DESTINY×ENCOUNTER   05




自分達が、この不思議な地下世界に足を踏み入れて、どれほどの時間が経ったのだろうか。
陽の射す窓もなければ、地上の音も届かないこの場所で時間を確かめるものと言ったら、部屋の壁にかかっている時計くらいだ。

の言葉と視線に息を呑む一行を尻目に、は何となしに言葉を零した。


「そういえば……」
「?」
「さっき、落下する私を助けてくれたのは―――」
「おうっ!! 俺だ、俺!」


誰ですか、とが言葉を発する前に、ルフィがその場で跳ねるように勢いよく挙手して見せた。
そして、いつものように自分の両頬を摘んで、びよーんと横に伸ばす。


「……!」
「俺ァ“ゴムゴムの実”を食ったゴム人間なんだ。だから、腕伸ばして助けた」
「……あー、だからあんなにグルグルと腰に…」
「何ィ!!? こんのクソゴム! ちゃんの腰に手を回すとはッ…!!」
「あ、いや、回されたというか巻きつかれたというか…」


そんなに怒らなくても大丈夫ですよ、と苦笑しながら、ルフィに今にも掴みかかりそうなサンジを宥める
それから、妙に納得したように何度も頷きながら言う。


「ゴムゴムの実……そっか。やっぱり、ルフィ、さんは…悪魔の実の能力者」
「そうよー。ちなみに、ロビンとそこのチョッパーも、能力者」
「……3人もいるんですか?」


ニッと笑っているナミの言葉に、が驚いてロビンとチョッパーに目を向けた。

チョッパーはその場に座ったままグラスに口をつけていたが、ロビンはの視線に気付くと、自分の右腕を上げて肘の辺りから何本も腕を咲かせて見せる。


「私は“ハナハナの実”の能力者。身体の一部を花のように咲かせることができるの」
「チョッパーは、元は普通のトナカイだったんだけど、“ヒトヒトの実”を食べて人間と変わらない能力を手に入れた人間トナカイってわけ」
「へぇー……」


一度にこれほど悪魔の実の能力者を目にしたことがないのだろう。
は、しばし呆気にとられたように茫然と2人を見つめていた。
そして、我に返ったは、気の抜けた声音で言う。


「そっか…―――だから君、さっきから人間の言葉話してたんだね」
「「いや、気付くの遅ェよ!!」」


の反応の鈍さに、思わずルフィとウソップが声を揃えて突っ込んだ。

なんというか、リズムを崩されるような、こちらまで気が抜けてくる性格の子だ。

は手にしていたグラスを目の前のテーブルに静かに置くと、徐にその場を立ち上がった。
そして、ゾロの隣に座るチョッパーへと歩み寄っていく。
―――どうやら、興味をそそられてしまったらしい。


「実はずっと気になってたんだァ…そっかー、悪魔の実の能力者かー」
「な、ななな、何だよっ! 文句あんのか!?」
「いや、全然ない」


自分の目の前に突然屈みこんでジーッと見つめてくるに、チョッパーは思わず怯んだ。
はにっこり微笑むと、ゆっくりとチョッパーへ両手を伸ばし、両脇から持ち上げるようにして手を添える。


「そちらのお姉さんの能力もすごいけど……うわぁっ、ふわふわー! 可愛い…」
「ふ、ふわっ……! かわいい……!?」


突然抱えられる様にして体に触れられ、況してや『可愛い』とまで言われてしまったチョッパー。
驚きの余り、素早くの手の中から逃れて、飛び退く。


「か、かわいいなんて言われたって、嬉しくねェぞっ! コノヤローがっ!」
「はははっ、嬉しそうだねぇ」


そして、いつもの奇妙なくねくねとした動きでパパンッ、と手を打ち、スイーッと手を泳がせる。
口から放たれる言葉とは対照的に、だらしなく顔が緩み切っている。

はそれを見ておかしそうに笑った。

そうして暫くチョッパーを弄って遊んでいたは、納得するまで楽しんだのか、よいしょ、と呟いて立ち上がり、一行に目を向けた。


「―――皆さん、あの可愛らしい船はどこに停めたんですか?」
「え? ……ああ、メリー号なら、この島の崖下に空洞になってる岩場があったんで、そこに隠しておいたんだ。な?」
「おう!」


