親思う心にまさる親心。   05




無意識に、口から声が漏れそうになった。
慌てて銀さんと繋いでいない方の手で、不自然のないように口元を押さえた後、ゆっくりとその手を右頬へと滑らせる。

指先に触れる、絆創膏の感触。
その下の塞がりかけた傷の痛みが、蘇る。




―――あの時の、真の恐怖。




「副長の話だと、もしかしたらちゃんに接触しようと考えているかもしれないって言うから……気を付けて。俺達もその辺は警戒して警備にあたってるけど、祭り中は旦那と一緒にいた方がいいよ」
「ッ……うん……ありがとう、退君」

“高杉”―――。

退君の口から零れ出たその名前に取り乱しそうになったけれど、隣には銀さんがいる。
私はとりあえず平静を装って、退君に笑って返した。

まさかこんな場所で聞くとは思わなかったその名前に、平賀さんへ感じていた不安が一気に高まっていく。
それを見た退君は少し心配そうに顔を歪めていたけれど、土方さん達の所へ戻らなければならないからと、その場を立ち去っていってしまった。

不安が膨れ上がると同時に、嫌な予感も確信めいたものへと変わっていく。

その場に残された私と銀さんは、しばし互いに黙ったままだった。
私はただ、自分の思考に夢中になってしまっていて声を出すことが出来ない。

そんな私の隣でジッとしている銀さんは何か言いたげな目をしていたけれど、彼は特に何も聞いては来なくて。


「もうすぐジイさんの芸が始まる時間じゃねェか? 花火上げるっつっててたし、どっか見やすい場所移動すっか」
「……あ……うん、そうだね」


全て察している。
全て、分かっている。

そう言われているようで、全てを隠している私にとっては後ろめたくて、何だか落ち着かなかった。


「……


ふと、人波を掻き分けていく中、銀さんが静かに私を呼んだ。
私は何とか自分を落ち着かせると、ゆっくりと銀さんを見上げる。


「いつまでも、俺が待っててやると思うなよ」
「……え?」
「いつまでも自分1人の中に溜め込んで、いつまでも自分1人で悩んでんだったら……俺はオメーの都合なんて構わずに無理矢理にでも聞き出す―――オメーが俺に……俺達に黙ってること、全部」
「ッ……!」


そう言う銀さんの視線は、真っ直ぐ前を見据えて。
声は、いつもより数段低いトーンで、何だか苛立っている感じだった。

私の顔を見ながらふざけた調子で話す銀さんとは違って、雰囲気が真摯すぎて、思わず顔を歪める。

ああ、本当に全部、銀さんは分かっていたんだ。
私が江戸に来て、皆と出逢ってからずっと、迷惑をかけたくないという一心で隠し続けてきたことを、全部。

何かを隠している、それによって私が1人で悩んでいる。
それを、察しているのだ。


「まァ、こんなとこで言ってもしょーがねーんだけどよ」
「……ごめん、なさい」
「いーって。……ただ、あまりにもが何も言わねェからよ。とりあえず、銀さんにも限界があるってこたァ、憶えといてくれや」


ポスッ、と。
頭の上に、銀さんの掌が乗った。

銀さんは、私なんかより断然大人だ。
いつもはあんなに子供っぽくて騒がしいのに、当たり前だけれど、私なんかより多くのことを知っていて、多くのことを感じている。
それ故に人の変化に敏くて、それでいて「無理矢理にでも」と言っておきながら、相手が嫌がるのならば強要しない。
それは、銀さんと共にいる新八君と神楽ちゃんも同じで。

それがどれだけ、銀さん達の負担となっているのだろうか。

私は自分勝手な想いで、結果的に銀さん達に不安を与えているのだ。
平賀さんのことも、高杉さんのとこも―――私自身の事も、素直に打ち明けて相談した方が、彼らにとってはきっといいことなのだろう。

