親思う心にまさる親心。 02
「うわ〜〜、カラクリの山だ」
一騒動経て、源外庵の中へと入ることにした私と万事屋一行とお登勢さん。
工場の中に足を踏み入れると、そこは外とあまり変わりはなく、造りかけの機械やら粗大ゴミやらで溢れ返っていた。
「これ全部、平賀さんが造ったんですか?」
辺りに散らばる部品や機械を片付けることから始めた万事屋一行。
そんな中、新八君が段ボールいっぱいに部品を集めて運び出しながら訊ねた。
「てめーら、何勝手に引っ越しの準備進めてんだァ! ちきしょオオ!! 縄解けェェ! 脱糞するぞコノヤロォォ!!」
そんな新八君の問いを無視して―――否、縄で縛り付けられて身動きが取れない為そんなところではないこの工場の主・平賀源外さんは、バタバタと足を動かしながら、そう叫び狂っている。
それにしても、元気なおじいさんだな。
……脱糞されるのは流石に困るけれど。(そういう問題じゃない)
「……いくらなんでもご老体を縛り付けるのはどうかと……」
「あんだけ暴れ回ってんだ。ポックリ逝っちまう心配はねェだろーよ」
そんな平賀さんを少し離れたところから見守っていた私の言葉に、何ともないように、隣に立っている銀さんが言ってのける。
確かに、ポックリとは逝かないだろうが、人として良心が痛まないのだろうか。
「オイ、茶頼むわ」
「御意」
「三郎ォォ!! てめェ、何扱き使われてんだァ!! 助けんかい!!」
ジタバタ騒ぐ平賀さんと、それを何ともないように見つめる銀さんを交互に見て溜め息をついていると、ふと傍らに先程のカラクリ―――三郎さんが寄ってきた。
銀さんはここぞとばかりに三郎さんを使おうと指示を出し、それに三郎さんも素直に応える。
主人を助けるという思考回路はないらしい。
「いや〜、実にいいモノ作ってるじゃねーかジーさん。うちにも1つくんねー? このポンコツ君」
調子に乗り始めた銀さんは、ニタリと卑しい笑みを隠すことなく浮かべて、平賀さんに言った。
私は『ポンコツ』という言葉に納得いかずに、1人首を傾げていたのだが、そんな時。
「あれ?」
ビチャビチャ。
「―――あっつァァぱァァ!!」
「銀さん!?」
こき使っているにも関わらず『ポンコツ君』発言したことにカラクリなりに腹を立てたらしい三郎さんが、銀さんの頭に向かって熱々の日本茶を浴びせかけた。
私は自分の横で豪快に倒れた銀さんを見て驚いて、思わず後ずさってしまった。
「ブハハハハハ、ざまーみろォォ!!」
頭の天辺に熱湯を受けて悶絶する銀さんを見て、平賀さんが高々と嘲笑う。
「三郎はなァ、ある程度の言語を理解出来るんだよ。自分に攻撃的な言葉や行動を取る奴には鉄拳で答えるぞ!!」
そして、そう自分で言っておきながら三郎さんに向かって暴言を吐き、思い切り鉄拳をくらわされている平賀さんを見て、私は口元を引き攣らせて苦笑する。
「……お登勢さん、あの人ホントに江戸一番の発明家なんですか?」
「あん? なんかそーらしいよ」
三郎さんと平賀さんのやり取りを半ば呆れたような、冷めたような眼で見つつ、新八君がお登勢さんに訊ねると、お登勢さんは煙草に火を点しながらだるそうに答えた。
「昔っから好き勝手訳の分からんモン作ってるだけなんだけどね」
「……その“訳の分からんモン”が、世間一般で発明として受け入れられたわけですか」
「まあ、そうなるんだろーが……私らにゃ、ただのガラクタにしか見えないね〜」
辺り一面に並べられた、三郎さんと同じような形をしたカラクリ達を見渡して私が言う。
お登勢さんは相変わらず呆れたように言い捨てていたけれど、この世界よりも幾分発展に遅れている私のいた世界に比べたら、平賀さんのこの発明品達は表彰物だろう。
「ガラクタなんかじゃねェ」
私がそんなくだらないことを考えていると、不意に平賀さんが真剣な声音で口を開いた。
その声は、どこか悲しげな音にさえ聴こえるほど、真剣な声。
「物を作るってのは自分の魂を現世に具現化するようなもんよ―――こいつらは皆、俺の大事な息子よ」
ゴーグルで見えない平賀さんの表情をジーッと見つめていると、何故か私は小さな胸騒ぎを覚えた。
真剣で、真っ直ぐすぎる平賀さんの言葉に、何故こんな不安を抱かなければならないのかは、私にも分からないけれど。
「息子さん、あっちで不良に絡まれてるよ」
「びゅ〜ん」
「い゛や゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!」
私1 人が言い知れぬ不安を抱く背後で、神楽ちゃんが三郎さんを高々と持ち上げているのを銀さんが指差す。
