並盛フレンズ!   01



、ちょっといいか?」
「……え? あ、はい」


帰りのホームルームも終わり、部活動に入っているわけでもない私は、少し遠出して図書館にでも行こうかと、クラスメート達がぞくぞくと教室を後にする中で1人、鞄の中に荷物を詰め込んでいた。
まあ、見て分かる通り、ホームルーム中ボーッとしすぎたせいで帰りの支度をし損ねてしまったわけだが。

皆から出遅れたにも関わらずノロノロと鞄に荷物を詰め込んでいると、不意に、担任に呼び止められてしまった。
―――ちなみに、私は教師に目を付けられるような行為に及んだことは、一度もない。


「何ですか、先生?」
「いや、大したことじゃないんだが……沢田のことで、ちょっと、な」


ああ、やっぱり。

私が予想していた通りの言葉に、私は「はあ…」と担任に生返事を返す。

『沢田』のことについて先生に色々と相談されるのは、この並盛中学校へ転入してきて(といっても、入学式から参加しているのだが)、一体何度目になるだろうか。
まだ入学してそんなに月日は経っていないはずなのに、数えることすら面倒になってきている程だ。


『沢田』とは言わずもがな、私の従兄弟であり居候先の長男―――沢田 綱吉のことである。

どんな因果からなのか、従兄弟同士が同じクラスになってしまって。
そんな従兄弟のこととなると、必ずと言っていいほどこの担任は私のところへやってくる。


「アイツ、体育の授業終わった後、そのまま姿見えなくてな。知らないか?」
「……多分、帰ったんじゃないかと」


私の言葉に、担任は困ったように笑って、「だよなぁ」と落胆。

私は昔、小さい頃に綱吉君と何度か会って以来久々の再会だったので、ここでの綱吉君の噂を知ったのは、並盛中へ入学してからだった。




“ダメツナ”―――。




それが、ここでの綱吉君の呼び名だ。
確かに、聞くところによると綱吉君は運動もあまり得意ではないらしいし、勉強も下の下らしいが。
そんなことから、通称・ダメツナ。

今回も何か嫌なことでもあったのだろう。
ホームルームにいなかったところを見ると、家に帰っているはずだ。


「まあ、家には一応連絡入れるが……の方からも、ちょっと釘刺しといてくれ」
「あ、はい…」


呆れたように苦笑する担任に、私は少し同情しながらも軽く返事を返した。


、アンタも災難だね」
「……追い打ちかけるようなこと言わないでよ、花」
「沢田君、きっと疲れてたんだよ」
「京子ちゃん…」


友人の花にからかわれ、同じく友人の京子ちゃんは心底心配そうに「大丈夫かな」と綱吉君を心配して。
今の京子ちゃんの顔を見たら休日でも綱吉君は学校に来るだろうな、と思いながら、私は机の上に置きっ放しだった鞄を掴んだ。





***************





ここの図書館の館長さんとは、大分前から仲良くさせてもらっている。

ふと読んでいた本から顔を上げて、隠して学校へ持っていっている携帯電話のディスプレイを見る。
閉館時間が大分過ぎてしまっていることに、私は今更気が付いた。


(そろそろ帰らないと……)


ここの館長さんは私の本好きを見込んで、こうして私がたまに顔を出すときは閉館時間を過ぎても本を読ませてくれるので問題はない。
あまり帰りが遅くなってしまうと奈々さんに心配をかけてしまうので、極力気を付けるようにはしていたのだが。

やはり、一度のめり込むと耽ってしまうようだ。


「―――ちゃん、時間は大丈夫なのかい?」
「! ……あ、マチさん」


図書館の一番奥、人目にあまり付かない背の高い本棚に囲まれた席で、本を借りようか読んでしまおうか迷っていた私を呼びに来たのは、眼鏡をかけたお兄さんだった。
お兄さん―――この図書館の若き館長・夏目 眞智さん(通称・マチさん)は、私の座っている席を覆い隠すようにして立ち並ぶ本棚の影から、その細くも太くもない身体を覗かせて、眼鏡越しにニッコリと、爽やかに笑った。


