親思う心にまさる親心。 06
散々だった宇宙旅行から無事に帰還した日に真選組の土方と沖田から聞いた、が遭遇した事件。
あの日から、と逢う度にその頬にある痛々しいガーゼを見て、何度心中で憤ったことだろう。
そして、あの時の土方の意味深な言葉を思い出しては、嫌な予感を抱かずにはいられなかった。
真選組の追跡から避けることが出来、何の躊躇もなく人を斬る。
今の時代、そんな過激な攘夷活動をする志士など、俺の知っている限りでは1人しかいない。
ヅラの奴は一時期荒れていたようだが、それでも人を躊躇いなく斬り捨てていくような奴ではない。
ならば、土方と沖田が警告してきたのは。
が遭遇して、頬に傷を負わされた、人物は―――。
「……」
「……ぎ、銀さん……?」
今、目の前にいるコイツしか、考えられねェ。
祭りにやってきた江戸の人間が平賀の爺さんがやらかした騒ぎに逃げ惑う中、戸惑ったように俺の顔を見上げるを片腕に抱いたまま、俺は今しがた殴り飛ばしてやったそいつ―――高杉晋助を見る。
思いきり高杉の刀の刃を握り締めたことで斬れた左手がズキズキと痛むが、そんなことは気にせずに、に向かって言う。
「―――、先にあのジーさんとこ行って、新八か神楽と合流してろ。こんだけの騒ぎだ、アイツらも向こうにいんだろ」
「で、でも……」
「大丈夫だから、さっさと行け!」
腕を回していた肩から手を放して、トンッと軽く背を押しながら言うと、一度躊躇う。
そんなに思わず少し語気を強めて俺が言うと、渋々小さく頷いては平賀の爺さんがいるだろう騒ぎの方へ走って行った。
今ここで万事屋へ帰れと言ったところで、きっとは帰らないだろうから、かえってこっちの方が安心出来る。
「……クククッ」
「……」
珍しく着込んできたらしい着物を翻しながらが走り去って行った後、不意に体勢を崩していた高杉が顔を上げた。
俺が思いきり殴り損ねた頬の少し下、顎の辺りを摩りながら、何がそんなに愉しいのか喉を鳴らす。
「銀時ィ……てめェ随分と女の趣味変わったんじゃねーのか? あんな小娘1人に大した待遇だなァ」
「うるせェ。俺がどんな奴連れてても、てめェにゃ関係ねェだろーが」
「『関係ねェ』だァ? ……大いにあらァな。まして相手が―――あの女ならな」
「!」
思わぬ高杉の言葉に、俺は目を丸くした。
不本意ではあるが、昔からの腐れ縁であるこいつのことは、俺もよく知っている。
この口ぶりからしてに何かしらの興味を持っていることが窺えるが、女1人に執着するような奴ではなかったはずだ。
腰にある木刀に手を添え、警戒を解かずに訝しげな表情を浮かべて見せると、高杉は特に斬りかかってくる様子もなく言う。
「はじめにてめェらが共にいるところを見かけた時は人違いかと勘繰ったんだが……あの女の頬の傷見て間違いじゃねェと確信した」
「……やっぱの奴が前に会った攘夷志士ってのァ、てめェのことだったのか」
これで、納得した。
土方と沖田が言っていた、真選組から逃れた攘夷志士。
を、何らかの目的で生かして帰した人間は、こいつだ。
俺が苛立った口調で言うのを、愉快そうに高杉は嘲笑った。
「てめェもつくづく呑気な野郎だな、銀時。手元にあんな大層な“獣”を携えた奴がいるとも知らずに、こんな祭りに連れ回すたァよォ」
「あ?」
「あの女のことだよ」
「……?」
何も知らねェのか。
そう言って、更に高杉は口元を歪める。
こいつの言う“獣”というのは―――。
「銀時、精々あの女から目ェ離さねーこったな」
「……どーいう意味だ」
「そんままの意味だ。……俺の“獣”がどーも、興味持っちまったみてーでなァ」
内心で動揺しながらも、俺は平静を装って訊ねる。
しかし、それすらも目の前の奴には見透かされているようで。
高杉は、その場でくるりと踵を返し、俺に背を向けて言った。
「てめェが目ェ離した瞬間、俺があの女頂いてくぜ……必ず、な」
平賀の爺さんのみならず、こいつは、までも利用しようとしているのか。
「―――……ッ、チッ……!」
派手な柄の着流し姿が人ごみの中へ消えていくのを、半ば呆然と見送った後、俺は忌々しげに舌を打ち、その場から走り出す。
何が何だか、訳が分からねェ。
何だってんだ、一体。
