SUMMER TIME HOLIDAY! 03
いつもの、仕事が入らない万事屋。
暇を持て余し、夏の暑さにやる気まで削がれてしまっている銀さん達を苦笑交じりに眺めながら家事をこなしていた私の耳に聞き慣れた音楽が届いたのは、朝食が済まされた頃だった。
「―――はい、もしもし?」
万事屋のリビングにある銀さんのデスク上に無造作に置かれていた自分の携帯電話を手にして、通話ボタンを押す。
携帯電話の通知を確認することなく反射的に向こう側の人物へ声をかけると、何だか久々に耳にするように感じる、抑揚のない声が聞こえてきた。
『ああ、ですかイ? おはよーさん』
「……総悟君?」
気持ちが篭っているのかいないのか捉え難い挨拶をしてくる、その人物―――真選組一番隊隊長・沖田総悟君。
思わずその名をポロリと零した私の背後で、銀さんが不機嫌そうに「あ?」と声を上げた。
『今、大丈夫かイ?』
「え? ……あ、うん。別に大丈夫だけど、どうしたの?」
低い声で唸るように声を漏らした銀さんに顔を向けると、案の定こちらをジトーッと睨みつけている。
そんな銀さんに苦笑を返しながらも、私は電話越しの総悟君に応えた。
『実はちょっと屯所が慌ただしい状況になってやして』
「慌ただしい状況?」
『まあ、詳しくは後で説明するんで、ちょっと屯所に来てもらえねーかと。人手が欲しいんでさァ』
「……え、今から?」
『今から』
突き刺さる銀さんの視線を無視して総悟君の話を聞いていくうち、私は驚いて目を丸くする。
どうやら真選組で何かがあったらしく、屯所の人手が足りなくなってしまったらしい。
電話越しに聞こえてくる総悟君の声からは、とてもじゃないが緊迫したような雰囲気は感じられない。
そんなことから緊急事態というほどのことでもないように思えるが、総悟君は常にこういうテンションなのであてにならないな、と、瞬時に私は思い直した。
『……もしかして、旦那の仕事の手伝いとかある感じですかイ?』
どう返事をするべきかと言い淀んでいると、不意に総悟君がそう訊ねてきた。
その言葉に、私は銀さん達を再び振り返って、うーん、と曖昧に声を漏らす。
いつも通りの万事屋内。
先程まで読んでいたらしいジャンプを手に私の様子を睨み続ける銀さんに、定春と共にうたた寝している神楽ちゃん、そして一人落ち着いた時間を過ごしている新八君。
―――ああ、何か今日は一日中こんな感じで終わりそうな気がする。
「……分かった。今からそっち行くよ」
万事屋内を見渡した直後、私は内心「これは暇だな」と判断した。
何時になくぐうたらした空間の中、私は総悟君に了承の意を伝える。
今日はお登勢さんにも休みをもらって暇だったし、真選組にも最近は顔を出していなかったし、ちょうどいいかな。
『そいつァ助かる。迎えよこしますかイ?』
「ううん、いいよ。歩いていく。……何かお手伝いすればいいの?」
『まあ、それも屯所に来てからってことで。実際に見てみりゃ分かる』
「? ……うん、分かった。それじゃあ、後で」
総悟君の言葉に首を傾げながらも、何やら至急そうではあるので私はとりあえず返事をして、通話を終えた。
早速真選組へと向かう準備をしようと、携帯電話を閉じて着流しの懐へ入れながら後ろへと振り返る。
「」
「うあっ!?」
するとそこには、いつの間にか立ち上がって近づいてきていた銀さんの姿が。
真後ろに立っていたらしい銀さんに名を呼ばれて思わず声を上げると、頭上から不機嫌そうな声色が降ってくる。
「何、真選組行くの?」
「う、うん……何かあったみたいで、詳しくは聞いてないけど、人手が欲しいから来てほしいって」
「んだよそれェ! 折角とイチャイチャできると思ったのによォォォォ!!」
「いや、アンタさっきからずっとジャンプ読んでぐうたらしてただけでしょーが」
「うるせえ眼鏡!! 今日は時間に余裕があるから、今すぐじゃなくてもいいかなって思ってたんだよ!」
「『今すぐ』も何も、私イチャイチャなんてしないよ」