申し訳ないことこの上ない。
そう思う反面、私のことをすごく気にかけてくれているようで、嬉しくて安心してしまうのも事実なのだが。


「……おっ、始まったみてーだな」


悶々と、俯いた状態で考え込んでいた私の耳に、花火が打ち上がって咲き散る音と銀さんの声が届いた。
顔を上げた先の闇空には様々な色をした火花が散っていって、それを皮切りに次々と火の華が空に咲き乱れる。

銀さんになら、銀さん達になら、話せる。
今すぐとはいかなくても、近いうちにきっと。




私の中で燻る―――全てを。




次々と空へ打ち上がっていく花火を見つめて、そう思った。


「……綺麗……」
「そーだなァ……たまにゃ花火見物も悪くねェな」


ドンドン、と打ち上げられていく花火を眺めて素直に零したら、隣で銀さんも空を見上げて言った。

いつもの自堕落的な銀さんの言うことにしては珍しくて、私は思わず笑う。
そんな私を横目にチラリと見た銀さんは、何だか照れくさそうな顔をしていたように思う。

道行く人々は皆、その場で足を止めて、暗闇に咲く花火に見入っていた。
私も、先程までのうじうじとしていた気持ちが少しずつ晴れていくような気がして、空から目を放せない。

しかし、刹那。




「―――やっぱり祭りは派手じゃねーと面白くねェな」




銀さんの言葉で落ち着いて穏やかになった気分は、背後から聞こえた声に全て掻き消された。


「!」
「な……―――ッ!!」


振り返ろうと構える前に、私の首に何者かの腕が絡まり、グイッと後ろへ引き寄せられた。
その拍子に銀さんと繋いでいた手が離れて、それに気付いた銀さんが慌てた様子で腰にある木刀へと手を伸ばした時だった。


「動くなよ」


銀さんが木刀を手にして振り返るより早く、私の首を腕で捕らえる人物の腰にある刀の刃が、銀さんの背に添えられる。
低い声で言われ、刀で牽制され、銀さんは木刀に手を伸ばしたまま動きを止めた。


「銀さっ……!」
「クク、白夜叉ともあろう者が後ろを取られるとはなァ。銀時ィ、てめェ弱くなったか!?」


視線を下に向けて刃が剥き出された刀を確認し、癖のある声で言う男の腕から逃れようと身体を捻ったら、首から肩にかけて回る腕に、グッと力が籠った。
少し息苦しくなって思わず顔を顰めてから、首を絞めている人物へとゆっくり視線を向ける。


