呉牛、月に喘ぐ。   02




細く差し込む夕日が、この瞬間だけ妙に赤々として見えるのは、私の思い違いだろうか。

視界に広がる、赤。
地に伏している着流し姿の侍達と―――黒い隊服の人達。


「ッ……高杉、晋助……?」


そんな異様な光景の中に立っているのは、私と、目の前の獣染みた雰囲気の人物だけ。


「ほぅ……俺を知ってんのか?」
「……有名人、みたいですからね」


私が小さく返すと、男―――高杉晋助は、おかしそうに口元を歪めた。
クククッ、と喉の奥で笑うその仕草が、妙に艶めいて見える。

ふと、その男の手元へ視線を向けた。

男の手には、鍔の無い、スラリとした刀。
明らかに抜刀されているそれからは、赤い液体がポタリポタリと滴って刃を濡らし、鈍く妖しく光らせている。


「……ッ」


この人は、危険だ。


身体の奥底から、何かがそう叫んで、警告している。
緊張で身体全体が強張り、背には冷たい汗が流れているような感覚。
それなのに、心臓はドクリドクリと大きく鼓動し、指先が震えているのが分かった。

頭の中に鳴り響く警告音の合間合間に、退君や他の隊士さん達、侍達の呻き声が聞こえる。


「今日は、妙な日だな」
「! ……」
「折角江戸に上がってきたっつーのに、三下の侍共に斬りかかられるわ、真選組の連中に勘付かれるわ、妙なガキにゃ逢うわ……」


何だってんだ、と呟いてはいるものの、どこか愉しげなその表情。
隻眼ではあるが、かえってそれが彼の妖しい雰囲気や何とも言えない不気味さを増長しているように感じる。

私は思わず、片足を引いて構えた。

それを察してか。
カチャリ、と。
刀の刃が揺れる音がした。


「どいつもこいつも……まあ、いいか―――ここで全員消しゃあ済む話だ」
「……そこに倒れてる人達も、貴方が斬ったん、ですか……?」


刀の切っ先を天に向けて笑う隻眼の彼―――高杉晋助さんに、私は何となく、分かりきっていることを問いかけた。
見るからに犯人はこの人なのだが、会話が出来る人間なのか見極める必要があったからだ。

私のそんな心配は杞憂だとでも言うように、高杉さんはハッ、と鼻で笑って言う。


「他に誰がいるってんだァ? 可笑しな女だ」
「可笑しくないです。私は……普通の、一般人なので」
「普通? ……クククッ、やはり可笑しなことを言いやがる。普通の奴ってのァ、こういう場面に遭遇したらそんなに冷静じゃいられねェと思うがなァ」
「!」


その言葉に、私は慌てて自分の頬に手を添えた。

冷静……?
私が、この状況で?
―――そんなわけ、ない。

その証拠に、心臓は今までにないほど脈打ち、冷汗は相変わらず止まらない。
まあ、昔から感情があまり表情に出ないタイプなので誤解されても仕方がないのだが、よりにもよって、『冷静』と称されるとは思ってもみなかった。

不意に、高杉さんが動いた。
動いたと言っても大したことはないのだが、私の方に、何故か身体を向けたのだ。
そして、刀をこれ見よがしに見せつけながら、こちらへゆっくりと歩み寄ってくる。


「女ァ、てめェ、どーしてここに来た?」
「……血の、ニオイがした……から……」
「血のニオイ? ……ハッ、大層な嗅覚だなァ」


徐々に近付いてくる高杉さんに、私は身を固くする。
らしくなく―――怖かったのだ。

普段はおちゃらけているあの銀さんが、真摯な顔で警告した人。
真選組の皆が、総出で警戒している人。

そう思ったら、何が何でもここから逃げなくては、と考え始めた私は、視線を辺りへ走らせた。
何か武器になるようなもの、もしくは、ここから退君達を連れて逃げられるきっかけになるもの―――しかし、そんな都合のいい物がそこら辺に転がっているはずもない。