「すみません、こんな時間まで……」
「いやいや、それは全然構わないよ。本も読んでもらうのが1番嬉しいだろうしね」
「ここ、家からは少し遠いけどたくさん本があるし……つい読み耽っちゃって」


いつもすみません、と私が申し訳なく言って頭を下げると、マチさんはいつもの人好きのする笑顔で、構わないよ、と言ってくれた。


「それにしても、最近は頻繁に来てくれるね。近くに図書館、ないのかい?」
「近くの図書館小さくて……―――ある程度の本は全部、読んじゃったんです」


サラリと何気なく言った私の言葉に、マチさんは心底驚いた表情で目を見開いていた。
そして、いきなり、プッ、と噴出すと、豪快に声を出して笑い始めた。


「大したもんだ! そんなに本を読んでどうするんだい? 文学博士にでもなるのかな」


不意に、マチさんが何気なく言った言葉に、私は目を丸くしてしまった。

本が好きなのは嘘じゃないし、文学博士になるのも悪くはないと思う。
―――それ以外に、目的があるとしても。


「……マチさん、この本、借りていってもいいですか?」
「? いいよ、いいよ。その本、こんな奥にある本棚に隠れているものだから、誰も読まないんだ。是非、借りていってくれ」
「ありがとうございます」


当たり障りのないように話をはぐらかして。
私は本を鞄の中に詰め込むと、マチさんにまた来ると告げてから図書館を後にした。








玄関を開けて中に入ると、リビングの方から奈々さんが顔を出してきて、お帰りなさい、と笑顔で迎えてくれた。


「遅かったのね? ……また図書館に?」
「うん。本読んでたら遅くなっちゃって……夕飯の支度手伝うね、奈々さん」


鞄を階段の端に置いておいて、制服のブレザーを脱ぎながらリビングに入る。
いつもの奈々さんとの掛け合いに、いつものリビングの風景だと思っていた。

しかし、今日は少し違っていた。
そこには―――


「お前が、か?」

「……え?」


室内なのに黒い帽子(カメレオンが乗っているのは、あえて無視しておこう)。
帽子と同じように色を揃えられた真っ黒なスーツを、異様なほどビシッと着こなした、小さな赤ん坊が、そこには居た。

か……可愛い…。
……って、誰だこの子。


「ちゃおっス」
「……ど、どうも」


リビングに備えてある椅子に腰掛けて、何とも優雅にコーヒー(しかもブラック)を煽っている赤ん坊は、私を真っ直ぐ見て挨拶してきた。
可愛いな、と赤ん坊を観察していた私は、しばし間を空けて会釈。

……。
…何故私は赤ん坊相手に会釈なんてしているんだろう…。


「あ、その子リボーン君っていうのよ」
「リ、ボーン……? (外人さん?)」
「ツナがあんまりだらしないから、家庭教師をしてもらうことにしたの」
「……」


いや、突っ込みたいことは山程ある。

「何故赤ん坊が綱吉君の家庭教師?」とか、「この子どこの子?」とか、「何でこんなに言葉が達者なの?」とか、「そういえば何で私の名前…」とか、「それ以前に、何故奈々さんは違和感を覚えないのか」とか。

でも、あの……とりあえず。


「……ゆ、夕飯、一緒に食べる?」
「ああ、喰うぞ」


私は、現実逃避することにした。




突然綱吉君の家庭教師として現われた赤ん坊―――リボーン君は、可愛らしく小さな見た目と反して、クールで言葉が達者で、大人のような仕草や言動を零す、変わった赤ん坊だった。
とりあえず、普通の赤ん坊ではないことが分かった私は、リボーン君の隣に腰を落ち着かせて、奈々さんお手製のコロッケをもそもそ食べていた。