「それに……まさか銀時と一緒だとは思わなかったぜ。頬の傷も治りかけてるみてェだなァ―――


こんなところで、こんな時に、会いたくなんてなかったのに。
銀さんに打ち明ける前に、再会することになるなんて。

そう絶望する私の眼には、予想通りの人物の顔が映った。

片目を包帯で覆い隠しているが、鋭く光る、狂気を含んだ瞳。
派手な女物の着流しに、歪に弧を描く口元。


「高杉、さん……っ!」


忘れもしない、妖しさを秘めたその姿。
高杉晋助。


「……何でてめェがこんな所にいんだ……を離しやがれ」
「いいから黙ってみとけよ。てめェら、2人とも」
「ッ……!」


ジッと動かずに、至極落ち着いた様子ではあるが、どこか緊張の混じった声色で言う銀さんを制して、高杉さんは銀さんと私を交互に見た。
そして、続ける。


「すこぶる楽しい見世物が始まるぜ……息子を幕府に殺された親父が―――カラクリと一緒に敵討ちだ」


そう言った高杉さんの視線の先に、一発の特大花火が上がった。
私はただ、首に絡まる高杉さんの腕の中でそれを見つめ、高杉さんの言葉を頭の中で何度も反芻する。

カラクリと共に、幕府への敵討ち。

驚きのあまりすぐには理解しえなかった言葉を、やっと理解する。
嫌な予感が、現実となってしまった。

私が平賀さんに感じた不安を増幅させたのは、紛れもない―――この、“獣”だ。




『……敵を取ろうとは思わんのか?』


『ただ―――苦しいんだ』




極限まで弱っていた平賀さんを、いくつもある道の中で最も選ぶべきではない道へと導いてしまったのだ、この人は。

現状を理解した瞬間、私が思わず息を呑むのと同時に、私達が向いている先からモクモクとした濃い煙幕が上がった。

爆発とも取れる音と共に広がった煙幕に、私達以外の人達も事態に気付いたようだ。
平賀さんがカラクリ芸を披露していたステージの方角から、祭りを楽しんでいたはず人達が一斉に、血相を変えてこちらへ向かって逃げてくる。


「ひ、平賀さん……」


煙の先にいるであろう平賀さんの名を零すと、それを愉しそうに高杉さんが見る。
人々が逃げ惑う中、私達3人だけが変わらずその場に留まっていた。


「覚えてるか、銀時? 俺が昔、鬼兵隊って義勇軍を率いていたのをよォ」


あまりの悲惨な光景に呆然としていると、不意に高杉さんが銀さんの背に向かって話し出した。


「そこに三郎って男がいてな。剣はからっきしだったが、機械には滅法強い男だった。『俺は戦しに来たんじゃねェ。親子喧嘩しに来たんだ』って、いっつも親父の話ばかりしてるおかしな奴だったよ」


三郎という、最近やたらと聞いていた名が高杉さんの口から出てきて、私は思わず高杉さんを見る。
相変わらず、彼の口元は歪んだままで、騒ぎを愉しげに見物しているように見えた。


「だが、そんな奴も親父の元へ帰ることなく死んじまった」


自分達は突然現れた未知の存在・天人から国を護ろうと必死に戦ったというのに、国の要である幕府はその後、戦う侍達を見捨てて天人へ迎合。
天人との関係を危惧して、簡単に、国を護る侍を斬り捨てた。

そして、高杉さんが率いていたという“鬼兵隊”も粛清され、壊滅したと、高杉さんは続ける。

それはつまり、幕府に捕らえられ、裁かれたということで―――。


「河原に晒された“息子の首”見て親父が何を思ったかは、想像に難くねーよ」
「……」

平賀さんの息子さん―――三郎さんは、幕府に殺された。

予想はしていたけれど、それは、私の想像よりも遥かに悲しい現実で。
平賀さんが今でも悔やみ、苦しむ理由は、こんなにも重いものだったのか。

平賀さんの息子さんのことを知っていて、この祭りでの騒ぎにタイミングよく現われた高杉さん。
考えなくても、私でも察しがついた事実を、銀さんが確認するように高杉さんに訊ねる。


「高杉、ジーさんけしかけたのはお前か……」
「けしかける? バカ言うな。立派な牙が見えたんで、研いでやっただけの話よ」
「っ、そんな……」

そんなのって、ない。

平賀さんはいつも、毎日ギリギリの想いを抱いて過ごしていたのだ。
いつ爆発しても、悪い方向へ走ってもおかしくない状態で、平賀さんは必死に思い止まっていたのだ。

それを、この人が壊してしまった。


「分かるんだよ、俺にも、あのジーさんの苦しみが。俺の中でも未だ、黒い獣がのたうち回ってるもんでなァ」


耳元に近い場所で、不気味な音を響かせるように言う高杉さん。


「仲間の仇を……奴らに同じ苦しみを……殺せ殺せと、耳元で四六時中騒ぎやがる」


その言葉に、ゾクリと背筋を走る寒気に、思わず肩を震わせた。


「銀時、てめーには聞こえねーのか? いや、聞こえるわけねーよな」


不意に、高杉さんが銀さんへ問い、自身で反語する。
そして、続いて発せられる高杉さんの言葉に、私は頭の中が真っ白になった。




「過去から目ェ逸らして、のうのうと生きてるてめーに―――牙を失くした今のてめーに、俺達の気持ちは分かるまいよ」




今までの話を聞いている限り、銀さんと高杉さんは旧知の仲で、共に戦った盟友だということが分かる。
ポッと出てきて最近万事屋へ加わった私なんかよりも、遥かに互いのことを知っていて、共通する過去が2人を繋いでいる。