第一、この人から、負傷した真選組の人達を連れて逃げ切れるとは、思えなかった。


―――オイ、震えてんぞ」
「ッ……!?」


いつの間にか目前まで迫ってきていた高杉さんに、私は思わず肩を震わせた。
顔を上げると目の前には、隻眼と歪んだ口元。
思わず身体が無意識に後ずさった


「怖ェか? 俺が」
「そ、んなんじゃ……」
「そうは見えねェぜ?」


高杉さんはそう言って笑いながら、ゆっくりと私に向かって手を伸ばしてきた。


―――捕まる。


そう感じて身体を動かそうにも、足がその場に貼り付いたように動かない。
突き刺さる隻眼の鋭い視線から目が離せなくて、身体が動くことを拒む

もう駄目だ、と覚悟を決めて、何とか力を込めてギュッと双眸を伏せた私は、後に来る衝撃に備えた。


「! ―――……」
「ッ……?」


しかし、予想とは裏腹に目の前の男からの衝撃は一向にこない。
不思議に思って、双眸をゆっくりと開いた。
そこには―――


「……何だ、てめェ」
「ッ、く……! その子に、触るな……高杉ィ!!」
「退、君……」


高杉さんの足首を手で掴んで叫ぶ、退君の姿。
身体を起こす力もないのか、地面にうつ伏せになったまま、高杉さんの足にしがみ付いている。

私はその姿に唖然として、ふと高杉さんに目を向けた。
不愉快そうに整った顔を歪め、睨み付ける様にして退君を見下している。


「離せや、幕府の狗が」
「離す、わけ……ないだろッ! お前はここで、捕まえる……ッ!」
「ハッ、死に損ないがよく吠えやがるぜ……なァ? オイ」
「ぐあッ……!!」


退君が必死に絞り出した言葉を鼻で軽く笑い飛ばして、高杉さんは掴まれていない方の足で躊躇いなく退君を蹴り飛ばした。
その衝撃で、退君は手を離し、遠くへと転がる。

私はもう、身体が動かないだけではなく、力を振り絞って私を助けようとしてくれている退君に、何か言わなければいけないのに、声まで出なくなってしまって。
私から離れて、蹴り飛ばされた退君へと歩み寄る高杉さんの背を、呆然と見つめていた。


「随分とまあ、最近の幕臣共は死にたがりが多いもんだ。そこまで、他人やこの腐っちまった国の為に、1つしか持たねェ命を粗末にすることもあるめーよ」
「ぐ、ぅ……ッ」
「それとも……あの女に、何か思い入れでもあんのかァ?」
―――!?」


地に伏している退君を見下して、まるで卑下するかのように囁く。
私はそれを聞いた途端、思う。


私の知っている人が。


「確かに可笑しな女だ。変わった……他の人間とは違ェ匂いがしやがる」


私の関わった人が。


「興味をそそられるねェ」
「ッ……高、杉……!!」


私が、護りたいと思う人が。


「だから、俺が―――てめェら始末した後でじっくり、見定めといてやるよ」


殺される―――


刀が鳴った。
グッと、刀を持つ高杉さんの手に力がこもったのが感じ取れる。


駄目だ。
斬られる。


(……誰が?)


目の前で。
大切な人が、護りたいと思っている人達の、1人が。


―――大切な、ものが)


