不器用な僕等と、不思議な彼女の毎日。    01

最近のテニスコートは、何だか和やかで明るい。


「―――さーん!」


そして、そんな穏やかな空気の中心にはいつも“彼女”がいることに、青春学園男子テニス部レギュラー達は気づいた。


「はい? どーしたの?」
「こっち休憩だから、タオル頼むー!」
「あっ、こっちもな、!」


放課後のテニス部。
コートでのラリー練習で汗を流した部員達の呼ぶ声にくるりと振り返って応えたのは、先日マネージャーとして正式に入部した2年女子―――だった。


「あー、はいはい。ちょっと待ってねー。今ドリンクと一緒に…」


大量のタオルが積まれた籠と冷えたドリンクの入っているクーラーボックスを、その小さな身体に抱えてテニスコート内を右往左往するこそが、今、部内の空気を変えている中心である。

は部員の声に慌てた様子もなく答えると、籠とクーラーボックスを抱えたまま小走りで声のかかった方へと向かっていった。


「……」


彼女がこのテニスコートへ、マネージャーとして初めてやって来た日。
あまりに脱力した自己紹介をするものだから、思わず「大丈夫なのか」と訊ねてしまった自分の不安は無用だったようだと、部員達にタオルとドリンクを配るの姿を見つめながら、手塚は思う。


さん、もうすっかりマネージャーが板に付いて来たな。まだ23日しか経ってないのに…」
「元々、要領がいいんじゃないかな? 乾と竜崎先生が推薦するだけのことはあるね」


他の部員達が休憩に入ったのを見計らい、レギュラーの面々も休憩に入ろうとラケットを振る腕を止める。
そんな中で、手塚と同じように、手際よくマネージャー業務をこなしていくの様子を見ていた大石が感心したように言うと、その近くにいた不二も同意するようにへと目を向けた。

のマネージャーとしての素質は、部員達もレギュラー達も文句のつけようのないものだった。
はじめこそ、部員全員が初めてのマネージャーに不安を抱いていたものだが、自分達の想像以上に、彼女は手際よく自分達のサポート役をこなしていったのだ。


「マネージャーの仕事って、結構体力的にキツイところがあるけど……頑張ってるよね。仕事覚えも早かったみたいだし」


手塚・大石・不二がに目を向けているところへ、隣のコートで練習をしていた河村が加わる。
その手には、今まで練習していたにもかかわらず何故かラケットが握られておらず、いつもの“バーニング状態”ではない河村で、穏やかに言う。

そんな河村を見て小さく首を傾げていた3人の前に、ラケットを2本抱えた乾が歩み寄ってきた。
どうやら河村からラケットを取り上げたのは乾のようで、乾はクイッと空いた片手で眼鏡を押し上げながら言った。


「アイツは面倒くさがりな部分が表面に浮き出ていて、常にやる気がないように見えるが、結構な世話好きのお人好しだからな」
「ふふ、さすが幼馴染みなだけあるね、乾」
「……乾の場合、“幼馴染み”でなくともそのくらい調べ上げてしまいそうだがな」


手塚の言葉に、乾以外の3人は妙に納得したように苦笑する。

確かに、このデータオタクとも呼べるほどの情報収集家の乾であれば、例え彼女と初対面だったとしてもの簡単なプロフィールや人柄程度ならば、容易に調べ上げてしまっていただろう。


「―――ちょっ……やめろって、2人とも〜!!」


その場にいる全員が、乾貞治という男の怖さを再認識していた時。
ふと、手塚達のいる場から見て一番奥の方に位置するテニスコートから、菊丸や部員達の悲痛な叫び声が聞こえてきた。

菊丸の何かを制止する声に、コート内にいる部員全員の驚きの目がそちらに集中するが、すぐにその視線は呆れの視線へと変わる。
部員達の視線の先には、このテニスコートでは至極見慣れてしまった風景。


「もういっぺん言ってみろ!」
「おう、言ってやんよ! オメーとラリーなんて成り立たねーって言ってんだよ!!」
「……ッ、んだと、どーいう意味だコラ……!!」


―――2年生レギュラー・桃城と海堂の喧嘩である。

緑色のコートの真ん中で、互いの胸倉を掴み合いながら鼻先が付きそうなほど顔を近づけて睨み合っている後輩2人を確認した手塚達3年は互いに目を合わせた後、深い溜め息をつく。


