SUMMER TIME HOLIDAY!   04




「あ〜、気持ち悪いヨ」
「う゛ェ〜」
「大丈夫? 3人とも……」
オメー……助けんの遅ェよ……」
「ご、ごめん」


なんとかドS王子・総悟君を説得して(何故か頭引っぱたかれたけど)万事屋メンバーを降ろすことに成功した私は、地面に転がる3人に駆け寄り、謝罪した。
地に足の付いた体勢に戻ることができた3人は、暫く苦しそうに唸った後、漸く身体を起こす。


「本来ならてめーら皆叩き斬ってやるとこだが、生憎てめーらみてーのに関わってる程今ァ俺達も暇じゃねーんだ。消えろや」


そんな銀さん達に冷めた視線を送りながら、土方さんが吐き捨てるように言った。
3人が復活を遂げて立ち上がったのを見届けて、私も腰を上げる。


「おい、。お前は帰るなよ。仕事してけ」
「……分かってますよっ」


それと同時に釘を指すようにそう言われて、思わず私は口を尖らせて土方さんを睨みつけた。
―――鼻で笑われたけれど。(くそ、馬鹿にされた気分だ)


「あー、幽霊怖くて、もう何も手につかねーってか」


まあ、私のことはどうでもいいとして。

もう用済みだとばかりに銀さん達へと吐き捨てた土方さんに、銀さんがニヤニヤと笑みを浮かべながらからかうように言ってきた。
その隣では、同じような顔をした神楽ちゃんがいて。


「かわいそーアルな。トイレ一緒についてってあげようか?」
「武士を愚弄するかァァ!! トイレの前までお願いしますチャイナさん!」
「お願いするんかいィィ!」


幽霊騒ぎで恐くてトイレを我慢していたらしい近藤さんを連れて、神楽ちゃんは厠の方へと向かっていった。
律儀にも自分の言葉を守る神楽ちゃんはいいとして、大人として正しいとは言えない行動を取る近藤さんの背に、土方さんの悲痛な叫びが突き刺さる。


「……近藤さん、いつから我慢してたんでしょうね」
「余計なこと考えんな。虚しくなる……―――てめーら、頼むからこの事は他言しねーでくれ。頭下げっから」
「……なんか相当大変みたいですね。大丈夫なんですか?」


近藤さんの珍行動や土方さんの様子から、漸く万事屋メンバーも事態を把握し始めたらしい。
今までのからかうような態度を消し去り、新八君が心配そうな表情で言う。
土方さんはそれに重たい溜め息を一つついた後に答えた。


「情けねーよ。まさか幽霊騒ぎ如きで隊がここまで乱れちまうたァ。相手に実体があるなら刀で何とでもするが、無しときちゃあこっちもどう出ればいいのか、皆目見当もつかねェ」


心底参ってしまっている土方さんは、そう言うとまた溜め息混じりに紫煙を吐き出す。
江戸の平和を取り仕切る真選組の深刻な現状に新八君の顔つきが変わるのを見た後、銀さんへと目を向けてみると―――彼はそれほど深刻とも思っていないらしかった。


「え? 何? おたく幽霊なんて信じてるの。痛い痛い痛い痛い痛いよ〜お母さ〜ん! ここに頭怪我した人がいるよ〜!」
「お前いつか殺してやるからな」


小学生でもやりそうにないような揶揄の仕方に、土方さんは青筋を浮かべて殺人予告。
近くに立っていたせいか銀さんに「も言ってやれ」と同じことを強要させたが、私まで土方さんにロックオンされてはたまったものじゃないので、全力でお断りしておいた。


「まさか土方さんも見たんですかィ? 赤い着物の女」
「わからねェ……だが、妙なモンの気配は感じた。ありゃ、多分―――人間じゃねェ」


その間にも話は進み、土方さんもその身で感じ取ったらしい、ただならぬ気配。
人間の気配ではないと幾分強張った顔つきで零す土方さんに、今度は銀さんに総悟君が加わって揶揄する。


「痛い痛い痛い痛い痛いよ〜お父さーん!」
「絆創膏持ってきてェェ!! できるだけ大きな、人一人包み込めるくらいの!」
「おめーら打ち合わせでもしたのか!!」
「ほら、もやりなせぇ」
「え、やらないよ。嫌だよ。さっき断ったじゃん」
「いいからいいから〜」
「いちいち巻き込んでんじゃねーよ!!」