勝手なことを言って新八君に蔑みの眼差しを向けられている銀さんを放置して、私は荷物をまとめる。
今日はお登勢さんの店からこちらへと上がってきたので、身支度は整え済みだ。
バッグに入れてきた必需品の数々が揃っていることと、先程懐に入れた携帯電話の存在を確認し、バッグを持って玄関へと向かう。
「……んー……あれ、どっか行っちゃうアルか?」
「うん、真選組に呼ばれたの」
銀さんの騒ぎ声で起きてしまったらしい神楽ちゃんが、今まさに万事屋を去ろうとしていた私の背に眠た気の声をかけてきた。
足を止めて振り返った先で目を擦っている神楽ちゃんの姿に笑みを零しながら答えると、神楽ちゃんは眠気をどこかへと吹っ飛ばして私に走り寄ってくる。
「真選組って、あのサド野郎のとこ行くあるか!?」
「サド? ……ああ、総悟君ね。うん、まあ呼び出しは総悟君からだったけど……」
「あの野郎、と最近顔合わせてない上に暫くまともな出番なかったからって仕事口実に呼び出したに違いないネ! 、行く必要なんてないアル! 一緒に銀ちゃんばりにぐうたらしてればいいヨ!」
「オイ神楽てんめッ、俺が四六時中ぐうたらしてるみてーな言い方すんな」
「黙れヨ天パマダオ」
「んだとコラぁ!! 俺をグラサンと同類にすんじゃねェェェェ!!」
ぎゅーっと抱きついてきて、何やら裏事情まで出して私を引き止めてきていた神楽ちゃんだったが、結局銀さんと取っ組み合いの喧嘩を始めてしまってあっさり離れていった。
一方的にボコボコにされている銀さんとマウントポジションから拳を繰り出し続ける神楽ちゃんに、ただただ苦笑。
「お前らいい加減うるせーよ!! ……はあー、ちゃん、気にしなくていいよ。いってらっしゃい」
「……うん、いってきます」
そんな2人の姿にすっかり呆れ返って制止する新八君に見送られ、私は騒がしい万事屋を後にし、真選組の屯所へと足を向けたのだった。
***************
真選組の屯所内は、ひどく静まり返っていた。
いつも通りに門を潜って屋敷内へと足を踏み入れた私は、そんな屯所内を見渡して首を傾げる。
時間帯的に市中見回りに出ているのだろうかとも思ったのだが、人の気配が全くないわけでもない。
それに、電話では『慌ただしい状況』になっていると総悟君は言っていたはずだ。
とてもじゃないが、今の真選組屯所内からそのような雰囲気は感じ取れない。
むしろ平和すぎるくらいなのだが。
でも。
―――いつもと、何かが違っている。
「……呼ばれたのに放置?」
違和感を覚えながらも、とりあえず呼び出してきた張本人である総悟君を捜す。
しかし、屯所のどの部屋を覗いてみても、いつも風変わりなアイマスクをして寝ている縁側を見てみても、彼の姿はない。
もしかして、呼び出したことを忘れてどこかに行ってしまったのか?
そんなことを考えながら一人立ち尽くして困り果てていると、不意に、懐に入れておいた携帯電話が震え出す。
慌てて懐から取り出して画面を開くと、それは総悟君からの着信で。
迷うことなく通話ボタンを押して「もしもし」と声をかけると、案の定電話越しに聞こえてきたのは総悟君の声だった。
『、今もう屯所かイ?』
「うん、いるよ。何か静かなんだけど……総悟君どこにいるの? 見回り?」
『いや、道場の方にいるぜィ。近藤さんと土方さん……―――あと、他の隊士も一緒に』
「……え?」
どうやら、真選組局長・副長を含めた隊士の皆さんは、屯所内にある道場に集合していらっしゃるらしい。
皆で稽古でもしているのだろうか……それにしては静まり返っているようにも思うが。
とりあえず、私は道場へと向かうために総悟君へ告げて電話を切り、踵を返した。
「―――……へ」
「ああ、。来やしたね」
「……」
道場へと足を踏み入れた私は、目の前に広がる光景に目を見開いた。
道場内の光景に呆然としていると、至極落ち着いた総悟君の声がかかって、私はゆっくりとそちらへ顔を向ける。
「……これ、は……一体」
どういうこと?