『旦那ァ、をしっかり見ていてやってくだせェよ?』
待っていよう、から俺に話してくれるまで。
俺があいつにとって、“そういう存在”に自然となれるまで、口では急かしておきながらも、出来る限り待っていてやろうと決めたはずだった。
しかし、今回のことで分かった。
無理矢理にででも、色々と、には聞いておかなければならないことがある。
少なからず、今回の件に関しては。
そうすれば、高杉の言葉も、沖田の言葉も。
自身の態度も。
『―――アイツ自ら、刀を握るような状況にならねェよーにな』
土方の、意味深な言葉も。
全てが繋ぎ合わさって、1つになる、はずなのだ。
だがその前に、このバカ騒ぎを治めて、平賀の爺さんを止めなければならない。
「……っくそ、めんどくせェなァ……!」
絡み合うのは、あまり良くはない予感の糸。
そして、自分の中で燻るのは、苛立ちばかりだった。
***************
銀さんの、いつもより低めの威圧感のある声に圧されて、私は逃げ惑う人波とは逆方向へと足を進めていた。
高杉さんに、銀さんと共に遭遇してしまったこと。
銀さんに、私が隠してきたあの日の事実を、自分から打ち明ける前に知られてしまったこと。
―――何よりも、銀さんを怒らせてしまったことに、私は内心ひどく動揺していた。
長いとは言えないけれどそれなりの期間を共に過ごしてきた中で、銀さんはいつだって私に気を遣ってくれて、ふざけた調子でいつも話しかけてきては笑わせてくれて。
銀さんや神楽ちゃん、新八君達を見ているだけで、私は毎日、不安から救われていたのに。
「……ッ、馬鹿じゃないの、私……っ!」
平賀さんのことばかり気にしていて、私はそれを忘れていたのだ。
自分のことにすら余裕がないというのに、他人の心配ばかりしているから、こういうことになるのだ。
でも、それは現在進行形でも言えることだ。
私は今も懲りずにまた、自分の行く先を不安に思いながらも、他人の為に奔走しているのだから。
「―――新八君!」
「! ……ちゃん?」
騒ぎの中心である広間には、もう客の姿はなかった。
その代わりに目に止まったのは、平賀さんの手によって創り上げられた多くのカラクリ達が真選組の隊士さん達を相手に暴れ回っている姿。
辺りにはけたたましい戦闘音が鳴り響き、激しく舞う砂埃が視界を塞ぐ。
そんな視界の中で、私は見慣れた袴姿の少年を見つけて、声をかけた。
「ちゃん、どーして……? 銀さんと一緒だったんじゃ……」
「うん、こっちも色々あって……銀さんもすぐに来るよ。とにかく今は……―――」
平賀さんを、止めないと。
そう私が続けると、新八君は驚いた表情をキュッと引き締めて頷いた。
そして、同時にこの騒ぎの中心に向かっていく。
「もう止めて下さい」
「!」
壮大で華やかなステージから降りて、三郎さんの腕に何かを仕込んでいるその人―――平賀さんの前に、新八君と共に立ち塞がった。
平賀さんは私と新八君に気付いたらしく、三郎さんの腕から手を離して、ゴーグル越しにこちらを見る。
「平賀さん……何、してるんですか」
「……嬢ちゃんか。眼鏡の坊主も」
「何でこんな事……将軍様はとっくにお逃げになりましたよ。見えないんですか? もうこんな事、止めて下さい」
新八君のその言葉に、平賀さんはゆっくりと将軍様がいたらしい高台を見つめて、どこか力なく言う。
「そーか……目ェ悪くなってるもんで見えんかったわ」
新八君の言葉と平賀さんの物言いからして、やはり平賀さんは将軍様を狙ってこんな騒ぎを起こしたのか、と確認する。
息子さんを殺した幕府への、復讐の為に。
「まァ、いいさ。だったら今度はあの真選組とかいう連中を狙うまでだ」
「平賀さん!」
「平賀さん、待って!」
将軍様が逃げたと聞いて、矛先を幕府直属の、カラクリ達と戦っている真選組へと向ける為に、再度三郎さんの腕の砲筒へ手を伸ばす平賀さん。
そんな平賀さんを、新八君と共に声を荒げて止めに入ろうと一歩踏み出した時だった。
「オウオウ、随分と物騒な見せもんやってんじゃねーか」
「!」
「! ……銀さん」
現われたのは、先程まで高杉さんと一緒にいただろう、銀さんだった。
いつもの飄々とした声に安堵したように新八君が溜め息を漏らすのを隣で感じながら、私は何だか真っ直ぐに銀さんが見られなくて、視線を下げる。