どうしても、土方さんを『頭を怪我した痛い人』にしたいらしい2人。
事情を知らない銀さんはともかく、総悟君は身内だろうに、と私は苦笑する。


「赤い着物の女か……確かそんな怪談ありましたね」


ほれほれとしつこく絡んでくるドSコンビを何とか退けて溜め息を零した時だった。
銀さんと総悟君の後ろから、思い出したように新八君が言って、その場にいる全員の視線が彼に集中する。


「……新八君、知ってるの?」
「うん。僕が通ってた寺子屋でね、一時そんな怪談が流行ったんですよ。えーと、何だっけな」


私の問いにコクリと頷いて、新八君が語り出す。

夕暮れ時、授業を終えた寺子屋の生徒達がそのまま寺子屋の中で遊んでいる。
すると、もう誰もいないはずの校舎に。


「―――赤い着物着た女がいるんだって」


どこにでもこういう怪談って存在するんだな。

新八君の話を聞いてそんなことを思っていると、彼は更に「それで」と繋いで続けようとする。
しかし。


「ぎゃあああああああああああああ!!」


「「「!」」」
「え……?」


突如屯所内に響いた、男の叫び声。
その声が神楽ちゃんに付き添われて厠へと向かったはずの近藤さんの声だと理解した私達は、すぐさまその場から厠へと走り出した。


「神楽どーした!?」


厠へと駆けつけてみると、そこには近藤さんの悲鳴を聞き声をかけている神楽ちゃんがいて。
ドンドンと扉を叩いて声をかける神楽ちゃんに、近藤さんからの返事はない。


「どけ!!」


内側から締め切られている厠の個室を、土方さんが力任せに蹴り破った。
荒々しい音と共に開かれた扉の先には―――便器に頭を突っ込んだ逆様の状態で突き刺さる、近藤さんの姿。


「何でそーなるの?」


その場にいる全員が思ったであろうことをポロッと零した銀さんの声が、静まり返った厠の中に響いた。






厠から近藤さんを救出して部屋へと運び込んだ私達は、布団に寝かせた近藤さんを囲むようにして、腰を落ち着かせた。
とりあえず、他の隊士と同じように濡らしたタオルを額に乗せてみたものの、近藤さんはずっと『赤い着物の女が来る』と魘されている。


「うぐっ!」
「近藤さ〜ん、しっかりしてくだせェ」


いい年こいてみっともないですぜ、寝言なんざ。

近藤さんの枕元近くに座る私の隣で、総悟君がそう言いながら近藤さんの顔を覗き込む。
私はそれに苦笑すると、水が入った桶を邪魔にならない場所に移動させた。


「……これはアレだ。昔泣かした女の幻覚でも見たんだろ」
「近藤さんは女に泣かされても泣かしたことはねェ」
「じゃあアレだ。オメーが昔泣かした女が嫌がらせしにきてんだ」
「そんなタチの悪い女を相手にした覚えはねェ」
「じゃあ何?」
「知るか。ただ、この屋敷に得体の知れねーもんがいるのは確かだ」


近藤さんを挟んで向かい側に座る銀さんと土方さんが不毛な言い合いを繰り広げる中、何を思ったのか魘されている近藤さんの首を締め上げる総悟君。

原因不明の襲撃に、皆途方に暮れてしまっている。
先程までは散々揶揄していた銀さんも、近藤さんに起こった異変を目の当たりにして急に大人しくなった。
―――相変わらず、態度は不遜だけれど。


「総悟君、近藤さん死んじゃうからその辺に……―――?」


私は銀さん達の会話に耳を傾けながら、総悟君を止めに入る。
そんな時、チラリと見えた近藤さんの首に赤い色が見えて、私は首を傾げた。
止められて面白くなさそうな顔をしながら総悟君が近藤さんから離れたことを確認し、よく見える位置へと移動して覗き込んでみる。

何だろう、これ。
ちょっと腫れてるっぽいけど……痣?