「何をやってるんだ、あの2人はっ……!」


すかさず、青学の母こと大石が2人のいる場所へ向かって駆け出した。
相方の菊丸は、それを見て大石に泣きついている。

桃城と海堂のライバル意識バリバリの喧騒は、すでにこの青春学園男子テニス部の名物的存在となってしまっているが、この後の展開も、部員達にとってはある意味名物である。


「……」
「桃と海堂も、毎日よくあれだけ喧嘩できるよね」
「そうだね。……僕はこの後の展開が容易に想像できるよ」


秀麗な眉の間に深い縦皺を刻み、桃城と海堂の喧嘩をしばし見つめている手塚。
そんな手塚の様子を後ろから窺いながら、河村と不二は苦笑を浮かべた。

いつものこと。
桃城と海堂が下らないことで喧嘩を始めて、それをまずはレギュラーの誰かと大石が止めに入る。
そして、その後に堪忍袋の緒を静かに切った部長・手塚の「校庭100週!」の低い怒鳴り声が、テニスコート中に轟くのだ。

大石が仲裁に入ったにも関わらず止まることの知らない後輩2人を見ていた手塚の眉間には、深い深い皺。
こめかみを若干ひくつかせて、ぐっと掌を握って拳を作り、いよいよ怒鳴ろうと口を開きかけた―――その時だった。




「コラ」




ゴツッ!


「いでッ!?」
「ッ……!!」


なんとも気の抜けた、怒りなど一切籠っていない制止の声と共に、何かがぶつかる鈍い音が響く。
すると、桃城と海堂の2人は互いに後頭部を両手で抱え込むように押さえ、その場にうずくまる。

一瞬にして静寂が訪れたテニスコート。
そんな中で部員達は、うずくまり悶絶する桃城と海堂を見下ろす人物に目を向け、誰もが驚いた。


2人とも、今は休憩時間なんだから休まないと。休憩に喧嘩なんて、休憩したことにならないじゃん」


大体、1日何回喧嘩したら気が済むの。

自分の足元にうずくまる同級生2人にドリンクボトルを両手に構えた状態でそう言ったのは、紛れもない、マネージャーのだった。
呆れたように溜め息を付いているその姿を見て、今まさに怒鳴り散らそうとした手塚のみならず、他のレギュラーや部員達も目を丸くして呆気に取られてしまう。

先程まで反対側のコートで部員達にドリンクとタオルを配っていたはずだというのに、いつの間に移動してきたのだろうか。


「ッ、……おまっ……!」
「フシュー……ッ!」
「結構痛いでしょ、コレ」


ズキズキと痛む後頭部を押さえ、若干痛みで瞳を潤ませたまま、桃城と海堂はを見上げる。
海堂に至っては、今にも射殺さんばかりの鋭い視線で何かを訴えているようだが、はそれを何ともないようにかわして、2人の目の前にドリンクボトルを突き出した。


「だからって……ボトルで殴るなよ、ボトルで!!」


どうやら、彼女はいつの間にかレギュラー用のドリンクとタオルを取りに行き、その中から桃城と海堂のドリンクボトルを取り上げて、その底で2人の後頭部をゴツリ、と殴りつけて黙らせたようである。
悪戯っぽく笑うの前に立ち上がって、その手にある自分のボトルを取り上げるようにして受け取る桃城と海堂。


「……」
「手塚がの行動に呆気にとられて放心している確立、100%」
「見れば分かるよ、乾…」


思わぬ人物に先を越された手塚は、ジーッと達を見つめたまま固まってしまっていた。
それに眼鏡を光らせて言う乾に、河村が思わず突っ込む。
その横で、不二はクスクスと愉快気に笑った。


「やっぱり仕事が早いね、さんは。手塚のお株も取られちゃう可能性大だね?」
「……何だそれは」
「だってそうだろう? 僕、あの2人の喧嘩を手塚以外があんなにあっさり止めてるの、見たことがないよ」
「……」


まだどこか腑に落ちないような顔で口を尖らせる桃城と海堂に、小さく微笑んでタオルを差し出している
そんな彼女に再度目を向けて、手塚は不二の言葉にまた黙り込んだ。


「助かったよ、さん」
「ありがとー、ちゃん! この2人、喧嘩始めると先輩の俺達でも止めらんにゃいんだよ〜」
「……今日初めてここまでの喧嘩見ましたけどね」


間近で一部始終を見ていた大石と菊丸が、感心したようにに言った。

自分達でも手に負えない2人の喧嘩を、まさかあんな方法で簡単に止めてしまうとは思わなかったのだ。
余程、先程のボトルでの後頭部攻撃が効いたのか、桃城と海堂はすっかり大人しくなってそれぞれ休憩をとっている。

褒められてしまったは、困ったように苦笑した。
ふと、思い出したようにハッとしたは、慌ててくるりと踵を返すと、大石と菊丸の分のタオルとドリンクを手に持って2人に振り返る。


