SUMMER TIME HOLIDAY! 01
「ちゃん、水着はビキニですか。ワンピースですか」
真夏日。
『猛暑』という言葉がテレビやら新聞やらで飛び交う、夏場真っ盛り。
万事屋のリビングで神楽ちゃんと新八君と共にゆったりとした時間を過ごしていた時、どこへ行っていた(おそらくまたパチンコだろう)様子の銀さんが、帰宅するなり玄関から真っ直ぐに歩いて来て、汗だくでそんなことを言ってきた。
思わず、迫られている私のみならず、定春とじゃれていた神楽ちゃんや麦茶を飲んでぼんやりしていた新八君まで顔を引き攣らせ、固まる。
そして、私は真顔のまま言う。
「……暑さで頭沸いて脳みそ爆発でもしちゃったの? 銀さん」
「そんな可愛く首傾げながらとんでもないこと言う子に育てた覚えはねーぞ、銀さんはァァ!!」
「奇遇だね。銀さんに育てられた覚えないよ、私も」
「銀さん、アンタとうとう頭イカれたみたいッスね。変態だとは思ってましたけど」
「最低ネ。私とに近付かないで」
「何でお前ら総出で俺を蔑む!?」
ソファーの端に腰かけて本を読んでいた私の隣に無理矢理入り込んで叫ぶ銀さんを、新八君と神楽ちゃんは冷めた目で見つめている。
神楽ちゃんに至っては、何故か標準語になっている。(それがまた辛辣に感じる)
私はとりあえず、このおかしなテンションの男を何とかしようと、テーブルの上に置いてある冷えた麦茶に手を伸ばし、銀さんに手渡した。
それを見た銀さんは、一瞬「何でいちご牛乳じゃないの」とでも言うような顔をして私を見て来たが、「早く飲め」とばかりにコップを強く差し出すと、渋々ではあるがコップを受け取って口を付け、一気に流し込む。
「っぷはー! ……うめェ」
「落ち着いた?」
「おう、ありがとよ……って、銀さんは元から正常です!」
まで俺を異常者扱いか!
そう騒ぎながら私の肩をむんずと掴んでくる銀さんに、私はただ溜め息をついて返した。
ふと、そんな銀さんの後ろに人影を見つけて、私は銀さん越しにその人を見る。
サングラスに、ヨレヨレの服。
身体全体から負のオーラが滲み出ているような、そんな人。
「ちょっと待ってちゃん。何このモノローグ。ちゃんの中で俺ってそんな負のイメージ?」
「こんにちは。お久しぶりですね、長谷川さん」
「あれ? おじさんの声聴こえてるよね? 完璧に今無視したよねこの子!」
銀さんの飲み仲間である、長谷川泰三さんだった。(無視)
私が銀さんを押し退けて挨拶をすると、神楽ちゃんと新八君も長谷川さんに気付いたらしく、声をかける。
「本当だ。こんにちは、長谷川さん」
「よう、まるでダラダラなオッサン、略してマダオ! 何しにきたアルか?」
「『ダラダラなおっさん』って何!? 俺のイメージ悲惨そのものじゃねーか!」
どうやら、パチンコ屋で鉢合わせした様子の銀さんと長谷川さん。
2人とも、互いにパチンコで惨敗したところを慰め合っていたようである。
「銀さん、またパチンコなんかで無駄遣いして……銀さんのご飯だけ定春の餌と交換しようか?」
「ええェェェ!? 最早俺犬扱いですか! それだけは勘弁して、様!」
パチンコに使うお金があるなら、もう少し生活費に回したらどうなのだろうか。
呆れた私の言葉に、銀さんは慌てた様子でそう言って頭を下げてきた。
まあ、やめはしないのだろうが。
「それはともかく、何かあったんですか? 長谷川さんまで上がりこんできて……」
そんな時、外れていた話題を新八君が軌道修正するかのように訊ねた。
それを聞いた途端、銀さんはハッと我に返ったように姿勢を正し、また私を真正面から見つめてきて言う。
「ちゃん、水着はビキニですか。ワンピースですか」
「また話を振り出しに戻す気かァァァァ!!」
「ごふァッ!!」