「……やっぱり幽霊ですか」
「あ〜? 俺ァなァ、幽霊なんて非科学的なモンは断固信じねェ。ムー大陸はあると信じてるがな」


私が一人近藤さんを見つめている横で、鼻に指を突っ込んでからその手を神楽ちゃんの頭に擦り付け、銀さんは腰を上げる。

アホらしい。
付き合ってられるか。

そう言いながら立ち上がった銀さんの手は―――汗でジトジトしていた。


「何ですかコレ?」
「……何で私も?」


近藤さんを覗き込んでいたのに、立ち上がった銀さんに突然手を引かれて思わず立ち上がったのは、私と神楽ちゃんと新八君の3人。
左手を新八君と、右手を神楽ちゃんと繋ぎながら私の目の前までやってきた銀さんが、神楽ちゃんと繋いだままの右手で私の手を掴んで立ち上がらせたのだ。

万事屋メンバーと私の4人が銀さんによって繋がれた奇妙な状態に、新八君・私の順で言葉を投げかける。
銀さんはそんな私達に向かって、いつもの調子で言ってのけた。


「何だコラ。てめーらが恐いだろーと思って気ィ遣ってやってんだろーが」
「銀ちゃん手ェ汗ばんでて気持ち悪いアル」


行動と態度が伴っていない銀さんに、その場にいた全員が思った。

まさか……。


「あっ、赤い着物の女!!」


総悟君が外を指差してそう叫んだ瞬間、銀さんは私達の手をあっさり放して近くの押入れへと襖越しに突っ込んでいった。


「ぎ、銀さん……」
「……何やってんスか、銀さん?」
「いや、あの、ムー大陸の入口が……」
「旦那、アンタもしかして幽霊が……」
「何だよ」


突然すぎる銀さんの行動。
私達が確信にも似た感情を抱きつつある中、総悟君が確認するように言いかけると、銀さんの強がっているようで強がれていない声がそれを遮った。

間違いない。
この人、今の今まで幽霊の存在を否定して馬鹿にしていたけれど、それはただ単に―――怖かったからだ。


「土方さん、コイツは……アレ?」


これじゃあたとえ偽物の拝み屋として連れてきたとはいえ、協力してもらえない。
という以前に、もしもの時に戦力にならない。

総悟君がそんな銀さんに気付いて土方さんへと目を向ける。
しかし、そこには先程まで悠々と腰を下ろしていた土方さんの姿はなく。


「土方さん、何をやってるんですかィ」
「いや、あの、マヨネーズ王国の入口が……」


お前もかよ。

そんな意を込めた氷のように冷たい視線を、部屋に飾られていた大きな壺に上半身を突っ込んでいた土方さんにも投げつけた後、総悟君・新八君・神楽ちゃんの3人はその場で踵を返した。
私はとりあえずどうするべきか悩み、総悟君達の背を呆然と見送っている。


「待て待て待て! 違う、コイツはそうかもしれんが俺は違うぞ!」
「ビビってんのはオメーだろ! 俺はお前、ただ胎内回帰願望があるだけだ!!」


いい年した大人の男が幽霊を恐がっていると察した若人3に弁解するように、銀さんと土方さんが私の後ろから大声で強がってみせた。
正直、恐怖しつつ強がっているせいか混乱して、言い訳が意味の分からないものとなってきている。
おまけに、私だけその場に留まっていたせいか2とも私の肩を掴んで「違うから! 俺は違うから!」「お前からも何か言ってやれ! 俺は違うって!」などと叫んでいる。

どうでもいいけど、肩痛い。(私の両肩砕く気か)


「分かった分かった。ムー大陸でもマヨネーズ王国でもどこでも行けよクソが」
「「何だその蔑んだ目はァァ!!」」
「いたたたたたたた!」


あれだけ幽霊の存在を否定し、馬鹿にし、相手にもしていなかった2が全く頼りにならないことが判明した(それ以前に大人としてどうなのだと思ったのだろう)ことで、辛辣な態度へと変わった神楽ちゃん。
そんな神楽ちゃんからの視線に苛立って同時に怒鳴る銀さんと土方さんが、怒り任せに私の肩にある手に力を込めてくる。
ギシギシと鳴る肩に耐えかねて、私は声を上げた。

ホント、今日は何なんだ。
休みだったのに呼び出されて幽霊騒ぎに巻き込まれ、土方さんには小馬鹿にされ、総悟君には頭をひっぱたかれ、馬鹿力似た者コンビによって肩を粉砕されかけている。

自分としては傍観に徹しているつもりだったのに巻き込まれて、地味に酷い目に遭っている自分を嘆いていた時だった。


「ん?」
「? 何だオイ」
「驚かそうたって無駄だぜ。同じ手は食うかよ」


突然、つい先程まで銀さんと土方さんに蔑んだ目を向けていた神楽ちゃんの顔色が、変わった。
神楽ちゃんの反応に銀さんと土方さんが首を傾げる中、総悟君と新八君の顔色まで変化して、3人は一様に銀さんと土方さんの背後に釘付けになっている。