「すみません。先輩方も休憩時間なのに…」


申し訳なさそうにそう言いながらドリンクとタオルを差し出してくるに、大石と菊丸は互いに顔を見合わせた後、笑った。


「サンキュー、ちゃん!」
「レギュラーだけじゃなくて他の部員の管理もしているんだし、そんな謝らなくても大丈夫だよ。……あ、ほら、手塚達も休憩だし、持って行ってやって」
「! ―――はい」


2人のその言葉に嬉しそうに返事を返すと、は残りのドリンクとタオルの入った籠を抱えて、手塚達のいるところへ向かって行った。


「いい子だな、さん」
「そうだねぇ……癒されるにゃー」


そんなの背中を見送りながら、大石と菊丸は流した汗をタオルで拭い、ドリンクで渇いた喉を潤した。




「……あ、さん」
「やあ、さん。ご苦労様」
「河村先輩、不二先輩……すみません。桃君と薫君を止めるのに集中しちゃって…」


両脇に籠を抱えて自分達の所へ小走りでやってきたに、河村と不二が気づいて声をかけると、彼女は慌てた様子でペコリと頭を下げた。
ドリンクとタオルを渡すタイミングが遅れてしまったことを謝罪しているのだろうが、河村と不二は互いに穏やかに言う。


「そんなこと気にしなくても大丈夫だよ。自分達で取りに行けばよかったかな」
「そ、そんなことしたら、私がマネージャーとしている意味が……」
「いいんだよ。困った時はお互い様だしさ―――……それより、見事だったね、喧嘩の仲裁」
「え? ……あ、あはは、やだなァ河村先輩。大したことないですよ。ただ、同級生だから遠慮がいらないってだけで」


籠の中からタオルとドリンクを取り出し、河村と不二に渡しながら困ったように笑って言う

そんなマネージャーに一言礼を入れていると、ふと、の背後から、ぬうっと大きな影が現れる。
その影に、思わず目を丸くする河村と、首を傾げる不二。

影は、スッと、目の前に立つの肩にポンッと手を置いて、名を呼んだ。



「ひぃッ……!」
「……そんなに怯えなくてもいいだろう」
「さ、貞―――乾、先輩…」


ビクリと肩を震わせて後ろを振り返ったの目に映ったのは、相変わらずの逆光眼鏡。
咄嗟に身構えて、その幼馴染みの名を呼びそうになって、慌てて訂正する。

テニス部のマネージャーになった瞬間から、他のテニス部員が近くにいる時―――もとい、学校にいる間はあくまで先輩なので呼び方に気をつけようと決めていただが、まだ『乾先輩』という呼び方には違和感を覚えていた。

慣れるまでにはもう少し時間がかかりそうである。

とにかく、は気配のない乾を恐る恐る見上げたまま、乾の分のタオルとドリンクを差し出した。


(一体、彼女に何をしたんだろう…)


最近、彼女がマネージャーになってから感じていたことなのだが、自分達への態度と乾に対しての態度と、この差の原因は一体何なのだろうかと、不二と河村は思う。

まあ、乾がに何かしでかしたのだろうことは明白だ(の態度からして)。
乾も乾で、彼女の反応を見るのが楽しいのか、毎日のようにこうして気配を消してに近づいては、珍しく顔をニヤニヤと歪めている。


「……うん、データ通りだ」
「え……?」


そんな乾がドリンクを一口飲むと、一人納得したようにコクリと頷いて言った。
意味が分からずに首を傾げるに、乾は自分のドリンクボトルを翳して続ける。


「どうやら、レギュラーのデータくらいは頭に入れてきたようだな」
「……そうでもないよ? 自分のメモ帳に、マネージャーをするのに必要そうなのを書き写しといて、その通りにやっただけだから」


乾の言いたいことを察したのか、は苦笑を浮かべて言った。

先日、が乾から部員達のデータが記された紙束を受け取っているのを、レギュラー達は目にしていた。
それを思い出す限り、きっとドリンクの味付けやマネージャー業について、乾は言っているのだろう。

もしかして、彼女は―――11人、味付けを変えてドリンクを作っているのだろうか。
あるいは、部員達の体調に合わせて味付けを毎回調節しているのか。
真相は定かではないが、彼女がマネージャーとして自分達に対し、想像以上に気を遣っていることが窺える。

乾との会話を聞いていた不二と河村は、自分の手元にあるドリンクボトルを見つめて目を丸くした。
持参して来たらしいウェアを羽織るのポケットから、小さなリングノートが見える。


