパックを手にして、また煽り始める。
いい加減、苺牛乳を毎日飲むのを止めた方がいいのだろうかと思案する、今日この頃。
まあ、止めても無駄だろうが。
「……あ、神楽ちゃんと新八君はもう寝ちゃったよ」
「ん? おお、そーか。早ェなオイ」
「私にたくさん話してくれたから疲れちゃったんだよ」
旅行も散々だったみたいだし?
取り留めのない会話をしながら、私は鏡を見て傷の手当をする。
ふと、頬にガーゼを張り付けている最中に、横から刺さってくる視線。
「……銀さん」
「ん?」
「そんなに見つめられても……困るんだけど……」
視線だけをそちらに向けると、ジーッと私の顔を見つめてくる銀さん。
何だか今日はおかしいな、などと思っていると、銀さんがソファーから徐に腰を上げた。
「、お前もう寝る?」
「……へ? う、うん。これ終わったら布団敷いて寝るつもり、だけど……」
「そっか。……よし」
何が「よし」なのだろうか。
銀さんは何か思い立ったかのように席を立ち、寝室である和室の方へと向かって行って、襖の奥へと姿を消してしまった。
……寝るのかな。
何だったんだろ……?
銀さんの行動が理解出来ない私だったが、銀さんが和室へ消えたことで寝るのだろうと当たりをつけ、ガーゼをテープで張り付ける。
テープが剥がれないことを確認して、私も寝ようとソファーから腰を上げかけた。
―――が。
「ストーップ」
「おぅッ……!?」
誰かが、立ち上がろうとした私の肩を後ろから掴んで、ソファーへと押し返した。
小さく尻餅をつく形になった私がおかしな声を上げていると、背後の気配が動いて私の隣へと移る。
私は少し呆れた風に溜め息を零して、隣に身体を向けた。
「……何、銀さん? 寝たんじゃなかったの?」
「ガキ共と一緒にすんじゃねーよ。俺ァ基本より先にゃ寝ねェだろ? それに、ちゃんからの『おやすみのチュー』がないと、銀さん安眠出来な―――」
「今まで一度たりとも『おやすみのチュー』なんてしたことないんですけど」
ふざけた口調で話す銀さんに、微かに口を尖らせる。
ぶっちゃけ、私は今眠いのだ。(よって早く床につきたいのだ)
そんな私の考えを察したのか、銀さんは小さく苦笑して見せると、私の目の前に小さな袋を差し出してきた。
「?」
例えるなら、文庫本くらいの大きさの、小さくて綺麗な柄の紙袋。
私はそれを一度見て、訝しげに銀さんを見上げた。
すると、銀さんは「早く受け取れよ」と、何だか素っ気ない感じで紙袋をズイッと突き付けてくる。
「……何? これ」
「いーから。開けりゃ分かる」
「ふぅん……」
とりあえず、差し出されている物を受け取った私。
紙袋はそれほど重くもなく、本のようなかさ張りそうなものが入っている様子もない。
私は一度銀さんに目配せしてから、紙袋を開けた。
その中身は―――。
「……飴玉?」
瓶詰めされた、色とりどりの綺麗な飴玉と、もう1つ、小さな藍色の巾着袋。
私は紙袋から飴玉の入った瓶を取り出して、テーブルの上に置く。
「どーしたの、これ? 綺麗だね」
「あー……そいつはおまけだよ。そっちの巾着の方買ったら、貰った」
「え、こっちがメイン?」
呆気に取られた私の声にコクリと頷くと、銀さんは紙袋に手を突っ込んで巾着袋を取り出す。
目を丸くしている私をよそに、銀さんは藍色の巾着袋の小さな口を指先で開いて、中に指を突っ込む。
