MEET×MEET   01



木漏れ日がキラキラと射し込む、早朝の森の中。

陽の光が眩しくて思わず目を覚まし辺りを見渡すと、そう言えば昨夜は久々の野宿を余儀なくされてしまったのだということに気付く。
その証拠に、ジープの硬いシートで座った状態で眠っていた身体が、心なしか痛む。

いくら慣れたとは言っても、やはり宿のベッドとジープの座席とでは寝心地が違うな、とジープ自身に申し訳なく思いながらも、誰よりも早く目を覚ました猪八戒は苦笑を浮かべた。

ジープの助手席と後部座席で未だ寝息を立てている他の3人を窺い、八戒は起こさないようにと静かにジープから降り、近くにある川へ眠気覚ましに顔を洗いに行こうとタオルを片手に向かおうとした。
そんな時、ジープから数歩離れたところで、背後から何かを殴ったような鈍い音が耳に届き、その場に立ち止まってジープへと振り返る。


「〜〜〜ッ、いってー!!」
「……おはようございます、悟空」
「っつー……え? あ、八戒。はよー」


振り向いてみると、そこには後部座席で頭を抱え、何やら悶絶している様子の少年―――孫悟空の姿。
金色の大きく見開かれた瞳を涙で潤ませる悟空を見てクスリと笑った八戒は、そのまま微笑ましく挨拶を交わした。


「またお隣さんに蹴られちゃいましたか?」
「ッ、うん、今回は踵落とししてきやがった! あー、いってー」
「でも、お陰で目覚ましいらずですね。早起きですよ、悟空」


ブチブチと文句を零しながらジープから降りて自分の方へと歩いてくる悟空に、「はい、どうぞ」とタオルを渡してやると、悟空はムスッとした顔を笑顔に変えて「サンキュ」と嬉しそうにそれを受け取る。

そうして、朝から災難だった悟空の愚痴を聞きながら、2人で川へと向かうことになった。
後部座席に座る2人の寝相が悪いことは今に始まったことでもないのだが、今回の寝相は悟空の隣でいつも眠っている男の方が悪かったようである。




ジープから少し離れた場所に、綺麗に澄んだ川はあった。
それほど川幅が大きな川ではないが、川底が見えるほど澄んだ水が何だか涼しげだ。

「気持ちいいですねー…」
「っうはー! 目ェ覚めたァ!!」


そんな川の水で豪快に顔を洗う悟空。
ひんやりと冷たい川の水は、うつらうつらとしていた意識を一気に目覚めさせてくれる。
バシャバシャと川の水で遊んでいる悟空の横で、八戒も同じように顔を洗い、眠気を覚ました。


―――そいつァよかったなー、馬鹿猿」


そんな時、川辺に新たに姿を現したのは、悟空を早起きさせた張本人、沙悟浄だった。
悟浄の口から出た単語にピクリと反応した悟空は、川縁に下ろしていた腰を上げて振り返ると、キーッと歯を剥き出しにする。


「猿って言うなー! エロ河童!!」
「あ? 朝っぱらからキーキー喚きやがってよォ、猿以外の何物でもねえだろーが。動物園にでも行って猿山で遊んでこいよ、お猿ちゃん」


ふわあっと盛大な欠伸を1つして、突っかかってくる悟空を軽くあしらう。
悟浄の言う通りキーキー騒いでいる悟空を無視して、自分も眠気を覚まそうと川へ歩み寄ると、それに気付いた八戒が濡れた顔を拭いながら笑って見上げてきた。


「おはようございます、悟浄」
「おー、おはよーさん」
「悟空をあまり煽らないで下さいよ。ただでさえ、誰かさんの強烈な踵落としを喰らって安眠妨害されたからか、ご機嫌斜めなんですから」
「あらァ、そいつは災難ねェ」


悟浄さんしーらない、と軽口を叩きながらタオルを受け取る悟浄に、八戒はただ苦笑した。
この男とはそれなりに長い付き合いになるが、悟空をからかうこの行為は既に日常の習慣の1つになってしまっているらしい。

再び始まった悟浄と悟空の喧騒を見守りながら、そろそろ朝食の準備でもしようかな、などと考えていると、フラフラとした足取りで自分の目の前を通り過ぎていく人物がいて、八戒はそちらに顔を向けた。