「手塚部長も、ドリンクとタオルどうぞ」


一同が感心と驚愕で呆然としている間に、は未だ1人でポツリと立ち竦んでいた手塚に歩み寄り、籠に残っていた最後のドリンクボトルとタオルを手渡していた。
自分の目の前に差し出されたドリンクとタオルを目にし、そこでようやく我に返った手塚は、何だか複雑な表情のままそれを受け取る。


「渡すの、遅れてすみませんでした」
「……すまない」
「? 何で、手塚部長が謝るんですか?」


ペコリと頭を下げたに、ボソリと零すように呟かれた言葉。

は思わず怪訝そうに手塚を見上げた。
自分が謝罪すべき要素は多々あるものの、手塚に謝罪される覚えは1つもないのだ。

若干眉を寄せて訊ねてくるに、手塚は低く唸るように言う。


「桃城と海堂の事だ。……手間を取らせた」
「……あははは。皆さん、あの2人の喧嘩のことばっかりですね」
「……?」


申し訳なさそうに言ってきた手塚の顔を一度驚いたように目を丸くして見た後、はおかしそうに笑った。
それに、今度は手塚が面を食らう。

笑っているを、珍しいものでも見たかのように見つめていた手塚に、は言う。


「私はマネージャーで、皆さんをサポートする立場です。部員がどれだけ快適に効率よく練習することができるか、それを実践する為にいるんですから……気にしないで下さい」


むしろ、もっと遠慮なく扱き使ってくれていいんですよ?

そう何となしに続けるに、手塚は誰の目から見ても分かるほど表情を変えた。
彼女からそんな言葉を聞くとは思わなかったのだろう。
適切な言葉を見つけるとするならば、鳩が豆鉄砲を食らったような、手塚にしては珍しい表情。

―――その証拠に、それを見ていた乾が何やら手元のノートにガリガリと書き込んでいた。


「……そうか」


初めの印象は正直に言うと、マネージャーとして採用するには、いいものではないと感じていた。

一見すると、何だかどこか億劫そうで、目を離せばいつの間にかどこか遠くを見つめてボーッとしているような。
しかも、自分よりも遥かに小柄で、華奢で、体力も腕力も無さそうで。

とてもじゃないが、30名以上所属する男子テニス部のマネージメントを1人でこなしていけるような人間には見えなかった。

手塚が零した先程の『すまない』は、そんな自身の想いを謝罪する意味も含まれていたのだが。
こうも簡単にかわされるとは思ってもいなかった。


「……やはり、乾が薦めただけのことはあるな」
「はい?」
「いや、何でもない。……ありがとう」
「! ……―――どういたしまして」


まだまだ不慣れな点は多いようではあるが、彼女には色々と任せても大丈夫だろう。
彼女に任せることで、きっと、部活は良い方へ変わっていく。
そんな気がするのだ。




こんなにも他人想いで、こんなにも献身的なのだから。




手塚に向かって嬉しそうにはにかむマネージャーが作ってくれたドリンクで喉を潤し、丁寧に洗濯されて乾かされたらしいタオルで汗を拭いながら、部員達はそれぞれ思い思いの休憩を取るのだった。





***************





2年の先輩2人が、またやっている。
いつもの下らない、意地を張り合った喧嘩だ。

いつもならば、それを間近で眺めて横から一言二言茶々を入れるところだが。
どうも、最近はそんな気も起きやしない。


「……あーあ」


思わず、そんな声が口から零れた。

青学テニス部のレギュラー陣に仲間入りしてからというもの、毎日のように見てきては巻き込まれたり傍観に徹したりしている先輩の喧嘩。
それも、いつも手塚部長の怒号によって終わるのだ。

そう、思っていたのに。


「あー、また喧嘩してるよ、あの2人…」
「!」


思っていたのに、何でアンタがしゃしゃり出てくんのさ。

テニスコートに備え付けられている青いベンチに腰かけて、ボーッと先輩2人の喧嘩を眺めていた時、不意に、背後から気の抜けた、呆れを含んだ声が聞こえて、越前リョーマは振り返った。
そして、その人物を確認すると、隠そうともせずに不機嫌そうに顔を歪める。


「何してんの、アンタ」
「? ……あ、やっほー、越前君」
「……」
「レギュラーも休憩みたいだったから、ドリンクとタオル持って来たんだけど……それ配るよりあの2人を止めるのが先みたいだね」


せっかくの休憩が台無しだー。

間延びした声で緊張感もなくそう言った声の主―――新人マネージャー・は、リョーマが腰かけているベンチに籠を2つ置いた。
勿論、そこに座るリョーマに「置くね」と、一言断わりを入れてからだ。