「……オイ、しつけーぞ」


銀さんか土方さん、どちらが言ったのかまでは神経が行き届かなかったが、そう一言零された瞬間。


「ぎゃああああああ!!」
「オッ……オイ!!」


尋常じゃない叫び声を上げて、新八君をはじめとして走り去っていく総悟君達。
私はその叫び声に驚いて一瞬ビクリと肩を震わせると、原因があると思われる方へ顔を向けた。

後ろには、銀さんと土方さんの何とも言えない怪訝な表情。
そして、その更に後ろには。


「(いくら驚かせるにしても大袈裟な……)……―――!?」


振り返って、目の当たりにし、目を見開く。


「あ? まで何してやがる」
「オメーまでノることねーんだぞ。……ったく、手の込んだ嫌がらせを」
「これだからガキは……」
「「引っかかるかってんだよ」」


そう言って私より一足遅く振り返る銀さんと土方さんの後ろには。


「ッ……!!」




―――逆さになった髪の長い女の顔が、襖の隙間からこちらを覗き込んでいた。




あまりの衝撃と見たこともない女の形相に、心臓が飛び出しそうになって声が漏れそうになった。


「「こっ、こんばんは〜」」


そして、銀さんと土方さんの呑気な声が聞こえたかと思うと。
グイッと腕を掴まれて引っ張られ、浮遊感が身体を襲う。


「ぅ、わっ……!」


浮遊感の直後にやってきた疾走感で、自分が担ぎ上げられていることに気付く。
思わず声を上げて、そのスピードに耐えるために目の前のものを掴んだ。


「「うおおおおおおお!!」」


部屋の障子を蹴破り、屯所の廊下を疾走する銀さんと土方さん。
よくよく見てみると、私がバランスを保つために掴んだものは真選組の黒い隊服で。
どうやら、あの得体の知れない女から逃げる時、条件反射で私も抱えてきてくれたらしい。

土方さんに抱えられていることは分かったものの、この2人、気付いているのだろうか。


「オイぃぃぃ何で逃げんだお前らァァ!!」


私達よりも一足先に逃げていた新八君達が目先に見えるが、彼らは私達を見るなり走るスピードを上げて全力疾走していく。

……そりゃそうだ。
こんなの、ホラー以外の何物でもない。


「アレ? ちょっと待て。オイ、何か後ろ重くねーか?」
「ふざけんな! 何も抱えてねェくせに重いわけねーだろ!」
「……え、それどういう意味ですか土方さん! 私が重いってことですか! そりゃ軽くはないでしょうけど、重いなら下ろしてくださいよ!」
「うるせェェェ!! 耳元で叫ぶな荷物!!」
「荷ッ……!」


最低だこの人!
勝手に人のこと抱えてるくせに!

先程までは私なんか抱えて走って大変だろうからと気を遣っていたのに、そんな気が一瞬で失せた(今日の土方さん最悪だ)。


「ちげーよ! 後ろだっつってんだろーが! 絶対なんか背中乗ってるってオイ! ちょっと見てくれ。オイ、何か乗ってるだろ!」
「知らん! 俺は知らん!」
「いや乗ってるって! だって重いもんコレ!」


土方さんの言葉に思わず絶句していると、その間に銀さんが焦燥しきった声で言う。
背中の重みを感じつつも見て見ぬふりを貫き通す土方さんは、走りながら私を抱え直し、更に銀さんへ苛立ったように怒鳴った。


「うるせーな、自分で確認すればいいだろーが!」
「お前ちょっとくらい見てくれてもいいんじゃねーの!? あれだったら俺抱えるけど!」
「それてめーがただ単にコイツ触ってたいだけじゃねーか!」
「そんなんじゃねーよ! 女一人抱えるだけでぐだぐだ言ってる貧弱野郎の手助けしてやろうって言ってんだよ!」
「んだとコラぁぁ!! 誰が貧弱野郎だ! こんなガキの12どーってことねーよボケ!」
「(ガキ……)というか、抱えられなくても私自分で走れますけど!」
「「オメーは黙ってろ荷物!!」」


……もう泣いていいですか。(いいよね、女の子扱い以前に人間扱いされてないんだもん)