「ヒーローショーか何かか? ―――俺にヒーロー役やらせてくれよ」
「てめーじゃ役不足だ。どけ」
「しょうもねー脚本書きやがって、役者にケチつけられた義理かてめー。今時、敵討ちなんざ流行らねーんだよ」
三郎さんの腕の向く先に何の躊躇いもなく立ち塞がる銀さんは、真っ直ぐに平賀さんと対峙して言った。
辺りの喧騒が、より一層この場の緊張感と静寂を高めているようだ。
「三郎が泣くぜ」
「どっちの三郎だ」
「どっちもさ。こんなこたァ誰も望んじゃいねー。アンタが一番分かってんじゃんねーのか?」
不意に、平賀さんが動きを止めた。
私の位置から見て取ることは出来ないけれど、平賀さんの目がゆらりと、揺れたような気がした。
「……分かってるさ。だが、もう苦しくて仕方ねーんだよ」
静かに、今にも消えてしまいそうなほどの小さな声で、平賀さんが言う。
私は、先日ポツリと平賀さんが吐露した言葉とそれが重なって、思わず驚く。
あの時は知り得なかった平賀さんの苦しみの“理由”が、分かった。
最愛の息子を、自分の代わりに戦に巻き込ませ、死なせてしまった。
自分1人が生きて、老いていくことが苦しくて。
失って、戻らぬ者を想って生きることに、疲れてしまった。
そして、本当は将軍を殺して敵を討つことも、どうでもいいのだと。
死んでしまったものの為にしてやれることなど、今はもう何もないことも痛いほど分かっているのだと。
けれど、平賀さんは静かに続けた。
「俺ァ、ただ自分(てめー)の筋通して死にてーだけさ」
どうせ死ぬのなら、最期まで息子のことを想って死にたかったのだろうか。
ゴーグルで隠れて一切変わらない平賀さんの表情を見て汲み取ることが、私には出来ない。
平賀さんは銀さんに真正面から向き直ると、最後の警告だというように「どけ」と言う。
これ以上の邪魔を許さない平賀さんは、銀さんをも手にかけかねない雰囲気だった。
そんな平賀さんに臆することなく、銀さんは真っ直ぐに向き合い、口を開く。
「どかねェ―――俺にも、通さなきゃならねー筋ってもんがある」
その銀さんの言葉の後、一瞬静まり返り、流れる沈黙。
私と新八君がどうすることも出来ずに見守る中、平賀さんが下ろしていた腕を動かし、銀さんの方を指示して三郎さんに叫ぶ。
「撃てェェェ!!」
それと同時に、銀さんが腰に下げた木刀を手に取り、砲筒の腕を構える三郎さんに向かって駆け出した。
銀さんの、気迫の篭った声が響いた瞬間。
「―――……え?」
ガザンッ……!!
三郎さんが、カラクリの三郎さんが自ら、砲筒の腕を逸らした。
それに銀さんや平賀さんが気付いた時には、もう銀さんの手にある木刀が三郎さんの身体を破壊していて。
静かに崩れ、地へと倒れていく三郎さんの巨体を、私のみならず新八君や銀さんまでもが呆然と見届けた。
「三郎ォ!! バカヤロー!! 何でオメー撃たなかっ……―――」
「……オ……親父……」
「!!」
無残にも崩れ、半身がボロボロになった状態で地に倒れる三郎さんに、平賀さんが駆け寄って怒鳴る。
すると、そんな平賀さんの声を遮って、機械的な三郎さんの声が小さく呟いた。
「油マミレ……ナッテ……楽シソーニ……カラクリ……テル、アンタ……好キダッタ……マルデ……ガキガ泥ダラケ……ハシャイ……デルヨウナ……アンタノ姿……」
―――好きだった。
それは、紛れもない、平賀さんの“息子”である三郎さんの言葉だった。
「……何だってんだよ、どいつもこいつも」
俯いて、震えた声で絞り出すようにそう言う平賀さん。
私はゆっくりと、そんな平賀さんへ歩み寄って、隣に腰を下ろす。
「どうしろってんだ!? 一体、俺にどーやって生きてけって言うんだよ!」
「……さーな」
悲痛な、縋るものさえ失ってしまった平賀さんの声に、銀さんが小さく返す。
辺りの喧騒はいつの間にか止んでいて、機能を完全に停止してしまった三郎さんと同じように、他のカラクリ達も動きを止めていた。
「長生きすりゃ、いいんじゃねーのか……」
不器用な、それでいて優しい銀さんの言葉に、平賀さんはその場に深く項垂れて。
私はそんな平賀さんの背を、ただ慰めるように支えることしか出来なかった。
