DESTINY×ENCOUNTER   04




迷路のように複雑に掘られた地下通路を少女の後ろについて行きながら、麦わら海賊団一行は、とある部屋に招き入れられた。

―――どうやら、客室のようだ。
大きなテーブルと椅子、その脇にはソファーも置かれている、広々とした部屋だった。

ここまで来る途中にも、小部屋らしき扉がいくつもあったことに一行は気付いていた。
部屋はそれぞれ、きちんと壁で区切られていたり、扉で区切られていたりと様々で、ここが地面の下―――地下だとは到底思えないほど、住みやすそうなところである。

一行が通された部屋にも、当たり前のように家具が置かれていて、人間が住んでいる形跡が窺えた。

ただただ、一行は驚くばかり。




「テキトーに座っちゃって下さい」


そう言う少女の言葉に甘えて、一行は思い思いに腰を掛ける。

少女は部屋の隅まで行くと、何やら冷蔵庫を開けて中を漁り始めた。
何故、キッチンでもない普通の部屋に冷蔵庫があるのかと誰ともなく問いかけると、少女は「部屋が多いから」と笑って答えた。

大きな盆の上に、ドリンクを注いだ、クルー達と自分の分のグラスを乗せてフラフラと戻ってきた少女を、慌ててサンジが手助けする。


「あっ……ありがとうございます」
「いえいえ」


サンジに助けられながら、クルー達によく冷えたドリンクを出し終えた少女は、近くの椅子を引いて腰を下す。


「―――じゃあ、とりあえず自己紹介といくか」
「そうね。これも何かの縁かもしれないし」


少女から渡されたグラスに手を伸ばしながら、何となしにウソップが言う。
ナミはそれに同意して、頷いた。


「私はナミ。よろしくね」
「俺! 俺ァ、ルフィ。モンキー・D・ルフィ! よろしくな!」
「俺はー、勇敢なる海の戦士・ウソップ様だァ!!よーく憶えておくように!」
「ニコ・ロビンよ」
「サンジです。よろしく、レディー」
「お、おれは、トニートニー・チョッパーっ!」
「……ロロノア・ゾロ。まあ、よろしく」


麦わら海賊団一行、各々個性的な自己紹介が終わると、一行は少女を促した。
少女はしばしキョトンとした表情だったが、慌てて口を開く。


「私はロナ・Mでいいですよ」
「お前ってのかァ。よろしくぅ!!」
「うん…―――よろしく」


ルフィが少女―――の名を聞いて再度挨拶すると、はニッコリと微笑んだ。
今までの困ったような複雑な笑顔とは違う表情に、一行はしばし惚けて、改めて彼女を見た。

改めてきちんと見てみると、ますます不思議で神秘的な雰囲気を持つ少女だということが分かる。
珍しい銀糸の髪に、気の抜けた表情の中でも一際惹かれる白銀の瞳。
吸い込まれそうな、それでいて全てを見透かしそうなほど真っ直ぐなその瞳に、妙な錯覚さえする。

服装は至って落ち着いていて、刺繍が施されたジーンズ。
上は数枚重ね着しているものの、やはり華奢な体つきはすぐに分かる。
少し気になるものと言えば、腰に、太ももの辺りを覆うように巻きつけられた、様々な柄の数枚のストール。


それと―――両手に巻きつく、不釣り合いな包帯。


「……?」


突然、自分を見て黙り込んでしまった一行に、は小さく首を傾げた。

とりあえず、話を進めようと、ナミが慌てて口を開きかけた時。




「―――……ッ!!」




荒々しい足音とともに乱暴に扉が開かれ、と一行は驚いてそちらに目を向ける。
その扉の先には、先程穴から顔を出していた赤髪の少年が、息を切らして立っていた。


「お前、さっきの…」
「……ヴァン?」


赤髪の―――ヴァンと呼ばれた少年は、何やら焦燥した顔つきで一行の顔を見渡すと、手に持っていた紙を、グシャリと握り潰した。


姉ちゃん!」
「あれ、ターナも…。いなくなったと思ったら、2人でどこ行ってたの?」


そんなヴァンの背後から恐る恐るといった様子で顔を出してきたのは、蒼い髪の少年だった。
ターナと呼ばれたその少年がを呼ぶと、は椅子の上でくるりと向きを変えて、少年2人に言う。