最早何も言うまいと口を閉じた私。
そんな私を尻目に銀さんと土方さんの2は同時に振り返ろうと提案し、声を掛け合う。
「もうそのまま喧嘩し続けて幽霊にやられてしまえ」とまで思ってしまっている傷心の私を放って、銀さんと土方さんは「せーの」と2声を揃えてから立ち止まると、バッと後ろを振り返った。

その先には、案の定―――。


「「……こ、こんばんは〜」」


恐ろしい形相でニヤリと笑う、髪の長い女の姿。
ずっと銀さんと土方さんの肩を掴んで背負われていたらしい女を目の当たりにした銀さんと土方さんは、劈くような悲鳴を上げる。


「え……―――痛ッ!」


それとほぼ同時に、私は土方さんの手によって近場の部屋の中へと乱暴に投げ込まれた。
ドサリと畳へ身体を叩き付けられた痛みに顔を歪めている間に、銀さんと土方さんが全速力で逃げていく足音を耳にし、思わず困惑する。

え、うそ、置いて行かれた!?
もしくは囮にされた!?


「…………あ、れ?」


今日1の扱いの酷さにそんな最悪の事態を想像してしまったが、一向に目の前に女が現れて襲いかかってくる気配はない。
恐る恐る廊下の方を見てみると、銀さんと土方さんはおろか、女の姿もない。

どうやら、女はあのまま銀さんと土方さんを追いかけて行ったらしい。
その証拠に、走り去る足音に混じって、虫の羽音のようなものが微かに耳に届いた。

―――ん? 羽音?

私はそこまで考え至って、慌てて廊下に飛び出した。
銀さんと土方さんが逃げて行った先を、よく目を凝らして見つめる。
そこには、もう大分姿が小さくなって遠くに見える銀さんと土方さん、そしてそれを後から追いかける―――背に虫のような羽を生やした、長い髪の女の、幽霊。


「……何、あれ」


幽霊って、背中に羽生えてるものなのか?

一瞬そんな馬鹿なことを考えてしまったが、落ち着いて状況を整理する。

今しがた目にした、はっきりと目に捉えることができる女の姿。
その背に生える虫のような羽。
それ以前に、一般的に言われる幽霊のイメージとはかけ離れた風貌。

そして、近藤さんの首に残っていた、腫れた痣のようなもの。


「もしかして……」


そこまで思い至って、私は廊下で踵を返した。
もうすっかり日も落ちて暗くなってしまった屯所の廊下を足早に進んで向かったその先は、真選組の隊士達が眠る道場。


「! ―――新八君」


そこにはすでに隊士以外の人影があった。
見覚えのあるその影に暗闇の中で目を凝らすと、それは新八君で。
彼は道場に敷かれている布団で眠る隊士の傍らに腰を下ろし、何かを探っている様子だった。


ちゃん……もしかして、気付いて……?」
「うん、色々引っかかったから、確認に来たんだけど……」


私が道場へ駆け込んできたのに気付いた新八君は、何かを悟ったようにコクリと頷いた。


「そっか。僕はさっき沖田さんと神楽ちゃんと一緒に蔵の中へ逃げ込んで、その時に気付いたんだ。……この人も、この人も、この人も。幽霊にやられた人には、皆一様に蚊に刺されたような傷がある……」
「私も近藤さんの首に腫れた痣みたいなのが見えて……さっき逃げてる時に、幽霊の姿、見たから……」


そう、あれは。




「あれは、幽霊なんかじゃない」




新八君と共に道場から外へと飛び出した私は、真っ先に銀さんと土方さんを捜した。
屯所の庭で2とも全身ずぶ濡れになりながら言い争っているところに駆けつけた時、その場にはもう1――着物を着て羽が生えた“幽霊”女が地面に横たわっていて。


「あの〜、どうもすいませんでした〜」


いつだかの万事屋メンバーよろしく、縄でグルグル巻きにされた挙句木に逆さに吊るされた“幽霊”は、凄い形相とは打って変わった至極人間的な話を始めた。

幽霊の正体は、地球で言うところの『蚊』と同じような習性を持つという天人。
なんでも、勤めている会社の上司との間に不倫の末子供ができてしまい、その子供のためにエネルギーが必要だったとのこと。
家庭がある上司に気を遣い子供を1で育てる決意をし、エネルギーの源である血を求めてさ迷っていた矢先、男だらけの真選組へと辿り着き、つい侵入してしまったと。