―――あ、おはようございます、三蔵」
「……」


そこには、未だ目も頭も覚めきっていない様子の最高僧の姿。
まあ、最高僧と聞くと聞こえはいいが、日頃のこの男―――玄奘三蔵の行動を目にしている一行からしてみれば、胡散臭いことこの上ないのだが。


「三蔵、おはようございます」
「…………ああ」
「はい、タオル」


とことん低血圧な三蔵にも、もう一度朝の挨拶を投げかけながら手馴れたように笑顔でタオルを渡す八戒。
三蔵は鈍い反応をしながらもノロノロとした動きでそれを受け取り、川縁へとしゃがみ込む。


「大体、俺今日悟浄のせいで起こされたんだかんな!!」
「おーおー悪ぅございましたねぇ。何せ俺様、お前よりも足が長ェもんだからよ」
「何だよそれ! 俺が短足みてェな言い方すんなよ、ゴキブリ河童!」
「……んだとォ? 事実言ったまでじゃねえか、この短足チビ猿!!」


そんな時、まだ喧嘩を続け、しかも悪化していた猿と河童―――もとい、悟空と悟浄の喧騒の声が、徐々に辺りへ響き始めていた。
2人とも早朝で寝起きだというのに、ヒートアップして止まらない。

八戒は「朝から元気ですねェ」と呑気に笑いながらそんな2人を見ていたが、そんな中、川縁にしゃがみ込んで顔を洗っていた三蔵の動きが、ピタリと止まったことに気付いた。


「……2人とも、もうその辺にしておいた方がいいですよー」
「ナマ言いやがって、この猿猿猿猿猿ッ!!」
「〜〜〜ッ、何回も猿って言うな! エロエロエロエロ―――


制止を気にも留めずに言い争いを続ける2人に、あーあ、と八戒が溜め息をついた時だ。




ガゥンガゥン!




「ぅおあッ!?」
「ぎゃあー!!」


2つの銃声とともに放たれた銃弾が、悟浄と悟空の顔面へ向かって撃ち込まれた。
しかし、そこは持ち前の反射神経の良さで仲良く2人で避けることに成功し、銃弾は傍に生えていた樹木へとめり込んでいく。

そんな木を一瞥し、思わず冷や汗を流しながら弾道を辿って顔を上げた2人は、銃弾が放たれたらしい先を捉えて顔を強張らせた。


「……貴様ら、朝っぱらから俺に怒鳴り散らせたいらしいな。何の嫌がらせだ?」
「あ、いや、三蔵……」
「だ、だって、悟浄がさ……!」


いつもと比べ物にならないほどの威圧感を放つ三蔵に、思わずそれぞれがぞれぞれの弁解をしようとする。
しかし、そんな悟空と悟浄にお構いなしに、こめかみとニヤリと歪めた口元を怒りで引き攣らせながら、三蔵はガチャリと愛銃の銃口を2人へ向けた。


「聞く耳持たんな。よって、怒鳴り散らす代わりにこの場で、たった今、息の根を止めてやる。有り難く思え」
「ゴメンナサイ(怖ッ!)」
「スンマセン。静かにさせてイタダキマス……(寝起き最悪だな、コイツ)」
「ははは、良かったですね、2人とも。生き長らえて」


すっかり眠気の覚めた三蔵一行は、ここでようやく朝食をとることになるのだった。




西域・天竺国を目指して旅を続け、もう大分日が過ぎた。
牛魔王側から放たれる刺客だという妖怪の襲撃にもこういう朝の情景にも慣れたものだが、やはりまだ『牛魔王蘇生実験』についても桃源郷で起こっている異変についても、詳しい情報が得られていないのが現状だ。

ただ1つ、最近気になっているのは―――日常茶飯事である妖怪の襲撃に、ここ5日程遭っていないということだった。
何かがあればやたらと一行の命狙って日々絶えることも懲りることもなく襲いかかってくる妖怪達が、最近ではめっきりその姿を現さない。
そのことに、悟空と悟浄は最近ではどこか不満げだ。


「やっぱよォ、こう……なんつーの? 日常の一部が剥ぎ取られちまった感じでよ。心穏やかじゃねえよな」
「俺、退屈で死にそー…」
「何言ってるんですか。平和で穏やかな日々が過ごせて素晴らしいじゃないですか。襲撃がないおかげで、この5日間で大分旅路も進めていますし」