「ね、姉ちゃん、何もされてない!?」
「え? ……別に、海兵さん達にはまだ何も―――」
「ちっげーよ!! そこに居る、そいつらにだッ!!」


ターナの言葉に、首を傾げながら答えた
しかし、その言葉を遮ったのは、赤髪のヴァンだった。

ヴァンは荒々しく声を張り上げて言うと、ビシッと一行を指差した。
その指は一行を順番に指し示していくと、最終的にルフィを捉えて止まる。


「? 何だァ?」
「おいおい、別に俺達ゃ何もしちゃいねェぞ?」


自分を指差すヴァンを見て、不思議そうに首を傾げるルフィ。
ウソップは妙な誤解を受けたと分かったのか、慌ててヴァンへ言うが、赤髪の少年は相変わらず険しい表情でルフィを睨み付けていた。


「ヴァン、人を指差しちゃ失礼だよ」


そんなヴァンに、少しズレた注意をする
ヴァンはのそのズレた発言に慣れているのか、を無視してルフィを睨み付けたまま言う。


、何でこいつらまでここに連れて来たんだ!!」
「え? だって、助けてもらっちゃったし、巻き込んじゃったし…」
「姉ちゃん…」


しょうがないよ、とケロッとした顔で言うに、ターナがヴァンの背後から呆れたような視線を向ける。
そして、マイペースすぎるに対し、ヴァンはワナワナと震え始め、突然またルフィを指差して叫んだ。


「こいつらは―――海賊だッ!!」
「……!」
「しかも、こいつは……3000万ベリーの賞金首だ!こんなふざけた顔して、”東の海(イーストブルー)”最悪の極悪人だぞ!!」


ヴァンは肩を激しく上下させて息を荒くしながらも、ルフィを睨み付ける。
すると、ヴァンの言葉が気に入らなかったのか、ルフィが荒々しく立ち上がって怒鳴り出した。


「お前、失敬だぞ!! 誰が『ふざけた顔』だッ!!」
「うるせぇ! 黙ってろ、海賊!! つーか、キレるとこそこかよッ!」


とさほど変わらないようなズレた返答をするルフィに、他のクルー達は深い溜め息をついて、思わず突っ込んでしんまったらしいヴァンを見た。

そんな中、それを聞いたは微かに目を細める。
そして、視線をヴァンの背に隠れているターナへと向けた。


「あっ…」


ターナはの視線に気付くと、少しオドオドしながら戸惑い気味に言葉を漏らす。


「さ、さっき上で姉ちゃんを迎えた後に、急に兄ちゃんが『思い出した』って言って……それで、一緒に部屋に行ったんだ。そうしたら…―――」
「うちの船長の手配書を見つけたってわけね」


ターナの言葉を続けたのは、ナミだった。
ナミは呆れたような溜息をついて、髪を掻き上げる。

どうやら、ナミ自身が想像していた通りの展開になってしまったらしい。
―――別に、隠すつもりなどなかったのだが。

ヴァンは憎々しげに顔を歪めると、手に握りしめていた紙を一行に叩きつけるように見せた。
紙は2枚。
海軍が作成した、指名手配書だった。


「こいつだけじゃない。このすまし顔の女も賞金首……立派な極悪人だ!!」


勿論それは、船長であるルフィと、最近まで秘密犯罪結社“バロックワークス”の副社長を務めていた女・ロビンのもの。
ニカッと笑ったルフィの手配書と、幼い姿のロビンの手配書である。

怒り任せに叫んだ少年の声は、地下の部屋中に反響して消えていった。
気まずい沈黙が流れる中、自然と全員の視線はへと向けられる。


「―――で?」
「「……はあ?」」


そんな沈黙を破ったのは、それまで傍観し続けていただった。

は、ジッと2枚の手配書を見つめながら、それとなしに言う。
まるで、それが一体何の問題があるのだ、と言いたげなほど、間の抜けた声色である。

それには少年2人のみならず、麦わら海賊団一行も少なからず呆気にとられていた。
普通ならば『海賊』と聞くだけで驚いて、怖がって、追い返すようなものなのに。


「この人達が海賊だから、何?」
「何っておまッ……海賊だぞ!? 極悪非道、残虐無慈悲な海賊だ!」
「確かにそういう海賊もいるだろうけど……この人達は違うよ」


は根拠もなくはっきりと言ってのけると、視線をヴァンへと向けた。
揺るぎなく、真っ直ぐ射抜いてくる視線に、ヴァンは一瞬たじろぐ。

ほんの一瞬の出来事ではあったが、一行は先程と雰囲気が一変してしまった少女を目にして驚いていた。


「……ッ、で、でもっ! こいつら、猫被ってんのかもしんねェだろ!?」
「何で私に対して猫被る必要があるのさ。猫被ってまで島民の女1人助けて、得なんかないじゃん」
「そんなん分かんねェだろ!」
「分かる」


