DESTINY×ENCOUNTER 02
その日、銀髪の少女―――ロナ・M・は、厄日だった。
枕元に2つセットされた目覚ましを叩くように止め、30分ほどボーッとした後にようやくベッドから身を起こすという、いつも通りの平穏な朝。
そのはずが、目覚ましを止めて目を開けた瞬間に飛び込んできたのは、何故か巨大な穴が空いて役目を果たさなくなった壁だった。
「……」
まだ覚醒しない頭のまま辺りをゆっくり見渡すと、紛れもなくそこは自分の部屋で。
「―――……何だっての、一体…」
早朝開口一発目の言葉は、何とも情けなく、穴の空いた壁の向こうへ流れていった。
壁に空いた歪な穴は気になるものの、そろそろ朝食を作らなければならない時間だ。
自分1人だけならば、別に朝と昼を兼用しても構わないのだが、自分以外に2人―――況してや、育ち盛りの同居人が2人もいるので、そうもいかない。
のろのろとした動作でベッドから渋々起き上がったは、適当に着替えを済ませると、壁に空いた真新しい穴を潜り抜けた。
ただでさえ、崩れればお陀仏なこの室内。
そんな部屋に見事なまでに空いている穴を潜り抜けながら、自分の部屋が崩れないことを祈る。
そんな、なんとも不思議な朝を迎えたは、そのままキッチンの方へと足を向ける。
そこには―――。
「おっ、よう、!」
「おはよ、姉ちゃん! 早かったね」
「……」
悪びれた様子もなく、煤で真っ黒な顔でニッと笑う弟2人の姿。
は思わず、がくりと項垂れた。
血の繋がらない弟達を、ここまで恨んだことはない。
「ー、飯は?」
椅子に浅く腰かけてテーブルの上に足を乗せている、橙色に近い赤髪の少年―――ヴァンは、早くしろよと言わんばかりに、に訊ねた。
誰のせいで朝からテンションが低いのか、考えてもらいたいと思う。
「兄ちゃん、テーブルの上に足乗せちゃ駄目だよ」
そう言って、向い側に座るヴァンの足を押し落とすのは、ヴァンの実弟で蒼い髪を持つ少年―――ターナ。
性格は至って穏やかで、だらしのない大雑把な性格の兄とは正反対なのだが、行動は兄とそっくりで。
こちらも、の部屋の壁を消滅させた人物の1人だ。
「……」
「? 飯! 朝飯!!」
「兄ちゃん、足を下してってば!」
「……」
「うっせぇなぁ……朝から作業して腹減ってんだよ、俺は」
「そんなの関係ないよ! 僕だって一緒に作業してたんだから同じだし…―――姉ちゃん?」
「……」
ヴァンとターナの兄弟は、シンクの前で立ち止まって黙っているを不思議そうに振り返った。
はそんな2人を暫くジッと見つめると、不意に、ニッコリと綺麗に微笑んだ。
「朝ご飯食べたいなら、私の部屋の壁に開いた穴を塞いで来てね」
「「…………え」」
整った顔で綺麗に笑ったに一瞬惚ける2人だったが、の口から出た言葉に唖然とする。
しかし、無情にもは、シンクから離れて隣の吹き抜け部屋へと向かいながら言った。
「『え』じゃない、早く。じゃなきゃ、朝ご飯抜き」
私は読書でもして待ってるよ、と付け加えて、は部屋のソファーに腰を下し、白銀の瞳を細めながら活字を追いかけ始めてしまった。
「……やるか、ターナ」
「……うん」
渋々、ヴァンとターナは顔を見合せて立ち上がった。
以外、まともに料理が出来る者がいない為、このまま無視していると本当に食事にありつけない。
先程から空腹を訴えている腹の具合から見て、流石にそれは辛いものがある。
―――ましてや、朝から壁に巨大な穴が開くほどの作業をしたのだから。
小さく呟いて肩を落としながらキッチンを出る2人を横目に窺い、は1人、クスリと笑った。
今日の朝食は、少し奮発することにしよう。
部屋の壁を手早く塞いでキッチンへと戻ってきたヴァンとターナに、は朝食にしては豪勢な料理を振舞った。
と言っても、もプロの料理人ではないので、簡単なものなのだが。
それでも、育ち盛りの2人は喜んで、自分の拙い料理を毎日食してくれている。
「今日は誰の依頼があるんだっけ? ヴァン」
「カリン婆さんの家の庭掃除」
「また庭掃除? 先週も頼まれたよ!」