「ホントすいませんでした。でも私強くなりたかったの。この子育てるために強くなりたかったの!」
「すいません、その顔の影強くするの止めてくれませんか」


くわっと表情を変える様は恐怖の対象でしかないものの、母として子を想うがあまり走ってしまった行動らしいので、その場は罰せられることなく、女の天人は見逃されることとなった。


母は強しというか、まさか泣く子も黙る武装警察へ子供のためとはいえ1で、血を求めて侵入するとは、凄い天人だ。
とりあえず事は一件落着ということで、昨夜までは床に伏せていた隊士達も復活し、屯所内はいつもの活気を取り戻した。


……よいしょ、と」


そんな屯所内、道場の中に敷かれていた布団を片付け終えた私は、ふう、と一息つくと銀さん達の元へ戻るために廊下を歩く。
道場から暫し歩いていくと、庭に面する廊下で寛ぐように横になっている銀さんと、その傍らで座って煙草を燻らす土方さんの姿を見つけ、私は2に歩み寄る。


ったくよォ、幽霊にしろ蚊にしろ、傍迷惑だってのに変わりはねーな」
「傍迷惑なのはテメーだ。報酬なんぞやらんと言ってるだろ、消えろ」


横になっている銀さんのすぐ後ろで立ち止まると、お互いにうんざりしたような顔と声色で話をしている銀さんと土方さん。
どうやら「働いたのだから報酬をよこせ」と銀さんがしつこく食い下がっているらしい。


……銀さん、お金せびってるの?」


人様の家(というか警察)の縁側で図々しくも横になりながら、そこのナンバ2に金をせびる、一応私の上司。

元はといえば銀さん達がおかしな気を起こして拝み屋なんかを装って真選組にやってこなければ、ここまでの大事にはならなかったのではないだろうか。

―――まあでも、銀さん達が来たから解決したのかもしれないが。

真後ろから聞こえた私の呆れた溜息に、銀さんと土方さんはこちらを振り返ってくる。


、お前の上司は最悪なボッタクリヤローだな。お前からも言ってやれ」
「言ってやれって言われても……」
「なーに言ってやがる。野郎どもをただ看病するってだけでコイツ呼び出したくせしやがって。仕事したんだから金よこせよ」
「仕事してんのはだろーが。テメーみてーな面倒事だけ押しつけに来た野郎にやる金なんざ、びた一文たりともねェ」


……あれ、また言い争い始まっちゃったよ。

2人の言い争いを止める意味でも声をかけたというのに、結局目の前の似た者同士2人は「俺がケリつけた」「いーや俺が」と事の終止符をどちらが打ったかと言い争いを始めてしまった。

売り言葉に買い言葉―――本当、この2人は仲が悪い。
その割には喧嘩になるとお互い饒舌になって、見方によっては会話が弾んでいるようにも見えるから不思議だ。




『調子に乗ってんじゃねーぞこのボンクラ親父! も何か言ってやれ!』
『……私は別にいいよ』
『父親に向かってボンクラとは何だァ!? お前はホント可愛げのない……を見習え!』
『見習うも何も、アンタ見て呆れてるところは俺と一緒だっつーの!!』




まるで元の世界に置いてきてしまった父と兄のようで、何だか複雑な想いを抱えながら、私は銀さんと土方さんの背を見つめて、苦笑した。


「銀ちゃん、、そろそろ帰……―――何やってるアルか、2人とも
「「いや、コンタクト落としちゃって」」
「……へー、貴方達がコンタクトだったとは初耳ですね」


ガララ、っと音を立てて開いた背後の部屋の扉から、神楽ちゃんがひょっこりと顔を出す。
幽霊騒動で物音に敏感になってしまったのか、銀さんと土方さんは光の速さで軒下へと滑り込んでいった。

……こういうところは、全然違うんだけどなァ。








幽霊嫌いな2匹の侍。

(斬れないものには、弱いのです)










アトガキ。


*荷物扱いされて嘆くヒロインと、大騒ぎな侍たち。そして、幽霊騒動の真相。

*ようやっと幽霊騒動編完結です。
この話を書き始めた当初はまさか2話分も使うことになるとは思わなくて、しかもネタが全然思い浮かばずに行き当たりばったりで書いていたのですが、思いの外きちんと書けて安心してます。
今回の見どころは、土方さん達にいじめられるヒロイン。肩粉砕されそうになったり荷物扱いされたり、大変だったと思いますが、書いてる私は楽しかった(爆)


 では次回は、久々のあの人登場に加えて、かまっ娘集合!




*2012年09月02日 UP。