「……」
万事屋へ飛び込んできて言った第一声を繰り返した瞬間、銀さんは新八君の強烈な張り手によって吹っ飛ばされ、フローリングに転がった。
そんな銀さんを私が沈黙して一瞥している間に、新八君が苛立たしげに怒鳴る。
「アンタが喋ると全く話が進まねェんだよ! 少し黙ってろ!! アンタはもーホントいい加減にして下さいよ! 相手がちゃんで何も言わないからって……アンタの発言は立派なセクハラ行為ですよ」
「うるせェェェェ!! 夏だぞ! 夏と言えば海だ! 海と言えば水着だ! の水着姿が見たいって妄想して何が悪い!!」
「アンタマジで訴えるぞ!!」
何やらいかがわしいことで騒いでいる様子の銀さんは、新八君に任せることにした。(他人任せ)
私は反対側のソファーに座っている神楽ちゃんと定春の方へ移動して、銀さんと新八君の喧騒をBGMにしたまま、長谷川さんに訊ねる。
「で、何かあったんですか、長谷川さん」
「下らないことならお断りヨ」
「ワン!」
「……ああ、それがな……―――」
何故か申し訳なさそうに、長谷川さんは話し出した。
なんでも、パチンコで大負けして意気消沈したまま偶然顔を合わせたいい歳の男が2人して、拾ったお金でアイスを貪っていた時、近くにいたバカップルがこんな話をしているのを聞いたらしい。
『海水浴場に謎の宇宙生物が出現し、その化け物を退治した者に賞金が出る』
そんな話を聞いた貧困だけど貪欲な銀さんと長谷川さんは、『賞金』という言葉にまんまと乗せられてしまったらしい。
「エイリアン、って……何か危なそう」
「“けんしょー金”って、金が貰えるアルか!?」
「ああ。額は分からねーが、海水浴場を閉鎖させちまうくれーの大物だ。たんまり礼がもらえるだろーって。んで、俺と銀さんでそこに馳せ参じて、えいりあんを倒しちまおうって話になったわけだ」
「……それで水着、ですか」
長谷川さんの話に、神楽ちゃんは大きな瞳をキラキラと輝かせていたが、私はただ溜め息をつく。
お金が欲しい気持ちはよく分かるが、まさかこんな胡散臭い話に乗っかってしまうとは。
「だからよォ、!」
「ぅわっ!? はい!」
呆れて言葉も出ない私に、話を聞いていたらしい銀さんが突然飛びついて来た。
思わず驚いて声を上げる私を無視して、銀さんは続ける。
「お前この前、お妙と一緒に出掛けた時に水着買っただろ」
「……―――!? な、何で知って……っ!」
「銀さんはチャンのことなら何でもお見通しなんだよォ〜(裏声)」
気持ちの悪い(酷い)裏声を出しながら言う銀さんの言うとおり、私は水着を購入していた。
例の夏祭りの時に着ていった着物と一緒に、お妙さんの勧めで半ば強制的に購入させられたものだ。
しかし、何故それを銀さんが知っているのだろうか。
お妙さんは確か、「あんな野獣(銀さん)に見せる前に、私が一緒にプールへ遊びに行くわ」って言ってくれていたから、話すわけがないし。
……怖ッ!!(悪寒が走った)
「銀さんに内緒にしておいて、後で見せて喜ばせようって魂胆かァ? いいぜェ、お望み通り、思う存分見せてもらおうじゃねーか……海で!!」
「何でそうなるの」
最早、妄想し暴走を始めた銀さんは、誰にも止められない。
神楽ちゃんは話を聞いた時から何だか乗り気だし、話を聞いていたらしい新八君も、心なしか楽しそうに見える。
唯一乗り気ではないのは、私だけで。
「よっし! そうと決まれば、オメーら、さっさと支度しろ」
「「はーい!」」
「……えー……」
「まあまあ。こうなっちまったら仕方ねーよ、ちゃん」
私の声など完全無視で、万事屋一行と共に、初の海水浴―――もとい、懸賞金目当てのえいりあん(こちらでは平仮名表記らしい)退治へ出かけることとなった。
青い空、白い雲。