翌日、祭りでの騒ぎは真選組の皆さんが何とか治め、カラクリ達も回収されていった。
平賀さんはと言うと、当然、一時の気の迷いからとはいえ天下の将軍様の首を狙った不逞の輩として、指名手配されることとなる。
祭りの場からは何とか逃げ果せた様なので、きっとまた江戸のどこかで機械でも弄っているのだろう。
そして、そんな騒がしい祭りが一段落ついたところで、私は自分の問題を解決しなければならなかった。
「……うーん……」
実は昨夜、あの騒ぎで疲れ果ててしまったらしいメンバーと共に万事屋へ戻ってから、一部ではあるが、高杉さんとのことを銀さんに自分から打ち明けた。
銀さん達が宇宙旅行に旅立った日、暇潰しに真選組へ向かったこと。
そこで買い出しを頼まれて出かけた帰り、路地裏から漂ってきた不穏な空気を放っておけず、半ば好奇心で足を向けて、高杉さんが浪人数人と真選組の隊士を斬り倒したところに遭遇してしまったこと。
その中に退君の姿を見つけて、退君が今にも殺されそうで、思わず手近にあった刀を手にして、高杉さんと対峙してしまったこと。
そして、今にも高杉さんにやられそうだったところに、土方さん達が応援に駆けつけ、保護されたこと。
勿論、高杉さんが妙な刀を捜していたことも一応触れたのだが、銀さんにとってはそんなことは関係なかったようで。
『―――で、何か俺に言うことは?』
『……黙ってて、ごめんなさい』
終始険しい顔付きだった銀さんに一言謝ると、銀さんは私にお登勢さんの店に帰って寝るように言ってきた。
そんなこんなで、結局解決したのかしていないのか判断出来ない状況のまま、私は万事屋を追い出されてお登勢さんの家で一夜を過ごし、現在、万事屋の玄関前で立ち尽くす羽目になっているのだ。
(昨日の様子からして、完全に怒ってたもんな、銀さん……。神楽ちゃんと新八君もそれを察してか全然喋らなかったし……)
どうしよう。
いつもの習慣でここまで来ちゃったけど私はどうすればいいですか(って誰に訊いてんだ私)。
こうして玄関に立っていても物音1つしないところを見ると、皆まだ寝ているのだろうか。
まあ、まだ朝と呼べる時間ではあるけれど、昨日は新八君が泊まっていったはずだから、ここまで静かなのはおかしい。
中に入って確かめてはみたいけれど、昨日みたいに銀さんに怒られて追い返されてしまうかもしれない(ここは銀さんの家なわけだし)。
「うぅー……今度追い出されたら、私もうここには来られないよー……」
そんなことを永遠と考えあぐねながら、万事屋の玄関前を右往左往していると、不意に、ガラリと音を立てて玄関が開いた。
「ぅひっ!?」
いきなり開いた扉に驚いておかしな声を上げ、思わず立ち止まり、恐る恐る振り返って玄関を見る。
すると、そこには―――。
「…………何してんの」
「ぎ……銀、さっ……!」
寝巻の甚平―――ではなく、いつもの白地に渦潮模様の着物を身につけた銀さんが、全開にされた扉に身体を預けて、どこか呆れたように、それでも不機嫌さを残した顔で立っていた。
私は思わぬ人物の出現に、驚きで声を詰まらせながらも、その人を見返す。
銀さんは、昨日と変わらず眉間に皺を寄せた険しい顔付きで、私を見下ろしていた。
「あっ……あ、あの……私、いつもの癖で来ちゃったんだけど……えっと……」
「……」
「銀さんがまだ怒ってる……なら、私、今日は……というか、暫くはお登勢さんのお店にいるから……」
「……」
いつもの私らしくないが、早口で捲し立てるように言う。
思わずオロオロしそうになる自分を心の中で叱責し、私は顔を俯かせると、何の反応も示さない銀さんにクルリと背を向けた。
やっぱり、怒ってるんだ。
許してくれと言いに来たわけではないけど……柄にもなく、泣きそうだ。
でも、これは自業自得で、自分自身が招いた結果だ。
銀さんの優しさも、神楽ちゃんや新八君の優しさも無視して、私1人で塞ぎ込んでいた末路だ。
顔を俯かせて、背を向けたにもかかわらず感じる銀さんの視線に耐えきれず、私はその場から去ることを選んだ。
「……ッ〜〜〜! ご、ごめんなさいっ!」
とりあえず勢いに任せてそれだけ言って立ち去ろうと、階段へ身体ごと足を向けた時。
「―――待てよ」
「!」