目だけでそう問いかけるように見た総悟君の傍には、同じく土方さんが立っていた。
総悟君とは違って些か渋い表情をしている土方さんは、道場内をぐるりと見渡して総悟君の代わりに私の問いに答える。
「見ての通りだよ」
「見ての通り、って……何があってこんな状況に?」
「それが分かったらこんなところで途方に暮れちゃいねーよ……―――総悟、これで何人目だ?」
「えーと、18人目でさァ」
「18人……」
所狭しと並べられた布団には、険しい表情を浮かべながら一様に魘され続ける隊士達の姿。
そんな隊士の傍らにしゃがみ込んで、総悟君はその苦しそうな顔を覗き込んでいた。
「すまねーな、急に呼び出して。この通りで人手不足でな」
「いや、それはいいんですけど、皆さんどうしちゃったんですか」
「原因はまだよく分かってねーんだが……」
「“幽霊”にやられたらしいですぜ」
「……ゆ、幽霊?」
総悟君の口から発せられた単語に、言い渋っていた土方さんの眉間にいつも以上に皺が寄った。
そして、私も思わぬ返答に素っ頓狂な声を上げてしまう。
「隊士の半分以上がやられちまったわけですね。流石に、ここまでくると薄気味悪ぃや」
溜め息混じりにそう言う総悟君。
その表情は覇気のないものだったが、声色は困惑や疲労が入り交じった複雑なものだった。
一体何がどうしてこういう状況に陥っているのか、私は改めて話を聞くことにした。
なんでも、始まりはある夜、隊士がこぞって怪談話を聞いて盛り上がっていた時かららしい。
怪談話で盛り上がる隊士達を余所に一人休んでいた(というか焼きそばという名の『黄色い奴』を食べようとしていた)土方さんが、庭で自分を呪う儀式を行なっていた総悟君を叱責している時に感じた妙なものの気配。
その異様な気配を土方さんが感じた夜から、隊士が次々と原因不明の襲撃を受けて倒れていったのだという。
犯人も、何故隊士達が倒れたのかも、全てが不明。
半分以上の隊士達が襲われているというのに不可解な敵からの襲撃ということで、“幽霊”という言葉が出てきたらしい。
つまり―――。
「……真選組内で“幽霊騒動”が起こっている、と」
「まァ、そーゆーこった。……ったく、冗談じゃねーぞ」
私が何となしに零した言葉に答えて、土方さんは忌々しげにそう吐き捨てた。
屈強な侍が集まった武装警察・真選組の隊士が、次々と倒れて床に伏せって唸っているのだ。
そこのナンバー2としては、頭痛がするほど悩ましい問題なのだろう。
「天下の真選組が幽霊にやられて皆寝込んじまっただなんて、恥ずかしくてどこにも口外出来んよ」
「トシ……俺は違うぞ! マヨネーズにやられた!!」
「余計言えるか」
案の定、土方さんは「情けねェ」と低く零して溜息をついている。
近藤さんが何やら自信満々に物凄く情けないことを叫んでいたが、それは無視しておくことにした。
とにかく、そんな土方さん達の様子も含めてようやく現状を理解出来た私は、とりあえず自分のやるべきことを確認するために口を開いた。
いつも隊士達の声がひしめき合う、うるさくも賑やかな真選組屯所はどこへやら。
近藤さん・土方さん・総悟君がいる、長閑なくらい静かな屯所内の一室に、私はお茶が入った湯呑を持って入る。
「ああ、ちゃん。ご苦労さん」
「いえ……看病っていっても、大したことは出来なかったんですけど……」
「いいっていいって! 看てもらえるだけ有り難いよ」
ニカッと人好きのする笑顔を向けてくる近藤さんに笑顔で返して、私は3人にお茶を手渡した。
私がここに呼び出されたのは、隊士の世話のためだったらしい。
床に伏せっている隊士の具合などを一通り見て、慰め程度に冷えたタオルを額に乗せたり布団をかけたりしてきたのだが―――何分、倒れた原因すら不明で、何をどうしたらいいか分からないので、適切な処置は出来なかった。
それでも、近藤さんは嬉しそうに笑ってくれているし、幾分隊士さん達の顔色も良くなかったように感じたので、よしとしよう。
