昔見た、この景色が好きだった。
いつもより早く目が覚めた私は、まだ見慣れない光景に一瞬戸惑ってしまった。
一瞬考えて、そうだった、と思い出し、ある程度の身支度を整えて自室から出る。
「あら、おはよう、ちゃん。今日は早いのね?」
「おはよう、奈々さん。……なんか目ェ覚めちゃって」
リビングの方へ降りていくと、叔母の奈々さんが誰よりも早く朝食の準備をしていた。
朝食の支度手伝うね、と言うと、奈々さんは嬉しそうに笑ってくれた。
私がここ、沢田家にお世話になり始めてそれなりの日が経とうとしている。
なんでも、沢田家と私は親戚筋に当たるらしく、とある事情から住む場所がなくなってしまった私を快く居候させてくれている。
私もはじめこそ一人暮らしを考えていたのだが、何分まだ中学生の身である私が一人暮らしなどできるはずもなく。
極力迷惑をかけないようにして、沢田家にお世話になっているのが現状だ。
「ツっ君も少しは見習ってくれないかしらねー。ちゃんが来てからというもの、自分で起きやしないのよ」
「じゃあ、今日は起こさないでみようかなァ…」
トースターに食パンをセットしながら私が冗談半分に言うと、奈々さんは一瞬考え込んでそれもいいわね、とフライ返しを持ったまま腕組みをした。
その様子に一瞬呆気に取られた私は、なんだか奈々さんらしくて笑った。
トーストが焼き上がって、奈々さんが作っていたベーコンエッグもいい感じに焼き上がり、私は学校があるので一足早く朝食をとっていた時。
上の階―――沢田家の長男で私の従兄弟、綱吉(私は綱吉君と呼んでいる)の部屋がバタバタし始めた。
「あの子ったら、やっと起きたのねー」
「(やっぱり起こしてあげたらよかったかな…)……ご馳走様でした」
トースト2枚とおいしいベーコンエッグを胃に収めた私は、手を合わせて言うと椅子から立ち上がった。
ちょうどその時、ドスドスと力の入った足音が聞こえた―――と思った時。
ズルッ!
「―――ッ、ぎゃあああぁぁぁ!!」
「……あーあ」
悲痛な叫び声の後に、ドスンッ、と鈍い音がして、私は思わず声を漏らした。
玄関の方へ足を進めると、何とも説明しがたい格好で階段下に倒れている従兄弟の姿。
私は思わず苦笑して、綱吉君に歩み寄る。
「大丈夫? 綱吉君」
「いてて……ッ、! 何で起こしてくれないのさ!?」
「奈々さんが自分で起きるまで待ちましょう、って」
どういう滑り方をしたのか分からないが、階段の角にでもぶつけたのだろう。
頭の後ろを痛々しげに手で撫で付けながら涙目に訴えてくる綱吉君に、私は、しょうがないよ、と苦笑する。
「綱吉君、私もう支度できたから先に行くね、学校」
「え……大丈夫? 道分かる?」
「うん、もう大丈夫。1人で行けるようにならないと、綱吉君に迷惑かけちゃうしね」
迷ったら誰かに訊くよ、と私が言うのに、綱吉君は相変わらず心配そうに見てくるので、私は玄関に放り投げておいた鞄を引っ掴んで、じゃあね、と家を出た。
今日は驚くほどの快晴だった。
青く澄んだ空に目を奪われながら、雲の流れに目を向けながら。
学校への道を歩いていると、不意に背後から声をかけられた。
「―――ちゃん!」
「! ……あ、京子ちゃん、花」
足を止めて後ろを振り返ると、そこには並盛中学校に私が転校して初めて出来た友人―――京子ちゃんこと、笹川 京子と、その親友の黒川 花の姿があった。
京子ちゃんは転校初日に声をかけてくれて、それ以来仲良くしてもらっている。
花は無邪気な京子ちゃんと違って大人っぽくて、ボーッとしている私の世話を良く焼いてくれる。
「おはよう。今日は早いんだね、ちゃん」
「おはよう。……うん。たまには早く来ようかなって。いっつもギリギリだったし」
「転校初日に遅刻しかけたもんねー。……そう言えば、従兄弟はどうしたの? いつも一緒じゃん」
「あー……うん。置いてきた」
私がサラリと言うと、花と京子ちゃんは可笑しそうに笑った。
3人で合流した私達は、他愛のない話をしながら学校への道を歩く。
「―――……?」
校門を3人で通り抜ける時。
不意に、私は背後に何かの気配を感じた気がして。
校門を通り抜けようと進めていた足を止めて、今歩いてきた道を振り返った。
―――誰も、いない。
一瞬、寒気にも似たその気配は、何かを暗示しているかのようだった。
とても、微かなものではあったけれど。
(気のせい、かな…)
確かに何かの視線を感じた気がしたのだが、気のせいかと楽観的に考えて。
立ち止まった私に、少し遠くまで歩いて気が付いたらしい京子ちゃんと花が自分を呼んでいるのを耳にして、私は足早に校門を跨いだ。
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目当てとは違ってはいたが、思わぬ収穫だった。
「―――…まさか、従姉妹として接触していたなんてな」
おまけに、一緒に住んでいるとは。
これまた好都合というものだ。
目当ての人物を前もって調査していると、ある1人の少女が浮かび上がってきた。
情報は極力、少ない。
俺の情報網を以ってしても苦戦を強いられるほど、その少女の存在はか細いものだった。
視線の先には、どこにでもいる普通の女子中学生。
今見る限り、そこら辺の“素人”とさして変わりはない。
見た目も特に秀でているわけではないが、そこそこ整った顔立ちの、肩に触れるか触れないかくらいの、ゆるく癖のついた漆黒の髪が、妙に目を惹く少女。
ただ1つ違うことは、彼女が―――俺の“存在”に気づいていたということ。
俺の姿は捉えていなかったとしても、その瞳は確実に俺が今立っている位置を見据えていて。
まさかとは思いながらも、気付かれたのかと身構えていたが、その女は小さく首を傾げると、そのまま学校の中へと足を進めていってしまった。
「……とりあえず、第1号はアイツだな」
俺の気配に気付いたのは、大したものだ。
並みの人間ならば必ずと言っていいほど感じ取ることの不可能な俺の気配を、彼女は感じ取ったのだから。
保護のついでに仲間へ引き入れても、多少の文句は言われるだろうがそれ以外の損はないだろう、と、俺はひとり考える。
―――まあ、自分自身、彼女に一抹の興味を惹かれた、ということもあるのだが。
俺は懐に使い慣れした愛銃が忍ばせてあることを確認すると、帽子を目深に被りその場を後にした。
「まずはボス候補とご対面、だな」
未来を見据え、
陰で微笑むスナイパー。
(プレゼントは、非日常)
*2009/11/07 加筆修正・再UP。