朝食中に話す話題と言えば、いつもその日にこなす“仕事”の内容についてだった。
毎日の日課だ。
「俺だって嫌だっつーの」
「嫌とか言わない。ターナも、依頼に文句はつけないの。カリンさんにはお世話になってるんだし」
「はーい」
そんな会話を繰り返しながら朝食を終えると、達3人は、揃ってデセオガーデンズへと繰り出す。
もちろん、“仕事”をこなす為と、滅多に出来ない買い出しの為だ。
・ヴァン・ターナの3人は、『何でも屋』―――所謂、『よろず屋』を経営し、生計を立てている。
店の名は“FREEDOM(フリーダム)”。
前店主が亡くなった後、3人が引き継いで続けている、街の中にある店だ。
毎日のように街の人達が何かと依頼をしにやってくるので意外と繁盛している、島でも評判の店で、街の人達との交流のきっかけとなったところだ。
今日の依頼はヴァンの言う通り、『カリン婆さんの家の庭掃除』である。
カリン婆さんとは、何かと3人を気にかけてくれる、近所の老婆のことである。
老婆という割には元気の塊みたいな人物で、3人を想って少し口うるさくなるので、そこがヴァンとターナは苦手らしいが、にとっては良き理解者だった。
「―――ありがとねー、助かったよ」
「いえいえ。またどうぞ」
「来週は呼ぶなよ、婆さん!」
「ははは! どうだろーねぇ。アンタとターナがちゃんに面倒かけなければ、呼ばないでやるよ」
「兄さんは駄目かもしれないけど、僕なら大丈夫だよ」
「おいっ! どーいう意味だ、ターナ!!」
そんなカリン婆さんからの依頼をこなし、腹もすかした昼頃。
昼食の材料や日用品をついでに街で買出し、腕に抱えきれないほどたくさんの買い物袋を腕に抱いて自宅へと向かう3人の目の前に、突然大勢の人影が現れた。
「! ……ヤベッ」
「に、兄ちゃん…」
「……あーあ」
道を塞ぐようにして並ぶ人影に驚く3人だったが、その正体を知って、は呆れたように溜息をついた。
「ロナ・M・だな」
「いえ、人違いです」
「嘘をつけェ!!」
タイミングよく現れた人影達―――20名程の海兵達。
そのうちの1人で、おそらく上官であろう、顎鬚を蓄えた中年の海兵が、一歩前に出てを見た。
はそんな海兵に即答したが、あえなく嘘だと切り返され、小さく舌打ちした。
「今日こそは我々とともに来てもらうぞ、ロナ・M・。基地で大佐がお待ちかねだ」
「……毎日毎日お疲れ様です、中尉殿。私みたいな小娘を追いかけ回す暇があるなら、島の警備にでも当たられては?」
「なッ……!」
嫌味をこめてが発した言葉に、海兵―――中尉の顔が、怒りで紅く染まり始める。
ニッコリと微笑みながら、大勢の海兵達と臆することなく対峙するを横目に窺っていたヴァンとターナ。
2人は中尉がの言葉に怯んだのを見ると、すかさずの手首を掴んで、その場を駈け出した。
もちろん、海兵達とは逆の方向に。
「―――中尉! ロナ・M・と少年2人が逃げます!」
「……。はっ! な、何をしている! 追え! 追うんだ!!」
他の海兵達の声に我に返った中尉は、慌てて海兵達に指示を出し、3人を追った。
迷路のように入り組んでいる街の路地を、3人は転ばないように必死に走り抜ける。
「くそッ…! 今日はやけに気合い入ってんな、あいつら!」
「兄ちゃん、このままじゃ捕まっちゃうよ!あっちは人数がいるし、待ち伏せでもされたら…」
「分かってる!!」
焦燥しながら路地を走り、口々に言い合っているヴァンとターナを見つめながら、は疲れたように溜息をついた。
は、街へ出ると毎日のように、海兵に追われる日々を過ごしてきた。
ここルーチェ島の中心に位置し、島を統括する海軍基地は今、ある1人の大佐の手で治められている。
がこの島へとやってきた少し前に、新しく赴任した―――“ダーク”という名の大佐だ。
政府の中でも結構な地位についていて、街の平和も保っているダーク大佐だが、横暴で執心深く、何をするにも手段を選ばない性格のため、街の人間達からはあまりよく思われていない人物である。
