呉牛、月に喘ぐ。 03
酷い、光景だった。
山崎の携帯から、単語の、よく分からない連絡が入って数分後。
携帯電話の画面に映し出された『高杉』の文字に只事ではないことを感じ取り、山崎が呟いた単語を頼りに向かった屯所から程近い大通りの路地裏。
そこは、その場だけ別の空間へと姿を変えてしまっていたかのようだった。
「土方さん、こいつァ……」
「……チッ」
日が沈み、不気味なほど闇に染まった路地の中、街灯の微かな光に反射して鈍く輝く、壁の血。
地に転がるのは、完全に事切れた浪人らしき人影。
辛うじて、うちの隊士達は気を失っているだけのようだが、迅速な措置が必要な程の重傷者も見受けられた。
俺と総悟も、その光景に思わず絶句する。
「こんなこと出来る奴ァ、アイツしかいねェだろーぜ」
「……“高杉晋助”、ですかィ?」
まさか、本当に奴が江戸へ来ているとは思ってもいなかった。
偶然見かけたというホームレスのジジイからのちぐはぐな通報だったので、内心これっぽっちも信じちゃいなかった。
だが、放っておいて事件でも起きようものなら、俺達の監督不行き届きだ。
少しでも疑いがあれば警戒するに越したことはない相手だけに、最近では真選組隊士総出で市中見回りへ出ていたのだが―――。
「……当たりだな」
何の目的で江戸へやってきたのかは分らねェが……これから忙しくなりそうだ。
そう考えながら煙草をゆっくりと燻らすと、不意に、総悟が路地の奥へと駈け出した。
何事かとそれを見送ると、そこには連絡をよこした山崎の姿。
どうやら、かなりの重傷らしい。
しかし、総悟が駆け寄ったのは、その山崎の隣にいた人物。
「……ッ!!」
俺はらしくもなく、肩を震わせた。
俺の目が節穴でなければ、そこにいたのは。
「―――……?」
総悟に声をかけられ、俯かせていた顔を上げたその人物の顔を見て、俺は小さく呟いた。
それと同時に、口に咥えていた煙草が、スルリと唇から滑り落ちる。
その煙草を踏み付けた俺は、慌ててそこへと歩みを進めた。
「、アンタ何でここに……?」
「……あ、あは、あはははははは」
「笑って誤魔化すんじゃねーやィ」
「ぅ、いひゃひゃひゃひゃ……」
流石の総悟も驚いているようで目を丸くして尋ねると、は突然引き攣った笑いを浮かべて、口から何とも気の抜けた笑いを洩らす。
そのの前に腰を屈めた総悟は、そんなの左頬を指で摘んでグニッと引っ張り、顔を顰めながら言った。
暫くそのまま引っ張られていただったが、近くで立ち止まった俺に気付くと、総悟の手をやんわりとした手付きで引き離し、気まずそうに俺を見上げてきた。
「えっと……その……」
の視線が、外へと逃げた。
その視線を追った先には、無造作に転がされたスーパーの袋。
その中からは大量のマヨネーズが顔を出していた。
「買い物……して、て……」
「ほー、そうかい。買い物してっと、こういう路地裏に入る用事が出来んのか? お嬢さんよォ」
「うッ……」
ジロリ、と横目に睨み付けてやると、は図星を突かれたように身を小さくし肩を竦める。
おそらく、あのマヨネーズの量からして、真選組の屯所へ来ていたのだろう。
そして、女中頭の小早川女将辺りに買い出しに出された、というところか。
ふと、俺はそんなの右頬に目をやる。
路地の暗さで今まで気が付かなかったが―――微かに見えた、紅。
「オイ、どけ、総悟」
「! ……土方さん?」
怪訝そうに俺を見る総悟を無視して横へ押しやると、今度は俺がの前に腰を屈める。
はキョトン、とした表情で、俺を見上げて。
そんなの顎に手を掛けて、半ば強引にグイッと引き寄せた。
「!? ちょっ、土方さん!?」
「うっせェ、黙ってろ」
「そんなこと言ったって……! ―――ッ、ぅあ……!」
ガタガタ騒ぐの顔を横へ向け、流れる血を親指で拭った。
すると、傷に触れてしまったのか、が小さく声を漏らして顔を歪める。
「あらら、怪我してんじゃねーですかィ、」
「い、いや、別に大した怪我では……痛ッ!」
「大した怪我じゃあねェだろーが……結構深ェぞ、この傷」