息子と称したカラクリの危機に悲痛な叫び声を上げる平賀さんに、先程の真摯さは一片たりとも残ってはいなかった。
「神楽ちゃん……」
「、見てて見てて!ロケットパンチ発射アル!!」
「止めてェェ!! そんな機能ないから! 腕もいでるだけだから!」
流石のカラクリも、神楽ちゃんの怪力に掛かれば脆い玩具になってしまうらしい。
どこか楽しげに、見ようによっては子供らしくカラクリの腕をもいで遊んでいる神楽ちゃんを見守りつつ、私はただただ溜め息を漏らした。
所変わって、とある河川敷。
町中から若干離れた静かなその場所に、銀さん達と共に平賀さんのカラクリ達を持ってきた私達。
「これでヨシと。……、それ貸せ」
「あ、うん」
嵩張る上に重量のある機械を河川敷まで手分けして運んできて、少し乱暴に河原へ置くと、荷物を抱えたまま棒立ちしていた私に銀さんが振り返って荷物を奪っていった。
ガシャン、と高い音を立てて積み上げられたカラクリの部品達を満足げに眺めながら銀さんは言う。
「ここなら幾ら騒いでも大丈夫だろ。好きなだけやりな」
「好きなだけってお前……みんなバラバラなんですけど……。なんてことしてくれんだテメーら」
ここまで運ぶ出す為に勝手にバラバラに解体されてしまったカラクリ達の無残な姿を見て、脱力したように平賀さんが言うが、先程までの勢いはない。
そんな平賀さんに追い打ちをかけるが如く、神楽ちゃんが言う。
「大丈夫だヨ。サブは無事アル」
「御意」
「御意じゃねーよ!! なんか形違うぞ!! 腕ねーじゃん! 腕!!」
神楽ちゃんの強制的な『ロケットパンチ発射』により両腕がもがれてしまった三郎さんだが、何事もないように返事をする。
あまりに潔いその返事に思わずツッコんだのは平賀さんだ。
平賀さんは心底愕然としたように河原に膝をつくと、そのまま両手も地面につけて焦燥したように叫ぶ。
「どーすんだ! これじゃ祭りに間に合わねーよ!!」
「「祭り?」」
平賀さんの口から零れた単語に、銀さんと新八君が声を揃えて平賀さんに振り返った。
私も、こちらの世界に来て初めて聞いた単語に、平賀さんに思わず訊ねる。
「……お祭りで何かやられるんですか?」
「3日後に、鎖国解禁20周年の祭典がターミナルで行われんだよ……―――」
夏といえば、祭り。
平賀さんが言うには、その祭典に珍しく将軍様も出てくるらしく(この辺りは江戸らしいというか何というか)。
そんな大きな行事で、幕府から直々に平賀さんへカラクリ芸を披露するようにと命令が出たとのこと。
「どーすんだ。間に合わなかったら切腹モンだぞ」
平賀さんが、困ったとばかりにそう零すと、私の横で銀さんと新八君と神楽ちゃん(何故か三郎さんの腕を1本抱えている)の3人が、突然くるりと踵を返して「カレー煮込んでたの忘れてた」と、訳の分からないはぐらかし方をしながら、河原から歩き去ろうとする。
勿論、それに平賀さんが怒鳴るのだが、最早あの3人に声は届いてはいなかった。
「なんて奴らだ……無茶苦茶だ……」
「ご、ごめんなさい……」
「いや、嬢ちゃんが謝るこたァねーよ」
その場には、呆れて言葉を失っている平賀さんとそれに謝罪する私、そして静かに煙草を燻らせるお登勢さんの3人が残った。
「アンタ、大丈夫なのかィ?」
「……やるしかねーだろ。徹夜で仕込めばなんとか……」
「そーじゃない―――息子さんのことだよ」
お登勢さんのその言葉に、一瞬肩を震わせて、平賀さんが動きを止めた。
私なんかよりも長く生きていて、私なんかよりも付き合いが長いのであろうお登勢さんと平賀さんの会話を、私は黙って聞く。
「アンタの息子、確か幕府に……」
「……お登勢よ」
肝心な言葉はないものの、私には何となくお登勢さんの言いたいことが理解出来た。
おそらく、家族を幕府に奪われた平賀さんが、何故幕府の命令に易々と従っているのかと。
もしかして、何か考えがあるのではないのか、と。
そんなお登勢さんに、平賀さんは作業を再開しながら言う。
「年寄りが長生きするコツは、嫌なことはさっさと忘れることだよ」
平賀さんの小さな背中を見つめて、私は思わず顔を歪める。
何かを、抱えている背中だった。
「それに言ったろ。今はコイツらが俺の息子だってよ」
そう言って、ゆっくりと三郎さんを見上げる平賀さん。
そんな平賀さんに、呆れたようにお登勢さんが溜息をついた。
「年寄りがあんまり無茶なことするんじゃないよ? ……それじゃあ、私らは帰るよ」
「ああ。……アイツらに言っとけ。『三郎の腕返しに来い』ってな」
ぶっきらぼうにそう言って、平賀さんは1人カラクリの山へ向かっていった。
私は暫くそのまま、その場で平賀さんの作業する姿を眺めていたけれど、「、行くよ」というお登勢さんの声に促され、ゆっくりとその場から離れる。