突然のからの質問に拍子抜けしながらも、ウソップが答えた。
はそれを聞くと、「やっぱり…」と、何やら顎に手を添えてブツブツと独り言を呟き始めた。
思わず、一行は互いに顔を見合せて首を傾げる。


「あの、皆さんがよければでいいんですけど……」
「何だ?」


顎に手を添えたまま、は勿体ぶったように続けた。


「巻き込んだお詫びに、島にいる間はここに泊まっていきませんか?」

「…………えぇ!!?」
「「「「はあ!?」」」」


不意に投げ出された提案に、ナミが驚いて声を上げた。
それには他のクルー達も驚き、を見る。


「い、いいのか? こんなに大人数」
「部屋はたくさんあるし、その辺りは全く問題はないです。船長さんが賞金首になってるくらいの海賊なんだし、街中の宿に泊まるんじゃ心許無いかなって。ここなら海軍の目も届かないし」
「確かに、それはそうだけど……」
「遠慮しなくていいですよ、別に。二度も助けてもらった、ほんのお礼ですから」


ニッコリ微笑んでいうに、クルー達は顔を見合わせて複雑な顔をした。

確かに、街に出て海軍にでも遭遇したら面倒だ。
それに、色々とありすぎてろくに買い出しも出来ていない。

しかし、そこまでしてもらう義理は、ないのである。
外で宿を取るもよし、船で寝起きするもよしと考えていた一行にとっては思ってもみない申し出だが。
何分、人数が人数だ。
この目の前の少女に、この手のかかるクルー達を世話させるわけにも―――。

常識的な思考を持つクルーは、必然とそういうことを脳内で考えていた。
しかし、常識の通用しない船員―――船長が、1人。


「なーに悩んでんだよ、お前ら。がいいっつーなら泊まりゃいいじゃねェかよ」
「ルフィ!」
「お前なぁ…」


我が道を行く船長・ルフィ。
ルフィだけは、何やら期待を含んだような楽しげな表情だった。
一行もそれには呆れの言葉しか出てこない。


「こんな大人数押しかけたら、ちゃんに迷惑かかるだろうが!」
「第一、いいのか、お前は? ただでさえ海軍の奴らに狙われてるっつーのに、海賊なんかと戯れてよ」


ゾロが、不意にに問いかけた。
はキョトン、と目を丸くして、さも他人事のように言う。


「別に。問題なしです」
「よーしっ! 決まりだァ!!」
「「「ぅおいッ!!」」」


の言葉を聞いたルフィは、その場で勢いよく、拳を握った腕を天上へと突き上げた。
まったく人のことを考えていないルフィに、思わず突っ込みが入るが、こうなってしまった船長が止まらないことは、自分達が一番よく理解している。


「ここ面白ェし、いいじゃねェか! なっ、ロビン」
「……そうね。この子がこう言ってくれているし、遠慮するのはかえって失礼かも」
「ロビンまで…」


何故よりによってロビンに話を振ったのかは定かではないが、ルフィの楽しそうな雰囲気にロビンも賛同する。
それに、ナミは呆れたように頭を抱えた。


「仕方ねェよ、ナミ。船長がノリ気じゃあ…」
「そうねェ……じゃあ、“記録(ログ)”が溜まるまで、お願いしようかしら。―――そう言えば、ここの“記録”はどれくらいで溜まるの?」


もう世話になる気満々なルフィと、それに上手いこと乗せられてしまっているチョッパーが騒いでいる。
まして、ナミにとっては一味の中で唯一である頼みの綱のロビンが賛同してしまっているのだから、ナミにとやかく言えることはない。

ナミは観念したように言うと、に訊ねた。
島にいる間ということは、次の島までの“記録”が溜まるまでということになる。


「“記録”? ……ああ、“記録指針(ログポース)”のですか? うちの島は確か……5日から1週間くらいだったかな」
1週間!? そんなに……?」
「残念ながら、私は“記憶指針”を使ってこの島や他の島を行き来したことがないから、はっきりとした日数は分からないけど……確かそのくらいです」
「……本当に泊まって大丈夫なの?」
「大丈夫ですよー。そこらの宿にでも泊まってると思って、ゆっくりして下さい」