そう思った瞬間、身体が不意に、熱く滾った。


―――ッ!!」


先の事や自分自身の事など何も考えずに、ただ足を動かした。
足下に転がっていた真剣を見て、反射的に足で蹴り上げ、宙へ打ち上げられたそれを手に掴む。

ジワリジワリ、と。
熱い何かが内に込み上げて。
スッ、と綺麗に、驚くほど呆気なく、頭の中は冷めていくのが分かった。


「……じゃあな、狗」
「くッ、そ……!!」


退君に向かって、ギラリと光る刃が振り下ろされる。
私は真剣の柄を力強く握り締め、瞬きをして動きを見逃すことがないよう、目を見開く。


助けなきゃ。
―――自分が傷付いたとしても。
護らなきゃ。
―――最悪の結果が、自身に振りかかろうとも。




闘わなきゃ―――たとえ、畏怖されたとしても。




私は刀を素早く抜き、鞘を投げ捨てるように払い、高杉さんと退君の間合いに入り込む。
そして振るうのは―――紛れもない、刀。


「!!」
「……え?」


キィィィン、と。
耳をつんざく金属の叩き合う音が、路地裏の壁に反響して響いた。

私は両手で刀の柄を握り締めたまま、目の前にいる高杉さんを睨み付けた。
後ろからは、退君の戸惑ったような声が聞こえる。


「ッ、ちゃん……!?」
「てめェ……どーいうつもりだ?」


高杉さんも、私の思わぬ行動に驚いた様子で言った。
しかし、今の私にはそんな言葉に応える理由も、余裕もない。


手の先にある刀が、ひどく心地良かった。


「……? ちゃ……―――!?」


身体を引きずって這うようにして私の顔を覗き込んできた退君が、言葉を遮って絶句した。


―――……なんつー目付きしやがんだ、女ァ」


私に睨まれている高杉さんは、口元をより深い笑みで歪めながらも、突如様子の変わった私に訝しげな視線を向ける。
私はそれを無視して、高杉さんの放った刀を自身の持つ刀で押し返した。


今はただ、『高杉晋助』という―――“敵”に、集中するだけ。




、お前は―――




父さん、ごめんね。
父さんが、あの日”を境に、あまり私に剣の話をしなくなった理由が、分かった気がする。


「……チッ、めんどくせェ……」
―――!」


苛立たしげな舌打ちが聞こえた途端、高杉さんが私に斬りかかってきた。
一瞬惚けてしまっていた私だが、何とかそれを刀で受け止め、流す。

それを皮切りに、高杉さんは容赦なく刀を奮ってきた。

いくら真剣を握った状態で斬り込んでいるとはいえ、相手は自分よりも力が強く刀使いも手慣れた男だ。
刀を持つ手が、ひどく痺れてきている。


「女ァ、やっぱりただの女じゃねェみてーだなァ」
「……」


斬りかかりながら笑う、獣。


「ますます面白ェ―――……ッ!!」


私はそれに眉を寄せると、刀の刃を逆さにして高杉の右下から左肩にかけてを斬り付けるように、刀を振るった。
身体を後ろに引いてギリギリ避けた様子の高杉さんだが、着流しに切っ先が掠ったらしく、パックリと着流しの前部分が割れる。


「……大した女だぜ。だが……」
―――!」


傷ついた着流しを指先でなぞってそう呟いた高杉さんが、一瞬視界から消えた。
目を離したつもりはなかったのに突然起こったそれに、思わず呆然とする。

そして、ハッと我に返った瞬間、今までとは比べ物にならない速さで刀が打ち込まれてきた。


「ッ、くっ……!」


速く鋭く力強い斬撃に、圧される。


(……ま、まずい……!)


退君や倒れている人達から出来るだけ離れて打ち合うことだけを考えていた為か、ここが路地裏で、狭い空間だということをすっかり忘れてしまっていた。
トンッ、と背に当たる冷たい感触に、やっと気が付く。

―――後ろへ、動けなくなってしまった。

いつの間にか、壁際まで圧されていた私。
完全に力で圧しきられてしまっていたのだ。

どうしよう、早く少しでも広いところに移動しないと。


「ッ……あっ……!」


そうこうしている内に、猛然と奮われた高杉さんの刀によって、私の持っていた刀が腕ごと下へと弾かれた。
そう思った瞬間、着流しの襟をガシリと掴まれ、その腕1本で壁に身体を押し付けられる。




ガッ……!