「……」
「……」
「……お、おいしい? リボーン……君」
「美味いぞ。あと、『君』はいらねェ。リボーンでいいぞ」
「へ、あ、え……そ、そうですか」


じゃあ遠慮なく、と言うと、リボーン君―――リボーンは、口角を上げてニッ、と笑った。

その後は何を話していいのか分からなくなってしまい、口を噤んだままひたすらコロッケを食べていたのだが、不意にあることに気が付いた。


「―――奈々さん、そういえば綱吉君は?」
「ツっ君なら部屋よ? 何だか塞ぎ込んじゃって……一度出かけて以来、下りてこないのよ」


困ったわねぇ、と頬に手を添えて言う奈々さん。
何があったのかは分からないが、余程恥ずかしいことか嫌なことでもあって、拗ねてしまっているのだろう。



「……?」
「喰い終わったら、お前もツナの部屋に来い」
「え……?」


不意に、リボーンが持っていた箸を置いて、私に言った。

名前からして外人なのに箸の使い方が上手いな、と思っていたことは、まあ置いておいて。
リボーンはいつの間にか夕飯を食べ終わっていて、私が返事をするよりも早く、椅子からその小さな身体でひらりと軽やかに飛び降りて、玄関先の階段へ姿を消していった。


「……」


どうやら、早く食べ終わった方がよさそうだ。








数十分後。
私は今、綱吉君の部屋のベッドに腰掛けて、リボーンと綱吉君の様子をボーッと眺めている。


「どーしてくれんだよ! もう街歩けないよ! それに、笹川京子に合わす顔もない」


綱吉君に話を聞いたところ、なんでも、学校をサボって帰宅した後、何か食べて腹を満たす為に外出したところで京子ちゃんと遭遇。
まあ、正しく言えば接触したのはリボーンだけで、綱吉君は隠れていたらしいが。
そこで、一目見ただけで綱吉君が京子ちゃんに好意を抱いていることをリボーンが見破り、「告白したのか」と訊ねたらしい。

―――そこまではよかった。


「告白する気なんてサラサラなかったのに〜〜!」
「告白したくてもできなかったんだろ?」


その後、『死ぬ気弾』とかいう、死ぬ直前に後悔した事を死ぬ気で実行する為に復活する、という銃弾を脳天に撃ち込まれた綱吉君は、撃たれた直後に後悔したことによって復活し、京子ちゃんに告白。
しかし、何故かトランクス姿で告白するという失態に、当然、京子ちゃんには逃げられ、京子ちゃんと一緒にいたらしい剣道部主将・持田先輩に殴り飛ばされた、と―――。

まあ、私からしてみれば、綱吉君にしては大胆だったんだね、と言いたいところだが、まずは多数浮かんだ疑問を投げかけてみる。


「あの……ちょっと訊きたいんだけど…」
「何だ?」


いつの間にかリボーンに殴り飛ばされている綱吉君に哀れんだ視線を向けながら、私はリボーンに訊ねた。


「そもそも、その『死ぬ気弾』って……何?綱吉君が銃で撃たれたって…」
「信じられないのも無理ねーな…―――死ぬ気弾を撃たれた奴は、死ぬ時後悔したことを死ぬ気になってやり遂げる為に生き返るんだ」
「へー……」
「納得すんなよ、!」


別に納得したわけではないが、何故かリボーンの言っていることが嘘に聞こえなかった私は、とりあえず相槌を打つ。


「―――大体、“死ぬ気弾”なんて聞いたことないし!」
「死ぬ気弾はボンゴレファミリーに伝わる秘弾だ」
「「ボンゴレファミリー?」」


思わず、綱吉君と声が重なった。
一瞬、胸が高鳴るように跳ねたような気がしたが、きっと、気のせいだ。


「俺はボンゴレファミリーのボス・ボンゴレ9世の依頼で、ツナをマフィアのボスに教育する為に日本へ来た」


綱吉君は私の横に腰を下ろすと、何とも言いがたい表情で唸り始めた。
大方、リボーンの言っていることは信じきれないが“死ぬ気弾”を体験した身としては信じないわけにもいかないのだろう。


「ボンゴレ9世は高齢ということもあり、ボスの座を10代目に引き渡すつもりだったんだ。だが、10代目最有力のエンリコが抗争の中、撃たれた」
「ひいッ!」
「若手ナンバー2のマッシーモは沈められ……―――」
「ギャア!」
「秘蔵っ子のフェデリコはいつの間にか骨に」
「いちいち見せなくていいって!」