手渡された食料を荒々しく口の中にかき込みながら言う2人に、八戒は呆れたように溜め息をついた。
しかし、こう何日も襲撃に遭わないと、何か別の嫌な予感を思わせるものであると、八戒自身も考えてはいるのだが。


「フン、こんな状況が長続きするとでも思ってんのか?」


どうせまた懲りずに現れる、と確信めいたように口にする三蔵だったが、少なからず妙だとは感じていた。
行く手を阻む妖怪など来ないに越したことはないのだが、どこか引っ掛かりを取り除けない。
ここまで穏やかな日が続くと、いくつかの可能性が浮上する。

自分達を亡き者にするため、何らかの作戦を企てている―――。
有り得ないとも言い切れないが、最近の道中でそのような前兆は見当たらなかったし、ここ最近は八戒の言うように、実に順調に西域への道を進んでいる。

一行の強さに恐れをなし、命を奪うことを諦めた―――
これは今までの襲撃回数からいって有り得ないことだろう。
そうであれば一行としては大変都合がいいことなのだが、邪魔者以外の何者でもない自分達をさっさと抹殺するに越したことはない。


「何か他に気になるもの……蘇生に利用出来るようなものでも見つけたのでしょうか?」
「それを今、牛魔王側は狙いに行ってるってこと?」
「有り得なくもなさそうだけどよ、俺達放っておいてまですることか?」
「さあ? 僕には何とも……」


そういう可能性があるというだけだ、と八戒は続けた。

まあ、“無きにしも非ず”な可能性だ。
しかし、そういうことになると、余程その“利用出来るもの”に牛魔王側はご執心と見られる。
目的の邪魔でしかない存在であるはずの自分達を放置してまで、手をかけているのだから。




「―――よう、野郎共」




一行がいつにもまして真面目にそんなことを考えていた時だった。
背後に気配を感じたかと思うと、尊大な言葉が女の低めの声で耳に届く。


「相変わらずこんなとこでチンタラやってんのか?」


気配も音もなく現れたその声に思わず振り返って身構えた一行は、視界に入ってきたその人物を見て、ある者は笑顔を強張らせ、ある者は嫌そうに顔を歪め、ある者はただただ首を傾げ、ある者は鋭い視線を突き刺すように声の主を睨み付けた。


「貴女は……」
「うーわ、出たよ」
「?」
「……」


優雅な物腰とは裏腹に、大胆に露出された胸元と、透けた衣服に包まれる身体。
嫌味なほど見下したような口元の笑み。

あからさま過ぎるほど顰められた一行の顔を見て、その人物―――観世音菩薩は、どことなく不機嫌そうに秀麗な眉を寄せた。


「何だ、その顔は。折角てめえらのむさ苦しい面、見に来てやったってのに」
「そんなこと誰も頼んじゃいねーよ。つーか、誰だてめえ」


そんな観世音菩薩へ真っ先に食って掛かったのは、銃口を真っ直ぐに向けた三蔵だった。
八戒と悟浄の2人には記憶に新しいその人物だが、悟空と三蔵には全く覚えのないその人。
それでも、目の前の人物に何か只ならぬものを感じ取った三蔵は、ギロリと観世音菩薩を睨み付けて威嚇する。


「三蔵、この方は観世音菩薩様ですよ」
「……あ?」


ただの不審者にしか感じられない人物の登場に警戒心を露わにする三蔵に答えたのは、観世音菩薩と一度面識がある八戒だった。
八戒の口から発せられた名に、思わず三蔵は訝しげに声を上げて八戒を見やる。
八戒はただ苦笑を浮かべて、「一応、本物らしいですよ?」と言って肩を竦めてみせた。


「この前の六道の一件の後に話しただろ? そこのカミサマが、暴走しちまった悟空を止めて、お前に輸血したんだよ」
「え!? こいつ神様なのかよ! マジ?」


補足するような悟浄の言葉に、悟空が心底驚いたといった表情で観世音菩薩へ顔を向ける。
三蔵も、未だ鋭い視線はそのままに観世音菩薩を見た。

日常生活からはとてもじゃないがそうは思えないものの、曲がりなりにも最高僧である三蔵が、その名を知らぬわけはない。
慈悲と慈愛の象徴、五代菩薩の一尊―――観世音菩薩。
そして何より、自分達を西へ向かわせるよう三仏神に命じた、張本人。
確かに目の前の人物の額にはチャクラが見え、その立ち姿からは人間にはない神々しさが感じられなくもない。
しかし、どうもその不遜な態度や不敵な口元を見る限りじゃ、『慈悲』や『慈愛』とは程遠い変質者にしか見えない。