の顎を掴んだままの俺の背後から、総悟が傷を覗き込んできた。
俺が血を拭ったそばから、真新しい血がダラリと流れ出て、の白い右頬を染めていく。
頬骨の下辺りをパックリと斬られている。
明らかに、これは―――刀傷だ。
「の顔に傷付けるたァ……そこに転がってる野郎共ですかィ? 俺が叩っ斬ってやりまさァ」
「ちっ、違うよ! 私は本当に大丈夫! 大丈夫、だから……退君と隊士さん達を……」
総悟がの頬の傷を見て一瞬、殺気を帯びたのを感じ取る。
それにも気が付いたのか、慌てて総悟が刀にかける手を押さえつける。
そして、あろうことか一般人の自分ではなく、山崎達隊士の心配をし始めたのだ。
どこまで他人優先なんだ、こいつァ……。
そう思ったのは俺だけではないらしく。
総悟と俺は横目に互いを見合せて、同じように溜め息を零した。
「……総悟、と山崎、それに他の倒れてる隊士も全員、他の連中に屯所まで運ばせろ。重傷の奴らは一旦病院だ。俺はここの後始末していく」
「了解」
俺はの頬の傷を見て一度目を細めると、素早く総悟へ指示しての顎を手放した。
総悟がパトカーの方へと姿を消したのを見送って、俺は山崎に目を向ける。
「……オイ、山崎」
「……」
「死んでねェなら返事しろ、タコ」
「いでッ!」
呼んでも返事がないので思わず頭を殴り付ける。
すると、山崎は小さく呻いた。(こいつ狸寝入りした挙句シカトしやがったな)
どこか様子がおかしい山崎を、がひどく悲しげな表情で見つめていた。
「何があったかは屯所で聞く。……も一緒にな」
「……へい」
「あ……はい」
尋常ではない山崎の反応と、の小さな返事を耳に、俺は路地を見渡して舌を打った。
負傷した山崎と隊士達を寝かせた大広間には、、俺と総悟、それに近藤さんの姿もあった。
他の隊士達は、事後処理やら夜の巡回やらに回している。
近藤さんが、が話しやすいようにと手を回した配慮だ。
山崎が横たわる布団の脇に座り込んでいるの頬には、痛々しさを強調するかのような分厚いガーゼと、痺れているらしい腕を応急処置程度に温めるタオル。
頬の傷の方は、救護班の話では何針か縫わなければならないほどの深さの傷らしいが、が女で、傷があるのが顔だということもあり、自然に傷を塞ぐようにする治療を続けるらしい。
暫くは、の顔に、あの不似合いなガーゼが張り付いていることだろう。
「……ちゃん」
「! ……はい」
近藤さんの声に、一瞬肩を震わせた。
小さく返事をすると、こちらへ身体ごと振り返り、座り直した。
「あ、あの……」
「悪かったなァ、ちゃん。また、危ねェことに巻き込んで」
「え……」
少し俯き加減に声を漏らしたに、近藤さんはいつもの人好きのする笑顔を浮かべて言った。
それを聞いて、は弾かれたように顔を上げる。
「話は山崎から全部聞いた。また、ちゃんに助けられちまったみてーだな、俺達は」
「……いえ、そんなんじゃ……ないん、です……」
ニカッ、と笑う近藤さんとは対照的に、沈みきっているの表情。
俺はそんなを気にかけながら、煙草を燻らした。
どうにも読めない事態だ。
があの場へ行ったことが、例え偶然だったとしても―――高杉が手を出さずに帰すわけがない。
俺達でも手を焼く、最も危険視された過激派攘夷浪士。
その高杉が、こんな小娘1人を討ち損じたとも思えない。
ならば。
「、オメー、高杉と一戦やり合ったらしいな」
「ッ……!」
―――こいつに原因があるようにしか、思えねェ。
俺が不意に零した言葉に、は肩をビクリと震わせた。
それを見た近藤さんが、慌てた様子で俺を諭す。
「トシ、やめとけ。今日はちゃんも混乱して―――」
「近藤さんも、不思議にゃ思わねェか?」
俺が半ば強引に近藤さんの言葉を遮ると、近藤さんは口を噤んだ。
は黙ったまま、ジッと俺を見つめてくる。
「こいつがいくら剣の腕が立つっつっても、相手はそんじょそこらのチンピラや浪人たァ訳が違う。あの“高杉晋助”だ。……いくら奴でも、策無しに獲物も持ち合わせねェ一般人に手を出すような馬鹿なこたァしねェと思うが……―――こいつは、高杉の顔をはっきりと目撃した挙句、山崎を助ける為に野郎に刀を向けた」