ならば。


「ッ……訂正、して!」

「!」
「……あ?」


思わず、銀さんが何かを言う前に声を荒げた。
半ば無理矢理、顔を高杉さんの方へ向けて、驚いている銀さんもそっちのけにして私は言う。


「私は、銀さんの過去に何があったかなんて知らないし、銀さんが話したくないって言うなら聞かない。だから、分かろうと思っても自分の感覚でだけど……でも、銀さんが過去から目を逸らしてるなんて……そんなことは、絶対にない!」


短い間でも、毎日過ごしていれば分かる、銀さんの人柄。

フラフラしていて何も考えてないように見えるけれど、本当は誰よりも他人を思いやって。
嫌なことは何でもすぐにスッパリと忘れてしまうけれど、今もまだ想っている過去。


「私は貴方よりも“過去の銀さん”を知らないけど―――貴方よりも“現在の銀さん”は知ってる! だからっ……だから、分かる」
「……」


分かるよ。
銀さんが、そんな軽々しい気持ちで毎日を生きているわけではないことくらい。


「―――ッ!? ッ、う……!」


そう続けた直後、首に絡まる腕が急に力強くなった。


「ッ、!」
「随分慕われてんじゃねーか、銀時。……前に会った時はあんなに怯えてやがった俺に対して、今度は随分と強気で噛み付いてきやがって……―――なァ、?」
「くッ、ぅ……!」


地面から踵が離れて、ほぼ足が地面に付いていない状態で、グッと首を絞められる。
呼吸がしづらくて声まで出なくなってしまった私の耳に唇を押し当てながら、高杉さんは低く、ひどく妖艶に私を呼んだ。


「高杉よ」
「!!」


そんな時。
どんどん首が締め上げられていく中、不意に、銀さんが高杉さんを呼ぶように声を発した。

後ろから銀さんを見ている私からは何も分からないが、高杉さんが腕に込める力を一気に弱めたのを感じて、咳き込みそうになりながらも銀さんへと目を向ける。


「見くびってもらっちゃ困るぜ―――獣くらい、俺だって飼ってる」


ミシミシと何かが軋む音が、耳に届いた。
すぐ近くで幽かに息を呑む高杉さんに、銀さんがいつものふざけた調子で続ける。


「ただし黒くねェ。白い奴でな……え? 名前?」


銀さんの声に微動だにしない高杉さんの腕から完全に力が抜け、私の首から離れていく。
瞬間、私はフラリと銀さんの方へ倒れ込むようにして、高杉さんから身体ごと避難した。


「定春ってんだ」


その聞き慣れた名前に、万事屋にいる巨大犬を想像したのとほぼ同時に、銀さんの拳が高杉さんの頬を殴打する鈍い音が響いた。








重なる不安は、渦となり。

(見えぬ恐怖は、すぐ傍に)(それでも、私は)









アトガキ。


*見透かされる想いと、獣との再会。
 
*とうとう、獣こと高杉さんと再会を果たすヒロイン。落ち着いているように見えて、実は本人大パニックです。何せ銀さんが一緒なんで。
 それにしても、よく乱暴な扱いされますな、うちのヒロインは。まあ、愛故です。
 そして、対する銀さんは何となく察していた為、案外落ち着いています。真選組の2人から聞いていた事もありますが、そこはほら、大人の余裕と言いますか何と言いますか。
 でも、読んで頂いたとおり、戸惑っている様子の銀さんです。次回で、銀さんの焦燥している感を……出せたらいいなー。


 
次回は銀さん視点とヒロイン視点で、やっと祭り編最終話です。




*2010年11月2日 加筆修正・再UP。