そして、顔のすぐ横に高杉の刀が突き刺された。
右頬にビリッと鋭い痛みが走ったのを感じて、「ああ、斬れたな」なんて、呑気に思う。

刀を持っていた手から、自然と力が抜けた。


ちゃん……ッ!!」


退君がそれを見て、焦燥しきった声を上げている。
高杉さんは私の身体を押さえつける腕はそのままにそれを一瞥すると、視線を戻して、鼻先まで顔を近付け、言う。


「俺相手に峰打ちたァ、大層お人好しな女だなァ」
「……ッ、私……」
「そんなんで、俺に勝てるとでも思ったか?」


弾かれた時から強く痺れてしまっている手から刀が零れ落ち、軽い音を立てて地面に転がった。
その瞬間、先程までは心地良くさえ感じたこの緊張感に、身体が強張る。


「幕府の狗と関わりがあるみてーだが、見掛けは普通の女。怯えていたと思えば自分の意志で刀で斬りかかってきたにもかかわらず、また怯える。……てめェ、一体何者だァ?」
「……普通の、ッ、かぶき町の住民、です……っ」
「かぶき町? ……つくづく可笑しな、分からねェ女だ」


壁に指した刀を私の首筋に向けて傾けながら、高杉さんは笑った。
そして、私の耳元に唇を近付けて、低く囁くように言う。


「大人しそーな顔して、随分と面倒な、持ってんじゃねェか―――……なァ、『』チャンよォ」
「ッ、ひ……!」


名前を呼ばれた瞬間、ぬるりとした感触が頬から耳の近くにかけて走って、私は思わず小さく悲鳴を上げた。
その瞬間に走ったピリリとした痛みから、斬られた傷口付近を舐められたことに気付く。

ビクリ、と肩を震わせた私を、男はただ愉しげに見下ろす。
私は何をされたのか頭の中で把握し、思わず顔を熱くさせた。


「なッ……なな何しッ……!」
「ぁあ? ……んだよ。はっきり喋れや」


何なんだ、この人。
人の……か、顔を舐めた……!

何故か前触れもなく舐められた箇所を咄嗟に手で押さえ、恐怖心の中、私は日常では有り得ないほど動揺する。
横で地面に伏している退君に至っては、口をあんぐりと開けて茫然としていた。

そんな時だ。


―――!」
「……チッ、うるせェのが来やがったか」


私と高杉さんの耳に、パトカーのサイレンの音が届いた。

チラリと退君を見てみると、手に携帯電話を掴んでいる。
―――どうやら、私が高杉さんと打ち合っている間に、援軍を呼び付けてくれたらしい。

小さくホッとする私とは対照的に、高杉さんは苛立たしげに舌打ちすると、私の顔の横に突き刺していた刀を引き抜き、腰に残していた鞘の中に納める。


「邪魔が入っちまった。これ以上の面倒事は御免なんでな、俺ァ、退散させてもらう」
「……」


高杉さんが離れたのを見て、私は壁から背をゆっくりと離した。


「元々、こいつらにゃ用はねーからなァ」


そう言いながら真選組の隊服に目をやり、高杉さんは路地の奥へ向かって歩き出した。
その途中、倒れていた侍らしき男の目の前で、足を止める。


「用があんのァ、こいつらだ」


そう言うと、高杉さんは徐に倒れる侍の身体を足で突き、動かないことを確認すると、その傍らに腰を屈める。


「こんな三下の浪人風情に使われてちゃ、刀(てめェ)も鈍っちまうってもんだよなァ?」
「……?」


侍の腰に携えられていた物を手に取り、独り言のように呟く高杉さん。
私は何となくその手にある物が何なのか気になって、高杉さんのいる方へ身体を向けた。

それを手にして満足そうに腰を上げた高杉さんの手に握られていた物は―――刀。


「だがまあ、見つかっただけよしとすらァ」
「……かた、な……?」


そう、ただの刀だった。
しかし、何故か私はその刀から目が離せない。

身体が、何となく教えてくれる。

普通の刀と違って、鞘も柄も鍔も、外見が全て真っ白なその刀。
ただの、見た目が白い刀が、とても危険なものに感じた。


(何……あの、刀……)


普通の人間が持っていては、危険な。
しかし、目の前にいる男に持たせていては、もっと危険な。
そう感じさせる代物。

でも―――


―――


ひどく、魅力的に見える、それ。


「……!」


刀に目を奪われていた私を、不意に、高杉さんが呼んだ。
何でいきなり下の名前で呼び捨てなんだ、とかどうでもいいことを思いながらも、私は高杉さんへと目を向ける。
高杉さんは、あの妖艶な笑みを浮かべていた。