そして、白い砂浜に、青く広大で穏やかな海―――。
海水浴シーズン真っ只中の真夏日だというのに、辺りには海水浴客の1人も姿は見えない。
浜には『遊泳禁止』と書かれた看板が掲げられ、小さな海の家がポツリと1つだけ営業しているのが見えた。
「は? えいりあん退治? え? ホントに来たの?」
そんな海の家―――『ビーチの侍』で、何故かひたすら焼きそばを作っていたおじさんは、目の前にズラリと並ぶ万事屋メンバー(定春込み)と私と長谷川さんを見て、緊張感のない声を出した。
えいりあん退治に来たことを告げると、この態度だ。
思わず万事屋メンバーは動きを止める。
「あーそォ、アッハッハッ、いや〜助かるよ〜。夏場はかき入れ時だってのにさァ、あの化け物のせいで客全然入らなくて参ってたのよ〜」
ジュウジュウと鉄板の上で焼きそばが調理されていく中、おじさんは呑気にそう言った。
その口ぶりからして、今回の懸賞金の話をしたのはこの人のように思われるが、まさかと、長谷川さんが恐る恐ると言った様子で訊ねる。
その後ろには、麦藁帽子にいつもとは違うラフな着流しを身に纏って気合充分な銀さんと、浮き輪持参で案外ノリノリな新八君。
そして、陽射しに弱いということで、日傘に加えて頭に手拭いを巻き、手には薄手の手袋にサングラスをかけるという完全防備な神楽ちゃん。
「あの〜、ひょっとして……えいりあんに懸賞金かけたのって……」
「あ〜おじさんだよ、おじさん。いや〜でもホント、来てくれるとは思わなかったよ」
緊張感のない声で話すおじさんに、段々イラついてきている銀さん達。
おじさんとこちら側の温度差にオロオロする私に気付かずに、おじさんは「酒の席でふざけ半分で発言した」などと爆弾発言。
その瞬間。
「ぎゃあああああああああ!!」
妙に真顔な銀さんの手がおじさんの頭へと伸び、そのままおじさんの顔を目の前の鉄板へと押し付けた。
おじさんの悲痛な叫び声に顔を引き攣らせることしか出来ない私に対し、銀さんはおじさんの顔を熱々の鉄板―――というか、焼きそばに押し付けたまま、真顔で言う。
「酒の席でふざけ半分? おじさーん、こっちは生活かかってるから真剣なんだよ。男は冗談を言う時も命がけ。自分の言葉に責任を持ってもらおう」
正論のように聞こえるが、はっきり言ってめちゃくちゃだ。
おじさんは鉄板に押し付けられた顔をなんとか上げると、「金ならちゃんと払うから」と叫ぶ。
……これは、半ば恐喝ではないだろうか。
そんなことを思う私の横で、神楽ちゃんが素手で焼きそばを取って口へと運んでいた。
「嘘つくんじゃねーヨ。こんなもっさりした焼きそばしか焼けない奴、金持ってるわけないネ。どーせお前の人生もっさりしてんだろ。ほら言ってみろヨ、モッサリって! はい、モッサリ〜!」
「ちょっとオオ、何売り物勝手に食べてんのォォ!!」
お金を持っているわけがないと言う神楽ちゃんの言葉には心底同意するが、何故『モッサリ』を強調し強要するのかは理解出来ない。
おじさんが注意するのも構わずに焼きそばへと手を伸ばし続ける神楽ちゃんに、私は自分の荷物の中からポケットティッシュを取り出して、神楽ちゃんへ差し出した。
「神楽ちゃん、手袋してるのにそのまま食べちゃ駄目だよ。シミになっちゃう」
「ごめんなさーい」
「いや、お嬢ちゃんんん!? そこじゃなくて勝手に売り物食べてることを注意してあげて!!」
「あ、はい、すみません。……でもソースのシミって落とすの大変なんで……」
「、シミから離れろ。こういう時くれー普段の主婦みてーな思考は捨てなさい」
銀さん何か泣きたくなるから。
そう言って、ポスンと私の頭に掌を載せてきてグスッと鼻を啜る銀さんに、訳が分からず首を傾げた(何がそんなに哀しいのだ)。