そんな三蔵の考えを読み取ったらしい観世音菩薩は、ニヤリと口元を歪めて三蔵を見た。


「命の恩人である俺を変質者扱いか? 玄奘三蔵」
「!」
「俺は神だぞ。つまり、俺はお前の上司だ。上司にその態度は褒められたもんじゃねーな」
「……知ったことか」


つくづく、語り継がれている観世音菩薩とは程遠い。

三蔵はニヤニヤと愉快そうに笑い続ける目の前の神に内心を見透かされたことが不愉快で、睨み続けていることも不愉快に感じて、パッと顔を逸らした。
そして、「さっさと消えろ」とでも言うような低音で、絞り出すように続ける。


「それで、その観世音菩薩とやらが、わざわざ下界にいる俺達に一体何の用だ」


怪訝さは残ってはいるものの一応神であると信じることにしたらしい三蔵は、極力観世音菩薩の表情を視界に入れないように心掛ける。
いつまでも人を小馬鹿にしたような笑いを浮かべる観世音菩薩が、どうも気に食わないらしい。

観世音菩薩はそれすらも面白そうに笑い飛ばしながら、口を開く。


「蘇生実験阻止ついでに、もう1つ仕事を持ってきてやった。有難く受け取れ」
「……は?」


不敵な表情のまま言う観世音菩薩に、思わず三蔵は逸らしたばかりの目を向ける。
そして、そのまま先程よりも鋭い視線を向け、「ふざけるな」と吐き捨てた。

ただでさえ、道のりも長く面倒なこの旅。
それに更にもう1つ、厄介事をこなせと?

観世音菩薩の言葉に呆気に取られたのは、そう考えた三蔵だけではない。
3人もただただ目を丸くし、互いに顔を見合わせ、そして顰める。


「今だけでも面倒くせえってのに、まだ何か押し付けようってのか?」


そんなことごめんだ。

そういう意を込めて、三蔵はその鋭い眼光を恐れることなく神へと向ける。
しかし、そこは観世音菩薩。
飄々とした表情で、ただ楽しそうに見つめ返す。


「やらせたきゃ他をあたるんだな。俺達は暇じゃねえし、これ以上余計なもん背負い込むつもりもねえ。分かったらさっさと消え失せろ、クソババア」
「まあそう言うな。面倒事には慣れてんだろ?」


天界人である観世音菩薩が下界へ下りて来る機会など、そうそうない。
三蔵はそれを、立場上誰よりもよく理解していた。
ただの暇潰し程度で、目の前にいる露出狂唯我独尊神が、自分達の元へ降臨するはずがない。




―――つまり、自分にとって得であることなど、命じられるはずがないのだ。




「もろ押し付ける気じゃねえか」
「命令だからな」
「ふざけんな。面倒はごめんだっつってんだろーが」
「面倒事かどうかは、後々お前らで判断すればいい―――そのうちそうも言っていられなくなるさ」
「? ……どういうことですか?」


観世音菩薩の意味有りげな物言いに、一行が一様に首を傾げた時だった。


「お、やっと来たか」


ガサッ、という木の葉の擦れ合う音と、人の気配。

観世音菩薩の背後―――三蔵達一行の視線の先にある茂みから出てきた、2つの影。
その影を目にした瞬間、一行は呆気にとられたように破顔した。


「っ、やった! やっと開けたところに出られたわ、!」
「……、歩くの速すぎるよ。もう少し落ち着いて……」


茂みから出てきたのは、見たこともない格好をした2人の少女だった。

一行と観世音菩薩の存在にまだ気付いていない様子の少女達は、着こなしこそ違いがあるが同じような服を身にまとっている。
森の中を彷徨い歩くには些かそぐわないその服装。
そんな服についた木の葉や土埃をパタパタと叩きながら、少女2人は会話を繰り広げていた。


は落ち着きすぎなのよ! 本当意味分かんない!」
「確かにこの状況はね……」
「見たこともない女の人に会ったと思ったら、池に落とされて! そしたら溺れるって思う前に、気付いたらこんな知らない森の中で! しかもずっと当てもなく歩かされ……て……」
「……? 、どうし―――」