湯呑を渡し終わった私は、することもないので近藤さん達3人がいる座敷に、遠慮がちに腰を据えた。
そして、ふと気になることがあったので、何となしに3人へ疑問を投げかける。
「あの……隊士さん達を看て少し気になった事が……」
「何でィ」
私が入れたお茶を啜りながら、隊士が半分以上欠けてしまっている窮地だというのに至極落ち着いている総悟君が訊ね返してきてくれて、私はおずおずと続けた。
「皆さん、魘されながら何かブツブツ言ってたんですけど、あれって……」
「ああ、あれか」
「赤い着物を着た女、ですかィ?」
「あ、うん。そんな感じのこと言ってた」
一様にうわ言のように呟かれていた『赤い着物を着た女』。
「稲山さんが話してた怪談のアレかな?」
どうやらそれは倒れた隊士全員が共通して言っていることで、更にはタイミングがいいのか悪いのか、つい先日の夜に隊士達が聞いたという怪談話にも出てきたらしい。
確かに、怪談の王道っぽい話ではあるのだが―――。
「バカヤロー。幽霊なんざいてたまるか」
苛立ちを紛らわせるようにスパーッと煙草の煙を吐き出しながら、土方さんが言った。
現実的ではない、幽霊などという非科学的な存在。
宇宙人の存在は確定していても、やはりそういった得体の知れない存在はこの世界でも扱いは同じようだ。
そんな時、土方さんの言葉に縁側から庭を眺めていた近藤さんが、神妙な顔つきと声で忠告する。
「霊を甘く見たらとんでもない事になるぞ、トシ。この屋敷は呪われてるんだ。きっととんでもない霊に取り憑かれてるんだよ」
「……何を馬鹿な……―――いや……ないない」
「?」
そう言う近藤さんに一瞬言葉を詰まらせた土方さんは、顔を引き攣らせてからまるで自分に言い聞かせるように否定してみせた。
心当たりがあるのか、ないのか。
よくは分からなかったが、謎だらけではっきりとしない幽霊騒動に、私は一人首を傾げ続ける。
そんな時だった。
「―――局長! 連れて来ました」
「オウ、山崎、ご苦労!」
その場にいる全員が現状について首を捻っていた時、唐突に現れたのは、監察方の山崎退君だった。
近藤さんに何かを頼まれていたらしい退君は、私の存在に気付くと笑って手を振ってくる。
それに軽く手を振り返したと同時に、退君の他に人影があることに気付いて視線を移した。
障子で隠れて人影しか見えなかったので、土方さんと総悟君が覗きに行くのに便乗して縁側へと歩み寄り、目にする。
そして。
「街で捜してきました。拝み屋です」
「どうも」
人影の正体を目の当たりにして、私は思わずその場でずっこけそうになった(危ない。とても古典的なことするところだった)。
「何だコイツらは……サーカスでもやるのか?」
「いや、霊を祓ってもらおうと思ってな」
退君が連れてきたのは、あからさまに怪しげな格好をした拝み屋3人組。
顔を包帯やら眼鏡やらで上手く隠して風貌も変わってはいるが、吃驚するくらい見覚えのある背格好の3人組だった。
「オイオイ、冗談だろ。こんな胡散臭い連中……」
「あらっ、お兄さん背中に……」
「何だよ……背中に何だよ」
「ププッ、ありゃもう駄目だな」
「何コイツら! 斬ってイイ? 斬ってイイ?」
声色が普段とは異なってはいるものの、あの人を逆撫でするような態度―――間違いない。
目の前で、自分を見るなりコソコソクスクスと勘に障る態度を取る笠を被った包帯男と似非キョンシー、加えてパーティーで使うような鼻の付いた眼鏡をした弁慶姿の男に、今にも土方さんは斬りかかりそうな雰囲気だ。
私はとりあえず、今まさに刀を抜こうと鯉口を切る土方さんの手を押さえ込み、何とか刃傷沙汰を思い止まらせる。
「ちょっ、てめぇ、離せ! コイツら今すぐ叩き斬って……!」
「お気持ちは大変よく分かりますが、近藤さんが頼んで連れてきてもらった人達なんですから、ここは抑えて下さい」
「〜〜〜〜〜ッ、チッ!」
何か凄い盛大に舌打ちされた!