そして、その中からキラキラしたものを取り出して、私の目の前に掲げた。
「ほら」
「う、わぁっ……」
目の前で揺れるのは―――三日月、半月、満月型のトップがついたペンダント(ん? ネックレスか?)。
金色にキラキラと輝くそれらは、銀色のチェーンに通されていて。
自然と、魅入ってしまっていた。
「すごい、綺麗……これ、どーしたの?」
「『どーしたの』って……アレだよアレ。あーっと……アレだよ」
「『アレ』じゃ分かんないよ」
何だか照れくさそうに頭を掻いて言う銀さんに、私は訳が分からず首を傾げる。
何なんだ、と思いながら、視線をネックレスに釘付けにしていると、不意に、苛立ったような声を上げて、銀さんが私に手を伸ばしてきて。
「……だァァァ!! もォォォォ!!」
「ぅええ!?」
伸びてきた銀さんの腕は私の首筋を掠めていって、肩に腕を置くような状態で止まる。
私が思わずおかしな声を上げている間に、首の後ろで銀さんの手がゴソゴソと動き、パチリと何かが止められる音がした。
「オメー、俺らが家出る前に、言ってただろ」
「え……?」
するりと腕が引いたと思ったら、銀さんは私の首にかかった物に手を添えて、私の首元でそれを弄る。
視線を落とすと、そこには、先程銀さんから見せてもらったネックレス。
相変わらず、光に反射してキラキラと輝いている。
そして、私は銀さんに旅行前に言った言葉を必死に思い出して。
『何かお土産あったら買ってきてね。楽しみにしてるから』
「―――あ」
「思い出したか?」
「うん……」
そうだ。
確か玄関先で、旅行へ行くのを渋っていた銀さんに、そんなことを言って上手く言い包めたのだ。
宇宙旅行の土産―――。
咄嗟の私の言葉を、銀さんはこうして実行してくれたのだ。
「ホントは旅行先でちゃんとしたもん買ってやろーと思ってたんだけどよ、色々とめんどくせー事んなっちまって……」
「ああ、ハイジャックに遭ってどっかの星に不時着して、ってヤツ……」
「そーそー。んで、に土産ねェのも悪ィからよ。そん時逢った俺の……知り合い? まあ腐れ縁の馬鹿から買ったんだよ。一応あれでも商売人だからな」
結構奮発したつもりよ、と言って笑う銀さん。
それを見て、何故か不思議と安心してしまう私。
「その3つの月、どっかの星の特別な物質で出来てるらしくてよ。どこででも微かな光で反射して輝くんだと」
「へぇー……」
私は首にかかるネックレスに手を伸ばして、掌に乗せる。
一度じっくりと、その金色の、キラキラした月達を見た後、銀さんに向かって言った。
「いいお土産、銀さんからも貰っちゃったね」
「……あ?」
「これで、私がどこに行っても銀さんが見つけてくれるから、迷わなくてすみそう」
ヘラリと笑って見せると、銀さんは何だか困ったように笑っって返してきた。
「ッ、あーもう、ホント―――……お前には参るよ」
「え、ちょっ……!」
小さく呟くように零した後、銀さんは何を思ったのか私に身を寄せてきて、肩を通して腕を回したと思えば、私の首筋辺りに顔を埋めて来た。
状況をハッとして理解した私は思わずアワアワとするが、背中に回った銀さんの腕に力が篭った気がして、身を固くする。
「……なァ、」
「う、え、あ……な、何…?」
「お前、俺らに何かまだ、隠してんだろ」
「―――!!」
不意打ちの言葉に、肩が震えた。
それは、高杉さんのこと?
それとも―――私自身の、こと?