「俺ァ、気に入ったもんはどんな手段を使っても手に入れる性分でね……だが、今日のところは帰ることにする」
「……は?」
「分からねェのか? ……鈍い女だな」
「なッ……!」


パトカーのサイレンが徐々に近付いてくる中、高杉さんは特に焦るわけでもなく口にする。
手で、白い鞘を愛おしげに撫でながら。


「まあいい。また逢うだろーぜ。……その内―――“こいつをお前で試させてもらう」
「……え? ちょっ、それって……」


どういう意味ですか。

そう私が言うよりも早く、高杉さんの背中は路地裏の闇の中へと消えて行ってしまった。
私は暫く茫然としたまま、高杉さんが消えた路地を見つめていた。


「……くッ……」
―――! あっ……さ、退君!」


茫然としていた私は、近くから聞こえた呻き声にハッと我に返った。
ボーッとしている場合ではなかったことを思い出し、慌てて声の主へ顔を向けると、退君は苦しげに顔を歪めていて。
無理矢理身体を起こしたらしく、壁に背を預けて座り込んでいた。


「大丈夫……なわけないよね……。早く、手当てしないと……」


そんな退君に駆け寄った私は、退君の身体を見渡した。
脇腹の辺りを刺されたのか斬られたのか、ずっと手で押さえている。
その手は血で赤く染まっていて、私は思わず顔を歪めた。


―――!」


ふと、突然。
目の前に腰を下した私の手首を、退君が掴んできた。
驚いて目を丸くしている私の前で、退君は俯いたまま暫く口を閉ざし、遠くからちらへ向かってくる無数の足音がしてきた頃に言葉を紡ぎ出す。


「…………ごめん、ちゃん……」
「……え?」
「俺……君をちゃんと、護ろうと思ってたのに……ッ」


辛そうに、悔しそうに言葉を零す退君の、私の手首を掴む手に力が入る。
私はそれを少し痛いと感じながらも振り払わずに、退君にまた少し近付いて言う。


「……退君、大丈夫だよ。私は、大した怪我してない、し……退君も、他の隊士さんもまだ助かるよ……」
「でもちゃん……顔、斬られちゃってる……」
「! ……あー、大丈夫大丈夫。これくらい」


自分を責めるようにポツリポツリと呟く退君に私が笑ってみせると、退君は今にも泣き出しそうな顔を私へと向けてきた。
そして、私の右頬から流れている血を見て、更に顔を歪ませる。

こんな怪我と手の痺れだけで済んだのだから、良かったじゃないか。
それにこれは、自業自得なのだ。

私がヘラリと笑うと、不意に、退君の視線が他へと外される。
気になって私もそちらに目を向けると、そこには―――


(……さっき使った、刀……か)


私が高杉さんへ向けた、何の変哲のない刀。
無造作に転がったそれは、すっかり日が落ちてしまって暗くなった路地裏で、鈍く光を反射されていた。


「俺、護るどころか……君に、護られちゃったよ」
「! 退く―――」
ちゃん」


退君は暫くそれを見つめた後、どこか訝しげに、私の方を見ることなく呟いた。


―――君は……一体……」




何者なの?




退君の言い切れなかった言葉の真意が容易に掴めてしまって、私はただ身体を震わせて、顔を顰めることしか出来なかった。


「……ごめん、退君……」


すぐ近くから聞こえてきているはずの土方さんや総悟君の声が、やけに遠く、小さく感じた。








叫ぶのは、心か。身体か。

(確かに刻まれた、恐怖)









アトガキ。


*ヒロインと、刀。

*ここにきてようやく、ヒロインの一面が書けたかなと思います。ここから、ヒロインの話があっちゃこっちゃと始まっていくわけです。
 山崎が、何気に贔屓されている話の割に不運ですが、そこはオリジナルなので。たまには良い思いさせてあげなきゃね!

 さて、次回ですが……何故か土方さん視点でお送りします。





*2010年10月31日 加筆修正・再UP。