そして、5年前から―――達3人の天敵となっている。
(……まいったなァ)
の頭には、そのダーク大佐が思い浮かんでいた。
ダーク大佐は海軍本部から派遣されたエリートで、なんでも、海軍の中でも“特殊な組織”のメンバーらしい。
その“特殊な組織”の詳細は、海軍に関わっている人間にしか分からないことらしいのだが、世界政府直轄の組織だという。
そんな組織に所属するというダーク大佐に、は目をつけられてしまっているのだ。
理由は―――痛いほど理解していた。
(本当に……今日は厄日だ)
よりにもよって、朝から慌ただしい今日。
はあまりのことに、また溜め息をついた。
中尉の怒鳴り声をBGMに、ひたすら街中を逃げ回ること30分。
体力は若さからしてこちらの方が断然上なのだろうが、3人も海兵達のあまりの執拗さに困り果てていた。
「ッ、いい加減にしろよ、あいつらァ!!」
「まだ、追いかけてくるよ……。どうするの、兄ちゃん」
「どうするったって…」
さすがに軍人である。
海兵達は未だに達3人を追いかけてきている。
いくら体力があるとは言っても、ずっと走り続けていては、こちらも疲労の色が出てくる。
後ろを振り返ってチラチラと見える海兵達の姿に、ヴァンとターナは苛立たしげに愚痴を零し、何か策はないかと考えている。
も、いい加減疲れてきていた。
基本的に面倒事は嫌いな性格であるは、日々飽きずに自分を追いかけ回す海兵達にほとほと呆れていた。
―――第一、海軍はこんな大勢を1人の娘に差し向けて、仕事はどうしているのだ。
思わずそう呟きかけただが、グッと口を閉じて堪えた。
そして、目の前を走るヴァンとターナを見る。
(このままじゃ、3人一緒に捕まるのも時間の問題……か)
街の大通り“エンロード”へ出れば、少しは海兵達の目を欺くことができるだろうが、街の人達に迷惑をかけるわけにもいかない。
まして、自分のせいでヴァンとターナが捕まるのも、我慢ならなかった。
「ヴァン、ターナ」
「「!」」
そう考えて痺れを切らしてしまったは、走り続ける2人を呼び、その場で足を止めた。
自然と、ヴァンとターナの足も止まる。
軽く息を切らした3人の息遣いが、狭い路地に響いている。
「……姉ちゃん?」
「何だよ、? 早くしねぇと海軍の奴らが…―――」
突然立ち止まったに、ヴァンとターナは怪訝そうに目を向けた。
この立ち止まっている時も、海兵達の足音はバタバタと耳に届いてくる。
は2人が立ち止まってこちらを見たのを確認すると、ゆっくりと口を開く。
「この突き当たりを左に曲がった先に、確かここから一番近い“玄関”があるでしょ? 2人は荷物を持って、そこに入って」
「……はあ? はどーすんだよ!?」
「海軍が追いかけてるのは、厳密に言えば私だけだから……私は右に曲がって海軍を引きつけておくから、後で別の“玄関”から入るよ」
これ荷物ね、と付け足して、は自分の持っていた食材の入った紙袋をヴァンに抱えさせた。
あまりに唐突なの提案に2人は目を丸くしていたが、有無を言わさぬの声に、渋々従うこととなった。
「いたぞ、こっちだ!!」
「!」
「来たよ、姉ちゃん!」
そうこうしているうちに、早くも海兵に見つかった3人。
は2人に先に行くように促すと、ニッと笑う。
「―――じゃあ、また後で」
心配そうな顔をしながらヴァンとターナが突き当たりを曲がる瞬間、はそう呟いて走り出した。
2人とは逆の、右手の路地へと入っていくと、背後から海兵達の声が聞こえてくる。
(……やっぱり追ってきた)
海兵達はの思惑通り、ヴァンとターナには目もくれずにを追って、右手の路地へと入ってきた。
あまりに予想通りの展開に少々可笑しくなってきたが、そこはあまり表情に出さないでおいた。
「止まれ! 止まらんかァァ!!」
「『止まれ』って言われて止まる馬鹿はいないよ、中尉殿」
「うっさいわッ、小娘!!」
歯を剥き出しにして後ろで喚く中尉を無視し、は気が進まないながらもエンロードへ躍り出た。
通りはいつものように賑やかで、街の人々で溢れ返っている。