「……」
「高杉もそれを真っ向から受けた。しかし……こいつは顔のちょっとした怪我と腕の痺れ程度で済んだ」
他にも、気になる部分は多々ある。
こいつの、あの悲惨な現場を目撃しているにも拘らずの、この落ち着きよう。
高杉との打ち合い。
そして、自分の命のみならず山崎や隊士の命まで救い出した。
それが結果論であったとしても、妙としか言いようがない。
元々―――こいつには謎な部分が、多すぎる。
ただそれを、今まで俺達が気に掛けなかっただけで。
「―――じゃあ、土方さんはを何らかの形で疑ってるって訳ですかィ?」
不意に、今まで声を発しなかった総悟の奴が口を開いた。
そのどこか苛立った様子の声色に、俺は総悟へと目を向ける。
「が……高杉の奴とグルだ、とか?」
「んなこたァ言ってねェだろ」
「そういうことを考えてるって言ってるようなもんですぜ、アンタのその言い方は。俺ァ、はそう感じると言ってるんでさァ」
「そ、総悟君……」
これだから、が関わると面倒なのだ。
以前、が幕府官僚である蛙顔の天人を庇って負傷した時も、こいつは嫌に突っかかってきた。
万事屋の銀髪も、同じだ。
人のことを、無自覚に、悪い意味ではないが引っ掻き回す女だ、は。
まあ、そんなこと今は関係ない。(第一、俺もそのうちの1人になりつつあるわけだし)
「よせ総悟! トシの遠回しな言い方も悪いが、早とちりもいかん」
「……冗談ですよ。ちっと言ってみただけでィ」
嘘こけ。
本気で殺す勢いで睨んできたのはてめェだろーが。
そう言いたいところだったが、話が進まなくなるのでやめておいた。
溜息と共に紫煙を吐き出した俺は、視線をへと戻す。
「なァ、」
「! ……は、い」
俺が、極力落とした声で名を呼ぶと、は小さく返事をした。
俺は、お前をこれっぽっちも疑っちゃいねェ。
高杉と繋がりがある?
そんなこと、気にしちゃいねェんだよ。
そんなでけー秘密抱えて俺達と接することが出来るほど、オメーは器用じゃねェだろ。
ただ、今気になることは。
高杉との接触によって浮き彫りになった、の謎。
『副長』
『……あ?』
『俺……ちゃんに、とんでもないこと……訊いちまった気が、します』
山崎がから聞き出そうとしたことを、今。
俺も、聞き出そうとしている。
「お前は―――何者だ?」
俺が小さく訊ねた瞬間、の目が今までにないほど見開かれた。
心なしか手を震わせるに、近藤さんと総悟が心配そうな表情を浮かべている。
「……今日は、そればっかり」
「! ……」
顔を俯かせたまま、が呟くように言った。
山崎の話では、高杉も、確か山崎もこう聞いたそうだ。
「土方さんは多分、私が……高杉さんに、どうやって太刀打ち出来たのかって、訊きたいんですよね?」
「……まあ、そんなとこだ」
俺が答えると、はポツリポツリと話し始めた。
「昔、たった一度だけ、真剣を握らされたことがあるんです」
「真剣……刀をですかィ?」
「うん。私の実家は道場だって言ったよね? 飾ってあったりはしたけど、私にとっては珍しかったから……自然と興味が湧いたっていうのもあるし、父が軽い気持ちで勧めてきたからっていうのもあるんだけど……」
の顔が上がった。
何かを思い出すような、ひどく悲愴な表情だった。
「刀の柄に触れた瞬間、身体に何か……言い表せないような熱が込み上げて来て……」
隊士達の寝息だけが響く中、の声が静かに耳に届く。
「ジワジワと、気持ちは熱く高揚するのに……頭は妙に、スッと冷えて落ち着くんです」
の視線は、俺や総悟、近藤さんの傍にある刀へと向けられた。
「木刀や竹刀じゃ、こんな気持ちになんてならない」
は両手を前に出し、刀を掴むような動作をする。
その眼はどこか遠くを見つめているような、冷めた瞳。
の手は見えない刀の柄を掴み、ゆっくりと、鞘から抜き身を見せる。
「刀を握って抜いた瞬間、私は―――私じゃ、なくなる」
ヒュッと空を切る音がして、見えない刀は鞘から抜き取られた。