そんなやり取りをしている間に、鼻の先を真っ赤にして顔中に焼きそばを付けているおじさんが復活し、言う。
「とにかく、おじさんだってこう見えても海の男だぞ! 金は確かに無いが、それ相応の品を礼として出すって!」
「ほぅ……じゃ、見せてもらおーじゃねーか。えいりあん退治はその後だ」
「やっぱりお金は無いんだね」なんて突っ込む前に、おじさんがあまりにも自信満々に言ってのけるものだから、思わず呆れる私の隣で、銀さんが何故か偉そうにそう言った。
その直後、どこからともなく取り出された『ビーチの侍』と手描きされた白いTシャツを目にして、私と定春以外の面々がおじさんを袋叩きにし始めたのは、言わずとも分かることだろう。
そして、とりあえず銀さん曰く『思春期に母親が着ていたらドメスティックバイオレンスの引き金になりそう』なそのTシャツ(長い上に煩わしい喩えだ)を身に付けた男3人は、何処から見つけて来たのか分からない太い木の棒におじさんを縄でくくり付け、海へそのまま突き立てた。
私はその一部始終を、顔を引き攣らせながら見届けていたのだが、どうやらおじさん自体を餌に“えいりあん”を誘き出し、退治しようと言う考えらしい。
炎天下の中、陽を遮るものなどない浜辺で座り込んで、待つこと数十分―――。
一向に、目の前に広がる海から“えいりあん”なるものは現れない。
「中々かからねーな……えいりあん」
「人間が主食じゃない“えいりあん”なのかもね」
「……ちゃんって、本当たまに怖いことサラッと言うよね」
潮風が強くて幾分涼しさは感じるものの、こんな炎天下に熱せられた砂浜でそう長い時間腰を下ろしてはいられず、何だか苛立ちすら感じ始めた頃。
ポツリと呟かれた銀さんの言葉に、苛々に任せて思わず毒づいてしまった私に、冷静に新八君が突っ込んできた。
……そんなに私、毒吐いてるかな。
額に浮かんできた汗をタオルで拭いながら、新八君に苦笑して返す。
「銀さん、あの……言いづらいんだけど、全てをこのえいりあん狩りに賭けてたんで……帰りの交通費が―――どうしましょ?」
潮騒が永遠と耳の内に響き渡る中、新八君の何とも悩ましいカミングアウトが零れる。
この海まではぞろぞろと全員で電車やらバスやらを乗り継いできたのだが、どうやら万事屋メンバーの交通費は片道分しかなかったらしい。
いくら懸賞金がかかっているとは言っても、その場ですぐに渡されるとは限らないのだから、多めに持ってくることをすればよかったのに、なんて他人事のように思う。
ちなみに、私はここまで自腹で来た。(他に使い道がないのでこういう時くらい出費しなければ)
「やるしかねーだろ」
「!」
そんな深刻な声音で言う新八君に答えたのは、いつになく真摯な表情を浮かべている長谷川さんだった。
「やるって、何を?」
銀さんの訝しげな言葉に、長谷川さんは気だるそうに横たえていた身体を起こしてから、視線を海へと向けて言う。
「誰もいない海に、1匹の化け物と3匹のビーチの侍。俺達が護らずに、誰がこの海を護るってんだ?」
いつになく真剣に、本気に。
真っ直ぐ海を見つめたまま言う長谷川さんを、銀さんと新八君が見る。
そして、長谷川さんが海に対する想いについて熱く語り始めるのを―――完全に無視し始める2人(話を聞く気がないなら訊き返すなよ)。
(……熱いなァ、お尻)
私はとりあえず、燦々と照りつける太陽によって熱せられた砂地に腰を下ろしているのが嫌になって、その場から腰を浮かした。
そして、少し後ろの方で定春の身体を砂に埋めて遊んでいる神楽ちゃんの方へ移動しようと、その場で踵を返す。
「銀さん、折角こんな真夏日に海まで来たんだし、泳ぎませんか? 水着も持ってますし」
「んあー……そーだなァ」