ググッと両手で力一杯押さえ込んでいたつもりなのに、土方さんはもう半分以上刃を鞘から剥き出しにしていた。
しかし私が何とか宥めると、渋々ながら刀を鞘に戻してくれる。
―――そんな私と土方さんに向かって、どす黒いオーラを纏いながら氷のような冷たい視線を向けてくる包帯笠男(何か新種の妖怪みたいだな)がいたけれど、極力視界に入れないようにして無視を決め込んだ。
「先生、何とかなりませんかね。このままじゃ恐くて1人で厠にも行けんのですよ」
「任せるネゴリラ」
「アレ、今ゴリラって言った? ゴリラって言ったよね」
怒り狂っている土方さんを止めている間に、近藤さんは似非キョンシーに向かって言う。
その返答は大変頼もしいものではあったのだが、些かノリに問題があるようにも思えるのは私だけだろうか。
『先生』などと呼ばれて悪い気はしていないのだろう。
3人組はまんまと真選組トップ3をだまくらかし、拝み屋として侵入を果たした。
どうやら本当に“幽霊”の仕業と考えているのか、近藤さんは何の疑いもなしに自称・拝み屋である3人組を屋敷の中へと招き入れた。
屋敷の中をぐるっと見てもらうつもりらしい。
近藤さんが拝み屋3人組を連れていくのを、訝しげに追いかける土方さんと総悟君。
私はそんな人達の背中を暫し呆然と見送っていたのだが―――。
「……!」
近藤さんに引き連れられてその場を去っていく中、こちらをチラリと振り返ってきた拝み屋3人組は、私の方をしっかりと見つめていて。
ニタリ、という形容が相応しいくらいに卑しく、そして3人揃ってそっくりな笑みを、真選組の3人に気付かれないように投げかけてきたのだった。
(……何で近藤さん達は気付かないんだろ……)
そんなことを思いながらも、なるようになるかと安易に自己完結した私は、部屋で一行が戻ってくるのを、一人お茶を飲んで暫く待つ。
すると、いくら広い敷地内とはいえいい加減に巡回してきたのだろう、一行はものの数分で戻ってきた。
戻ってきて真っ先に、部屋の中心に置かれていた座敷机を片付けると、一行はそれぞれ真選組と自称・拝み屋に分かれて向かい合うように座敷へと腰を下ろした。
(何か……異様な光景だな)
更には退君だけが廊下に待機しているという状況の中、一人どこに座るべきかと悩んでいると、ちょいちょいと土方さんに手招きされる。
それに素直に従うことにした私は、とりあえず真選組側の縁側寄りに落ち着くこととなった。
「ざっと屋敷を見させてもらいましたがね」
私が畳へと腰を下ろした直後、そう口火を切ったのは包帯笠男だった。
「こりゃ相当強力な霊の波動を感じますなゴリラ」
「あ、今確実にゴリラって言ったよね」
「まァ、とりあえず除霊してみますかね。こりゃ料金も相当高くなるゴリよ」
「オイオイ、なんか口癖みたいになってるぞ」
ゴリラの浸透力はともかくとして。
自称・拝み屋はそれっぽい言葉を並べ立てると、ここぞとばかりに金銭を要求してきた。
まだ昼間で明るい時間だというのに、ぐるりと一目屋敷を見てきただけでそんなことが分かるのか、すごいな拝み屋さん―――なんてことは、露にも私は思っていない。
どこぞの悪徳商法のようなぼったくり方で金銭を巻き上げようとしている目の前の3人組の本性を見抜いている私は、横目に土方さん達の様子を黙って窺っていた。
「して、霊はいかようなものゴリか?」
「うつった!!」
(見事なまでにうつった!)