なんとなしに言う
ナミはその言葉にがくりと項垂れ、力なく背を曲げた。
それを見た他のクルー達も、そこで全員諦めることとなる。


「―――あ、おい! でも、1週間もメリー号をあそこに隠しておけっか?」


とりあえず、この地下での世話になることにしたのはいいが、一番気がかりなのは船である。
不意に、あの船に一番思い入れがあるウソップが訊ねた。

は、そんなウソップに笑顔で応える。


「場所が場所だし、心配はないと思いますよ。今日入航してきて分かったと思うけど、ここの島は海軍基地がある割に警備が異常なほど手薄なんで。うちの海軍が海岸の警備なんてしてるとは思えないし。……でも、心配なら明日にでも様子を見に行きますか? 私が案内しますけど」
「マジか! そいつァ助かる!」


あれだけ巨大な海軍基地がある島だというのに、『警備をしない』とは―――。

少し気になる部分はあるが、明日船の様子を見に行けるならばと、ウソップは大いに喜ぶ。
そして、部屋中をグルグルと回って騒いでいるルフィとチョッパーの輪の中に入っていった。


「……ま、たまにはこういうのもいいんじゃねェのか? ナミさん」
「メリー号を心配する必要がねェなら、大丈夫だろ」
「まだ買い出しも済ませていないし、ここならちょうどいいと思うわ、航海士さん」


サンジ・ゾロ・ロビンも、満更ではない様子で言った。
ナミはうーん、と思案するように唸った後、苦笑いを浮かべて諦めたように溜息をつく。


「船長のルフィがあの調子で、もう話も聞かないし……しょうがない。お世話になりますか! には―――色々と聞いてみたいこともあるし、ね」
「……?」


横目にを窺うと、1人、小さく首を傾げていた。


「そういうことだから、よろしくね、!」
「! ……はい、どーぞどーぞ」


ニッコリと微笑んだに、ナミも笑顔で返した。


そんなわけで。
ひょんなことから知り合ってしまった少女の家に、海賊団総出で世話になることになった麦わら海賊団一行であった。







「―――に、兄ちゃん…」
「あっの馬鹿ッ!! 勝手に海賊なんて泊めやがってェ……!」


その頃、壁一枚隔てた隣の部屋―――。
ヴァンとターナは壁に耳を当てて、とルフィ海賊団のやり取りを盗み聞きしていた。

すっかり賑やかになった地下の家。
ヴァンは苦虫を噛み潰したような表情で、腹の底から声を上げた。
そんな兄を、ターナが必死に宥める。


「でも、兄ちゃん……姉ちゃんの言う通り、悪い人達じゃないみたいだし…」
「お前まで何言ってんだ! 相手は海賊だぞ!? 騙し討ちなんてお手のもんなんだよ!」


フンッ、と苛立たしげに鼻を鳴らしたヴァンは、近くにあった椅子にドサリと腰を下した。
そんなヴァンの前に腰を下して、ターナが続ける。


「兄ちゃん、あの海賊達の“中”、見えてるんだろ?」
「……」
「なら、大丈夫……なんでしょ?」
「……とりあえず、様子見だからな」


ムスッとした顔つきでいうヴァンを見て、ターナは安堵の表情を浮かべた。
どうやら自分の兄も、あの海賊団が悪い人間ではないことは分かっているらしい。
どこまでも、素直じゃない兄である。

2人が隣の部屋で、心底自分の心配をしていることを、は知らない。





***************





不穏な空気の漂う、ルーチェ島デセオガーデンズ中心部、海軍本部駐屯基地の、ある一室―――。


「……それで、中尉。今日こそあの娘は捕えてきたんだろうな……?」
「はっ、そ、それが…」


ピリピリとした空気が、その場にいる海兵20名の肌をチクリチクリと突き刺している。

先程、ロナ・Mの捕獲命令を出されてを追っていた海兵達は、散々街中を探しまわった末に、結局見失った後、基地へと帰還していた。
疲労と恐怖とで重い足を引きずりながら大佐の控える執務室までやってきた、中尉率いる一隊は、目の前にドンと腰を据えている男を見て、身体中に嫌な汗が浮かんでくるのを感じていた。