そんなに返事すら返さないリョーマだが、別段彼女がそれを気に止めた様子もない。
それが更にリョーマを不機嫌にさせて、リョーマは隣でゴソゴソと作業を始めた彼女を無視することにした。


(……ワケ分かんねェ…)


唇を拗ねたように尖らせながら、リョーマは帽子のつばを掴み、グイッと目元が隠れるまで引き下げる。


リョーマは、が苦手だった。

初めてテニスコートで彼女を見た日を、リョーマは鮮明に憶えている。
そして、あの日、がマネージャー候補だと聞いた直後に発した自分の言葉も、リョーマは憶えていたし、の姿を見かける度に、その時の場面を思い起こしていた。

今もそうだ。

鈍そう。
やる気がなさそう。
見るからに素人っぽくて、テニスのことなど何一つ、知識になさそう。

あの日、普通の、しかもやたらと言葉に敏感な生き物である“女子”に分類されるに、あれだけの言葉を吐きかけたというのに。

は文句1つ言ってこない。
そればかりか、マネージャーにまで正式に採用されて、こうして普通に自分に声をかけてくるのだ。

それに―――あの柔らかな笑顔は、心臓に悪いとも思った。

何だか、今まで自分が接してきた人間の中にはいないタイプで、リョーマは戸惑っていた。


「越前君、はい」
「……?」


帽子で暗くなった視界の中でそんなことを思っていたら、不意に声をかけられて、膝の上に何かを乗せられた。

グッと帽子のつばを上げて自身の膝の上を見てみると、そこには1枚のタオルと『越前』のラベルが付いたドリンクボトル。
重さからして、どうやら中身が入っているらしいそれを手にすると、程よく冷えていた。


「桃君と薫君止めた後だと遅れちゃうし、ちょうど近くにいたから……レギュラーの練習頑張ってるし、越前君がタオルとドリンク1番ね」


更に顔を上げると、薄っすらとだが悪戯っぽい笑みを浮かべてそう言う、の顔。
はリョーマにそれだけ言うと、桃城と海堂のものらしき2枚のタオルを華奢な肩に乗せ、2本のドリンクボトルを両手に構えるという奇妙な格好で、その場から踵を返した。


「……」


リョーマは、しばし大きな目を更に丸くして固まっていたが、ふと喉がカラカラであることを思い出し、とりあえず手に持ったドリンクに手をつけた。
ボトル付属のストローから中身を吸い上げると、温くもなく、けれど身体に悪いほど冷えすぎてもいないスポーツドリンクが口の中に流れ込んでくる。

ゴクリ、とゆっくり一口飲み下した後、リョーマはまた不機嫌そうに顔を歪めた。


「……ワケ分かんねェ」


ドリンクは、何だか悔しささえ浮き出してくるほど、身体に沁みた。




―――訳が、分からない。




あれだけ、マネージャーになることを嫌がっていたように見えたのに、数日しか経っていない今、こんなにも部活に馴染み始めていて。
やる気がないような顔でボーッとしているくせに、文句がつけようのないほど、完璧にマネージメントして。
あんな言葉を発して、知りもしないのに真っ向から否定した自分に対して、何もなかったかのように普通に振舞って。

本当に、訳の分からないマネージャーだ。

自然と彼女のことばかり考えてしまっているような気がして、リョーマは荒々しくタオルに顔を埋めた。

苦手なのに―――忘れられない。

そんな彼女の声と共に起きた鈍い音。
そして、その鈍い音の犠牲になったらしい先輩達の悲痛な声に少し笑ったのは、自分だけの秘密だ。








青空の下、君と僕等。

(溶け込んで、離れない彼女)










アトガキ。

*自分達の想像以上に、驚くほどあっさりと溶け込んでいくヒロイン。そして、1年ルーキーの心境。

*スランプの中、コツコツと書いてきた青学男子テニス部日常話第1話。今回は、どちらかというと部長と1年生ルーキー寄りになってしまいましたが。
 視点が忙しなく変わっているように見えますが、一応第三者…レギュラー達視点……ということにしておいて下さい(爆)
 あえてリョーマを最後に書いたのは、これから徐々にヒロインに対する心境が変わっていく1番分かりやすい人物の1人だからです。…あと、本家主人公だしね(笑)
 
 あと数話、こんな感じのゆるーい話を、ヒロインや部員達視点で描いた後、他校がいよいよ登場してきます。
 個人的には早く氷帝メンバーとの話を書きたいんですが……その前に従兄と再会させなければ!
 では、今回はこの辺で。次回はヒロイン視点になる予定です。




*2010年5月25日 加筆修正・再UP。