一人だけでもこの場で冷静でいようと思っていた矢先に、総悟君によって冷静さを打ち崩される。
気を取り直して視線を拝み屋3人組に移すと、似非キョンシーがモゴモゴと言い淀みながら小さく口を開いた。
「えーと……工場長」
今まさに思いつきで言いましたと言わんばかりの返答に、似非キョンシーの右隣に座っていた包帯笠男が間髪入れずに頭をひっぱたく。
何やら、話の雲行きが怪しくなり始めた。
似非キョンシーが『工場長』と突拍子もない単語を口走ったせいで、包帯笠男がそれを必死に取り繕い、更に話はおかしな方向へと転がっていく。
「間違えました。ベルトコンベアに挟まって死んだ工場長に似てるって言われて自殺した女の霊です」
「なげーよ! 工場長のくだりいるかァァ!?」
隊士が言っていたのは女の霊だと告げると、最終的にはもう訳の分からない霊へと変貌を遂げていた。
……というか、屯所が昔工場だった前提で話してるよね。
拝み屋の話を聞いて段々と訝しげな色を濃くしていく、土方さんの顔色。
そんな土方さんを知ってか知らずか、包帯笠男は次の手に出る。
「とりあえずお前、山崎とか言ったか……お前の身体に霊を降ろして除霊するから」
「え?」
またいい加減なことを……。
そう内心呆れている間に、拝み屋3人組はその場から腰を上げて全員で退君へと歩み寄っていく。
奇妙な3人に歩み寄られ、見下ろされ、私の左側に座っていた退君は微かに後退しながら戸惑いの声を上げる。
「え……ちょっ、除霊ってどーやるんですか?」
「お前ごとしばく」
「なんだァそれ! 誰でもできるじゃねーか……―――」
最早拝み屋の雰囲気の欠片もないことを言ってのけた包帯笠男に向かって、退君が怒鳴り散らしている時だった。
ドム!!
「ぐは!!」
「さ、退君!?」
「あー、大丈夫よーお嬢さん。除霊してるだけだからねーコレ」
退君の怒鳴り声を遮るようにして響いた、鈍い音。
苦痛の声を上げた後にぐったりとしてしまった退君に思わず声を上げて駆け寄ろうとした私を、包帯笠男が引き止め、気の抜けた声で言ってきた。
しまいには、邪魔をするなとばかりに私の口を手で押さえ込んでくる。
「傍で喋ると危ないよー。口から霊が乗り移るかもだから、お嬢さんはちょっと黙ってこっちにいましょうねー」
「ちょっ……ぅむッ!」
「ハイ! 今コレ入りました。霊入りましたよーコレ」
「霊っつーか、ボディブローが入ったように見えたんですけど。しかも何ちゃっかり女に手ェ出して抱き込んでんだてめぇ!」
力づくで押さえ込まれる退君と私の姿を見て土方さんが叫ぶが、彼らの耳には届かない。
似非キョンシーの強烈なボディブローによって強制的に意識を飛ばされた退君の身体を、ボディブローをかました張本人が背後から操って、拝み屋の悪あがきは続く。
「違うよ、私入りました。えー、皆さん、今日でこの工場は潰れますが、責任は全て私……」
「オイィィ! 工場長じゃねーか!!」
「アレ? なんだっけ」
もう霊の設定すらグダグダになってきている。
似非キョンシーが問いかけてきたのを皮切りに、包帯笠男と鼻眼鏡弁慶もいい加減な記憶を頼りに霊の設定を言い合っていくが―――何故か、それは身内の喧嘩へと発展していった。
真選組メンバーが見守る中、リアリティがどうのミステリアスがどうのと怒鳴り合った後に、似非キョンシーと包帯笠男が掴み合いの喧嘩を始めて、それを鼻眼鏡弁慶が必死に制止する。
ああ……何かデジャヴだ、これ。
喧嘩が勃発したことで解放された私が、そんなことを思いながら真選組側へと避難している間に、自称・拝み屋3人組の化けの皮はみるみるうちに剥がれていく。
そして、笠が落ち、中華帽子が落ち、鼻眼鏡が落ちた瞬間。
「「「あ」」」
完全に人相を現した拝み屋―――改め、万事屋メンバー3人はようやく我に返ったが、時既に遅し。
最上級に胡散臭くていい加減な拝み屋の正体に気付いた土方さんと総悟君の目が、鋭くギラリと光ったのを、私は間近に見てしまった。
夏の象徴である蝉の鳴き声が、一定の間隔で永遠と木霊する庭先。
ジリジリと肌を痛め付けるように照らす太陽の熱を受けながら、真選組屯所の庭に吊るされる人影が、3つ。