図星を突かれて、口を噤む私。
そんな私の肩に顔を埋めたまま、銀さんは続ける。
「別によォ、無理して話す必要なんてねェけど。俺らまだ付き合い短けーし? 俺だって……お前に話せねェことくれーあるし」
でも、と続ける銀さんの顔が、上がった。
いつもは死んだ魚のような目だなんて言われている、その深い色の瞳。
気だるげだけれど、確かに力のあるこの眼が、私は少し苦手だ。
全て、見透かされているように感じる。
―――否、実際、見透かされているのだ。
「無理して笑うくれーなら、俺に全部吐き出せ」
「……え」
真正面から見つめてくる目が、鋭く光った。
「……怖かったんだろ?」
「!」
「無理して独りで抱え込む必要なんて、ねェんじゃねーのか?」
「ッ……!」
見透かされて、いる。
「笑えねェのに、無理して笑うな」
私自身が、誤魔化した想いを。
「しょっちゅう泣かれちゃ対処に困るが……オメーは、違ェだろ」
全てを。
「縋る場所が欲しいなら―――俺がくれてやんよ」
奥の、そのまた奥に仕舞い込んだはずの、私の想いを。
寸分狂わずに、読み取られた。
見ていないようで、実は全て見ていてくれている銀さん。
欲しい言葉をくれる人を、異世界で見つけることになるなんて思わなかった。
こんなに嬉しいのは、こんなに気持ちがこみ上げてくるのは、初めてだ。
―――だけれど。
(駄目だ、泣くな……っ)
熱くなる目頭。
潤む視界。
甘えちゃいけないと、決めたじゃないか。
この世界で生きていける場所を作ってもらっただけでも、銀さん達に縋っているじゃないか。
これ以上は。
「……?」
「……ッ」
泣きそうな今の顔を銀さんに見られまいと、私は銀さんの甚平の脇腹辺りをギュッと掴んで、銀さんの肩に額を擦り寄せる。
私のくだらない自尊心が、それ以上手を伸ばすことを拒絶した。
「……ありがと、銀さん」
「んー?」
「その言葉だけで……十分だよ」
感謝の気持ちが、この言葉だけで伝わっただろうか。
背中に回った銀さんの腕が、またきつくなった。
ごめんね、銀さん。
今はこんな言葉しかあげられないけど。
「もう十分……―――私は皆に、縋ってるよ」
ちっぽけな言葉しか、言えないけれど。
隠し続けることが怖くなってきた私の、縋る場所は、銀さん達だよ。
ゆっくり上げた顔を覗き込んできた銀さんの目は、ひどく複雑そうに歪んでいた。
***************
真夜中の万事屋内は、ひどく静かだ。
居間のソファに腰を下したまま、何となくボーッとしていると、背後から静かな寝息が聞こえてきた。
―――だ。
泊まる時は和室で寝ろといつも言っているのだが、新八が泊まる時は頑なに、この家具が詰まった狭い部屋で隙間を見つけ、そこに布団を敷いて寝ている。
たまに、無理矢理和室の俺の隣で寝かせることもあるのだが、そこらにあるもので器用に壁を造り出して、布団を離して寝るのだ。
俺の隣で寝るのがそんなに不安なのか。(悲しいよ、銀さんは)
まあ、そんなことはどうでもいいとして。
ソファーの背凭れ越しに後ろを振り返ると、布団の上で毛布にくるまって眠るがいた。
いつも思うのだが、暑くはないのだろうか。(夏も近いことだし)
「……ったく、人の気も知らねェで」
気持良さげに寝やがって。
普段では見られないくらい穏やかな表情で眠るを見て、俺は心底重い溜め息を零す。
とりあえず俺も寝るか、とソファーから腰を上げて、和室へ足を向ける。
『もう十分……―――私は皆に、縋ってるよ』
そんな俺の足下で変わりなく転がるを見降ろして、ふと、俺は先程が呟いた言葉を思い出した。
何が。
何が、十分縋ってるって―――?