リボーンの見せる写真にいちいち反応する綱吉君に苦笑しながら、私は少し他人事のような位置で2人の会話を耳にしていた。


「そんで、10代目候補として残ったのがお前だけになっちまったんだ」
「は〜〜!!? なんでそうなるんだよ!」


リボーン君の話を聞くに、綱吉君はそのボンゴレファミリーの初代ボスの曾曾曾孫に当たるそうで。
つまり、綱吉君はその血筋から、列記としたマフィアのボンゴレファミリー10代目ボス候補という事になる。


「何言ってんだよ。そんな話聞いたことねーぞ」


綱吉君は相変わらず理解出来ていない様子で、スーツを脱いでパジャマに着替えを始めたリボーンに言う。
リボーンはドット柄の小さなパジャマに足を通しながら、自信有りげに続けた。


「心配すんな。俺が立派なマフィアのボスにしてやる」
「ちょ、ふざけんなよ! 俺は絶対ならねーからな!」


綱吉君の言葉を完全に無視して、リボーンは癖のある髪を覆うように、パジャマと同じ柄の帽子を被る。


「んじゃあ寝るな―――俺の眠りを妨げると死ぬぞ。気をつけろよ」


ふと、綱吉君の部屋を見渡すと、手榴弾が取り付けられた場所を発見。
綱吉君の悲痛な叫びも無視して、リボーンは自分で用意したらしいベッドに潜り込む。

……私も、そろそろ寝ようかな。
明日も学校だし。

綱吉君の部屋に備え付けられている時計を見て、私もベッドから立ち上がる。

リボーンの話を信じるか信じないはともかく、私には関係なさそうな話だ。
『ボンゴレファミリー』という単語が出てきた時には、何とも言い知れない感覚を覚えたが、それはきっと、現実離れしているという疑心や従兄弟が巻き込まれている現状に対しての不安からくるものだろう。

そんな風に勝手に自己完結しながら、とりあえず部屋を出ようとドアノブに手を伸ばすと、不意に後ろから声をかけられた。



「……はい?」


振り返ると、そこには既にベッドへ寝転んでいるリボーンの姿。
私は思わずキョトンと目を丸くして、綱吉君と顔を見合わせる。


「お前は、ツナのファミリー第1号だからな」

「……は…?」
「なッ……何言ってんだ! までその訳分かんない『ファミリー』に巻き込む気か!?」


あまりに唐突な一言に、思わず呆然とする私に代わって、綱吉君がリボーンに向かって言った。
しかし、そんなことはお構いなしといった様子で、ベッドに転がる小さな身体の人物は言ってのける。


「拒否権はねぇ。もう俺が決めたことだ」
「でも」




「それに―――お前は、“絶対に必要な存在”なんだ」




「……え? どういう意味…」
「文句あんのか?」




チャキッ。




私が思わず聞き返そうと口を開きかけると、どこから取り出したのか、拳銃らしきものの銃口を私へ向けてきたリボーン。

ほ、本物……なわけ、ないよね…?

私が思わず口元を引き攣らせていると、リボーンはニヤリ、という風に口元を歪めた。
そして、銃口をゆっくりと天井へ向け、引き金に指をかけ―――。




ドンッ!!




撃った。

銃弾が撃ち込まれて小さく穴を開けた天井。
そこから、パラパラと粉のようなものが、埃と混じって落ちてくる。
綱吉君は完全に怯えて、床に座り込んでしまっている。


「……(ああ、)」




私の先行きは―――前途多難のようだ。








日常なんて、脆いもの。

(赤ん坊1人で、すぐ変わる)









*おマセな赤ん坊に気に入られ、意味深な言葉を言われながら、ボンゴレファミリー仲間入りなヒロイン。
 
*再UPに際しての加筆修正作業により、大分文章やら台詞やらを付けたしました。
 …前に書いた私、何故こんないい加減に書いた(爆)




*2009/11/23 加筆修正・再UP。