「……平賀さん、また、来ますね」
帰り際、一言そう平賀さんに投げかけて、私はお登勢さんを追うように河川敷を離れた。
***************
『―――親父!』
蘇る。
それは、嘆くような。
小さな親の背に怒鳴る、息子の声。
『親父、止めてくれ!』
蘇る。
それは、悔やむような。
機械と向き合う親の背後に立って拳を握る、息子の姿。
『こんな人殺しのカラクリ作ってどーすんだ? 親父、カラクリを人の役に立てたいって言ってたじゃねーか!』
空からの侵略者によって蝕まれつつある、この地球。
共に江戸を護ろうと立ち上がる侍達。
それを見て、自分に出来ることを探しただけだというのに。
『だったら―――俺が代わりに戦う』
何で、この手に掴んでおきたいものは。
自分の世界と共に、護りたいと思うものは。
『親父、アンタいつからか全然笑わなくなっちまったな』
こんなにあっさりと、ちょっとしたきっかけで。
簡単に、自分の元から離れていってしまうのだろうか。
『俺ァなァ、親父。汗まみれになって楽しそーにカラクリ弄ってるアンタの背中が好きだったんだ』
呆気なく、壊れてしまうのだろうか。
『まるで、ガキが泥だらけになってはしゃいでるよーなアンタの姿がな……』
なくなって、しまうのだろうか。
『そんな険しい顔で仕事してるアンタ―――俺ァ見たかねェ』
そう言って背を向けた息子に振り返っても、もう遅くて。
親の声に振り返ることなく、その背中は去っていく。
考える。
この時、この瞬間、何故無理矢理にでもあの背中を止めなかったのかと。
いつの間にか逞しくなってしまったその後ろ姿を、追いかけることを出来なかったのか、と。
後悔だけが、心の中に降り積もって。
ただただ、残っている。
「―――……」
川のせせらぎに入り混じって、機械的な音が静かな河川敷に響く。
独りでカラクリを弄る度、頭の中に蘇る過去。
その度に、作業する手を止めては悔み、再び手を動かす。
そんなことをもう何年と繰り返してきただろうか、と考えながら、黙々と作業を続ける。
ふと、その時。
ザッ、ザッ、ザッ。
自分の背後からやってくる、河原の砂利を踏みつける音。
確実に、それでいて焦らすようにじっくりと歩み寄ってくる人物に、平賀は手元で行っていた作業を止めて、振り返った。
「!」
ゴーグル越しに見えたのは、1人の男。
派手な、女物と見られる着物に身を包み、笠を被った―――帯刀をする、侍。
平賀が振り返った直後、近すぎるわけでもなく遠すぎるわけでもない距離に立ち止まっている男は、頭に乗る笠を外した。
口元には、煙管。
そして、獣のような雰囲気。
片目を包帯で覆い隠したその風貌は、男の鋭い右目と鋭利で不気味で妖しげな空気を一層際立たせていた。
「―――よう、じいさん」
どこか癖のある、その声。
記憶の糸を手繰り寄せて目の前の人物が誰なのか頭の中で検索するが、生憎見覚えも聞き覚えもない姿と声。
「アンタ、息子がいただろ? カラクリ弄り回すのが得意な……幕府に殺された、息子がよォ」
「!?」
そんな声の主から、発せられた言葉に―――心が、大きく揺らいだ。
「俺が、アンタのその“憎しみ”を」
何度。
何度、愛しい息子の仇を取ってやろうかと、思ったことか。
「アンタのその“想い”を」
幾年月。
幾年月、自分の中に眠るこの奮える“想い”を燻らせてきたことだろうか。
「鋭く―――研いでやるよ」
獣の不気味な視線と言葉に、全て、掻き立てられて。
奮い立つ感情を抑え込むように、手の中にある冷たい感触の工具を、軍手越しに力強く握り締める。
ドロリとした感情が急速に身体を駆け抜けていくのを感じながら、ただただ男の鋭い瞳を見つめていた。
絡み合う想い。
今と昔で、リンクする。
(獣がもたらすものは、解放か)(束縛か)
アトガキ。
*重い嫌な予感を感じ始めるヒロインと、”獣”と接触したことにより動かされてしまった平賀さん。
*後半の視点は平賀さんよりの第三者視点……みたいな感じ(曖昧)
平賀さんは多分、ずっと幕府に何かしてやろうと思っていたけれど、今一歩自分自身違う気がして踏み出せなかったところで、”獣”さんとの接触で悪い方へ動かされてしまったんじゃないかと。
急ぎで書いた上に、勝手に捏造してしまった部分が多々ありますが、そこは大目に見てやってください。
次は、祭に入る前の平賀さんとヒロインのやりとりを。オリジナルです。
*2010年11月1日 加筆修正・再UP。
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