何故か口喧嘩を始めてしまった、とヴァン。
喧嘩、というよりは、一方的にヴァンが怒鳴っているだけで、は軽く流しているのだが。


「きっと、この街を狙ってきたんだ。この島を荒らすつもりなんだろ!?」


のその態度も気に入らないのか、今までより数段ヒートアップした様子でヴァンが叫んだ。
ギッと睨み付けてくるヴァンを見て、ルフィとロビン以外のクルー達は溜め息をつく。


「んなわけねェだろ。考えすぎなんだよ、ガキ」
「っんだと!!?」
「俺達はただ、食糧や必要な物資を買うためにこの島へ寄っただけだぜ?」


仕方なく、ゾロとサンジがヴァンに説明するが、ヴァンは怒り任せに興奮したまま続ける。


「黙れ!! ―――! そんな奴らなんかと一緒にいたら、お前のこともいつかバレるぞ! そうしたら、お前が標的だ! ……そうだ。コイツらお前を狙って来―――」
「ヴァン!!」


ヴァンの『お前』という言葉に、一行は微かに反応を示した。
に何かあるのだろうかと内心考えていると、少年の言葉を、が声で遮る。
らしくもない、荒げられた声。

は暫く場の沈黙を堪能すると、ゆっくりと静かに口を開く。


「……ヴァンが、2人が私の心配してくれるのは嬉しいけど、頭ごなしに人を疑うことないんじゃないかな…。それに、この人達が悪い人達じゃないってことは―――ヴァンが一番よく、分かってるんじゃないの?」
「ッ……!!」


意味深なの言葉。

それを聞いた瞬間、ヴァンが目を見開いて一歩後退する。
一行が怪訝そうに自分を見つめてくる中、ヴァンはぐっと何かを堪えるように拳を握ると、クルリとその場で踵を返した。


「ッ、もういい!! 俺は知らねェからな、!」
「はいはい」
「兄ちゃん…」


に念を押すようにそう言うと、最後に一行へ向かって吐き捨てるように言う。


「でも……もし。もし、お前らがに手ェ出しやがったら、ただじゃおかねェからな!! に何かしてみろ。この俺、二ドル・ヴァンと弟のターナが、お前ら全員ブッ潰してやるッ……!!」


最後にルフィを肩越しで睨み付けると、赤髪の少年は弟を連れて部屋を後にする。
漸く訪れた静寂に、一行は同時に息を吐いた。


「おー、こわっ。『ブッ潰してやる』、だってよ」
「ガキってのァ、何でああやってすぐに癇癪起こしてがなりやがんだ…」
「おれ、鼓膜が破れるかと思った…!」


ニッ、と愉快そうに笑って、少年2人が出て行った扉を見るサンジ。
ゾロはヴァンのあまりに大きな怒鳴り声に、隣で驚いているチョッパーと共に耳を押さえた。


「海賊相手にあそこまで啖呵切れるなんて……いい度胸してるわ」
「それに、私と船長さんの顔を手配書で見てから、ちゃんと憶えていたみたいだし、それなりに優秀みたいね、彼ら」


ナミはヴァンの態度に呆れ返っている様子だった。
海賊だと分かっている相手にあそこまで怒鳴り散らせるのだから、当然と言えば当然だろう。
1人冷静なロビンは、ニッコリと微笑んでヴァンを讃えた。


「ははは!! 面白ェ奴だったなァ!」


一方、一番この中で敵視されていると思われるルフィは、どうやらヴァンをお気に召したらしい。
楽しげに笑いながら、呑気にグラスを煽っている。

そんな呑気な一行の中、ウソップだけは妙にソワソワして落ち着かない様子。


「おいおい、そんな悠長なこと言ってて大丈夫なのかァ? アイツらが海軍の奴らに告げ口して、もしもここに攻めてくるようなことがあったら…一貫の終わりだぜ!?」
「あ、それはないから大丈夫だと思う」
「……へ?」


不安げにそう口にしたウソップをあっさりと否定したのは、だった。
は、身体の向きを扉の方からテーブルの方へ戻すと、自分のドリンクが入ったグラスを手に取り、続ける。


「ヴァンは海賊も嫌いだけど、ここの海軍はもっと嫌いだから…。自分が『潰す』って宣言したら、本当に自分で潰しに行く子です」


そう言って、はグラスを煽った。
そして、申し訳なさそうに小さく苦笑してみせる。


「ごめんなさい。海賊なんてこの島にあんまり入航してこないから……ヴァンもターナも、どうしたらいいのか分らなくなってるんだと思います」
「気にすんなって、ちゃん」
「そーそー。俺達が海賊なのは、本当のことだしな」