そんな人混みを、をスイスイと身軽に、縫うようにして走り抜けていく。
その後ろを、人波を懸命に掻き分けながら、中尉率いる海兵達が追ってきていた。
中々、今日はしぶとい。
いつもならば1人がエンロードを流れる人波に紛れてしまえば、すぐに見失って追うのを諦めてくれるというのに。
―――今日は、そうはいかないらしい。
まあ、派手な容姿をした自分が多少なりと原因ではあるのだろうが。
「まーたやってんのかい、ちゃん」
「頑張って今日も逃げ切れよー!」
エンロードの中を走り抜けていくと、毎回馴染みの店からそんな声援が聞こえてくる。
がその声援に苦笑を浮かべて答えていると、また背後から中尉の怒鳴り声が聞こえてきた。
「まだ怒鳴り散らす体力があるなんて……。最近の海軍は衰えを感じないんだな」
くだらないことを口走りながらも、エンロードを走る続けることに限界を感じ始めた。
何か策はないかと、下唇に指を添えて模索し始める。
そんな時に、視界の端に映った建物に、は目を向けた。
このエンロードの中でも一際目立つ高い建物―――今は廃屋と化しているが、昔病院として使われていた建物だ。
は目先にあるその廃屋を上から下まで見通すと、ニッと悪戯っぽく笑みを浮かべた。
(逃げ切るのは厳しいけど…あれなら時間稼ぎくらいにはなる、かな)
はその廃屋の前で一度立ち止まると、後ろについて走ってくる海兵達に向かって、ニッコリ笑みを送った。
そして、小さく手を振る。
「中尉殿ー、海兵さん方ー」
「!!?」
「こっちですよー…―――じゃあね」
小さくそう呟くと、呆気にとられている海兵達を尻目に、はヒラリと身を翻して廃屋の中へと走り出した。
背後を確認することもなく、は勢いに任せて廃屋の中の埃っぽい階段を駆け上がり、屋上へとやってきた。
扉を足で乱暴に蹴り開けて屋上へ出ると、はやっと足を止めた。
屋上には、穏やかな春島特有の風が吹き抜けている。
「やっと追い詰めたぞ!!」
「! ……」
乱れた息をその場に立ち止まって整えていると、の入ってきた入口から中尉と海兵達が屋上へと上がりこんできた。
まだ余裕の色が覗えるの表情とは違って、心底疲れきっている様子で。
中尉のみならず海兵達20名も、汗をだらだらと流して息を弾ませている。
「…・・・貴様、どういうつもりだ? 逃げ場を自分から無くすとは……とうとう諦めたか?」
荒く息を吐きながらそう言う中尉に、は笑った。
「『諦める』? そんなわけないでしょう。……疲れちゃったんで、終わりにしようかと思いまして」
はまた、貼り付けたような笑顔を浮かべて言った。
毎度綺麗に微笑むに、さすがの海兵達も一瞬意識を惹きつけられる。
「海軍を愚弄しおって、小娘が! ―――何をしている! 早く捕らえるんだ!!」
「……しかし、中尉…」
「彼女が“術師”だという証拠を目にしない限り、一般人を手荒に捕らえるのは…」
「今更何を言っているんだ貴様ら! 証拠ならば、大佐の命令がその証拠だ! いいから捕まえろ!!」
ここまで追いかけ、追い詰めていながら尻込みする部下達に、中尉は低く怒鳴った。
罵声を浴びせられた海兵達は、否応なしにへと迫ってくる。
そんな海兵達に気を向けながら、はゆっくりと後退していった。
もちろん、後ろに道などない。
あるのは、古く脆くなった廃屋の、壊れた手すりのみ。
少し意識を廃屋の下へと向けてみると、どうやら自分のせいで街の人々が騒ぎ出してしまっているようだった。
目の前から海兵達が迫ってくる度、は一歩ずつ後退していく。
それを繰り返しているうちに、の後ろはもうなくなってしまっていた。
あと一歩下がれば、この屋上から転落しかねない。
「さあ、もう後はない。大人しく我々と共に来てもらおうか」
「……」
は中尉に目を向け、自分を取り囲む海兵達を一人一人見渡した。
(予想はしてたけど……結構高いんだなァ。捕まるくらいなら死んだ方がマシだけど…―――今死ぬわけには、いかないんだよね)
そして、自分の背後を見て目を細める。