その様子を、半ば茫然として見ている俺達を逡巡したは、上げていた両腕を下ろす。
沈黙が流れる。
別に、今の説明で納得がいったわけじゃない。
刀を抜いた瞬間に自分じゃなくなるなんて、信じ難いことだ。
ただ、の雰囲気は。
それを妙に、納得させる空気を持っていて。
『あの時のちゃんは……“ちゃん”じゃ、なかったんです』
山崎の言っていたことは、これのことか。
妙に納得する俺。
そして、俺は何となしに呟く。
「刀に……憑かれたのか?」
人に憑く刀など、妖刀くらいなものだ。
つまり、は今日、山崎を助ける時に刀を握り、それが妖刀で。
昔、が握ったという刀も、妖刀で―――。
そんな偶然、あってたまるか。
自分で訊いておきながら馬鹿らしくなってしまった俺は、小さく鼻で笑ってを見た。
案の定、は首を横に振る。
「意識はちゃんとあるんです。自分が刀を握ってるっていう意識は。ただ、普段の私には出来ない動きが出来るようになって、異常に集中力も上がるし……普段の私には考えられない気持ちが、出てくる」
「じゃあ、どうしてそうなるんだ……?」
いつの間にか、近藤さんも聞き入ってしまっている。
俺はそんな近藤さんを一瞥し、にまた視線を送った。
「自分では良く分からないんですけど……父が、刀を手にした私のことを、少し話してくれたことがあって……」
「……」
『とても鋭く、繊細で。それでいて、斬り付けるような雰囲気が身体全体から滲み出ている。例えるなら、そう、まるで―――“刀”そのもの』
の言葉―――の父親の言葉に、俺達は驚愕して顔を見合わせた。
近藤さんも総悟も、困惑と驚愕を織り交ぜたような複雑な表情で。
自分も、そうなのだろうなと思う。
「……じゃあ、は真剣を握ると―――」
「“刀”に、なるってーのか……?」
刀は、人を斬る武器だ。
人がそれを振るうことで、役目を果たす、武器。
そんなものに、が。
目の前の娘が、“なり変わる”というのか。
俺と総悟の言葉を、は肯定もしなかったが否定もしなかった。
先程言っていた通り、自分のことだがよく理解出来ていないのだろう。
「……ごめんなさい」
「……?」
「前に一度、真選組への入隊を断った理由の1つが、これ、なんです。こんな体質のせいで、皆さんに迷惑かけるわけにはいかないって思ったんですけど……結果的に、こうして迷惑を掛けてしまってますね」
ごめんなさい、ともう一度謝ってくる。
頭まで下げてくるそいつに、近藤さんはいつものように笑ってみせた。
「なーに、ちゃんが謝ることはない! ……すまなかったなァ、ちゃん」
「! 近藤さん……」
「―――……怖かっただろう? 刀を手にして、人に向けるのは」
「ッ……!」
近藤さんはの頭に手を置くと、その小さな頭をゆっくりと撫でていく。
はその言葉に目を見開いて、今にも泣き出しそうな程顔を歪めていたが、ヘラリと、まるで「自分は大丈夫です」とでも言うように力なく笑った。
もう、夜も深い。
時刻も夜中へと差し掛かり、は真選組へ泊まることとなった。
時間が時間ということもあるが、なんでも万事屋が全員宇宙旅行へ出ているらしく、それを聞いた近藤さんが泊まって行くように誘ったのだ。
初めは渋っていただが、今日の出来事が余程堪えたのか、暫くして頷き、総悟に手を引かれるがまま部屋から出て行った。
今頃は事情を聞いた小早川女将と一緒に、部屋で眠っていることだろう。
「……近藤さん」
部屋に残ったのは、近藤さんと俺の2人。
山崎の傍らで腰を下したまま、俺は近藤さんを呼んだ。
近藤さんは先程から、何か思案している様子だった。
珍しく眉間に普段以上に皺を寄せて、うーんと唸っているのだ。
「近藤さん、何さっきから唸ってんだよ。唸り声はこいつらだけで十分だぜ」
「……ん? ああ、すまんトシ。ちょっと、色々と考えてたんだ」
「考えてた?」
何をだよ、と続けると、また近藤さんは唸った。
「これからは、ちゃんを護っていかにゃならんだろう、俺達は」
「……」
不意に零された言葉に、俺は眉を寄せる。
そうだ。
二度も救われている俺達が、今度は“高杉晋助”や他の闇から、あいつを護ってやらなきゃならない。