そんなに、サンジとルフィはさほど気にした様子もなく笑った。
ふと、その時、何か疑問に思ったことがあったらしいゾロが、不意にに訊ねる。


「そういや、アイツら2人とも“二ドル”っつってたな。……お前の兄弟じゃねェのか?」


ゾロの言うとおり、確かに先程の少年2人は(正しくはヴァンが)、“二ドル”と名乗っていた。
顔や雰囲気からも何となく感じてはいたが、その時点で2人が兄弟であることは分かった。

しかし、目の前の少女の名は、ロナ・M―――。
明らかに、少年2人とは異なる名である。

は、いつかそう言った質問が来るのだろうと予測していたのか、いたって冷静に応える。


「あの2人は血の繋がった兄弟です。それは確かですよ。……でも、私はあの2人とは血縁関係はない。言い方は悪いけど、赤の他人です」


あはは、と笑って言うの視線は、グラスの中で揺らめく水面に向けられている。


「ヴァンとターナとは、“ある人”を通じて10年近く前にこの島で出逢って、それ以来、ずっと家族同然に暮してきました。血の繋がりはないけど……私は、あの2人を自分の“弟”だと思ってます」
「そう…」


今までになく優しく、柔らかく微笑むに、一行は自然と顔を綻ばせた。

とてもじゃないが―――海軍に追われるようなことをする娘には、見えない。

その場に居合わせる全員がそう感じた時、今度はロビンがに問いかける。


「貴女、さっき、私達が“悪い人”じゃないって言っていたけれど……根拠はあるの?」


ロビンの突飛な質問に、はグラスへ向けていた顔を上げてロビンを見つめた。
白銀の瞳をパチクリと丸くさせている。
おそらく、あまり深く考えて発言しなかったのだろう。

その可愛らしい様に、ロビンは思わず、クスクスと笑みを零した。


「そういやそうだなァ。海賊だって聞いても、大して驚いてなかったし…」
「あー、それはですね…―――実は、皆さんが島に向かってくるのを見たからなんですよ」
「……え? 私達を?」


はい、と頷いて、はルフィの頭の上に乗る麦わら帽子を指差した。


「羊の船首に、麦わら帽子を被ったドクロマーク。……あまりに不釣り合いだったんで、よく憶えてますよ」


の話では、彼女は今朝方、この地下の家を出てから一度海岸近くまで来ていたらしい。
海岸沿いにある崖の上に位置する、見晴らしのいい森の中で散歩していた最中に、ルフィ達の船―――ゴーイングメリー号を見かけたのだと言う。


「はじめは海軍に言いに行くべきかと考えたんですけど……ヴァンと同じで、私もここの海軍嫌いだし、自分が海軍の基地へ報告に行って捕まるのも嫌だったし。だから、結局言わなかったんです」


そう説明して、は呑気に笑った。

島に入ってきたのが海賊だと分かっていながら、海軍に報告しに行こうともしないとは、中々の大雑把ぶりだ。
しかも、かなりマイペースである。


「皆さんが悪い人じゃないって言うのも、何となく」
「「何となくかよッ!!」」
「『あんな可愛らしい船に乗ってるんだから…』っていう、安易な理由ですね」
「……大雑把にも程があるんじゃねェのか…?」


海賊である自分達にとって、海軍に告げ口されなかったのはいいことではあるのだが。
の呑気ぶりに、ウソップとチョッパーは声を揃えて突っ込み、さすがのゾロでさえも呆れ顔だ。

その場にいる全員が、のマイペースぶりに呆れきっている中、船長ルフィは「面白ェなァ、は」と、1人笑っていた。


「……そんなんで大丈夫なのかい? ちゃん」
「はい?」
「もし、俺達がさっきの赤髪のガキが言ってたような悪い海賊だったら……ちゃん、殺されてるぜ?」


呆れを通り越してのこれからの安否が心配になってきた様子のサンジは、の顔を覗き込んで言った。
しかし、は平然と笑って、答える。


「“悪い人”はそんなこと言いませんよ、サンジさん」
「!」


唐突に名を呼ばれ、サンジは思わず動きを止めた。
はゆるりとした動作で、一行を見渡す。




「その人が“良い人間”か“悪い人間”かなんて―――その人を見れば分かりますから」




そう言うの瞳は、真っ直ぐ一行を射抜く。

吸い込まれそうな、見透かされそうな、“白銀”。
美しいそれが、少し怖くも感じる。

一行が息を呑む中、は不思議そうに一度首を傾げ、グラスの中身を飲み干した。








見る目。見える目。

(彼女の白銀)(彼の漆黒)








アトガキ。


*ヒロインと対照的な兄弟の人間関係。

*ヒロインを慕うが故の、弟君の心配。分かる気がします。
 皆さんは、そう簡単に知らない人について行ったり、家に招き入れたりしちゃ駄目です(笑)
 それにしても……話が一向に進まない。。。




*2010/01/05 加筆修正・再UP。