ザッザッ、と足で砂を蹴りながら神楽ちゃんと定春の元へ向かうと、後ろから銀さんと新八君も付いてくるように歩いてくる。
どうやら、長谷川さんをそのまま放置しておくつもりらしい。
……可哀想に。
そう思いながらも、私も無視してしまっているけれど。
まあ、それは置いておいて。
銀さんと新八君は、えいりあんが潜んでいるというのに海へと泳ぎに行くらしい。
確かに、これだけの炎天下で目の前に海が広がっているのだから、当然と言えば当然、勿体無いことこの上ない。
「、定春砂風呂アル!」
「……暑くないの? 定春」
「クゥン……」
巨大な定春の身体は砂の山に埋もれ、頭だけが飛び出ている。
そんな定春の傍で日傘を片手に砂を弄る神楽ちゃんが楽しそうに言ってきて、私は、分厚い舌をダラリと大きな口から垂らしている毛むくじゃらの定春の体感温度を想像して、思わず顔を引き攣らせた。
すると、そんな時、不意に横から視線を感じて、思わずそちらに顔を向ける。
そこには、先程まで着ていた着流しを脱いで、最早準備万端整えた銀さんと新八君の姿が。
視線の主である銀さんに至っては、縞柄の浮き輪を脇に抱えて海へ今にも突入しそうだ。
「……何? 銀さん」
「、オメーも入んぞ」
「…………どこに?」
「海に決まってんだろ」
「……」
ああ、とうとう来たか。
とぼけたフリをして誤魔化す私に構うことなく、銀さんは上から私を見下して海を指した。
そして、余程私が嫌そうな顔をしていたのか、それが愉しくて仕方がないドSな銀さんは、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて言う。
「嫌々言いながらも水着持ってきてんだろ、ちゃんよォ」
「そ、それは銀さんが無理矢理バッグの中に―――」
「はいはい、いいから着替えてこいよ。銀さんは先に海浸かって待ってますぅ」
あー楽しみだなァ、なんて。
ひどく厭らしい笑みと声色で言いながら、銀さんは新八君と共に青い海へと歩いて行ってしまった。
「……」
「、」
そんな銀さん達の背を暫し呆れながら見送る私の着物の袖を、不意に神楽ちゃんがクイクイッと引っ張ってきた。
水着に着替えるの面倒くさいなー、とか考えながらそちらに振り返った私の目の前で、神楽ちゃんは私の持ってきたバッグの中から勝手に取り出したであろうものを広げて、何だか嬉しそうにこちらを見ている。
「早く着替えるヨロシ。私もがコレ着たとこ見てみたいアル!」
「……」
「絶対可愛いヨ!」
何とも純粋な笑顔で、瞳をいつになくキラキラさせながら言う神楽ちゃんは、凄く可愛い。
それはもう、「君の為なら、お姉さんいくらだって着替えてあげたくなっちゃう!」ってくらい可愛いけれど。
水着を着る以前の問題なのだ、私が嫌がっている理由は。
「……で、でも、神楽ちゃんは肌弱いから入れないんでしょ? 神楽ちゃんが入れないのに私だけ入るなんて申し訳ないよ。だから、ここで一緒に見学して―――」
「私のことは気にしなくていいアル。そう言ってくれたのだけヨ。気持ちだけ受け取っとくネ! だから、四の五の言わずに着替えるアル、」
「……」
いい加減諦めろヨ、と神楽ちゃんにまで言われているような気がした私は、目をキラキラさせている神楽ちゃんと、彼女が手にしているものを交互に見やった後、諦めの溜め息をつく。
「分かりました…………着替えます……」
「よし! 私も手伝っちゃるヨ!」
「……ありがとう」
とりあえず、喜々とする神楽ちゃんに腕を引かれるがまま、私は先程のおじさんが経営している無人の海の家の中で着替えることになってしまった。
「……はあー……」
海の家にあった小さな更衣室の中で、私は1人、手の中にある水着を見つめていた。