茂みから姿を現した少女の1人―――長い栗色の髪を持つ少女が、少し混乱した様子でぶつくさ文句を零しながら顔を上げる。
そして、何か恐ろしいものでも見つけてしまったかのように顔を強張らせて動きを止めたその少女の姿を見たもう1人―――ふわふわとした漆黒の短い髪が印象的な少女も、その視線の先を見てピタリと動きを止めた。


「よう、遅かったな」


2人の視線の先には、ニヤリと独特の笑みで口元を歪める観世音菩薩。
そんな人物を目の当たりにし、不意に栗色の髪の少女の身体が小刻みに震え始めた。
それは、驚愕のような恐怖のような、そんな震え。


「な……何で……?」
「『何で』? さっき言っただろーが。説明してやるってよ」


観世音菩薩を見て言葉を失っている少女に、観世音菩薩は相変わらず口元を歪めたまま、まるで当たり前のことのように言ってのける。
ふと、一行がもう1人の少女へと視線を移してみると、眉間に皺を寄せて怪訝そうに観世音菩薩を見つめていた。


「……何で、私達より先にここにいるの?」


その声は栗色の髪の少女よりも大分落ち着いた、冷静な声色だった。


「俺は神だぜ? 不可能はない」
「答えになってない。それに、そんな簡単に来られるなら私達も連れて行ってよ。何で池に落としたのさ、神様」
「その方が面白えからだ。お前らの驚く顔が見られて。特にお前の、な。傑作だったぞ、さっきのあの顔は」
「……」


不機嫌そうに訊ねてくる黒髪の少女に、観世音菩薩は心底楽しそうに笑って、尚且つ胸を張ってふんぞり返るようにして言った。
少女がそんな神を心底不機嫌そうに見つめ返して口を噤んだのを見て、この目の前の神と唯一面識がある八戒と悟浄は憐みの念を抱く。
どういう状況なのかは分からないが、この少女達も目の前の神に振り回されている人間なのだろう。

鬱蒼と茂った木々がざわめく森の中、観世音菩薩を中心として、おかしな2組の対面がなされた。


「あ、あれ? な、何か男の人達が……」


観世音菩薩の存在にだけ気を取られていたらしい少女達は、ようやく一行の存在に気付いた様子で目を丸くする。
その様子を、未だ状況を把握できていない一行はただ黙って見ていた。


「だ、誰……? また神様なの?」
「……」


栗色の髪の少女は、オドオドとした様子で一行を見て身を縮める。
それに対し黒髪の少女は、特に何も言葉は発さないものの、警戒のこもった視線を一行へ向け、その無表情に近い顔を少し歪めた。

そして、友人であろう栗色の髪の少女を背にして立つ。
自分よりも背の高い少女を守るようにして立つ黒髪の少女は、その小柄な見た目とは裏腹に意思の強い瞳で一行を見つめていた。

何とも言えない空気が辺りに流れ、静寂が包み込む。
そんな中、不意に観世音菩薩が口を開いた。


「よし、役者は揃ったな。いいか、全員よく聞いておけ」


一度しか言わねえからな。

そう言って三蔵一行と少女2人の顔をそれぞれ見渡し、観世音菩薩は言った。




「これからお前らには―――共に、天竺へ向けて旅をしてもらう」




さらりと、さも当たり前のように放たれた観世音菩薩の言葉に、その場にいる全員が表情を強張らせた。
そして、三蔵を除く一行3名の視線は、自然とリーダー格である人物へと向けられる。

案の定、鬼のような形相の僧侶が、そこにはいた。


「どういう意味だ」
「そのままの意味だよ」
「いい加減にしろ。ふざけんのはその恰好だけにしやがれ」


心底不愉快そうに顔を歪め、怒りの籠った視線を畏れ多くも神へと突き刺す最高僧の姿に、悟空達3人は内心震えあがった。
いつになく―――そう、いつになく、彼の紫暗の瞳が殺意に揺れている。


「命令だと言ったはずだ。いいからこの2人を旅に同行させろ」


旅の途中、突如目の前に降臨した神・観世音菩薩。
そんな神はただひたすら楽しげに口元を歪めて、これまた突然現れた少女2人を見て言い放った言葉。
その言葉に困惑したのは、三蔵だけではない。
一行もまた、唐突すぎる現状に頭が追い付いていなかった。