ふざけんな。
思わず苛々して、俺は小さく舌打ちする。
毎日のように、ふざけてを抱きしめる俺が、密かに毎回思っていたことがある。
―――こんなに小せェ奴が、何を必死こいて耐えてんだか、と。
と出逢って、それなりに日が経つ。
こうして生活を共にすることも多くなって、間近に感じる存在―――俺にとっては、神楽や新八と同じ存在。
でも、確かにガキ2人とは違うような―――一風変わった、特別な存在。
知り合った当初こそ、俺達の空気に戸惑いを見せていただが、最近ではすっかり打ち解けて、毎日楽しそうだ。
出逢った当初よりも笑うことが多くなったし、表情も目に見えて変わるようになった。
しかし。
一線引かれたような、あの違和感。
たまに感じる、と俺達の間に隔たる、決定的な空気の違い。
「……」
俺は無意識のうちに、の傍で腰を下していた。
顔の傍で腰を屈めて、の寝顔を覗きこむ。
「……かーわいー顔しやがってよォ」
必要以上に自分の感情をひた隠し、俺達との間に1枚、分厚くはないが簡単には壊せない壁を作っているように感じる。
そう感じ始めたのは、いつだったか。
そして、その壁を―――無償に、意地でもブッ壊してみたくなったのも、いつだったか。
ふと、の右頬を覆う真新しいガーゼが目に留まる。
自然とそこに手を伸ばして指先でガーゼ越しに撫でると、が微かにくすぐったそうに身じろいだ。
それに思わず、小さく笑う。
に対し、俺は俺らしくない感情を抱く。
他人のややこしい事情なんざ普段ならどうでもいいんだが、こいつは違う。
昔の俺ならば面倒臭がるだろう、この“感情”も―――こいつなら、違う。
「……あーあ。駄目だなァ、俺ァ」
薄暗い居間で、軽く自嘲する俺。
俺がの枕元で頭を抱えていると、不意にが小さく声を漏らした。
「……ッ、……―――んッ」
「!」
本当に、小さく呟かれたその声は、静まり返った居間にいる俺の耳に、はっきりと届いてきた。
気がした。
『ごめんなさい』
『ごめんなさい』
―――『助けて』
「―――ッ……!」
一瞬、堪らなく気持ちが揺れた。
それが怒りなのか、焦燥なのか、そんなことは分からなかったが。
「ッ、バカヤロっ……寝てる時に言ってどーすんだ……ッ」
我慢、ならなかった。
「……ッわり、……」
確かに呟かれたその言葉と、辛そうに歪んだの顔に我慢出来なくなった俺は、一言、眠っているに詫びてから、ゆっくりと顔を近付けた。
そして。
「……」
「……」
戸惑いながらも、眠るの唇の端へ、俺のそれを押し当てた。
ほんの一瞬、触れるだけの。
「……ッ、やべっ……!」
さすがに、真っ向からは無理だったが…―――め、めっさ柔らけッ……じゃなくて!!
何やっちまってんだ、俺ァァァァ!!
唇を離してからガバリと頭を起こすと、らしくなく顔が熱くなった。(どーした俺ェェ!?)
自分の口元を掌で覆い隠して、チラリと横目にを盗み見る。
先程の顔付きが嘘のように、安らかな寝顔だ。
寝顔に穏やさが戻ったことと、俺のこの行為がにバレていないことに安堵して、俺は静かに脱力。
くそっ……これじゃ思春期のガキが寝込み襲ってるみてーじゃねェかッ! (つーかそうだろ)
もう俺は、止まれそうにない。
垣間見てしまった、の闇。
惹かれたのはの“白さ”だったのかもしれないが、垣間見えた“闇”が引き金になるとは思ってもみなかった。
いいぜ、待ってやるよ。
眠っている時にしか弱音吐けねェオメーが、自分から俺達に弱音吐けるようになるまで。
独りで抱え込むことしか知らねェオメーが、自分から縋りついてくるようになるまで。
真っ直ぐ、お前に向かってやる。
それでも駄目なら、吐かせてやるよ。
縋らせてやるよ。
そういう存在に、俺が、なってやるから。
「あー……―――ドストライクだな、こりゃ」
ロリコンになっちまうんかなー、これ。
そんな俺の呟きは、の寝息と混じって真夜中の静寂へ消えた。