「『それが』……何だ?」


窓の外をジッと眺めていたその男は、ゆっくりと椅子を回して海兵達に振り返った。
瞬間、どんよりとしていながらも、鋭い、漆黒の瞳が中尉を見据える。


「ッそれ、が…」
「中尉、君も一端の海兵だろう?―――はっきり言え!!」
「はっ、申し訳ありません! ……取り逃がして、しまいましたッ…!」


男の気迫に圧された中尉が思わず口籠ったのに、男は苛立った様子で喝を入れた。
バッと素早く敬礼した中尉は、言い辛そうに口にした。

そう。
逃がして、しまったのだ。


「……」


しばしの沈黙が、執務室内に響く。
中尉は敬礼をした姿勢のまま、男の言葉を待っていた。

男は、呆れたような失望の混じった溜め息を深く吐き捨てると、ゆっくりと右腕を上げて中尉に向けた。
瞬間。


「―――ぐあぁぁッ…!!」
「中尉!!?」


ドスッ、という鈍い音が部屋に響いたと同時に、発せられた中尉の断末魔。

思わず、その場に膝をつきそうになった中尉を支えようと後ろの部下達が前に出るが、それよりも早く、中尉の身体が前に引きずられていく。

何かが、中尉の左肩に深く突き刺さっていて、その身体ごと男の元へ誘う。
床にボタボタと落ちる、真っ赤な水滴。


「なあ、中尉……?」
「ぐッ……!」


男の目の前までやってきた中尉は、少し下の方にある男の顔を薄らと見下ろした。
その表情は、怒りで―――否、何かを含んだような、不気味な笑みを浮かべて歪んでいる。

男はクイッ、と右腕を動かす。
それに反応するように、中尉の肩が震えた。


「俺は、10年も待った。ここの基地を任され、“あの男”の存在を知ってから10数年。更に、“あの男”の元に弟子がいると聞いてから10年。最早邪魔でしかなかった“あの男”が消えてから、俺が君に弟子の追跡を命じてから、もう5年だ。短気な俺にしては……待った方だろう?」
「は……ッ、はい……!」
「なら、分かるよな? ―――これ以上待たせるなよ、俺を」


男の右腕が引かれたかと思うと、うっ、と声を上げて、その場に中尉がドサリと膝をついた。
左肩から滴る血に茫然としていた部下達は、慌てて中尉に駆け寄ると、負傷した状態の中尉を抱え、そのまま執務室を出て行く。

残るのは、男。
そして、異様に淀んだ空間。


「……そろそろ潮時だな。ロナ・M


男は窓の外に目を向けて呟く。
ギシッと、男が腰かける椅子が鳴いた。

不意に、男はデスクの引き出しを開けて1つにまとめられた書類の束を取り出した。
その束の一番上には、1枚の写真。


「既に死んだ貴様の気苦労も、すぐ終わる。ようやく楽になれるぞ」


男はその写真に写る、黒髪をターバンで纏めた男を、指で軽く突いた。

黒髪の、何とも愉快そうに笑っている男の傍らには3人の子供がいて、同じように楽しげに微笑んでいる。
赤い髪と蒼い髪の少年達と―――銀色の髪の、少女。


「見慣れない連中といたという情報があったが……まあ、大した障害にはなるまい」


どこか愛しげに、その少女を指先で撫でる。




「……さて。貴様の隠してきた“宝”、俺が貰い受けるとしようか―――なァ、




不敵に呟いた男は、書類の束を手に、その場を離れた。
しっかりと、視線は写真を捉えたまま。


「みすみす、“万物心(オール・アニモ)”を逃す手はないしな」


意味深な言葉を残して、男―――ダーク大佐は喉の奥で笑い、執務室を後にした。








疑惑の影は密かに、

蠢く。


(貪欲な統率者)








アトガキ。


*ヒロインの家に宿泊決定、な麦わら一味。

*これからやっと、話が展開して……いくといいな(オイ)
 新たなオリキャラも出てきました。
 分かりやすいようで分かりにくい伏線がちらほら見えたかと思いますが、それはこれからの話の中で消化していきます。


*章タイトル『DESTNY×ENCOUNTER』→→意:運命×遭遇。




*2010/01/05 加筆修正・再UP。