「な、何? 何なの?」
「……旅? この人達、と……?」


それはまた、少女達も同じことだった。

突然神を自称する人物に連れてこられた、見知らぬ場所。
何故こんな状況になっているのかろくに説明もないままに池から落とされ、これまた見知らぬ場所にやってきたかと思うと、何とも個性的な4人組の男達と対面を果たすことになった挙句の、先の発言。

2の頭も、ひたすら混乱していた。


「そういえば、現状を説明するって言ってあったな。ついでにお前達にも説明してやるから、よく聞け」


呆然と自分を見つめてくる少女達にそう言うと、観世音菩薩は三蔵達一行に向かっても言い放つ。

そんな説明など、端から受ける気など更々ない話なのだから必要ない。
怒り任せにそう口を開こうとした三蔵を、八戒が「話だけでも」と窘めた。


「お前達にもさっきこの世界のことについては説明したな? 覚えてるか?」
「……妖怪がどうとか、負の波動がどうとか、牛魔王の蘇生がどうとか?」
「そう、それだ」


黒髪の少女が小さくそう返すと、観世音菩薩は満足げに頷く。
そして、今度は三蔵達へと顔を向ける。


「この男達はその牛魔王蘇生実験を阻止するために、この世界―――桃源郷を旅している連中だ。お前達2人にはこいつらの西域への旅に同行してもらう」
「え……?」
「……」
「お前達のいた世界で言うところの『旅行』とは訳が違う。命懸けの地獄巡りだ」
「ちょっ、ちょっと待って!」


不穏な空気が流れ始めた観世音菩薩の話に、耐えきれなくなったらしい栗色の髪の少女が声を上げた。
今にも涙を流しそうな潤んだ瞳を観世音菩薩へと向けて、それでも気丈に声を荒げながら、少女は言う。


「ここがどこなのかもあなたが誰なのかもよく分かってない状態で、そんな訳の分からない話……理解できないわ!」
「俺は観世音菩薩、神だってさっき説明してやったろうが。そして、ここはお前達が今まで平和に暮らしてきた世界とはまるで違う―――“異世界”だとも」
「そんなの、信じられるわけ……!」
「今まさにその目にしてその身で体験していることを、お前は否定するのか? 言っておくが、これは夢でも幻でもない……現実だ」
「ッ……!」


先程まで不敵に笑みを浮かべて語っていたはずの神に、鋭くも真剣な眼差しを向けられる。
少女は絶望にも似た色を顔に浮かべながら、その場に膝をついた。
黒髪の少女だけは、どこか悟ってしまったかのような表情で、ただただ口を閉じている。

観世音菩薩はそんな少女達の様子を一瞥してから、話を続けた。


「お前達2は異世界の人間でありながら、“この世界に適応する魂”を持った人間だ。だから、異世界であるこの世界でも、その存在を保っていられる。神だからといって、俺の個人的な意思だけで適当に選んで連れてきたわけじゃない。理由はちゃんとある」


優雅にその身を翻し、観世音菩薩は三蔵達に振り返る。
相変わらず高圧的な視線を投げかけてくる最高僧に、神は再び不敵に笑んで、言った。




「―――この2のどちらかが、牛魔王蘇生実験に利用できる、“材料”だ」








それは嘘のような、

事実と現実。


(選べる道など、ありはしない)










アトガキ。


*嵐の前の静けさ。束の間の休息。それを崩す、神の降臨と2人の少女。

*前回に引き続き、ありがちな流れではありますが、三蔵一行と出逢いました、ヒロイン達。
 この三蔵一行と出逢う場面は何度も書き直したところで、観世音菩薩を出そうかどうしようかとか、妖怪に襲われてるところ救われたりとかもありだよなーとか考えながら、結局こんな形に落ち着きました。
 三蔵と観世音菩薩のやりとり、書くの楽しかった(笑)
 
 そんな感じで、ちょっと長くなってしまったので次回まで続くわけですが。
 最後の観世音菩薩の言葉も、皆様のご想像通りかと。……ありがちですみません。異世界へ飛ぶ大義名分にはうってつけだったもので。
 せめてもの抵抗に、ヒロイン達のどちらか、ということにしときました。……まあ、どっちかなんてすでに分かりきってるもんだけどね!

*次回は引き続き、観世音菩薩の説得らしくない説得が続いて、いよいよメンバー入りです。




*2013年03月16日UP。