次の日―――。
「あ、おはよー、銀さん」
「おー…………ぅおぅ!? お、おおおおはよー!」
「? ……どーしたの? 変な声出して」
「べ、べべべ別にィィ? は今日も可愛いですねー!」
(……変な銀さん)
銀時、前途多難。
(やっべー、の顔見て思い出しちまった……)
いつも傍で。
いつまでも傍で。
君に笑っていてもらう為
の、誓い。
(糧になるのは、ひどく純粋な)(純粋すぎるほど美しく爆ぜる、この想い)
アトガキ。
*明かすことなく、甘えることもなく、ひたすら抱え込むヒロイン。ヒロインへの想いを少しずつ自覚し始め、行動に移すことを決意する銀さん。
*…………はい(何)銀さんの一方的なシリアス甘夢でお送りしました、締めくくり。今回のアトガキは、オリジナルストーリーだったことと漣の文才の無さから、少し補足的なことを語ろうかと思います。
若干というか結構長くなるので、嫌な人は飛ばし飛ばしで適当にお読み下さい。
*まずは銀さん。
「銀さんのキャラが違う」とか、「ヒロインが何を考えているのか分からない」とか、「またおかしな伏線張りやがって」とか、思う所は多々ありますが。今回の章の別名は『銀さん自覚編』。
ようやっと甘い感じにできまして、久々の銀さん視点。今までヒロインにベタベタとくっついてはいたものの、それは少し甘い感じの感情とは離れた「家族」に対するような気持ちからくるものだと思っていた銀さんが、ヒロインのちょっとした”内面”を垣間見たことでやっとこさ自覚したという……そんな感じです。それにしても……ちゅーはやりすぎ、か?しかも結構際どい場所(ちょっと後悔)
とにかく、土方さん達真選組同様、銀さんもヒロインに対して並々ならぬ複雑な想いを抱き、それを少しずつ自覚し始めたわけです。
*そして、ヒロイン。
うちのヒロインは忘れがちですが、トリップヒロインです。本編中には今のところあまり出てきてはいませんが、毎日きっと不安で、「いつ帰れるのかな」と考えながらも帰る方法を自分なりに探そうとしています。けど、それよりもこちらの世界の日常に居心地良ささえ感じ始めている今日この頃。それにすら不安と焦燥を感じ始めていた矢先、高杉晋助に出逢い、更に不安が募っていく。
そんなヒロインに銀さんが今回気づいてくれたわけですが、見ての通りうちのヒロインは『甘える』とか『縋りつく』とかいう事が極端に苦手で、結局弱音を吐くことができずに誤魔化しました。これ以上自分が銀さん達に踏み込むことも、銀さん達に自分へ深く踏み込ませることも、ヒロインは良しとしなかったわけです。誰よりも弱いのに強がり、という、少し困った性格であるヒロインの一面が、今回の話で見えていると嬉しいです。
*ちなみに、余談ではありますが、銀さんがプレゼントしたネックレスはヒロインが肌身離さずこれから付けていきます。お守り的な感覚で。
ケチな銀さんが坂本辰馬から買いました。選んだのは銀さん自身です。一目見て、何となく「あ、これいいかも」と思って買ったわけです。ヒロインへ渡す時にイジイジする銀さんが書きたかったので。
このネックレスも、これからの話に少しずつ関わってくる……かも?
*さて、長々と説明いたしましたが、オリジナルストーリーはここで一旦締めまして、次からはまた小休止ということで原作沿いへ。下らないお話です。
そして、その原作沿いの中でまた”あの人”と再会することから、また、オリジナルが始まると思われます(いい加減だな)
ではでは次回は、ヒロインの下着が……!(何)
*章タイトル『呉牛、月に喘ぐ。』→→意:水牛が月を太陽と間違えて喘ぐということ。そのことから、過度におびえ恐れることのたとえ。高杉に対する、ヒロインの心情。
*2010年10月31日 加筆修正・再UP。
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