そんな短い声と共に、パシリと手首を力強く掴まれ、前に進めなくなった。
慌てて後ろを振り返ると、玄関先から、真っ白い包帯に包まれた手を伸ばして私を引き止める銀さんがいて。
頭をガシガシと掻き乱しながらバツの悪そうな顔をする彼に、何故か今までの冷たい雰囲気は感じなくて、自分の手首を掴んでいる銀さんの手を痛々しく思いながら、少し安堵してしまった。
「……新八と神楽は今、定春の散歩に行ってる」
「……え? あ、そ、そうなんだ……―――って、ちょっ……!」
だから気配がなかったのか、なんて心の中で考えながら、声が震えないよう必死になって銀さんの言葉に答える。
すると、銀さんはグイッと私の腕を引いたまま、万事屋の中へズカズカと上がり込んでいって、私は玄関に靴を脱ぎ飛ばしながらそれに続いた。
「ぎ、銀さん!? ちょっ、いきなり何―――」
「アイツらどこ散歩してんのか知らねェが、全然帰ってきやがらねーんだよ。もー銀さん腹減っちまって待ちきれねェ」
「……え? ど、どういうことで、しょうか……?」
「どういうことって、飯だよ、飯! 朝飯!」
いつもの玄関先の廊下を歩いて真っ直ぐ進み、万事屋のオフィスであるリビングへ出る。
そこでやっと私の手首を解放してくれた銀さんは、今度はクルリとこちらを振り返って言う。
「もういいから。もう怒っちゃいねェから―――いつもみてーに、銀さんに朝飯作って」
そう言った銀さんの顔はいつも通りの気の抜けた、だらしのない顔で。
その顔を私に向けてくれるのが無性に嬉しくて、私は今までいないくらい顔の筋肉を緩めて頷いた。
「まァ、まだ許しちゃいねーけど……高杉から俺を庇ってくれたし、チャラにしてやらァ」
「……へ? 庇ったって……何が?」
「あららー? 忘れちゃったのチャン。銀さん結構グッと来たんだけどなー、アレ」
「……?」
「『私は貴方よりも“過去の銀さん”を知らないけど、貴方よりも“現在の銀さん”を知ってる』―――だったっけか? アレかっこよかったねェー、。……銀さん惚れ直しちった」
「ッ……!! なっ、何でそんなこと憶えてんの!? 恥ずかしいから言わないでよ!」
「いやァ、も俺に似てきたんじゃねーか? 銀さんビックリだよ、ホント」
温かい掌は、いつものように私の頭を乱暴に撫でた。
恥ずかしがる私を、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて揶揄する銀さん。
「……ありがとな」
いつもの、銀さんと私だ。
機械の心に込めたのは、
親から子への愛の形。
そして、予感は現実に。
(恐怖も不安も)(全て、心の奥底に沈めて)
アトガキ。
*騒動解決と、それぞれの葛藤。
*やっと祭り編(勝手に命名)完結いたしました!いやー、長かった。無駄に、長かった。
この話は、これから作る予定のオリジナルストーリーのちょっとした序章的な感じにさせて頂きました。
高杉さんには、銀さんへところどころ「これから何かしでかすぜ」的なことをほのめかしてもらって、それを聞いた銀さんと、標的であるヒロインにはほんの少し気持ちの擦れ違いが生じて葛藤してもらったり。
そんなこんなで、オリジナルに入るのはまだ少し先ですが、この話や以前のオリジナルストーリーに転がしまくった伏線が拾い切れればいいのですが……頑張ります。
今回のカラクリ騒動がきっかけで、ヒロインは平賀さんと知り合うわけですが、その後、この2人は案外仲良しになっちゃったり、という妄想をしております。
平賀さんは平賀さんで、ヒロインを孫みたいに思っていたらいいなー、と。ヒロインはヒロインで、気兼ねなく本音を零せるおじいちゃんみたいに慕っていればいいなーと。
そんなわけで、とりあえず祭り編は終了して、次回からはまた気の抜けたお話に。
とりあえず、ヒロインの江戸での夏、です。
*章タイトル『親思う心にまさる親心。』→→意:子が親を大切に思う気持ちよりも、子を気遣う親心の方がはるかに強く深いものである、という意。吉田松陰の和歌。平賀さんの”三郎”への想い。
*2010年11月2日 加筆修正・再UP。
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