そして、ふと、お妙さんと一緒に買い物へ出かけた時のことを思い出す。
『ちゃんはお肌が白くて綺麗だから、明るい色の水着も似合うんじゃないかしら』
『……え?』
街中を2人でブラブラと歩き回っていた時に、不意にお妙さんが言った言葉。
その言葉に首を傾げてお妙さんに振り返ると、お妙さんの視線はある店のショーウインドーに展示されていた女性用水着を捉えていた。
『ほら、あの水着なんて可愛らしいし夏らしいし、ちゃんにぴったりじゃない?』
そう言って、私の手を引きながらその店へと近付いていくお妙さんの指差した水着を目の前にした私は、ジーッとその水着を見つめた後苦笑するしかなかった。
確かに、夏らしい柄だし可愛らしいポップな感じで、いかにも女の子が着そうな水着だ。
既に蒸し暑い季節へと変わってきた今、こういった水着を店内に並べている店はたくさんあったのだが、別段興味もなかった為スルーしていたのだが。
『そうかなー……(まさかお妙さんにこんな水着を勧められてしまうとは……)』
『そうだわ! 折角の夏なんだし、水着を買って一緒に海にでも行きましょうか!』
『…………え? ちょっ、お妙さん?』
『銀さんみたいな獣(ケダモノ)にちゃんの可愛らしい水着姿を見せるのは癪だから、神楽ちゃんも入れて女3人で行くの。楽しそうじゃない?』
『う、うん。それは楽しそうだけど……待ってお妙さん。私まだ買うとは……』
うだうだと尻込みする私を余所に、お妙さんは心底楽しそうにお店の中へと私を引きずって行ってしまって。
お妙さんの勢いと笑顔、それに加えて渋る私に目を付けてきたらしい店員さんの熱心な接客と社交辞令に圧されてしまった私は、その場でお妙さんに勧められた水着を購入する羽目となったのだ。
そして―――。
「……うぅー」
現在に至る。
「私のいた世界ならばともかく、ここは江戸なのだから」とタカを括っていた私の誤算であった(最大の誤算は、お妙さんがビキニなんて選んだことなのだが)。
こんなことなら、あの時意地でも断っておけばよかった。
そして、ショッピングだからと言ってらしくもなく内心はしゃぎながら、お金を大量に下ろしてしまった、私の馬鹿……っ!
そんなことを思いながら、意図的にゆっくりとした動作で着替えを進めていると、更衣室の向こう側から神楽ちゃんの待ちくたびれた様な声が聞こえてきた。
それを聞いてしまっては無視するわけにもいかず、私はカーテン越しに神楽ちゃんへ向かって「ごめんね、もう少しだから」と声をかけて、仕方なく着替えるスピードを速める。
着流しやらその下に着込んでいた服やらを脱ぎ棄て、手にしていた水着を着込む。
髪は暑いし邪魔なので、無理矢理かき集めて1つにまとめ、小さいながらも団子にしておいた。
江戸に来てから―――いや、ここ数年味わっていなかった肌の露出に妙な感覚を覚えて、更衣室に備え付けられている鏡に映る自分を一瞥した後、脱いだ服をまとめてバッグに仕舞い込む。
「神楽ちゃん、終わったよー」
「マジアルか!! ……見てもヨロシ?」
「う、うん。今出るからちょっと待って―――」
バッグを持って立ち上がり、カーテンへと手を伸ばしながら言う私の言葉を聞いているのかいないのか、神楽ちゃんは私の言葉と手よりも早く、外側から勢いよくカーテンを開いてきた。
そのあまりの勢いに目を丸くしていると、神楽ちゃんはジーッと私の姿を見つめてきて。
頭の天辺から爪先までを、まるでファッションチェックでもしているかのように見定めた後、大きな瞳をキラキラさせながら言う。
「やっぱり似合ってるアル! 可愛い!」
「そ、そう……かな? ありがとう」
やはり女の子だからなのか、私の身に付けている水着を見て、神楽ちゃんは嬉しそうに言った。