「悪気は無かったんです……仕事も無かったんです」
拝み屋に扮して真選組へとやってきた万事屋メンバー。
縄でぐるぐる巻きにされた挙句、庭先にある木に逆さ吊りにされた状態の中、新八君が恐ろしいほど素直な弁解を始めた。
どうやら私が出ていった後、さすがにこのままぐうたら過ごしているのは如何なものかと考えたらしい3人は仕事探しをすることにしたようで。
それが何故「夏だからオバケ退治なんて儲かるんじゃねーの」という考えに至ったのかは不明だが、タイミングよく拝み屋を捜していた退君と出くわし―――。
「軽いノリで街ふれ回ってたら……ねェ銀さん?」
「そーだよ。俺、昔から霊とか見えるからさ〜、それを人の役に立てたくて」
今に至る、というわけである。
騙してしまったことに対しての罪悪感からか、それとも吊るされていることが余程身体に堪えるのか、素直に白状する新八君に対して、未だに胡散臭い言い訳をしてみせる銀さん。
「あっ、君の後ろにメチャメチャ怒ってるババアが見えるね」
「マジですかィ? きっと駄菓子屋のババアだ。アイスの当たりくじ何回も偽造して騙したから怒ってんだ、どーしよう……」
「心配いらねーよ。俺達を解放し水を与えてやれば全部水に流すってよ」
「そーか分かりやした。じゃあコレ鼻から飲んでくだせェ」
「いだだだだだだ! 何コレ! なんか懐かしい感覚! 昔プールで溺れた時の感覚!」
交渉を持ちかけたようだが、相手が総悟君ということで逆に拷問で返される始末の銀さん。
総悟君が手にする缶からビチャビチャと鼻に向かってジュースを流し込まれている銀さんを、私は縁側から見届けてただただ顔を引き攣らせた。
「銀ちゃん、私頭爆発しそうパーンって……助けて!」
「オーイ、いたいけな少女が頭爆発するってよォ!」
長時間逆さに吊るされているせいで頭に血が上ったのか、神楽ちゃんが力のない声で言う。
銀さんがそれを大声で訴えるものの、総悟君は見捨てるという結論しか持っていないらしい。
「誰か……助けてェェ!!」
悲痛な銀さんからの救援要請。
少しの罰ならば人を騙そうとした報いとして当然かとも思ったが、さすがにこれはやりすぎの感が否めない。
それにいい加減降ろしてあげないと、3人の体調が悪くなるのではないだろうか。
「あの、近藤さん……」
私はそろそろいいのではと、隣に座る近藤さんに向かって視線を投げかけた。
すると、近藤さんは私に苦笑を向けて頭を撫でてくると、隣に座る土方さんに顔を向ける。
「おいトシ、そろそろ降ろしてやれよ。ちゃんも心配してるし、いい加減にしないと総悟がSに目覚めるぞ」
「何言ってんだ。アイツはサディスティック星からやってきた王子だぞ。もう手遅れだ」
「ああ、だからあんな非人道的なこと平然とやってのけられるんですね。さすがドS王子」
「いや、そんな素直に受け取んなよ」
近藤さんはもう許してくれているようだが、土方さんはどうやら許す気はないらしい。
どちらかと言えば総悟君寄りな思考を持っている土方さんもそれなりにSだよ、と内心思いながらも、私はその場から腰を上げて銀さん達へ歩み寄った。
……私の言葉を、総悟君が聞き入れてくれればいいけど。
蝉鳴く季節の風物詩。
(なにやら騒ぎになる予感)
アトガキ。
*久々の真選組での幽霊騒動。巻き込まれるヒロインと、拝み屋万事屋。
*ものっすごい久しぶりの更新です。
久々すぎてもう話がまとまらなくてダラダラ長くなりました。全2話になります。
書くのも久々すぎて文章おかしかったり主人公のノリおかしかったりしますが、気にしないでください(爆)
*久々更新第1段は、「マヨネーズが足りないんだけどォォ!」でおなじみの、あのお話。……まあ、その場面は端折りましたが。
今回の話は、ヒロインの立場は真選組寄り。万事屋メンバーがおまけみたいになっちゃっててあれですが……お許しを。
今回の話は何だかヒロインがひたすら巻き込まれてひどい扱い受けてますが、きっと愛ゆえです(笑)
*2012年3月5日UP。
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