廃屋の下には、こちらを見上げて心配そうにひしめき合っている街の人々。
ここから落ちれば、普通の人間ならばひとたまりもないだろう。
『―――』
(……師匠)
は、ゆっくりと双眸を伏せた。
手すりが壊れてしまっていて意味をなしていない場所を見つけ、少しせり上がっている屋上の縁に、踵を引っ掛けるようにして乗る。
すると、途端に、迫ってきていた海兵達の動きがピタリと止まったのが分かった。
「中尉殿」
「なッ……!? 貴様、何を―――」
「ダーク大佐に、伝えてくれますか」
グッ、と。
足の裏に力を込める。
「私は絶対、貴方達には従わない。“特別な力”を求めても無駄だ、と」
ニッと、最後に海兵達に笑いかけて、屋上の縁を力任せに蹴った。
体が傾いて不思議な浮遊感に体が包まれた後は、ただ重力に従って落ちていくだけだ。
は落ちていく体を器用に捻って、真正面から空気の抵抗を受け止めた。
(さて、と……)
常日頃から、あまり物事を考えて行動することを知らない。
勢いに任せて屋上から飛び降りたのはいいが、助かる手段を考えてはいなかった。
とりあえず、時間稼ぎにはなるだろうと、行動に移したのだが―――。
「……少し、力をお借りしますかね」
呑気に考え込んでいただったが、さすがに時間がないことに気付く。
徐に、は自分の両手を見つめる。
の両手には真っ白な包帯が、指先から手首までグルグルと巻きついている。
「師匠、バレないように使うから許してねー…」
街の人々の悲鳴が少しずつ大きくなっていることから、地面が近いことが分かる。
急がなければこのまま地面とキス、どころか、地面に当たって死んでしまう。
そう思ったが自分の右手に巻かれた包帯を解き始めた―――その時だった。
「……へ?」
不意に耳を掠めた、ヒュッ、という音。
まるで、投げ縄でも投げられたかのような音が自分の近くで聞こえたかと思うと、グッと何かに腰の辺りを圧迫された。
「な、何……?」
何事かと、自分の、何かに締め付けられている腰へ目を向ける。
やはり自分の腰には“何か”が巻きついていて、しかし、ロープではない。
どう見ても、それは。
「……え、何これ―――腕……!?」
人の、腕だった。
異常なまでに長く伸びた人の腕が、自分の腰辺りにグルグルと巻きついていたのだ。
その証拠に、腹の辺りに置かれているのは、紛れもない人間の掌で。
指の微かな動きも、人間特有の温かみも、には感じられた。
しかし、異常な光景だった。
その腕の先を追っていくと、大分先の方から伸びてきていることが分かる。
普段から物事に動じることのないだが、さすがにこの事態には驚きを隠せずに顔を引き攣らせた。
「……!!」
そうして半分パニックに陥っているうちに、グイッと腕が引かれるのを感じた。
何やらゴムのようなその腕は、の腰を、そのまま勢い任せに引き寄せる。
ヤバい、とが顔を歪ませた瞬間、信じられない衝撃とともに、遠心力に任せて、は腕の伸びてきている先へと引き寄せられていった。
「―――ぅひやあああぁぁぁぁ!!?」
あまりの出来事には混乱し、不覚にも素っ頓狂な悲鳴を上げる。
自分にもこんな高い声が出せたのか、とか、自分の腰に巻きついているのは本当に腕なのか、とか、呑気にそんなことを考えていると、ドガァッ、と何とも形容しがたいほど鈍い衝撃と音がして。
(……ああ、もう)
本当に―――今日は厄日だよ。
そう感じたと同時に、は意識を手放した。
夢でもいいから、
連れていって。
(ほんの少しの、現実逃避)
アトガキ。
*ルフィに助けられる直前までの、ヒロインと弟ズの日常と厄日が引き寄せた出逢い。
*たまたまの厄日に、ルフィ達に出くわしたわけです。
実は他にも、地味に嫌になっちゃうようなこと(柱に足の小指ぶつけたり、いつも安い果物が値上がりしていたり)が起こっていたとかいう、いらん裏設定あり。
*2010/01/02 加筆修正・再UP。
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