水着は、トップスがホルターネックのビキニだ(分からない人は調べるか聞くかしてみよう!)。
黒地に濃いめのピンクを基調とした、夏の定番であるハイビスカスが和風な感じに描かれて散りばめられたデザインで、すごく可愛い。
そして、私にとって唯一救いだったのは、スカート付であったことだ。
短い丈ではあるけれど、脚を丸出しにしているよりは断然心強い。
トップスと同じように和風のハイビスカスがあしらわれていて、腰の部分にはベルトのように幅広のリボンが付いている、フリルスカート。
正直、私のいた世界で売っていてもおかしくないようなデザインである。
腹部が丸出しだし、私には可愛すぎるくらいのデザインで、しかも小中学校でスクール水着くらいしか着用した覚えのない私にとっては、落ち着かない格好だが。
(神楽ちゃんが優しい子で良かった……)
つくづく、神楽ちゃんはよく出来た子だな。
良い子すぎて涙が出てきそうだ。
「―――でも、って意外と胸でかくてスタイルいいアルな。羨ましいネ」
「……」
神楽ちゃん、私の今さっきの感動を返して下さい(親父みたいな発言だよ、今の)。
ジーッと、私の身体に穴でも空きそうなほど見つめられて、私は思わず一歩後ずさる。
「……あんまり見ないで、恥ずかしいから……」
「恥ずかしいアルか?」
「そりゃあ、これだけ肌出したこと今までないし。……何か上に羽織るものでも持って来れば良かったんだけど、急かされて準備してきたから忘れちゃって……」
いくら同性の神楽ちゃんと言っても、こんなみっともない身体を人に見られるのは恥ずかしい。
バックの中から出しておいたタオルでそれとなく身体を隠すと、神楽ちゃんはキョトンと目を丸くした。
そして、どこか納得したように声を洩らす。
「ふぅ〜ん……確かに、銀ちゃんが今の見たらその場で襲いかねないアルな」
「いや、襲われはしないと思うけど……」
「甘いヨ、!! 銀ちゃん、欲と糖分でしか出来てないような駄目人間アル。奴みたいなのを“ケダモノ”言うアル」
お妙さんのみならず、子供の神楽ちゃんにまでケダモノ扱いされるとは……流石銀さん(褒めてない)。
それはともかく、どうやら私が恥ずかしがっていることを察してくれたらしい神楽ちゃんは、突然海の家の中をガサ入れの如く漁り始めた。
今頃まだ海に浸かったままなのだろうここの経営者に申し訳なく思いながらも、最早止める気すら起きない私は、ただただその様子を見守る。
すると、数分と経たないうちに神楽ちゃんが、何か大きな布のような物を手に戻ってきた。
それを私に渡すと、神楽ちゃんは満足そうに言う。
「丁度いいの見つけたネ。それ着てれば脚以外は隠せるアル」
神楽ちゃんがそう言うのを聞きながら手元に目を落とすと、それは真っ白いパーカーだった。
促されるままパーカーを拝借して着てみると、メンズなのか少し大きめで、水着のスカートがすっぽりと隠れるくらいの丈だ。
「ホントだ。丁度いいや」
見た感じ、あのおじさんの持ち物ではない様子のこのパーカー。
おそらく海水浴客の忘れ物か何かだろうそれを、私は遠慮なく借りることにした。
澄み渡る、
心洗われる青。
(異世界の海も、同じ色)
アトガキ。
*万事屋とヒロインの夏休み第一弾:海水浴。
*はじめに言っておきます。銀さんは決して、ヒロインをストーキングしたわけではありません。偶然、たまたま、仕事帰りに見かけただけです。多分。
銀さんの怪しい発言から始まったえいりあん退治の話ですが、思っていたより長くなってしまった上にオリジナル練り込みすぎたためか、2話に分けました。申し訳ない。
次の話で少し銀さんとイチャつかせられたらいいなー、なんて思ってます。
*2010年11月2日 加筆修正・再UP。
BACK