「だが、きっとちゃんは遠慮やら何やらで望まねェことだろうから、どうしたもんかと思ってな」
「あの性格だからな」
俺は半ば呆れたように溜息をつくと、新しい煙草を咥えて火を灯した。
一息深く吸い込むと、ジジッと煙草の先が小さく燃える。
「護るにしても、よくよく考えてみると俺達は、彼女の事を何も知らんしなァ……」
「……その事なんだが、近藤さん」
「何だ?」
同じように考えていた俺は、これからのことに関して調査をしてみるべきだと考えていた。
考えてみれば、今まで何故、不思議に思わなかったのか、自分で自分をおかしく思うくらいだ。
「隊士連中の怪我がある程度癒えた頃に、監察の山崎辺りに色々と調べさせようかと思ってる。今回の事も渋々話したに訊いたところで、簡単に話すとは思えねェ。……いくら万事屋と関わりがあると知っているとはいえ、ある程度の個人的な情報は調べておく必要があるだろーからな」
「……そうだな」
調査していけばきっと、何かしら『』という人物について近付ける様な気がする。
それが、俺達がアイツを護ることへ繋がればいい。
やらないより、マシだろう。
そんなことを思って俺が言葉を零すと、近藤さんが小さく呟いた後、再び口を開く。
「ちゃんは……何だか不思議な子だなァ、トシ」
「……そうか?」
「そうだろー。“刀になれる”人間なんぞ、そうそういるもんじゃねェぞ」
「そういう問題かよ」
軽い口調でいう近藤さんに呆れていると、不意に、人が立ち上がる気配。
横を見ると、近藤さんが立ち上がっていて、隊士が眠る大広間を見渡していた。
「……おそらく、高杉は気付いたんだろうな。ちゃんの“癖”に」
「……」
「だから、見逃した。殺さずに―――いつか利用する機会を、窺って」
近藤さんの言う通り、はきっと高杉に目を付けられてしまっただろう。
危険思想の高杉にとっての“刀になる癖”は、利用しがいのある道具同然だ。
「ちゃんみたいな優しい子に限って、何でろくでもねェ奴らに目ェつけられちまうんだろーなァ……」
近藤さんの言葉に、俺は少し考えた。
不本意ではあったが、妙に高杉の気持ちも分かる気がしたのだ。
自然とへ惹かれるのは、きっと自分が―――自分達が、闇に近い人間だからだ。
「そりゃあ……」
闇は、光に惹きつけられる。
光を求め、闇へと変えようとする。
黒は、白に憧れる。
白に手を伸ばし、覆い、染めようとする。
「アイツが普通で……純粋、だからだろ」
きっと高杉は、の真っ直ぐなまでの“白さ”に惹かれたのだ。
俺や総悟、万事屋の銀髪も。
人が集まる“光”と、汚れのない“白”を、求めたのだ。
―――そして、それに見え隠れする“黒い闇”にも、気付いたのだ。
白でもあり黒でもある。
普通であることを捨てたような人間にとって、ひどく心揺すぶられる―――人間らしい、人間。
(……厄介な野郎に気に入られちまったな、アイツは)
そう思いながらも、今後の高杉の行動が気になった。
を利用するというのならば、そのうちへ接触してくるだろう。
そうなれば俺達が阻止しなければ、動きづらくなる。
「刀になる……か」
何となく呟いた言葉が、妙に部屋の中に響いた。
「さしずめは……」
俺の言葉に、近藤さんが続ける。
「―――刀に愛される娘」
“黒”と“白”を兼ね備え、刀までも魅了する女。
これから、厄介なことになりそうだ。
生まれるのは、
ほんの少しの疑惑。
(疑いたくないから、信じたいから)(護りたいから)
アトガキ。
*やっと垣間見え始めたヒロインの潜在能力。見た目は普通の少女にもかかわらず、何かを秘めているヒロイン。
*ヒロインのこの能力は、これから物語を引っ掻き回していくこと請け合いです。
たまーに書くキャラクター視点の話ですが、今回は初めての土方さん視点。……うーん、偽物。
次回は、ヒロインやっと、万事屋へ帰ります。
*2010年10月31日 加筆修正・再UP。
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